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第四百四話 ○○の○○○○ その1



 軍事機密――と書いてネタバレと読む――に触れるので、作戦実行までは伏せ字とさせてもらいたい。



 ともかく建威将軍府一同で顔を合わせて半日の後、陣営の門を潜ったところで呼び止められた。


 「将軍閣下、いやヒロ君に見てもらいたいのだけど」

 

 国境付近における租税徴収の件かと歩み入ったデクスター隊その宿舎はいかにもあるじ好みに整理整頓されていた。やはりイーサンは「こちら」もやれる、そんなことを考えながら運ぶ軽い足取りが思わず止まった。一室の扉から嗅ぎ慣れた匂いが漏れていたから。


 「すぐに所定の場所へ移すさ」


 「だが俺が、将軍閣下が言葉をかけずには収まらない」


 王国貴族たるもの、7月であれ紋章付きの外套は必携だ。

 取り去れば血の気が失せた顔は想像したより穏やかで、なるほど折衝向きらしいなにものかを漂わせていた。


 「『士喪われて志なお已まず』、我らある限り……詳細を願う、デクスター男爵」


 「カレワラ将軍の厚情に感謝を……すでに戦は始まっている。使者が斬られたという事実により結論が左右される問題は存在しない」


 郎党衆の手前、抑えに抑えた宣言をひとつ。

 そしていつもの調子に戻していた。

 

 「だが作戦会議の前に見せたら……その、判断に『傾斜をかける』ことになりかねないと思ってね」


 なるほどデクスター公爵嫡孫による報告、そのことがひとつの意味を持ってしまうけれど。

 

 「もともと有力な戦術だ、遮二無二の力押し」


 この局面に限っては敵に10倍する兵を運んできたのだから。


 「だがそれを君に押し付けるのはフェアじゃない。絶対に勝たなくてはいけないのだから、僕らは。そのために最良の判断を」


 便利な言い回しだと思う。

 激情などというものは――使者に申し訳が立たない、その感情は――自分ひとりで引き受ける、他人に立ち入らせるなど……なるほどそれもフェアじゃない。


 「だから。ヒロ君が到着する前に、我ら先遣三将で開いた軍議のあらましを伝えとこうと思ってね」


 そうと決まればあとは早い、それが先遣の彼らトワ官僚。


 「先にも説明したが砦の責任者、敵派遣師団の指揮官はシャルル・ヴァロワだ」


 しかしあるじの割り切りに郎党衆はなお戸惑いを見せていたから。

 無駄話という名の余韻をいますこし。


 「王国と南嶺は兄弟のごときもの。近すぎるがゆえの悲劇かもしれない」

 

 シャルルはその王国から南嶺に寝返った男だ、過剰な忠誠を示す必要もあろう。降伏勧告を匂わせた使者の頚動脈を刎ねるぐらいには。

 

 外套をあるべき姿に戻した、その悲劇の痕跡を消し去るために。

 正しく広がる名誉の紋章、作戦を論ずる景色としても適切だろう。


 「もともとあの家は風儀が良くない……父に言ったらどやされるかな?……敵ながらあっぱれ嫌がらせ上手としておこうか」


 シャルルの兄フィリップは策謀家、弟アレクサンドルは血まみれの成り上がりと、そういうことばかりでもない。

 今を去ること1000年の昔、南嶺の名門ヴァロワ家は決定的な局面で王国に寝返った。「いざともなれば何でもあり」それが彼らの凄みではある。


 「同意するよ、砦を見てきた。止められたんだな、力押し。マグナムか?」


 視線を送れば大柄な美青年が肩を竦めた。


 「むしろクロイツに派遣されたミーディエ士官、帰京したバルベルクの元ウッドメル士官かな。『力押しも間違いではありません、だがしくじりは許されませんよ』」


 イーサンの口真似による、その後がふるっていた。

 かくも愛おしく憎らしい連中がほかにあろうかと。


 「『閣下を難ずるものではありません、問題はあなたが将軍ではないという一事に尽きる』」


 なるほど最終決断は将軍の権限にして責任である。

 そのくせ彼らから見た俺は……まあ良い。どいつもこいつもまとめて巻き込んでやると思えば。


 「さすがの見識、戦役の見通しは明るい。あの砦は『力押しなら必ず落ちる、ただし必ず被害が出る』類の作りだ。嫌な課題を突きつけてくれるよ敵さんも」


 つまりは命懸けの嫌がらせである。

 熟練の士官ほど二の足を踏みたくなるのだ、それがもたらすものを知っているだけに。


 「そこは征北将軍閣下の兄君というところか。答え合わせがしたい、ヒロ君の見解は?」

 

 まさにあの弟にしてこの兄あり、である。

 中島ひとつを固めるには2~3年の歳月が必要だ。

 そこを半年、ヒトモノカネも限られた中でやってくれるものだ。


 連結された4つの砦、これを俯瞰するならば北斗四魁星――ひらたく言うなら「ひしゃくのアタマ」――によく似た構造だった。


 「ならば遠慮なく。もともと攻城の基本は包囲だ、ところが」


 囲師は必ずく……「一箇所は逃げ道を作ってやれ」とか言うけれど。

 その格言の裏返し――「ほんらい四方を囲むべきもの」・「少なくとも三方向から押さないことには城は落ちない」――こそが城攻めの基本である。

 もうひとつ裏返せば、攻め手がその態勢を取らずに済むような建造物を城砦とは呼ばない。

  

 「敵はここでも理外に出た。四角の最後の一辺を閉じることで初めて生まれる『厚み』を放棄している。と、あれば」


 「外からの包囲に加えて中央……『ひしゃく』の内側に主力を籠めて猛攻をかければ必ず落ちる、僕でもそれぐらいは」


 ならば敵はなにゆえ理外破格に踏み出したかと。

 予算人員の不足にてはあらず、王国の社会構造をよくよくご存知だからである。


 真に問題とすべきは籠めるべきその「主力」、誰が担当するかにある。

 四つの砦から集中砲火クロスファイアを浴びるポジション、甚大な出血を強いられる。それも本荘ホンチャンである西の会戦が始まる前に。つくづく危険なばかりでおいしくないのである。

 

 「インディーズ四家で担当すべきです、トワの先遣三将(われら)に投げっぱなして良い仕事ではありません。それが彼らの義務にして名誉なのだから」

 

 誰ぞの声を真似すれば返ってくる苦笑い、だがじっさいこれぐらい言わねば忠臣ではない。

 その消極を卑怯惰弱と叱り飛ばすことが許されるのも将軍、最高責任者ただひとり……最初に指摘してイーサンの反論を封ずるところまで熟練の士官であった。


 「幸いにしてマティアス坊やはやる気みたいだけど?」


 なるほど最初に踏み出す「王の足」ニコラスの義務にして名誉ではあろうけれど。


 「そんなかわいそうなマネ、だいたい任官前だ」


 一番キツいところを坊やにやらせるのでは近衛府、いや俺の名前が地に落ちる。没個性の肩書で組織を動かせる――それぐらいにまで個の力が奪われた――現代とは違うのだから。

 刀槍勝負の前近代、生き様やら名声までもがそのまま個人の力となる。


 そういう意味での俺の「力」――ベテラン士官、中流貴族、百人の命を預かる隊長たち等々、5年をかけて必死に取り込んできた彼らの「ヒロさん評」――だが、ようやく形になりつつあった。


 「悪くない」、その指図に「付き合ってやっても良い」

 「戦略眼は問題ない。それで十分だろう? 公達なんだから」

 「ご身分もある、軍歴にはめぐり合わせもある」から「才覚をうんぬんするのは不公平だよ。その機会があれば…………そこそこはやるさあの人は、たぶんいや間違いなく」

 

 好意的にというか都合良くというか、自分に利用できるように彼らの言説を解釈するのであれば。


 「すこしいやらしいヒロさん」の「ちょっと良いとこ見てみたい」のである。

 命を懸けるに足る将軍であるところを見せてもらいたがっているのである。

 それも作戦会議室ではなく戦場、すなわち祭の会場で。


 そのためには公達として「自ら痛みを引き受ける」――敵の殺し間にカレワラ兵団を配置する――か、あるいは軍人として「輝きを示す」――戦略ではない戦術レベルの才覚により鮮やかに勝ちきってみせる(嫌がらせ上等の畜生ぶりを見せつける)――か。

 前者なら王国の男たちは付き合ってくれる。そして後者であれば。

 

 (付き従う、王国軍人おれたちは) 

 (ついに「彼ら」の仲間入り、ね)

 (8年鍛えてやったんだ、策さえ成れば問題ない)


 決断のタイムリミットは本軍3万の到着に2日、砦周辺の掃討に2日。

 それだけあれば十分、なんとかなる。

 

 「気を使わせたねイーサン、だが問題ない」


 先遣会議でいじめられた友人がこちらと同じ笑顔を返してきた。

 根拠もないのに余裕の笑顔、必須技能には違いないがわざわざ披露するまでもないと言わんばかり。

 


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