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第四百二十四話 アイデンティティがアンビバレンス



 「わたくしは歌を作ってまいりました……お~お~その名はカレワラ~」


 小銭をぶつけてタックルし手甲のトゲでつつきまわしたくなる衝動をかろうじて抑える。落ち着いて聞けば伸びやかに心地良い声で紡がれた爽やかな旋律ではあるのだ、主題が俺でさえなければ。


 「吟行に心地良き清麗、将軍(・・)にふさわしき勇壮。すばらしい歌ですね」


 皮肉のまなざしで煽られるゆえんは口論の余波でもあろう、追い討ちを重ねられたあたり。


 「雅院へのお目通りかなうよう、女蔵人頭の私から()……」


 泣くなうっとうしい、フィリアに体をかわされたからってこっちに縋るんじゃないこの御用詩人!


 「中隊長(・・・)閣下は些事ひとつも忘れぬ誠実まめなお人柄ゆえ」


 ええそうですとも! 私とてしがなき御用聞きでございますよ!


 などと叫ぶかわりに笑いが起こるここは王室居住区ナシメント邸。

 ジーコ殿下のお声がかりで集められた……なんだ、「王国文化部」の皆さまと対面しているのであった、憂さ晴らしと事務連絡の必要にフィリア・メル子爵を誘いがてら。

 だがその事務こそが問題で、行きの車中が気まずくて。


 「二名の処分、どうなっていますか」 


 王宮を出で腰落ち着けるや思案顔にて切り口上。

 重大事案だとは存じております、宮廷人にとってはそれこそ東国の大戦以上に。

 それでも重視したくはない、してたまるかという気分はあい通ずるものと思っていたのです。


 「保留している。正確な報告がこちらまで上がっていない……という体で」


 俺が欠席を決め込んだ雅院主催の宴だが、案の定騒動が起きた。

 出征した近衛兵が酔って手柄を自慢したのだ、「参戦を封じられた」近衛兵を相手に。

 

 なおたびたび申し上げているところだが近衛兵とはいっぱしの貴族であるからして、社交とか言われるナニモノカについては理解が深い。

 にもかかわらず「不適切なふるまい」に及んだ理由だが、ひとつにはもちろん酒。いまひとつにはやはり周囲も貴族であったこと。煽りスキルが高いんですわ。出征帰りをさんざんにヨイショしたんです、雅院に仕えるメル家郎党の前で。


 なおこの秋、東にイゼル西に商都で起こした戦役では意図的にメルキュビを排除した。

 王国において、また俺個人においてそれが絶対に必要な措置であったこと譲るつもりは無い。

 だがフィリアとしては、海戦を開いたキュビにまで後れを取って不満顔の郎党衆の突き上げを食らう立場のメル家嫡流としては、カレワラ氏に甘い顔を見せるわけにもいかないのである……ともあれ事件の推移だが。


 酒も回りおだて上げられ良い心地のところ、ふたりの近衛がつい口を滑らせた。 


 「そう、酒とは腰を落ち着けて飲むものでした(働かずに飲む酒は美味かったか)」

 「いや大戦おおいくさの苦労など、しなくてすむものならば(大戦とかつれーわー)」


 自慢げなそのツラに拳を叩き付けるのは構わない。王国では良い余興だから。


 「庭に出て行う限りにおいては、ね。杯盤を散らすのはいただけない」


 メル系近衛兵に対する……いやその統制者に対する、これは小さな要求である。


 「ケンカをするなら勝ちなさい。近衛ではそう教えていないのですか?」


 先制の一撃で不利を取りダウンしたインディーズ系近衛兵に対する、これはフィリアの皮肉である。そして言い返す出鼻を叩いてくるあたり、これはフィリアの機敏である。

  

 「両名に対しては厳正な措置を願います」

 

 反発を覚えた、近衛中隊長の専権に対する干渉であるからには。

 だが鼻白む間も無く馬車が到着し笑顔で手を差し伸べられてしまっては、こちらも優雅に降車の介添えせざるを得ないのである。

 


 降り立てばまさに清麗の気丹桂の香。

 いっちょ何事かものしたくなる、まさに芸術の秋……であればこそ、身を以て守り抜いた文華を誇らしく愛でることも戦勝将軍の義務なのである。言い訳はできない、ご褒美までもらったのだから。


 「こちらは王国を代表する銅像作家です」

 

 ジーコ殿下の紹介に進み出た巨匠が白布を取り去ればまさしく赤銅の輝き、その重厚に息を飲む……たぶんすっごい作品なんだろうなって。なんかデカイし。つまりお高価いんでしょう?

 ともあれモデルはあれだ、吟遊詩人の歌を思えば。


 「左手の小さな斧は貸与の鉞ですか?」


 分かってて聞くことないじゃないのフィリアさんも。

 それにしてもしげしげ眺めるにつけ、なぁにこれ……かろうじて局部だけ隠した(ちょっとはみ出た)ゴリマッチョってさぁ……ていうか銅像ってどうしてこうマッチョでマッシブでマックスなんでしょう。

 

 (語彙のネタに詰まったでしょヒロくん)

 (ここのところ詩歌に触れてないものね。ちゃんとしてよ?)

 (え? マックスの像じゃないのかこれ? 髪の毛は生えてるけど)


 言われてみれば生え際ほか不自然な結合部がちらほらと。

 ……まさかとは思うけどさ、いちおう。


 「マクシミリアン兄のごとき偉丈夫ぶりですね」


 巨匠の目が泳いでいる。 

 七年前だかに作ったのを――戦果がグダったもんだから売り込み損ねて――使いまわしやがったな?……まあいいけどさ、お財布事情ってのは誰だって悩みどころなんだし。

 

 「かように美化された姿が他家に流れてはおのれ誇りと取られかねませんね」

 

 「王国貴族の皆さまは照れ隠しすら持って回った口ぶりですのね」


 なんかまだ根に持ってませんかフィリアさん?


 「ともあれ我ら武門、銅像はたしなみでしょう?」


 じっさいそれはある、巨大な銅地金と思えば。

 危急に備えて磐森の倉庫に眠らせておく価値はありますか。

 でも銅像をお買い上げするなら石像を差別はできませんよね、分かってます。


 「こちらは若々しい。初陣を思い出します……少年像ですよね(威圧)」


 銅像と違い石像はどうしてこうつるんとしてるかなあと。

 質感はさておき淑女の目の高さだからと言って、いやだからこそ、かわいらしくデフォルメする必要はないのです。

 で、お次は? 絵画ですかそうですか。

 

 「ホウジン画伯の描き下ろしです」


 王国貴族たるもの一家に一幅は持っておきたいとされている……ことぐらいは知っている。

 が、その評判を疑いたくなるほど冴えない絵であった。


 馬に乗った貴族が弓をたばさみ、ぼんやり虚空を見上げている。

 いやおそらく鳥を見上げているのだろうが、なんか視線がずれてないかこれ?

 それに鳥を見るなら歌でも詠むなり弓を構えるなりこう、あるだろうと。

 馬も馬で勇ましさも賢さも感じさせない。ぼんやりした馬面で下を向いている。食べてみたい草でも生えているのかと。

 ……でもなんだろう、この据わりの悪さ。いかにも俺って感じがして。


 「いいですね」


 振り返ればホウジン画伯、こちらに視線を据えておいでであった。

 具体的にとおっしゃる? 突き詰めるからなあ、クリエーターは。


 「このたたずまい、いかにぞ称すべき…………閑雅、でしょうか。立花閣下からしばしば諭されるところです」


 閑雅、あるいは時間の無駄遣い。

 オサムさんどころか最近はレイナにまで勧められるありさまで……などと物思いに耽る間を潰さんがごとき勢いで画伯が突進してきた。それはもうくしゃくしゃに顔をゆがめてこちらの手を取り握り締める。


 「お分かりいただけましたか! 中隊長閣下にはぜひ、もう一幅……いえ、受けていただきたいのです!」

 

 一枚買うともう一枚ついてくるキャンペーンを引き当てたらしい。なんか悪いことをした気になった。

 それにしても「一家に一幅」と言われるほどの画伯であれば賛辞は慣れているだろうにと思うのだが、宴果てて後ジーコ殿下からその真相を聞かされた。


 「ホウジン君の画を評されるとは珍しい。近衛であればヒロさんは詩も作られるでしょう?」


 いやだって絵ですよねこれ。少なくともメインテーマ(?)としては。

 

 「……そう言えば隅っこにそれらしきものが」


 もちろん字は書けますし、お役所文を読めなきゃ仕事にならないけれど。

 だがそれはどこまでいっても読み書き計数の地平線から出ぬもので。

 アートとしての文字・カリグラフィにはとても理解が回らないのです。

 

 「『画よりも詩に優れ、詩よりも字に勝る』それがホウジン君の定評です」


 画伯つまり「画家」であるにもかかわらず、少なくともホウジン氏の自己認識アイデンティティにあるかぎり。

 だからせっせと絵を描いているのに求められるのは手すさびの詩。

 その詩どころか字体が良いと、「芸術を知る」人々みなが絶賛する。

 そして集まる客……の目が集まるのは片隅ばかり。

 

 絵だけで売ろうと思ったこともあるらしいと、酒席のつぶやきに。

 が、時すでに遅し。

 「ホウジン、詩を入れ忘れてるぞ? ああいや、苦吟中か」

 「近ごろでは名を騙るまがい物も出回っております。確かな証明として」

 親しき友に食わすべき弟子にそう言われては返す言葉も見つからず。

  

 男はぼんやり立ち尽くす、視線も足も定まらず。


 なぜか少しばかり身につまされるような物思いを抱えて車泊まりに出たところで人影を認めた。

 耳打ちするその影に手を振りフィリアがこちらに向き直る。


 「非礼をなした郎党につき、誅殺を命じました」


 それは不機嫌にもなるか、こちらの措置に引き比べれば。

 だがあわてることもない、バランスを取るのであれば策もある。

 

 「今から止めに入るとして……」


 いや、間に合わない。フィリアの得手は機動戦・電撃戦だ。

 さきの影も事後報告だろう、おそらくのところ。 


 「止めたところでフィリアのメンツは丸潰れ、か」


 誅殺された二名はメル家郎党にして近衛兵。

 ならば処分を「カレワラ野郎」に仕切られるわけにもいかない、フィリアの立場では。

 しかし部下を「メルのアバズレ」に殺されるようでは、俺の立場は……。


 「雅院におかれては『中隊長どのに心苦しい』との仰せです」


 宴席を乱された主催者による鉄槌、ね。

 舅の郎党だろうが容赦はしない、メルに頼りきりの箱入り王子では無いと。


 そして郎党二人、総領娘の側近候補が殺された。

 雅院の主導であるか「事務総長」フィリアの主導であるか、そこは曖昧なまま。

 この隠れ蓑もいつまで続くことか。付き添いのエミリ・シャープが顔色を失っている。

 

 「『部下の管理不行届をお詫びします』とお伝えください……こっちの二人は外に出すよ、西のほうへ。名目は喧嘩両成敗、『メル一党の復讐を避けるため』とでも言い含めて」


 大事であって良いはずがないのに。

 俺とフィリアで話し合えばもっと簡単に、穏便に……


 (無理でしょ。王国代表の近衛中隊長と、メル家代表の直系六女なんだし)

 (だけどどっちもアスラーン殿下の仲間なんだろ?) 

 (カレワラ当主ならメルとは切れておくべきだ。あちらは利用したいだろうが)

 (転生して来たヒロもあたしもソフィアさまには恩があるでしょ) 

 (フィリアは総領と距離をとりたいんだろ? そこはヒロも同じじゃねえか)

 

 立場にまつわる自己認識はことほどさようにアンビバレントな代物で。

 

 「ありがとうございます、ヒロさん。それとひとつ、伺いたいことが」

 

 からりと晴れやかな笑顔だった。

 女心と秋の空……………………なんか冷えるな。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 芸術家たちの悲しい懐具合が印象的でした。 あと、画伯は現代語としての画伯でしたか。 諧謔が効いていて見ていて楽しかったです。
[良い点] ひえーおっかねー!でもそこがいい [一言] これそこまで大事じゃなかったのを雅院とフィリアが示し合わせてメル家からの監視役2人を討ったっていう感じですか?
[良い点] フィリアさん 命が軽すぎておっかないなぁ
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