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第四百七話 気苦労 その1



 「それでイーサンを? 寡兵砦を落としながらなお戦功を欲するか」


 商都に到着して怱々ロシウ・チェンの出迎えを受けた。

 将軍に対する礼を尽くす……にしては直截に過ぎるその言葉、どうやら商都留守閣下におかれてはご機嫌うるわしいようで何より。


 「必要と判断したのは私です。ご安心を、『本戦』には呼び返すので」


 飛び入り令嬢の実力は本物だ。

 だが実力による抜擢は組織を壊す、実績を伴わぬ限り。軍には……およそ人間の集団には、正統性あるいは納得が必要だから。

 その点イーサンならば従える、従うことに言い訳ができる。命を的に働く男であろうとも。

 そうした諦念の上に乗り、煽り励ましつつ一方でよそ者・伯爵令嬢の実力を引き出すことができる――生まれた時からその経験と実績を積み上げてきた――人間も、イーサンのほかに見当たらない。


 「みな気苦労の多い」


 吐き捨てて、深海の色を宿した瞳がこちらに向き直る。


 「キュビ家がジョワユーズ島に上陸したそうだ」


 どこまでも平らかな声。相手は将軍、もはや試すまでもない男だ。

 

 「ランス・ゲーティア。粘っていますか、想定よりも」


 上陸の報があって制圧の報が無い、ならばそういうこと(・・・・・・)だ。

 名の出た男、双葉の対外強硬派レオン・ゲーティアの女婿にしてジョワユーズの最大勢力である。くわえて想定よりも「やれる」……と、あれば。


 「双葉島に逃げ込むでしょう。トコロテン式に押しやられる小豪族が泣きつく先はウォルド家。キュビに空振り食わされて拳の打ち下ろしどころを探している」


 力は勢いを生む。勢いはその然らしむるところを招かざるを得ない。

 ゲーティア家とウォルド家は――代替地を求める女婿と父祖の地を守る小豪族、それぞれの後ろ盾とあっては――対立せざるを得ない。


 「やはり荒れるか」


 ため息をついていた、額に扇をかざしつつ。

 ロシウ・チェン、王国貴族の例に漏れず気苦労の多い男。

 その肩に俺も遠慮なく荷物を乗せる。これも王国貴族の例に漏れず励ましとして。


 「荒れようが藩屏たれば十分。問題は萩花の君です」


 双葉島南東部を押さえられている現状、北東部にまで進出されては国防の危機を招く……とは言え、俺の手はそこまで及ばない。伸ばすわけにもいかない。これは商都留守の仕事だ。


 「キュビ家も忘れてはなるまい。手引きする者が現れよう、『小豪族』のままでは」


 北東部に散在する「双葉の諸侯」が2つ3つにまとまるか、あるいは統一……キュビ四柱とも並ぶ規模になってしまえば……「それ」をロシウは容認している。

 そしてこの男において容認するとはその流れを作ること。諜報、工作、「上」の説得。いずれ気苦労の耐えぬことで。 


 「助かります。いえ、萩花の君からサンバラひいては商都を守るという観点において」


 双葉島に「足場」を確保できれば万全だが、これは難しい。

 だがサンバラ有事の援兵は――萩花の君に対する火事場泥棒のかたちでも良いから――是が非でも約束させたい。見返りは自治と後援の確約、つまり従来どおりで良いのだし……などと軍人があまり頭を回しすぎるべきでもない。

 

 「言い訳は不要だ中隊長どの(・・)。ウォルターとマックスにもご下問(・・・)願えるか?」


 そういうイジメいくない。

 四家は横並びが大事、おててつないで一緒にゴールするズッ友なんだから。

 商都に出向いたから最初に聞いただけのこと、枠組み作りの気苦労を背負うつもりはございません。

 

 「留守閣下からお願いいたします。現今私は……」


 「『萩花の君』か? よほど都合良い男のようだな、ヒロにとって」

 

 一面の事実ではある。

 強敵と書いて風除けと読める男のありがたさ。


 「……呼べば会いに来るのだから」


 双葉島を出たか。出てくれたか。

 

 「ようやく真顔になったな。勝算は……愚問か」


 「再編された近衛府、留守閣下が描いた図面のおかげです。スゥツもさすがの手腕でした」


 意気揚々、父上との対面を待っているところだ。


 「建威将軍におかれてもご連枝が商都に対する功績、まこと大きなものがある」

 

 会っておけと。

 言われるまでもないことを念押しする……ちうへいめ、乗せられたな?



 

 「お疲れ、お頭。釣りに出ないか?」


 商都で顔を合わせての第一声がこれだった。

 ちうへいなりに気でも使っているものか。


 「海にも大分慣れたよ。はじめは波と風のズレに戸惑ったが」


 うねりを作るのは遠くの天気、風を生むのは近場の天気、一致するとは限らない。どうやらそういうことらしい。


 「サンバラを経由して双葉島へ船を出してほしいと、ロシウさんから。今回は使節って話だが」


 堅牢ながらも小体な作りの帆掛け舟に揺られること小半時。

 周囲の船影を見渡しながら髭面が声を張り上げた。


 「『双葉島に進出されてしまった以上、水軍強化は必須。その先鞭として』……理屈は分かるが『お頭に相談してから』って言ったら鼻で笑われた」


 秋葉月、陽射しに帆綱を手放して。


 「ロシウ・チェンともあろう男が安い真似をって言い返したまでは良いんだけどよ、正直なあ……」

 

 みっしりと厚い肉付きが隣に腰を下ろす。

 少しばかり傾ぐ船端に舌打ちひとつ、半身になった顔がこちらを向いていた。


 「やれるのか、お頭。俺たちにはちいと荷が重くはないか?」


 こころ、お気持ち、将来不安。やわらかいところから物事を考えても堂々巡りするのがオチ。

 だからまずはソリッドに。


 「金は言いだしっぺの商都から引っ張れば良いから、頭数だな。地元勢、サンバラ海賊衆、ファンゾ者も招いて……」


 「エイヴォン色を薄めるか、上等だよ」


 並んでちゃぽんと竿を振る。

 船影まばらな真昼間、魚の影も見当たらず……最初から期待していないけど。


 「言うなよちうへい。商都の事故な、よくやってくれた」


 「水難があったら何を措いてもまず救助、医者やらの手配。敵も味方も無い、積み荷も現場検証も知ったことか。それが船手の心得だよ。お頭だって知ってるだろ?」


 そうだなと頷いた視線が思わず跳ね上がる。

 浮きが上下していた。マジか……やっぱ自然豊かって言うか、21世紀のチキウとは違うのかな。


 「それでもさ、ちうへい。近衛府も商都政庁もお前のおかげで面目を施した。大きな仕事だ」


 言った直後に釣り上げたのが8cmの小魚と来た。

 頼むよもう、ほんとお願いだから。


 「まあな、あれで打ち解けたってところはある。水運連中に漁師、セシル家にキュビ海軍……今もこうして気兼ねなく帆を出せる」


 ちうへいの竿もたわんでいた。

 ぬたり河との絡みでここはけっこう釣れる穴場なんだとか。あれか、栄養素的な話か。


 「戦を嫌うわけじゃないがよ、お頭。波風読んで帆を張って、それで良けりゃあどんだけ気楽か」


 だよなあ。船乗るだけでも命懸けには違いないけど。

 20cmの魚が釣れる、それぐらいの楽しみはあるようだし。


 「でもよ、単騎で砦を落としたって聞かされるとなあ。あのロシウさんが臆面も無く高笑いしてたぜ、夜の海みたいな色した目ぇかっ開いて……あんた実はバケモンじゃねえのか?」


 微妙に話が膨らんでるけどまあ良いか、たまにはカッコつけても。


 「ただの理詰めだよ」


 ……ああ、まただ。

 異形異質に出会った目。

 バケモノって言ってくれるだけちうへいは正直なのに。


 「いや、実は見切り発車だしけっこうブルってた。終わってからが大変で」


 着想から結果までその全てをぶちまけてやった。

 震えが止まらなくて眠れなかったの、インク壷蹴飛ばしたの。

 なんだしょうもないと、ようやく髭面から白い歯を覗かせているけれど……悪いなちうへい。


 「だが次は堂々三万を差配してやるさ。俺と近衛連中ならやれる」


 カッコつけでも何でもなく、それがいま求められている仕事だから。

 近衛府の力で南嶺を叩き潰す。イーサン、エミール、コンラート、おのおの所を得さしめて。


 「あんへいを寄越せお頭。人手が足りてりゃ俺だって……これは理詰めのところだ」


 目の色が変わっていた。

 お前も気苦労が絶えないよな、ちうへい。

 いやイーサンも、俺も、ロシウも。

 

 「金と物資はロシウさんに強請たかれよ? いまなら目一杯イケるから、間違いなく」



ジョワユーズ島:モデル小豆島

サンバラ:モデル淡路島

双葉島:モデル四国。「諸侯」の散在する「北東部」はモデル香川、萩花の君所領の「南東部」はモデル徳島

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちうへいにもそんな目で見られるとは、何割かの一般王国貴族からもそんな目で見られているのだろうか? 実際「単騎で砦落とした」の報告は文面だけ見れば中々のインパクトですね。近衛中隊長って戦国…
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