第四百十七話 支え その2
久々に会ったユウは背が伸びて……大きくなったように感じられた。
義勇兵団に属して生き残った経緯がそう見せていると気づかされ、面と言葉を改める。
「国境ほど近き某村で我が軍による放火略奪また殺戮があったとの告発だが、じっさいに目撃したのか?」
どうにも陰惨の翳が濃い、監察の通例ではあるが。なるほど年少者には…………「支える」だけでは足りない、カルヴィンの言う通りだ。部内(軍)にとどまらず政治に巻き込まれうるそのことを思えば。
「目撃したのは被害者、村人たちです。抗議したいが伝手が無いとのことで村長と共に私が代理に立っています」
ユウの声は震えその目は妙に吊り上がっていた。
残暑と戦場に炒り付けられ渦を巻く感情に溺れている。
穏和な子供だったものを。戦争という代物はこれだから。
「ならばカレワラ十騎長、代わって答えよ。村は軍に何を求める?」
怨恨、憎悪、恐怖また親愛、敬意。かたち無き思いを正面から相手取っても泥試合になるばかり。だから怒涛は型に流し込む。軍法の簡素を利して請求の枠に嵌め動きを止める。
悪く思うなユウ、きっと分かるから。両三年もすれば、いや帰って来てくれれば。
「事実を認め村へ賠償、また謝罪の言葉をいただきたい」
続くべきひと言――それが彼らの主張です――を聞くこともできそうにない。ユウは火災で両親を失っているのだから。今なおその背後に立つ母の霊は申し訳なさげに小さく身を屈めていて……やはり見捨てることなどできそうにない。
「放火の事実は認めよう」
一驚の空白を経て会議室がざわめくなかイーサンだけが口に笑いを浮かべていた。俺のやり口、「見切り」をよくよくご存じなれば。
「だがこれは軍令による作戦行動だ、報告によれば非違も無い」
戦場における非違とは何か、詰め始めたらキリがなかろう……上からのしかかるこちらの視線にユウはしっかり「合わせてきた」。軍令の非道を見逃すつもりはないらしい。
「担当者を呼んである。改めて説明を」
放火略奪はチンピラの仕業と決まっている……ならばどれほど楽か。けなげな村人と純真な若者が「黄門さま」のお裁きで大団円? ゴキゲンな社会にグズグズの組織だ。三代と保つはずもない。
放火略奪は困難を伴う作戦行動だ。村人の抵抗を排除のうえ効率的に火を放つのだから。
現に呼ばれた男は年のころ三十がらみ、脂の乗った十騎長で。実践知の深さは将軍を前に吠え猛るその姿からも見て取れた。
「検非違使小隊の報告により村が南嶺の工作員を保護していること分明なれどその装備人数ともに明らかならず、ゆえに火を用いて誘き出しました。参加者は私また副官以下60名。作戦開始時刻は某日未明、家屋二軒と農地半町を焼亡ののち工作員3名を確保、同4名と協力者11名を同日中に誅殺。警戒のため半数を現地に留め翌日原隊に復帰したものであります。なお、誓って略奪は行っておりません」
細部に至るまで作戦を諳んじている、己が行動の意味を――その身に及ぶ危険を――よくよく理解していればこそ。追及したところで小さな粗が出るばかり、「本筋」での間違いは絶対に見つからない……そんな男の独擅場は胸に手を当てての誓言に幕を閉じた。受けて聖堂騎士が立ち上がる。
「敬虔な教友です。その言に偽り無きこと確信しています」
村長に向き直り佩剣に手をかけるその殺気、ユウすらも圧倒していた。
「『略奪』とは財の焼亡に悲嘆するあまりの失言でしょう。無垢なる民草に将軍閣下の寛容を及ぼされんことを」
仕事を投げたからにはヒロを、「相も変らぬ根性無し」を支える義理があり、そう託されてしまっては応ずるほかに道もない。
「建威将軍の名を以てここに告ぐ。十騎長の行動には違法も不適切も認められない」
トワの助言も軍監の判断も不要。
怨恨と憎悪は恐怖と利益で塗り潰す……こと能わずとも、糊塗はできる。
「賊と戦による惑乱は許そう。なお戦勝を祝し、お預かりしたご内帑より補償を加えん。村において異議はあるか?」
火を放つの非道は国に背くの非道に報いるもの。それ以上言う気は無い。
なお選べ。改めて支えあいもたれあいの構図に乗るか、滅びるか。
「誤解がありました。南嶺の賊に脅され騙されたのです」
カレワラの家名を恃んでのごり押し、一転して生存のための「土下座」。
それを醜いと断ずる感性はとうに消え果てていたけれど、正面から受け止めるだけの厚かましさを俺はまだ自分のものにしていない。だから権威を、陛下の御名を傘に着た。杖と縋って身を立てた。
「租税は納入いたします。国王陛下万歳」
村長の絶叫にシメイが顔を俯けた。
見るに堪えない。もう十分だこんな話。さっさと終わらせるに限る。
「検証のためとは言え手間を取らせた。卓越した手腕また正確な報告、十騎長の範たるに足る。さすがはクロイツ党」
糾弾を受けた男は不動の姿勢を崩さなかった。汚れ仕事をかぶせられ危ない橋を渡らされ、将軍閣下の褒辞ていどで引き下がれようはずもない。
気持ちは分かる、けれど。俺もそちらに期待はしていない。呼び水の口は別にある。
「誣告と責めるべきでもあろうが、先日の戦で義勇兵団には我ら大いに助けられた。若輩が直情に駆られての誤解とあれば許してはやれぬものか」
コンラートには珍しく優雅な措辞だった。
将軍閣下に助けを求められたのだ、これぐらいの皮肉は利かせるべきところでもあろう。
「総領君のお言葉なれば、慎んで」
身の安全を確保した十騎長がようやく背から力を抜いた、なおも目を怒らせつつ。
厄介な男だ、なるほど難事を託するに足る。
「諸卿の寛容に感謝を。なおユウ・カレワラ、貴様には……」
はしごを外され抜け殻に似た姿を見せる16歳に何を言えば良いのか。
いまのユウには支えがない。同じ年頃の俺には、大戦を経て通り過ぎたファシルの村で現実を――国境の民の生き汚さをその懸命を――突きつけられた俺には畏友があったけれど。
「和解のために一席持とうさ。つきあいたまえ、ユウとやら」
シメイに肩を抱かれ引きずられてゆくユウに心中で詫びの声を投げる。
部屋に流れる囁きから耳を閉ざしつつ。
――将軍の猶子? なぜ義勇兵?――
――友軍の危機を救うこと三度、昇進相当の軍功です――
――しかし「親」に噛み付くなど――
「腕と言い気性と言い、良い猶子をお持ちだ」
同じく知らぬふり聞かぬふり、俯くオーウェル学園長を見て見ぬふりで耳掻いていた重鎮が満を持しての助け舟。
感謝しろと言わんばかりふふんと鼻を鳴らしていた。恩に着る心の重荷を除けるべく。
「しかしなぜ……なんだクラース、つまりは家出息子だと? ならばお前も行って来い、この場は良い」
後からなにを励まされようが、どうにもやりきれなかった。
将軍として三度の会戦に勝利し、敵を退け、国境を前に進めて。
だが俺は極東以来の弟分に、勇気ある少年に、気鋭の剣士に背を向けられ、あんな顔をさせて。
解散の後すぐ会いに行くこともできない。
猶子が不始末の手前くだんの十騎長と会合を持たずには済まないから。
「『建威将軍閣下の御名を以て』との仰せですが、その」
「くどい。が、許そう。貴様は守ると言った、皆の前で」
不審の眼差しに応ずべきは下手を避けての皮肉の目、もはや規定演技だ。
「汚れ仕事をさせた以上は当然の対価だ」
ようやく十騎長が頭を下げた。
これ以上言わせるならば……その見切りを誤らない、どこまでも厄介で頼れる男が。
「なおひと言をお許しください。義弟が不始末をお詫びいたします」
男はクロイツ党の伝令――「旗幟の乱れ」その意味を知らず却けられた少年――その姉の夫であった。のちに恥を雪ぐべく力戦し、白髪頭の上司に後事を託された少年の。
絡まれるわけだ。ユウと変わらぬ年、ユウに優る「姿勢」、ユウに見劣りする軍功。
「つまり全ては成果、軍功しだい。あらためて閣下の公正を諭しおきます」
思うところはあるだろう。無いわけがない。
それでも支え合うほか道もない、理屈をつけながら。




