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第三十四話 収束 その1


 震えは、来なかった。

 

 型稽古の成果か。

 追捕副使としての、責任感のなせる業か。

 幽霊を斬ったことで、免疫がついていたのか。


 いずれにせよ、為すべきことを果たすべく、体が自然に動いていく。

 

 残心を取り、朝倉を振るってしっかりと拭いをかけ、鞘に収める。

 後方をぐるりと眺め、さらなる伏兵がいないことを確認する。

 馬に乗り、宣言する。


 「敵の伏兵は討ち果たした!」


 千早も戻ってきていた。

 「本隊後列、転進せよ!前列ナイト陣に合流!」


 フィリアが、うなずいた。

 後ろを一度も振り向いていない。


 伏兵に対処している間に、盗賊の大将株は捕らえられ、その旨が宣言されていた。

 すでに、敵の半分は武器を捨てている。

 いまや包囲網はだいぶ狭まってきた。本隊が後詰として前進する必要もない。

 

 「追捕副使。お願いします。」フィリアに促される。


 「武器を捨てよ!降伏すれば命は奪わぬ!」


 勝負あり。

 捕虜と死体、合わせて31。

 遊撃隊が捕虜3人を連れて来た。これで数字が合う。




 「洞窟内の検分が必要ですね。遊撃隊にお願いします。」

 

 

 「申し上げます!」

 ひとりの捕虜、小柄な男が、大声をあげた。

 「洞窟内には、罠が数多く設置してあります。私が案内いたしますので、どうか、命だけは……。」


 「貴様!飢え死にから救ってやった恩を忘れて!」

 「お前は犬以下だ!」

 捕虜となった2人の大将株が罵る。

 「うるせー!よくもこき使ってくれたな!気まぐれに人を殴りやがって!お前らは縛り首だ!ざまー見ろ!」

 裏切った捕虜が言い返す。


 全員が顔を見合わせる。うなずいた。間違いない。


 「遊撃隊長?」


 「後はお任せあれ。李紘どの、同行を。ノブレス殿、らすかる殿をお借りできぬか?書類等の持ち運びをお願いしたい。」


 

 その間に。

 今の戦闘における論功行賞の読み上げ。

 俺の仕事だ。



 「功績第一等は、テオドル・ファン・ボッセと、…………の、2名!テオドルが身を呈して大将株を押さえ、…………が、捕虜とした!なお、この功績により、ファン・ボッセ家に対する処分は撤回される!」

 

 テオドルの頭部に、包帯が巻かれている。白髪よりもなお白い、包帯が。

 治ることのない怪我だが、その傷は覆われてあるべきだと、誰もが思っていた。 


 老人は、自らの命で、罪を贖った。

 あるかなきかも曖昧な、小さな罪を。

 家のために。子と孫のために。



 「功績第二等は、ノブレス・ノービス!大将株を含む、2名を捕虜とした。直接の戦闘はなく、功績をあげやすい配置であったことを考慮し、第二等とする!」

 

 少々甘いが、他家からの参加者だ。低く評価すると、メル家の評判の問題として、後々に響く。



 「功績第三等は、ドメニコ・ドゥオモ!その身を呈して追捕使を守り、敵ひとりを討ち取った!」


 矢と槍が突き刺さった穴だらけの盾、へこんだ鎧と兜。

 本隊からはできるだけ受賞者を出したくなかったのだが、誰の目から見てもはっきり分かる功績だ。評価しないという判断は、通らない。



 結果として、まずは各隊からひとりずつ、ということになった。

 

 あとは、前衛二部隊の功績を評価していく。

 本隊と遊撃隊からは、不満が出ようはずもないから。



 「追捕使さまは、諸君の奮闘、その一部始終をご覧になっていた!名を呼ばれなかった者についても、名簿に基づき、後日必ず褒賞が下されるであろう!」


 そう宣言して、締めくくる。

 



 簡易な論功行賞を終えたその頃。

 遊撃隊が洞窟内の探索を終え、捜査資料になりそうな物を持ち帰って来た。

 

 「この者はよく働いてくれたでござる。」


 「では、些少ですが褒美を取らせましょう。ノブレスさん、軽い食事を与えてください。」

 

 「ありがとうございます!あの、命だけは!」

 

 「ええ、約束ですから。」


 「この裏切り者!地獄に落ちろ!」

 大将株が罵り続ける。


 他の捕虜には見えないところで、ノブレスが食事を与えた。


 「ぼっちゃん、ありがとうございます。主はこのお慈悲をご覧になっていることでしょう。」

 小柄な男は嬉しそうに頬張り、さんざん愛想を振りまいて。

 そのまま倒れ込んだ。寝息を立てている。


 「よっぽど緊張してたんだねえ。僕も分かるよ、その気持ち。」


 「どうやら効いたでござるな。」


 音も無く現れたヒュームが、男をしっかりと縛り上げる。

 目が覚めて後、自殺されないように、口に布を押し込む。


 「ノブレス殿、感謝いたす。この男の警戒を解けるのは、やはりノブレス殿をおいて他にはござらなんだ。」


 「……睡眠薬?」


 「いかにも。この男は大将株のひとり。おそらくは真の頭領でござる。聞かねばならぬことが数多あるゆえ。」


 「また僕を騙したの?」


 「連絡が回ってござらなんだか?」

 とぼけるヒューム。


 「いくら何でも、そんな嘘には騙されないぞ!うわ~ん、ラスカル~!」

 

 

 

 功績第三等!

 ナイトの僕が、手柄をあげることができたなんて!


 先輩のナイト陣に、どつかれた。

 「チクショー!美味しいとこ持って行きやがって!しかも初陣で!」

 「奢れコノヤロー!って言いたいとこだけど、こんなガキじゃ、たかることもできん!」

 「おう、次の戦で会った時には、一杯だぞ。」

 「ああくそ、あんましつこく絡むのもカッコ悪いしなあ!」


 まあ実際のところ、ナイトは装備品が多いから、金がかかるんだ。

 金がかかるだけに、「それなりの家」の者が多い、ってところはある。

 きちんとした貴族だから、あんまり悪質な絡み方はしてこないってのは、助かるんだよね。

 ひと通りの手荒い祝福は受けたけど、すぐに解放された。気分のいい先輩たちだ。

 やっぱりナイトは最高だ。


 でも、クレアさんには、どやされた。

 「ドメニコさん!持ち場を離れて、フィリアお嬢様以外に気を向けるとは、何事ですか!」

 

 「まことに申し訳ございません。」


 「クレア、お前さんの身を守ってくれた相手に、それはないんじゃないか?」

 真壁先生?


 「私の身などより、フィリアお嬢様です!それがナイトの仕事でしょうに!」


 「ドメニコ、正直に答えろ。あの時どういう判断をした?」


 「あれが最後の手槍、最後の飛び道具だということは分かっていました。千早さんが敵に襲い掛かる姿を目の端に捉えていましたから。突進してくる四人組については、まだ余裕がありました。以上より、当座フィリア様への攻撃は無い。クレアさんには危険が迫っている。そう判断しました。」


 「聞いたか、クレア。ドゥオモ家の当主、一人前のナイトの、職業的判断だ。ニンジャのお前さんが口を出していいことではない。」


 「これは失礼いたしました。……ドメニコ・ドゥオモ様、助けていただき、感謝を申し上げます。無礼な言葉をお許しください。」

 

 洗練されたご挨拶、ありがとうございます。

 でも、その目は、やっぱり怒っていらっしゃいますよね?


 「騎士として当然の行いです。感謝していただく必要はありませんが、そのお心とお言葉に、こちらこそ感謝を申し上げます。」

 こんなんでいいかなあ。


 「それでは。私はお嬢様のところに。」

 くるりと背を向けて去っていくクレアさん。怒ってるけど、やっぱり綺麗だ。

 

 「まったく可愛げの無いヤツだ。いや、案外可愛いところがあったってことか。」

 真壁先生はくすくす笑っている。


 助け舟を出してくれたんだから、感謝すべきところなんだろうけど。

 真壁先生のその言葉には、なぜか何となくあんまりいい気持ちがしなくて。


 ヒロさんの声が近づいてくる。こっちへ来てくれて、助かった。気分が変えられる。


 って!

 さっきは功績に興奮して気づかなかったけど、ヒロさん!?

 顔に浴びてる返り血を拭ってないじゃないですか!

 いくら年上のベテランを抑えなきゃいけないって言っても、ちょっとドスが効きすぎてますって!


 「おいヒロ、顔。返り血。」


 「え、あ、忘れてました。うわ、この顔で論功行賞してたんですか、俺!?」


 「やっぱりどこか動転してたんだろうなあ、初陣だし。……で、人を斬って、大丈夫だったか?」


 「不思議と、震えは来ていません。落ち着いたら、どうなるか分かりませんが。今は仕事をしなければ、という気持ちが強いのかもしれません。」


 「そうやって、受け入れていくものなのかも知れん。追捕副使に任命されて良かったのかもな。」


 真壁先生と会話しているヒロさん。

 人を斬ることができなかったのか。そういう人、いるんだよな。

 まあ僕も初めてだったけど。でも、ためらいはなかった。

 何だか意外だ。あれだけ腕が立つのに。いや、人柄からすると、意外でもないかなあ。

 でも、ヒロさんにも苦手や不得意があるって思うと、少し安心するかも。


 「あれ?そう言えば、一人を斬って一人を捕虜にしたヒロさんの褒賞は?」

 ふと口をついた独り言。

 それは、戻ってきていたクレアさんに拾われていて。

 「ヒロさんは追捕副使。褒賞を受ける側ではなく、与える側です。」


 「そういえばそうでした。やっぱり僕も初陣で動転してたみたいです。」


 「いえ、落ち着いたものでしたよ。フィリア様も、子供も、私も守って。私も動転していたかもしれません。先ほどはごめんなさい。それと、改めて。ありがとう、ドメニコさん。」

 

 また向こうに行っちゃった。言い逃げされちゃったよ。

 はあ、やっぱり敵わない。

 敵わないと言えば、褒賞を与える側と受ける側とでは、もう天地の差だし。


 それに、あの一撃。

 どうにか起き上がった僕の目の前で袈裟がけに振り下ろされた、あの一刀。


 凄まじかった。

 

 一刀両断。

 


 ああいう遣い手が敵に回ったら、どうなるんだろう。耐え切れるのか?

 いや、ヒロさんはフィリア様の側近だ。そんなことはありえない。

 でも、ヒロさん以外にも、ああいう腕の持ち主は、きっといるだろうし。

 僕も早くお爺様の鎧を着られるようにならないと。



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