第三十四話 収束 その2
家に帰るまでが遠足だ、と言うけれど。
仮にも武器を引っさげて、馬に乗って帰るわけで、気を抜くはずも無く。
翌日の昼前、我ら討伐部隊は、無事にメル家にたどり着いた。
「追捕使フィリア・ド・ラ・メル以下~名、盗賊を討伐し、帰還いたしました。指揮権を返上致します。」
とか何とか、またお堅い挨拶はあったけれど。
とにかく無事に終えることはできた。
「夕方から宴になります。それまでは皆さん、ゲストルームでおくつろぎください。」
ソフィア様のひと声。
その笑顔を見て、やっと皆、気を緩めることができたのだ。
「フィリア、その間に報告を。」
ソフィア様のもうひと声。
その笑顔を見て、気を緩めることはできないんだと思い知らされる。
「まず、味方の損害は、現地部隊から死者1名、重傷者3名です。盗賊の数は36名でした。うち2名が山に潜伏し、外から潜入した4名と合流して、私の暗殺を狙っていたようです。全て無力化しました。戦闘後、半日かけて現地を調査し、盗賊団の殲滅を確認しました。幽霊も浄化しましたので、あの『小山』は、もう安全です。」
「『小山』は新都で管轄することと決まった。その他、極東道内で管轄があいまいなところは、全て線引きしなおしたので、今後その点の問題はなくなるだろう。」
と、アレックス様。
「問題は、暗殺部隊の方だな。捕虜は檻送しているということだが?」
「ええ、遊撃部隊を中心に一隊を付け、先行させました。向こうは馬車、こちらは馬ですので途中で追い抜きましたが、今日の夜には着くかと思います。」
「昨日の夜付けで送られた報告書どおりだな。最後まで抜かりがない。よくできた義妹で、私も鼻が高いよ。」
「ええ、初陣ですが、完璧な仕事です。」
ソフィア様も応ずる。
「ただ、気になるのが、暗殺部隊のこと。報告書にはなぜか詳細が書かれていませんでしたが?」
「後ろから襲撃があったのですが、私はずっと前を見ていましたので。」
「義妹殿は剛腹にあらせられる。これは末恐ろしい。」
言葉ではそんなことを言いながら、アレックス様が目を向けたのは俺と千早。
ソフィア様の目も同時にこちらを向く。
このタイミングよ。
おしどり夫婦には違いないんだけど、その言葉を使うにはどうも抵抗を覚える状況だ。
ともかく。
目で促されるままに、当時の状況を報告した。
報告し終えたところで、
「二人の感触を聞きたい。」
とのお言葉。
以下は主観を述べよ、ということですね。
「よく訓練されていました。最後までこちらを見ず、フィリア一人を目がけて矢を放っていました。斬りつけたときの無表情さも、どうも不気味で。」
「本隊に突撃して行った4人も、意思が統一されていたでござる。仲間の犠牲は織り込み済みにて、斃れても目もくれぬ。最後に一人がフィリア殿のもとにたどり着けば勝ちだ、その強い意志を感じ申した。敵ながら天晴れでござった。」
「詳細はヒュームに聞かなければ分からないところもありますが、ただの盗賊ではありません。少なくとも大将株4人、いや5人と、外から来た4人の合わせて9人は、明確にメル家の敵と言える存在でしょう。」
「洞窟内から発見された資料を見た感想としては、どうも北賊のスパイかと思われます。」
これはフィリアの分析。
「包囲されて逃げられぬことを悟り、追捕使がメル家の者と知り、一度のチャンスに全てをかけたものかと。」
「それと同時に、小者に扮した指揮官は生きて情報を伝えようとしたわけですか。基本通りの心構えと言うべきかもしれませんが、手強い相手ですね。」
ソフィア様が、渋面を作った。
そんなソフィア様を、アレックス様がなだめにかかる。
「その目論見を全て粉砕したフィリアの恐ろしさの方が、私には印象深いなあ。タイミングを一拍外して前に出るなど、まるで熟練の将軍じゃないか。」
「私の妹、メル家の娘ですもの。」
渋面を解くソフィア様。
「うむ、得心がいった。」
「ですから、それをだんな様に言われてしまうと、複雑な気分になりますことよ、アレックス?」
「どうせよとおっしゃいますか、奥様?」
「続きは後でやってもらうとして。襲撃を予想したのも、一拍外すヒントを与えてくれたのも、ヒロさんです。ヒュームさんの情報という裏打ちもありました。」
「フィリアも言うようになったな。その言葉からすると、霞の里との提携は正解か。」
「ええ、能力がありますし、信用もできます。」
「霞の里の独立と自治が彼らの望みだということは分かっています。メル家を寄り親と頼むつもりになっているのでしょうね。」
「目には見えないが、補佐役らしい大きなお手柄だったな、ヒロ。目に見える手柄も挙げたようだが。……まだ、人を斬ることが恐ろしいか?」
「恐ろしくはありますが、身がすくむということは、もうないのかもしれません。」
落ち着いてきた今だから分かってきた。
たぶん、そうなってしまったのだ、俺は。
「そうか。追い込まれたとは言え、それが君の決断か。」
アレックス様だけは、分かっている。小さい者がもがいていることを、実体験として知っている。
「フィリアを救ってくれたこと、感謝する。」
「お義兄さま。『敵を倒した』、『私を守った』とは言えますが、『私を救った』わけではありません。論功行賞は正確に行いませんと。」
フィリアが仏頂面を見せる。
「フィリア殿は背後に霊気の塊を展開していたゆえ、手槍一本では何もできぬところでござった。ヒロ殿とてそれは見えていたでござろう?」
千早も不満げな顔をする。
「ロマンを解するのは男だけ。分かっていたことではあったが、つくづく思い知らされたよ。」
「フィリア、あまりかわいげがないと、後々大変ですよ。」
「ソフィア、そちら方面の教育は、ほどほどにお願いしたい。今後フィリアのために泣く男がどれだけ出るか。」
「ですからだんな様、それはどういう意味なのです?」
かわいげがない、か。
フィリアの保護者であるソフィア様と、フィリアのライバルであるレイナと。
二人が見解の一致を見るとは。
二つの知性がともにそう評価するのだから、間違いなくフィリアにはかわいげがないのだろう。
何だかおかしくなってきた。
「何がおかしいのですか?」
久々に、杖の一撃。思い切り食らって悶絶した。
表情に出ていましたか?
「随分と腕を上げたようでいて、まるで変化が見られぬ。ヒロ殿はどうなっているのでござるやら。」
どうやら俺は、日常に帰ってきたようだ。