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第四百二十一話 上下争訟 その1



コミックス版『異世界王朝物語』(文藝春秋社)、ピッコマにて連載中です。

ご覧いただきたく、なにとぞお願い申し上げます。



 秋風涼しく陽も穏やかに、王都周辺は絶好の騎行日和であった。

 

 「そこで意見を伺わんものと。かくはお誘いしたというわけ」


 にもかかわらず無粋なお誘い、我ながら頭のひとつも抱えたくなる。

 しかしお相手の令嬢は輪をかけてその……ある意味期待通りの鉄板であった。


 「その前にひとつ、『背水の陣』対策の件です。戦術的撤退というのは」


 幕僚会議の雑談まで漏洩しているのはいかがなものかと。

 ま、いずれ公開されるところではある。目くじら立てる気分でもない。


 「その場しのぎ、議論を収める意図でものした発言ですとも。原則的にはやるべきじゃない、『理』のせめぎあいになるから……この点マルコ・グリム卿のご意見は?」


 じゃまなコブつきなどと言うなかれ。

 戦勝帰りの将軍など天を衝かんばかりイキり立ち鼻息荒いものと決まっている。

 王国貴族の良識として令嬢ひとりお付き合いさせるわけにはいかないのである。


 「おおむね同意ですが、算段をお持ちならば別論かと。このあたりは現場の呼吸、指揮官しだいでしょう」


 期待通りのお答えにドヤ顔作れば涼しき顔を返された。

 

 「『俺ならやれるけどね』、それを他人ひとの郎党に言わせるあたりが」

 

 「魅力的な淑女を前につい見栄を張りました、お許しください」


 振り下ろされる馬鞭から身をよじり供回りの哄笑を背に馬腹を蹴った、邦境砦(俗称・出口料金所)から伸びる脇道へと。

 そして目に入る路傍の見張り小屋だが、これがやけに静まりかえっていた。


 「もともと歩哨の巡回ルートではあるけども」


 わざわざ口に出す、つまり言い訳である。見張り小屋であるからには騎馬の気配に反応せねばならんのである。


 「戦場で見せた冴えはどこへやら」


 磐森での俺は「休日のお父さんモード」であるからして、どうにも粗が目立つのである。

 

 「でも悪くないですね。あれが五番見張り小屋ですか?」


 フィリアに持ち込んだのはこの見張り小屋にまつわる相談であった。

 ここまでの道行きに順を追って話したところ以下のごとし。



 先年の旧都攻防戦(包囲殲滅戦)において重傷者が出たのだが、その中に農村出身の四男坊があった。

 その意味するところだが、要するに……村へ帰せばおそらくは「事故死」の一報が上がってくるというわけで。


 領主男爵たる者それを捨て置くこともできる、皮肉に頬をゆがめつつ。あるいはさらに踏み込んで「地域の慣習を尊重する」とか言い放つことも許される。


 ……それができない己の甘さも自覚している、けれど。

 ここは構わないのだ。甘口辛口いずれ「振れ幅」を外れはしない、政策の大枠その範疇に収まるから。


 で、戦後処理あるいは傷痍軍人問題にまつわるひとつのモデルケースとして、男を見張り小屋――現代風に言えば交番か――そのヌシに任ずることとした。

 ついでに家名と十人隊長の地位(薄給とも言う)を付与……と言えば出世にも聞こえるが、「そこから先」を望みようもないのだから実質は捨て扶持での隠居強制である、二十歳そこそこの男に対して。

 それでも見張り小屋付随の荒地につき田畑二枚までの開墾を許した。うち一枚は非課税とするぐらいの「恩情」を見せもしたのである。

 機械のない社会だ、開墾は十年からを見据える難事業となる。それでも「夢にまで見た」己が財産家屋敷だもの、口過ぎ……余生に張りも出るだろうと。



 「良いのではありませんか? 農家の四男が家と田畑を持てるなら」


 フィリアが小さく微笑んだ、異世界生まれの小さき心に寄り添って。


 (犠牲を気に病むなら最初から徴兵しなきゃ良かったのに)

 (領民の側でも期待してるものなんだ、出稼ぎの口として)

 (同じ釜の飯というか、領主と領民の一体感って意味もあるしね)



 ともあれ身動きがままにならぬ男はやはり三男坊ひやめしぐいの兄を呼び、半分を譲る約束で開墾を委ねていたとのこと。

 兄弟はそれなり幸せそうに暮らしていたらしい、ひと目に付く生活道路沿いで。眺める人はそこに領主の影を思うわけで、つまり政策目標は一応の達成を見た。

 と、ここまでは別に何の紛争も呼ばないところだが。


 問題はさきの商都戦役である。

 近衛中隊長また将軍として出る最初の戦ということで、兵には精鋭を求めた。

 「農兵はごく少数、百人隊長級以上を。家名持ちでも初陣の者は避けよ、できれば十人隊長以上」などと家内に通達を出したところがしくじりの元。

 と、言うのも。さきほどから紹介している「五番見張り小屋」の彼だが――以下、「シロウ・ゴバンヤ」氏と仮称する――これも家名持ちの十人隊長には違いなかったのである。

 お布令を伝え聞いた同居の兄者サブロウ氏(仮名)これが乗り気になってしまったらしく、「ゴバンヤ十人隊長の代理、家の子である」として参戦していたと。

 それを十騎長連中から聞かされたのは戦も果てて後のこと、思わず天を仰いだものである。


 「気を配っていたつもりでこのざまか」


 俺はこの戦役に全精力を投入していた。

 大きくは近衛府の組織論・指揮系統に始まり家内外の軍事教練から小さくは個人の武技に至るまで入念に準備を重ねていた……つもりでいて、諸々このテのやらかしを積み重ねてもいたのである。


 「貴人におかれてはままあること、いえ失礼いたしました。そこは我ら現場、十騎長が腕の見せ所であります」

 「サブロウですか、望んで参戦するだけあって良くやっていました」

 「部隊としては助かりますが……もう少し臆病であれば」

 

 そもそも俺が……繰り言か。男爵近衛中隊長にして十万を率いる将軍だ、家内通達の抜け穴にまで気を配るようではいけない。

 だが結果としてサブロウ・ゴバンヤは戦死した。

 

 「兵卒の戦死など我らで処理するところですが、ご裁可を仰ぐべきところが」


 弔慰の小金貨5枚(相当)――日本にいた頃の感覚で雑に言って50万円のイメージだが、農村の生活はあまり現金を必要としないので相当な使いでがある――を故人の「主君」シロウ・ゴバンヤ氏に給付しようとしたところ、異議が提出されたのだとか。

 シロウ氏の長兄にして実家の当主、マイヤ村は中ほどを流れる小川そのほとりに屋敷を構える独立自営農家――以下「タロウ・カワバタ」氏と仮称する――から、「戦死したサブロウの弔慰金はカワバタ家で受けるべきものだ」と。


 問題そのものはそう難しくもない。要はサブロウ氏が生前の所属である。

 彼が家名持ちとなった弟シロウ氏の「家の子」としてゴバンヤ家に所属、いわば完全移籍していたのか。

 それとも籍はいまだ実家のカワバタ家にあり、シロウ氏のもとへはいわば派遣社員として、あるいはレンタル移籍していたものか。


 「先例の読み解き方にも今ひとつ自信が無く……御家も改まったことですし、見張り小屋への『再就職』は磐森のお館さま肝煎りの政策。ですからその、判断基準を示していただきたいものと」


 十騎長連中の請願その本音は後段にあろうが、責任を取りたがらないと責めては酷かもしれない。なにせカレワラ家は中興とは名ばかり、ほぼ新規立ち上げの一党であるからして当主ヒロ氏の影響力は非常に大きい。

 それが良いのか悪いのか……頭の片隅にこびりつく煤けた思念そのまま、湿気た唸りを上げていた。


 「タロウの主張は分かったが、シロウ自身は何と?」


 「何も。茫然自失です」

 「いまだ敷地のほんの一角ですが、秋の刈り入れもこちらで」


 料金所()の巡回兵を動員したとのこと。

 戦に出られぬ連中に非日常を体験させ、ついでに小遣い稼ぎをさせてやろうと。十騎長とは上に目配り下に気配り、まこと頼れる男なのである。

 したがって五番見張り小屋に籠もりきりとなったシロウ氏に酒を勧め、「良いから何でも言ってみろ」とやるあたりなども当然の流れなのであった。


 そして訥々と紡がれた彼の言葉をまとめるに……金をもらってもかんじんのサブロウ兄貴は使うこともできない。俺たちをさんざん足蹴にしてこき使ったタロウ兄貴が笑うのは許せない。


 「だけど俺がもらっても……サブロウ兄貴が死んだのを喜ぶみたいで……そりゃ金はほしいですけど」

 

 散々な言われようのタロウ・カワバタ氏側にも主張はある。

 弔慰金を受け取るのは家の「仕事」だ。王国は上から下まで――王室、カレワラのお家、郎党の皆さま、我ら農民と――家でつながっているのだから。受け取り辞退とはその秩序に逆らうことだ、受け取りたいとか拒否したいの問題ではない、受け取らないわけにはいかないのだ。

 そして家でつながっているからこそ、個人が家を出たのか出ていないのか、そこははっきりさせなくてはいけない。「縁切り縁結びにはお役人か村長か天真会か、とにかく『道理の分かるちゃんとした人』の立会いがなくちゃいけません」


 「シロウのやつ、泣かせますね」

 「だがタロウの言うことも理屈だよなあ」

 

 衆議はやがて「磐森のお館さまだったらいかがお考えになるものやら」と、その方向で一致を見たというわけで。


 


 「……と、まあ。帰京するなり厄介ごとを持ち込まれてね」


 戦後処理やらに追われていっぱいいっぱい、フィリアの他に頼れる人もいないから……とか言えれば俺も文句無しの近衛中隊長なんでしょうけどね。

 

 「どちらの肩を持つことがヒロさんの得になりますか?」


 くだらぬことを言う暇を与えぬあたり、フィリアは文句無しフィリアであった。

 他にどう言えと? ま、おかげではっきり見えたけど。


 「タロウ持ちだね、領民の支持を買うために。シロウ、傷痍者への扱いでは郎党衆の安心と歓心を買えたから」

 

 タロウ、と、彼を支持するであろう人々の主張は理屈が通っている。

 シロウと同調者の心をなだめる「手管」いや理屈もすぐに思いついた。


 こんなやり取り、聞く人が聞けば顔を背けるのだろうけれど。

 政策というものに正義があるとすれば――片方がはっきり悪だ善だなんてことは滅多にないのだから――そういうところだろうと。


 (違うでしょ?)


 聞く人が聞けば顔を背けるだろうけれど、他ならぬ俺とフィリアの間だから……とでも言えば満足か?

 頼むからフィリアと会話している時に気を散らすようなことを言うなと。いや冗談抜き、踏み込み斬り込みの厳しさに立ち会うのは俺なんだからな?

   

 「『戦場とは違う』、そんなことを考えすぎてはいませんか?」

 

 ほらこの痛撃。いや、じっさい痺れた。

 勝てば官軍の結果偏重、功利主義、即断即決、畜生ムーブ……馴染むために割り切った。割り切るために切り分けた。

 「これは戦争だから」、「俺は軍人だから」と。

 戦争が終わり領主に役人に戻ったいま、反動が過ぎているかもしれない。

 

 うつむけた目が上向く視線と重なった、いつものように。

 見つめあうと表現するには甘さの足りぬ絡みあい、そして。

 いつものようにほどかれた、向こうから来た荷馬車が立てる喧騒に。



 「これはライネンさま! でもごめんなさい急いでるので失礼します!」


 村の少女が俺の顔など知る由も無い。 

 磐森の民から見上げる「えらい人」とはユルなのだ。 


 「いつまでふて腐れてんだシロウ! 私が来てあげたぞ!」


 少年とふたり次々と、荷物を馬車から運び入れ。


 「サブロウ兄さんには悪い気もするけど、シロウには人手が必要でしょ? 私には行き場が必要なの。野良仕事なら弟にさせるから。これも三男坊でさあ」

 

 真正面から認めなくてはいけない、そういうことか。

 人が死ぬことで得をする者はある、例えば将軍。


 「ごちゃごちゃうるさい。何の文句があるのよシロウ、他に誰もいないくせに」


 そして勢いは大切だ、「正しい」と信ずる政策ところを通したいならば。

 

 「なんか村のほうで『入籍には偉い人の立会いが必要』って騒いでたけどちょうど良い! ライネンさまが証人だ!」


 勝手にやってろバカバカしい。考えるだけこっちがアホだ。

 ああアホでしたよ! くだらない! 俺はいったい何に迷ってたんだか!


 

 「金貨など彼らには不要。ヒロさんの判断、正しかったみたいですね」


 フィリアを呼ぶ必要も……それはあったな。

 やわらかな陽射しに輝くその頬を見るだけでも。



 

コミックス版『異世界王朝物語』(文藝春秋社)、ピッコマにて連載中です。

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― 新着の感想 ―
[一言] そう言えば、ヒロの領地では道路整備が行われていると思うんですが、交通ルール、マナーって現代と比較したらとんでもないんだろうな。 信号も標識も横断歩道もないんだろうから。 現代ほど走る車の数は…
[一言] 戸籍なんてのがしっかり整備されていない&正式に移籍にするとお互い何かと面倒って事で、曖昧にしていたけど戦死するまではそれで上手く回っていた。 だけと下賜金の受け取り義務を怠る=身分制度の否定…
[一言] おっ!フィリア自由に雅院から外出できるようになったんや!あの近くでずっと見張ってた人が少し友好的になったからですかね?
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