第三話 浄霊師《エクソシスト》 その3
浄霊師。
そう言えば、「霊が浄化される」という言葉をこれまでも耳にした。
「どういうことですか?」
「人間が死ぬと、身体から霊が分離します。通常ならば、霊はそのまますぐに、自然に消滅し、天へと帰って行きます。それを、『霊が浄化される』と言うわけです。しかし、すぐには浄化されない霊も、けっこうな割合で存在します。心残りがある場合などです。トムさんや、今の私がそうですね。トムさんは心残りを果たして自然に浄化されたようですが……。いつまでも浄化されないでいると、いわゆる悪霊になってしまいます。現世を生きる人々に害を及ぼすのです。ですから、強制的に霊を浄化することも必要となるわけで、その技術を持っている人が浄霊師と呼ばれるわけです。」
「『浄化する』と言っていたということは、フィリアも?」
「ええ、そうです。神官には浄霊師も多いですよ。地域に一人はいないと困りますから、浄霊術は山村に派遣される司祭には必須の技術です。現に私もそうでした……と言いますか、こうなってみて感覚的に気づいたのですが、死んで霊になっても浄霊術は使えるみたいです。これは広く世に伝える必要がありますね。ヒロさん、お願いします。」
教団の説明となれば、口がどんどん滑らかになっていく。
「自分で始末がつけられるというのはありがたい。私は悪霊にならずに済みそうです。いや、これは禁じられている自殺にあたるのでしょうか?教義上の問題となりえます。やはり自然な浄化を待つか、フィリアさんにお願いすることとしましょう。」
幽霊の自殺。
矛盾しているような?あれ?そうでもないのか?
「気づいたことと言えばもう一つ。生前は霊を『感知する』ことしかできなかったのですが、自分が霊になると、霊同士でやりとりもできるようです。トムさんとは生前のように会話していました。『浄化はもう少し待っていただけないかのう』と言われていたんですよ。」
新発見に多少興奮しているところはあるようだが、現在の状況に慌てている風はない。暢気なものだ。
自分が霊になっていることを当然として受け入れることができるぐらいには、霊の存在は自然で、身近なものなのだろう。それがこの世界の人々なのだ。
この問題について、これ以上疑問を人にぶつけることはやめよう、そう心に決めた。
まる一日、そんな話をしているうちに、おつとめを終えたフィリアが、こちらの部屋へと戻って来た。
「司祭さま、私の声は聞こえていらっしゃるのですよね?」
「ええ、聞こえています」という司祭の言葉を、俺がフィリアに伝える。
「確認したいことがあるのですが……そちらの部屋の……」と、フィリアが別室を見やる。
「そうですか」と答えたヨハン司祭が、そちらに向かう。
俺も一緒に行こうとしたのだが。
フィリアが、はっきりとした拒絶の色を顔に浮かべた。
「この部屋に、死霊術師を入れる訳には行きません。」
「フィリアさん、そのような言葉は。」
ヨハン司祭は少し気色ばんだが、やはり俺を入れることには躊躇を覚えているようだ。
あえて司祭の言葉は伝えず、フィリアに答えた。
「そういう事情なら、僕は遠慮するよ。」
答えることなく進むフィリアに続いて、済まなそうな顔をしたヨハン司祭が、隣室へと消えていった。