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第三十三話 初陣 その5 (R15)


 「ヒロ君、来たよ。6人居た。後方に2人が分かれて、左後方に4人が隠れて固まってる。」

 ありがとう、ピンク。


 「敵襲あり!後方に2、左後方に4!各員警戒せよ!」


 「本隊、前衛のナイト陣を除いて反転!」

 俺の呼びかけに、千早が応ずる。


 「先陣はそのまま!追捕使様の御前にて手柄せよ!」

 千早に応えて、俺ももう一度大声を出す。


 フィリアは前を向いて君たちの活躍を見てるぞ、作戦に変更は無い、安心しろ、という宣言だ。

 女神のギフトにより、肺活量も20%アップしているのだろうか、どうにかサマになった。




 これが、昨晩の作戦変更。


 匂いにつられた野鼠。蛇に気づいていなかった。

 鼠につられた蛇。俺に気づいていなかった。

 蛇につられた俺は、ヒュームに気づいていなかった。


 「自分が攻撃する側にある時は、『攻撃されるかも』という考えが頭から抜け落ちてしまう。山に隠れた二人は、逃亡ではなく襲撃を考えているのかもしれない。」


 「まあ、それはありうる話でござろう。しかし2名ならば、警戒していれば。」

 千早からはそう言われた。


 「それだけじゃなくてさ、仮にだよ、この丘自体が罠だったら?討伐部隊を引き込んで、後ろから襲い掛かるつもりだったら?メル家のお膝元っていう立地からして怪しすぎやしないか?」


 洞窟が蛇になった夢が、そんな思いに結びついたのだ。

 確かに飛躍しすぎていたかもしれない。初陣ということで、俺の神経もどうかしていたかな。



 「それはさすがに考えすぎかも知れません。私が、メル家の主要人物が出張ってくるというところまでは読んでいなかったはずです。しかし、そうですね。この丘は、奇襲に向いていることも確かです。本隊の後ろが高台になっていますから。」


 「前日に逃亡したのは2名だとしても、その前から少しずつ山中に人を逃がしている可能性もあるでござるか……。」


 「クレア、ヒュームさんを呼んでください。」


 「御前に、追捕使どの。」


 「この場では名前でいいですよ、ヒュームさん。……ヒロさんの足音で異常を察知されましたか?」


 「これは御明察。して、いかなる疑義がおありにござるや?」


 「ヒューム殿、昨晩以前、痕跡も残らぬ以前より、洞窟から山中に人を逃がしていた可能性はござるや?」


 「全くないとは言わぬが、合わせて10人、いや、8人に至る事は絶対にござらぬ。その数になれば、どれほど分散して隠れても、気配がいたす。某が、いや、レンジャーの李紘殿が嗅ぎ付けぬはずがない。そもそも盗賊ばらには『潜む』技術がござるまい。」


 「外から山に入り込んでいる可能性は?」


 「周辺はメル家の郎党が警戒しています。それ以前に、少人数でも武装した部隊が通れば、警察部門が察知するでしょう。この件以来警戒は強まっていますし。」


 「いや、フィリア殿。ヒロ殿の言っていることは、これはなかなか。警備に当たっておる皆さまは、中から外へ出る者は見逃さぬであろうが、その逆は……。例えばヒロ殿のような、物頭然とした御仁が、『山中をぱとろおるして参る』などと言って悠然と入り込もうものなら、見逃してしまうでござろう。」

 

 「ニンジャとは人の虚を突くものなのでござるな。」


 「秘中の秘にして、基本の基でござる。明かしてはならぬことだったやも知れませぬな。」


 「大将株の2人は、気づかれず山中に潜む技術を持っているわけだ。そして外からニンジャ技能を持った者が少人数入り込む可能性はあると。合計6~7人になれば小隊規模を超える。暗殺は可能だよね。」

 

 「ただの盗賊ではないと申される?」


 「ヒューム、そもそも君だろう?メル家での会議で最初に違和感を口にしたのは。」


 「洞窟内の罠、食糧庫の整頓ぶり。言われてみれば、ますます怪しいでござる。」


 「いちおう、反対意見を述べてみるでござる。ブレインストーミングでござるな。」

 と、これは千早。


 千早のブレインは、筋肉でできているわけではない。

 天真会で鍛えられた世間知に加え、学園ではまっとうな戦略・戦術を学んでいる。その上、四六時中をフィリアと共に過ごして、猪武者になるわけがないのだ。


 「ただの思い過ごしやも知れぬ。潜んでいるのは2人だけやも知れぬ。襲うつもりすらなく、戦のどさくさに紛れ、あるいは全員が引き揚げてから逃げるつもりの、ただの盗賊やも知れぬ。」


 「根拠をあげられないぐらいには、千早さんも疑っているみたいですね。」

 

 「奇襲は常に警戒すべきもの。ましてフィリア殿の、メル本宗家令嬢の初陣でござる。万一があってはならぬ。……と、建前はともかく。そもそも友の初陣。晴れやかに終えたいではござらぬか。」


 「ありがとうございます。」

 フィリアが笑顔で千早に応ずる。

 「では、奇襲があるものと想定して、作戦を練り直します。」


 フィリアが俯いた。

 頭を回転させる。


 「ヒロさんの発想を借りると、奇襲をかける側も、自分が奇襲されるとは思わないということになりますね。そこに、『虚を突く』というヒュームさんの発想を借ります。『これぞ奇襲のタイミングだ』という間を、一拍外しましょう。『これで勝ちだ』、と誰もが思う瞬間を狙ってくるでしょうから。その前に動きます。」

 

 よくぞまあすぐに思いつくもんだ。


 「これはお見事……やはり明かしてはならぬ心構えだったやも知れませぬな。」

 ヒュームの笑いは苦かった。


 面布に隠されたその苦い笑顔に、フィリアが急に真顔を向けた。

 「ヒュームさん。私、いやメル家を信用してのひと言。そしてこれまでの働きを見せていただきました。メル家は必ず応えます。今後、メル家は霞の里をバックアップするでしょう。」

 

 「そのひと言、某にとっては何よりの恩賞。霞の里は裏切らぬことを誓いまする。」

 立膝突いて、ヒュームが答える。


 「ニンジャを使う際には、検証を行うのを忘れてはならぬものでござるが……メル家やフィリア殿に申しあげるのは、釈迦に説法でござろうな。」

 

 「ファンゾの田舎侍を使う際には、戦場を与えるのを忘れてはならぬものでござるが……メル家やフィリア殿に申しあげるのは、これまた釈迦に説法でござるな。」


 「言うたな!」


 「ほれ、戦場を与えておかぬと、すぐに暴れ出す。」


 皆さんしっかりしたもんだ。本当に13歳かよ。

 これなら奇襲があっても大丈夫だろう。

 


 

 

 「もうすぐだ。大将を捕まえた者が名乗りをあげ、それに応じて本隊が前に出た時だ。」


 そう思っているところに、間を外された敵の奇襲部隊。

 迷いを覚えつつ、飛び出したのだろう。

 ほかに選択肢は無いのだから。

 

 しかし飛び出したところで、目標が反転してきた。

 読まれていたのだ。



 絶望しているだろうに、まるで顔にそれが表れていない。

 見事なものだ。

 後方の2名が、飛び道具を放つ。

 

 昨晩の話し合いで、最も警戒していたところだ。これは手早く排除する必要がある。

 足の速い俺と千早が担当することに決めていた。この距離とこの足場では、騎馬は間尺に合わないから。

 より遠い方を担当するのが、千早。その間、本隊の指揮はクレアが執る。


 俺の敵は、弓使いだった。

 最初の一発は、ボウガン。

 装填に時間がかかる道具だ。すぐに投げ捨て、弓を射始めた。

 迫ってくる俺をちらりと見たが、慌てもしなければ、こちらを狙うことすらしない。

 ただひたすら、フィリアに狙いを定め、矢を放つ。


 たどり付いた。

 それでもこちらを見ない。フィリアを睨みつけ、また一矢を放つ。


 妖刀・朝倉を抜き、掬い上げるようにして弓を両断したところで、敵が鉈に手をかけた。

 遅い!

 掬い上げた刀を切り返し、勢いのまま上段から切り下ろす。

 太ももに傷を負わせる。

 これで動けない。無力化完了。

 あとはジロウに任せれば良い。


 千早は、まだ敵にたどりついていない。

 敵は投石器で石弾を飛ばしていたが……やはり手持ちが尽きたか、手槍を投げている。

 これも時間の問題のはず。千早なら大丈夫だ。


 それよりも、本隊が気になる。

 フィリアには怪我は無いようだ。良かった。


 だが、左後方に隠れていた4人が一団、一列になって、本隊へと突進している。

 その隊列の横腹を見ながら、駆け戻る俺。

 4人の目は、ただ一点、フィリアだけに注がれている。

 

 俺が切りつけた弓使いもそうだった。ただ一点、フィリアだけを見て矢を放ち続けていた。

 切りつけられた時には、目を見張るでも叫ぶでもなく、さびしげだが穏やかな表情をしていた。

 あの感情は何だ?

 安堵とは違う。やることをやり切ったという達成感、というのが一番近いか?


 

 4人の集団に、真壁先生がぶつかっていった。大上段から棒を振り下ろす。

 やった!

 先頭の男の脳天を直撃。

 結果は分かっている。

 あの一撃は、鍛錬場で、打ち下ろされる寸前まで経験した。

 兜をつけていたって、助かることはあり得ないということを、俺は知っている。

 

 だがその男、最後の力を振り絞り、真壁先生にしがみついた。

 全体重を預け、行動を奪う。

 

 危ない!

 そう思ったのは、俺の認識違いだった。


 残りの3人は、斃れた仲間にも、真壁先生にも、目をくれない。

 一列になって、フィリアめがけて突進していく。






 「敵襲あり!後方に2、左後方に4!各員警戒せよ!」


 「本隊、前衛のナイト陣を除いて、反転!」


 「先陣はそのまま!追捕使様の御前にて手柄せよ!」


 ヒロさんと、本隊隊長の千早さんの声が響き渡った。

 後ろから敵だって!?緊急事態じゃないか。

 そう思いながらも僕は、反射的に命令に従い、反転していた。


 千早さんとヒロさんが、駆け出している。

 どうやら想定内だったみたいだ。

 なら焦る事は無い。ドゥオモ家の男として、為すべき事はひとつだけ。

 

 そう、攻撃は絶対に通さない。


 ヒロさんの相手が、ボウガンを構えている。ほぼ正確に、フィリア様に向かっている。

 これは厄介な相手みたいだ。

 飛び道具にもいろいろあるけど。攻城・守城の際の大岩や、大弩は別として、野戦なら、まあ石か弓かボウガンだ。

 どれもこれも危険だが、ボウガンで怖いのは何と言っても貫通力。

 ドゥオモ家の家紋が入った盾を手に取る。前に突き出し、腰を落とす。

 

 ガツンと来た。良し!

 盾に穴が開いた。父上の、お爺様の盾ならば通すことはありえないのに。僕は体格が足りないから、いま身に着けているのは累代の「少年用」の盾と鎧なんだよな。

 

 イテッ、石か!

 千早さんの担当する敵だ。初撃でここまでフィリア様に近づけてくるとは……やはり、マズイ。

 矢も飛んできた。クレアさん達が切り払っている。矢はお任せしよう。

 

 石は、ナイトの重装備ならどうとでもできる。軽装の人には辛いけど。

 これこそ僕の担当だな。


 左!つぎは右!前!よし、フィリア様にも、クレアさんや子供にも、絶対に通さないぞ。

 本隊から歓声が上がった。弓使いをヒロさんが倒したみたいだ。

 

 って、槍~!?

 足元に突き刺さった。やはり石や弓よりは精度が低いか。

 って、そんなことはないみたいだ。一本、「いい感じ」のが飛んでくる。フィリア様には当たらないな。

 クレアさん、まだ目を切るのは早い!

 ああもう、鎧を着ると移動が遅くなるんだよな。

 

 ガイン!と来た。

 ボウガンよりキツイ。盾に二つ目の穴が開いた。手甲にまで刺さった。

 まあ、怪我は無い。


 「ドメニコ!フィリアお嬢様をお守りするのがあなたの仕事でしょう!」


 「クレアさん、お叱りは後で!後方2名、無力化されました!」


 ヒロさんはもうこちらに駆けて来ている。

 左から4人、だったな。

 

 真壁先生が一人を無力化したけど……。

 あの敵はマズイ。一発逆転、フィリア様だけを狙うやり方だ。

 あと3人。


 「せっ!」

 クレアさんが、ずぶりと急所に小太刀を入れた。けど、あと2人。

 クレアさんが、残りの1人にもうひと太刀いれたけど、浅い。

 

 どうする?僕が出れば、最後の一人を通す事になる。2人をカバーするか?

 いや、ダメだ。

 ああいう覚悟を固めている相手に、中途半端は通用しない。一人ずつ対処しないと。

 後は仲間に任せる!


 腰を入れて盾で殴る。敵の足元がふらついたところで剣を突き出し、あとはこちらの身体ごと押し倒すようにして刺す。

 訓練どおりだ。父上、お祖父様、感謝いたします。





 あの棒術使いは手練だ。よくぞ止めてくれた。見事な最期だった。

 メル家ともなれば、侍女すらこの腕か。

 このナイトは、少年だな。しかし良く訓練されている。

 あれから8年。息子も生きていれば……ユヤンの街、今はウッドメルか、あそこで逃げ遅れて……。

 

 メル家の末娘か。まだ子供じゃないか。メル家は鬼か。悪魔なのか。

 ……。ええい!

 一矢を!メル家に生まれたことを恨め!

 

 

 アンディ!?

 いや、違った!息子がいるわけがない。

 だが、なんで、こんな子供が、こんなところに?


 いや、そんなことはどうでもいい!


 目標はもう目の前だ。

 手槍を投げる。この距離なら、外さない。


 はずなのに……あれ?なぜ空に向かって飛んでいく?

 青い青い空。ああそうだ、空はこういう色だった。ずっと忘れていた。

 アンディ……。

 




 うおおおおおおおおあああー!


 朝倉が、光芒を放ちながら、敵の肩口へと吸い込まれていく。

 違う。朝倉ではない。やったのは、俺だ。


 「アンディ……。」



 俺は、人を殺めた。



 

 

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