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第四百十話 教本に載ることもなく その1



 夜明けの光が草原に満ちゆくのを待たず、その日の戦端は開かれた。


 「報告。先鋒ニコラス隊五千、まずは敵の進撃を押し留めております」

 「報告。左右両翼、まもなく接敵」


 そんな報告を受けているようではいけないのだ、本来ならば。

 受けるまでもなく知覚できる位置――先鋒の後ろ、両翼の要――に布陣すべきが常道である。


 「将軍より第二陣・リーモン隊に指示を。敵先鋒の崩れを見計らい緩歩前進」


 いわば『不期のカイロネイア』を――敵が崩れ、追う先鋒が期せず突出する形となり、両翼との継ぎ目に隙間ができて、その隙間に「割られた」敵が逃げ込んで、結果包囲されてしまうという事態を――避けるべく。

 それは先鋒が強烈な打撃力を持つ軍に起きがちな事故だから。

 事故ったところですぐに負けることもないが、戦線の混乱は避けたい。


 だからこそ「先鋒との隙間を埋め、両翼と繋ぐ」動きが第二陣には求められる、敵の崩れを感じつつ。

 その見極めが利く者は上級士官にも案外少ない。一軍を率いる立場に限れば俺とコクイ・フルート以外に見当たらない。

 まして軍人中隊長であれば本営を前に出し彼我の勢いを肌に感じて全軍を統率すべきところ……それが「求められる姿」であることも承知している。

 だが俺はあえて後ろに下がった。花形をリーモン隊に、コクイ・フルート卿に譲った。


 「報告。ニコラス隊、敵先鋒を打ち破りました。敵は第二陣を投入」

 「報告。第二陣リーモン隊、指示に従い前進中」

 「報告。左右両翼、いまだ接敵せず」


 思っていたよりテンポが悪い。

 ニコラスが速すぎるか、左右が遅すぎるか、敵が鈍いか。

 いずれにせよ現時点で憂慮すべきは突出だ。


 「将軍よりニコラス隊に指示。攻撃陣の再構築を」

  

 接敵しながら隊列を再整備し、状況に最適な陣形へと組み替える作業である。初撃・「崩し」への対応から敵を見極め効果的な第二撃を叩き込む「溜め」を作るために。

 机上の空論? それをするのが古き四家の役割だ。

 ニコラスは敵を押し潰すため。リーモンは本隊に力を副えるべく。カレワラは均衡を崩し、オーウェルは遅滞の要として。

  

 「報告。敵が全面攻勢に転じました」

 「報告。敵第二陣、再構築中のニコラス隊を攻撃」

 「報告。敵騎兵隊、右翼バルベルク隊の外に出現」


 エミールが指揮を取る右翼は心配していない。

 いかな強敵を相手取ろうが「手もなく敗れる」ことだけはあり得ないから。

 こちらから救援を、予備を投入する間ぐらいは稼いでくれる。


 「消極的に過ぎはしないか建威どの? ことに騎兵の運用、そう慎重にならずとも」


 ウマイヤ公爵の発言はさておき、最右翼にはアカイウス率いるカレワラ騎兵を配した。エミール隊右翼ハウエル騎兵に外から「合わせ」、敵騎兵を牽制するよう申し渡してある。

 

 敵が弧を描いて回り込もうとするならば、内側から「鼻面を押さえる」。側面から後尾を目指し「突っかかる」シリル・ハウエルに合わせてやる。両騎兵隊の連携により外へ外へと追いやることで、ひとつには王国軍の側背を守りふたつには位置取りの優位を維持……敵騎兵を遊兵に堕とす、そう述べるほうが通りが良かろうか。

 敵が直線的に切れ込むならば、外から「絞り込む」。内からハウエルが「削りをかけ」たところで鼻面に本陣精鋭、袋の鼠に落とし込む。


 以上述べたところはともに「理屈」・「こちらの都合」ではある。

 だがその都合を相手に押し付ける実力をアカイウスは備えている。


 ウマイヤ公爵にはしかし、その方針が気に食わない。

 アカイウスの手腕は王国騎兵みな知るところ。俺の「才覚」も及第点以上。

 「ならばこちらから騎兵を動かせ、攻撃的積極的に運用すべし」……理解はできる。やれる自信も無くはない、けれど。戦はすでに始まっている。


 「報告。右の敵騎兵、展開の後に停止。動く気配を見せません」


 アカイウスが描く幻影もとい未来図を的確に予測したか。

 結構、賢い敵は大歓迎だ。

 

 「報告。左の敵騎兵隊、左翼クロイツ陣に突撃。ファン・デールゼン隊長が迎撃の許可を求めています」

 

 バカがいた。

 陣を敷いての総力戦、突っ掛けには機があるものを。


 「将軍よりクラースに伝えよ。当初の指示通り、そのまま待機」

  

 最左翼に配置したウマイヤ騎兵隊、その担当地域は極端に狭い。クロイツ陣と潅木帯の間、数百mの幅を突破してくる敵だけを撃てと伝えてある。

 つまり騎兵最強ウマイヤ隊の役目も牽制、あるいは見せ玉である。

 それでは公爵閣下の立腹も当然で、兵を借りた身としては会釈の必要も感じずにはいられなくて。


 「こらえ性の無い敵、クラースを出すまでもありません」

  

 ウマイヤ騎兵と狭い通路で「すれ違う」、これは自殺行為だ。

 ならば辛抱すれば良いものを、目先の歩兵に食いついて。

 

 「いや、建威どの。そうバカにしたものでもない」


 語るウマイヤ公爵の首筋には刀痕が浮いていた。

 頭に血が……血の巡りが良くなった証ではある。


 「報告。ニコラス隊、再編終了。再び攻勢に転じます」

 

 なるほど。いま動かなくてはじり貧と判断したか。

 中央が押されているならば左右両翼で主導権を取る、押し返し包み込む……勢いを、かたちを見せることで中央への圧力を緩和する……常識的な判断だ。

 訂正しよう、敵騎兵はバカではない。ならば今の俺に勝つ見込みは無い。

 


 何のために後陣に退いたと思っている。

 才華をその輝きを正面から相手取り打ち倒す、そのためだけに練り上げた構想なのに。

 

 萩花の君よ、上陸しておきながらなぜ姿を見せない。

 双葉島の豪族を挙げて遣したところで俺を相手に何ができる。

 嘲りでも偽りでもなく、ただ君がためその御名を惜しむ。


 

 「報告。左翼クロイツ隊苦戦、騎兵の突撃を受けたその最左翼が潰滅状態。損害は500を超えたもよう」


 感傷に浴びせる冷や水にはやや温い。

 「そんなところか」以上の感慨が湧いてこない。

 効率良く兵を殺すことが将軍の仕事、至言であった。

 満足か、石頭のジョーよ。俺は成りおおせたぞ。


 「将軍より左翼第二陣あて、オーウェル隊・カレワラ歩兵隊・検非違使隊に前進の指示を出せ。ウマイヤ騎兵は引き続き待機させろ」

 

 歩兵と騎兵を交換できるならたとえ犠牲比3:1でも千の兵を殺そうとも。

 こちらはいまだ3セットの騎兵を――左のウマイヤ、右のカレワラに加えて本陣回りの混成騎兵団を――温存できている。


 「敵は何セット持っているのでしょう」


 智に働けばカドが立つとはこのことで。

 慎んでもらいたいものだが、15歳のスゥツにかけるべき言葉でもない。

  

 「3セットと踏んだがゆえの布陣でなければ軍監権限を発令している。アベル、ロードリクもよく見ておけ。敵のやり口、あれこそ騎兵のありようよ」


 まだ疑念を抱いておいでかウマイヤ閣下。

 この戦は必ず勝つ、近衛の力をもって――申し訳ないがウマイヤ騎兵はお客様だ。


 「かんしゃくを堪えていただき感謝に堪えません……見ておけお前たち、陣を布いての戦とはこうしたもの。決定機を得るまで、戦局がこちらに傾くまでは辛抱だ。小さな優勢を一つ一つ積み上げるものと思え」

 

 第二陣をリーモンに譲ったのも騎兵を積極運用しないのも考えあってのこと……現地入りから二度の機動戦を見せなければその主張を通すのも難しかったけれど。

 

 「報告。ご照会ありました右翼バルベルク隊の旗幟につき、乱れが見えます」


 駆け込んできた伝令は勢い余ってつんのめっていた。

 あまりの身軽さ、少年兵と言うも愚かな若さだった。


 ともあれ敵もさるもの、いよいよ正念場だ。

 第二陣リーモン隊……は、投入できない。まだニコラスに「目つけ」をさせておくべき段階だ。全軍の重心を、バランスを保つために。

 エミールのバックアップには仕方ない、第三陣デクスターを回すか。いや、まだ早い。俺自ら本陣を右前方に押し出し、厚みだけでも……。


 「もとい! 訂正いたします。旗印に乱れなし」

 

 続いた伝令は白髪交じりで息も上がり、そろそろ引退を思わせる年頃で……と、そんなことはどうでも良い。

 どちらが正しいと目を据えられて縮み上がった少年兵、譲れば良いものを口走っていた。


 「バルベルク隊の旗ですが、海からの風に煽られその動揺は激しく」


 旗幟の乱れとはそういう意味ではない。

 風の強い日は戦ができないとでも?


 「お許しください! 若手に経験と度胸を……」

 

 この大戦おおいくさでやることか?

 将軍への復命で試すかそれを?

 伝令の報告ひとつで三万人が死ぬ、王国の威光が地に落ちる、我らみな「正統性」を失う。それを分かって……いや、責任者は俺だった。俺が甘かった、甘い俺がいけなかった。

 

 「コニー・バッハぁあああ! 軍令を遮るか貴様」


 伸ばした長巻を弾かれた腹立ち紛れの怒鳴り声は我ながら聞き苦しきこと限りなくて。

 弾かれた反動からの振り下ろし、見え透いたその動きにも我ながら嫌気が差した。

 

 「正しきを為したものと確信しています」


 軽くかわされ脇に掻い込まれたのは幸いだったかもしれない。これ以上の醜態を見せたくはなかった。

 それでも感情が収まらず、収めどころも思いつかずにただただコニーを見つめるばかり。

 

 「吉報ではありませんか。バルベルク隊は敵の攻勢をしのいでいる」


 返って来たのは正論であった。抗い難きまでの。

 武芸に長ずるも戦は知らぬ、そんな男のセリフでも。

 

 「頭を冷やしてはいかがか、将軍。その長物から手を放されよ」


 王子殿下にまでたしなめられたのではどうしようもない。

 同い年の! ほぼ初陣で戦を知らない! 箱入りの王子サマに! たしなめられるようでは! どうしようも! ありはしない!


 「そこの伝令2名、失せろ。将軍閣下の癇に障るでな」


 誰が癇癪持ちだこの、この、ウマイヤぁあああああああ!

 収まりかけていたものをどうして、どうしてそうみんなして逆撫でする!


 (それがあたしたち王国貴族のマナーじゃない)

 (良かったなヒロ、みんな仲間に数えてくれてるぞ)


 OKそうだった、俺は幸せ者だ。幸せは義務だ。

 分かったから5秒くれ、深呼吸のために。

 

 「つまり中央は攻勢、右は温存、左で激戦……有利が取りきれぬ現状、『動く』までにはまだ間があると見てよろしいか、将軍」


 ええええ、その通りですともスレイマン殿下。

 「狭い」左翼のクロイツは破られなければそれで良い。

 中央が押し込んでいる現況に呼応して「広い」右翼のバルベルクが温存、接敵しながら旗幟に乱れが無いならばよほど巧みに戦線を上げ下げしていること間違いなし。ここまで理想的な展開……


 「ならば今のうちに改めて伺いたいものだ、将軍の構想」


 「気に食わぬところもあるがここまで想定通りとは見事なもの、なるほど認めざるを得ぬ」


 将軍の殺気を逸らす手腕、両軍監もさすが見事なものです。

 改めて構想どおり事を勧めるべく、ここは冷静に、もう一度整理してみますか。


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― 新着の感想 ―
[一言] まあ将軍(笑)扱いを首脳陣が率先してるから こんなのが出るよね 人死にが号令一つで桁変わるのを自覚できたのが収穫でしょう主人公が(理解出来ても実感しきれないから戦場で貴族ごっこした空気出し、…
[一言] ヒロが怒鳴ったのは久しぶりですかね? 王国人らしくなっていますね。
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