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第四百二話 黄金


 状況を聞くからに首を傾げたくなった。

 

 問題となっているささやかな港、とある貴族の采邑だが。

 人口面積ともに小さく、ゆえに出費が少ない一方で寄航による安定収入を見込むことができる。

 つまり家名持ちなら誰もが夢見るエデンの園、エドワードあたりに聞かせたら血の涙を流しかねない……かはともかく、社会不安など起こりようがないのだ。


 「事前調査でも、何ひとつ」


 言い訳、もとい正当な反論を試みるスゥツには両の掌を見せておく。

 分かっている、責める気などない……のは良いのだが、近衛連中は頭の回りが速すぎる。

 

 「するとここ数日の間に?」

 「南嶺の破壊工作でもあろうか」

 「我らが出ます!」

 

 爵子オノラブルマティアスが椅子を蹴る。

 気持ちはありがたいがニコラスと言えばミーディエと並ぶ王国最強軍団、明らかにオーバーキルだし……って、そうだよそこから聞かないことには。

 

 「騒乱の規模は? 小隊を派遣して済むなら予定を変えることも無い」


 改めて目を向けたところ、どうしたわけか報告者コニー・バッハが身を縮めていた。

 いぶかしむ間も無く電光一閃その出どころは懐かしのスキンヘッド。


 「早いところ正直になれこの愚か者」

 

 極東の学園で若者を見つめ続けて20年、「わるさしたこども」の行動パターンはお見通し。絶妙の呼吸で放たれた雷喝にさすがのコニーも思わず口を割っていた。

  

 「嘘ではありません。『駐留にかかる費用負担の見直しをお願いしたい、家中あげて憤慨し一触即発』とのこと、現地で家宰を務める剣友が自ら……」


 改めてスゥツに支払額を質したころが、相場の三分の一であると。

 ああ、と列席の最年少がため息をつく……も、そこは礼儀正しく発言を控えている。

 いったい何が見えているのか尋ねようと乗り出す視線の片隅で最年長のコクイ卿がゆったりと頷いていた。


 「磐森におかれては理解が及びにくいところでもありましょう」

 

 なるほど子供の軽快には追いつけない。経験の重みには頭も下げよう。

 が、ガキとジジイとその両方から馬鹿にされては腹が立つのである。

 つまびらかに述べよと卓を叩いてみたものの……青年コニー・バッハ、それで震えるタマでもない。


 「なにとぞお願い申し上げます」

 

 いったん額を取り決めながら値切り交渉、内実を述べるようでは赤っ恥ということか。

 友の名誉を慮る、美しき話ですこと!


 「将軍閣下はお急ぎである。君は分かっているようだが、ロードリク?」


 スレイマン殿下が聖上そっくりの含み笑いを噛み殺していた。

 ご下問に答礼を施したロードリク、さっそく口を開くべきところ小さな会釈を見せてくる。軍監には独自の命令権がある以上、こちらの許可を得ることもないのだが……どうやら俺はよほど苛立って見えているらしい。


 「古い家なのでしょう。格式高く、領主は見栄っ張りで人の話を聞かない」


 つまりアシャー公爵家そのものであるが、なるほど。

 小港ひとつの采邑ならば后妃の流れでもあろうか。


 「家臣の驕慢愚鈍、また度し難し。陛下親任の将軍閣下に直談判できるものと信じて疑わないとは」


 ロードリクの舌鋒が鋭さを増す。

 自ら口にした非難を薪に瞋恚の気炎を噴き上げる。


 「あまつ皆さまのお耳を汚し、行軍に停滞をもたらすなど……マティアス、ここは僕に譲ってくれないか? ニコラス五千の力を借りるまでも無い」


 扉の外と言ったな、コニー……口にしながら霊弾をその掌中に練り終えているありさまで。

 だからどうして諸君はそう沸点が低いのかと。


 (一軍の風儀は将に靡く)


 急いでることは認めますがねネヴィル君、俺はそこまで粗暴じゃない。

 つまるところこれはアシャー家の風儀に対する反発、一種の反抗期であろう。

 ならばここはおとなとして……。

 

 「コニー・バッハが剣友と認める男ですよロードリク」


 そうだ、いかにロードリクが霊能持ちと言ってまだ子供、間違いが起きてはいけない。

 だからと言って立ち上がるな手甲を締めるな剣把を鳴らすんじゃないカルヴィンこのバカいや助かった、お前なら遠慮は無用だ四五発殴らせろそれで場も収まるだろ……と刀の柄に手をかけたところで、かつての恩師が――なかなか逆らい難い人物ではある――再び額から光芒を放つ。


 「諸君の仕事はスレイマン殿下を守護し奉ること、並びにお年若の将軍閣下を監視することだ!」

 

 込められた俺への批判は華麗にスルーするとして、つまるところ我が幕府の僚友たちは戦を前に血が滾っているのである。それこそ「あほのカルヴィン」そのレベルにまで。

 ならばおよそ手綱のとりようもある、頭に血が昇った連中とはつきあい続けて8年になるのだから。


 「いずれにせよ説明を……入れ、家宰とやら! 直答を許すからには隠し立ては許さぬ!」


 そしてようやく掴んだ事情であるが、要するに見栄を張った……とは言ってやるまい。

 王師と聞いて奮い立った港のご領主、「自らも苦難を引き受けん」と、その。

 つまり家臣にいっさい諮ることなく出血大サービスを申し出た。スゥツとしても断る理由がないので取り決めた。

 で、最悪のタイミングでその事実が家中にバレたと。


 「領主のこころざし、まこと嘉すべし。貴様ら家臣が支えんでどうする」


 どこまでも美しい話である。

 つまり戦争とは食い合わせが悪すぎる。

 

 「そうした領主の率いる家は火の車と決まっているのですウマイヤ閣下」

 「新興、失敬、『中興』の勢い盛んなるお家には理解の難しいところと申し上げた意味、ご理解いただけましょうか」

 「隠しても無駄だ家宰とやら。借財、どこの商会にいくらだ?」

 「采邑の経営に懈怠あり、王師を遮るに至る。罪の重さを分かっているか?」


 切れ者揃いの幕僚に極めつけられて家宰とコニー、武骨者ふたり言葉に詰まるばかり。 

 埒があかぬと清貧カルヴィン・ディートリヒ卿に目配せしたところが深刻な顔、これは「そうとう苦しい」ものと見た。

 

 「負えぬ荷は負えぬのです! 私が帰らぬその時は家臣一同主君を押し込め奉り……」

 

 一家一党の意地をご高覧に入れん! ですか。

 これまた美しい話ですけど、今回ばかりはそれダメなんですわ。

 相手は建威(・・)将軍なのだから……と、幕僚が背負ってしまっていては。

 

 「単身では無理だ。やっぱりここは僕らニコラスの仕事さロードリク」

 「渟垂河は辺境伯家の担当に非ず! 縁ふかき我らトワが片をつけます」


 少ないチャンスをモノにすべくアベル・ベルガラックが熱弁を振るえば、そこはヴィル・ファン・デールゼンの邪魔立てが……無いんですねえ、今回は。シーリーン・ウマイヤ将軍に扈従してイゼル戦線に出向していますから。これぞ人事の妙である。どやぁ。

 

 「クラースよ。ここで立たねば弟、いや『本家の若君』から後で何言われるか分からんぞ」


 兄のほうをかんしゃく玉ことウマイヤ公爵が随員として連れて来るのではどうしようもない。

 いえ、プロパーの騎兵隊長は大いに助かるんですけども……なんですコクイ卿、アカイウスの椅子を音立てて蹴飛ばしたりして。

 ああそうですねそうでした。俺がぜんぶ持っていかぬことには、俺がケツ拭いてやらぬことには。将軍とはそういうもの…………少年たちを率いるからにはなおのこと。忘れるはずもない。

 

 「当初予算どおり、相場の金を払ってやれ」


 将軍閣下が恩を見せれば、そこは読んで字のごとく威を建てよと予想通りの猛反発、いや猛アピールが返ってきた。


 「受けるとは思えません! 古き家ならば勝手は知っています。僕に家臣の掃討をお命じください」

 「国費であります閣下! 支出を抑えるのも幕府の務め。私からなお言い含めましょう」

 「全て潰せばその金から払わなくて済む。デクスターへの言い訳も立ちます。ここはニコラスに」


 めんどうなことだが、船旅の暇潰しにはちょうど良かったかもしれない。

 それぐらいにゆったりと構えぬことには「あほ」いや、「血気盛んな」少年たちをいなせない。


 「分かった、私が払う。受け取らせる」


 現地も近づいて来たことだ、強攻策は時間切れ。


 「失策であると仰せならば、せめて私に挽回の機会を。チェン家の出捐かかりにて」


 「誰の失策でもない。いまはただ時間が惜しい、分からないか?」


 節とともに授けられた鉞を掲げる。

 なお言い募るならば振り下ろす他にない。


 「将軍閣下の断である! 戦端を開く前から処断の話など……みな恥を思われることだ」


 コクイ卿の叱声にもなお昂奮冷めやらぬ一同をしりえに回し、清げなるご領主どのと向き合えば……後は野となれ山となれ、どうにか回すほかに無い。


 ――気高きお志、確かに承りました。必ず上に達することでしょう――

 ――しかしひとりに重荷を負わせては聖上におかれてもご心痛。どうか受けてください――

 

 (ギリギリだったな)

 (同期連中どころかガキ共に食らいつかれて)

 (って、ヒロ君。なにわろ)


 けっこうな事だ、それだけ真剣なんだよ。

 仕事を機会を手柄を奪い、金を、地位を、名誉を得るために。

 誰も彼もが己の全てを、部下の命から莫大な財産までベットしてるんだ。

 

 その財産、黄金の贈呈だがこれはアカイウスに任せた。

 実務はご領主を棚上げして家臣間でやり取りするに限る。


 それにしても眺めるからに似合わない。

 アカイウス・A・シスル卿と言えば百戦練磨の騎兵隊長と名を轟かせているものを。

 つくづく思い知った。彼はやはりその身を鞍に預けてこそ、こんな仕事をさせるべきではないのだ……と、分かっていても人が足りない。


 (ベテランから微妙にナメられるわけか)

 (戦術会議でもないのに鉞を持ち出す、そりゃ恥ずかしいわな) 


 そこは仕方ない。俺は四家の「じいや」連中から見て30は年下、息子どころかヘタすれば孫世代だもの。しかも悪いことにこれまで俺は現場指揮官としての圧倒的な才覚、いわゆる「輝き」を見せたことがないのだから。

 我が経歴はどこまでも「無難」・「安定している」・「負けが無い」……けっして悪くはない、どころか十分なんだけどな。本来なら。


 (比較対象ハードル自分で上げといてよく言うぜ)

 (輝きにもいろいろあるけど「黄金」を選ぶってさあ)

 (名人ロシウ・チェンにしてなお囚われてるんだもの。仕方ないわよ)


 生きる道が違う、ロシウはどこかでそれを知った。

 知りながら、なお諦めることはしていない。

 だから広く人材を求めている。輝きが唯一無二であることを認めぬために。


 その思惑に俺は乗った。


 だから商都を戦場に選んだ。敵に準備を許しもした。

 ならば戦場に、ロシウの眼前に駆けつけなければ何も始まらない。

 

 

 ――それではご領主どの! 戦勝の暁に再会を期せん!――



 などと一大茶番を終えて船室に戻ってみれば、そこでも黄金がぶちまけられていた。


 「それで縁を切れ。以後、コニーの前に顔を出すな」

 

 コクイ・フルートを前にした家宰は震えていた。

 その輝きの眩しさに、屈辱の重みに。

 

 「受けろ。お前はもはや剣士ではない、我からその道を断ったのだから」


 追い撃つその響きの冷たさ、耐えがたかった。

 他人を許すことに甘えたくなった。


 「伝手を使うなら『こっち側』ということさ」


 かすれ声の軽口などに老人がよそ見をくれるなどあるはずもなく。


 「お前もだコニー、剣士侍衛が『垢』をつけるものではない」


 人を叱る、俺にはまだこれができない。

 罰を与えたことはある、けれど。その内実は殴るか斬るか……立場はともかく目線において対等の高さに降りるばかり。それ以外のやり方を知らずにいた。

 突きつけられたその事実にもやはり耐え難くて、ふたたび許しに逃げた。


 「何かあったら以後はティムルか……フィリップ・ヴァロワだな。そのあたりに丸投げを心がけてくれコニー」

 

 老人、いや壮なる年の男がようやくこちらに目を向けた。

 応じて答える価値がある言葉とようやくに認めたのだ。


 「当家から人……秘書の類を派遣します。貴人に侍るのであれば、『隙』を埋めておかぬことには」


 コクイ・フルート。

 今でこそ名将で通っているがキャリアのスタートは強力自慢の侍衛だったと聞く。

 苦い思いをしたこともあったか、年長者の経験はいつの世にあっても尊い。


 そのことは良い。

 だがこちらに向いた目、どうにも険悪であった。

 

 (リーモン子爵の「足場口幅」を確保にきたのよ。四家は友でありつつライバルでもある)

 (老人は響きが悪くて困る。お前のヤバさにようやく気づいたってことさ)

  

 ……フィリップと言えばリーモン子爵とは「同期入省」。ヴァロワとフルート両家格の近さもあってその懇意は誰しもが知るところと、やはり似た家格のネヴィル・ハウェルはこのあたりの事情に精通していた。


 (そのフィリップ・ヴァロワを名門チェン公爵家の跡継ぎごと「取り込んだ」カレワラを見る目ってことだ、あれは)

 

 いいかげんにしてもらいたかった。

 俺は、俺たちは戦争に向き合っているのだ。

 夾雑物などいいかげん切り捨てるに限る。


 「王の伴リーモン、無比なるその忠誠に。畏友ウォルター兄、私無きその心に。感謝と敬意を……さればこそ」


 革袋を投げた、老人の胸元に。


 「垢」にまつわる費用を他人に持たせなどしない。

 俺が最高責任者だ、俺がケツを持つ。

 他のやり方を知らないと咎めるならば俺のやり方を押し通すまでのこと。


 「コニーにはほか、従士家宰の類も必要だな。幸い、この場には四家の重鎮も揃っている」

 

 開きかけたその口に言葉を紡がせる気は無かった。

 

 ――われまた私心無し。望むはただひとつ、戦に勝たんのみ――

 

 「いくらでも睨むことだ。その目に老いの曇りが無いこと証してみせろ」


 理の当然として訪れる沈黙を破ったのは若き幕僚の――やはりまだ少年の範疇に収まっているあんへい・エイヴォンの――陽気な声だった。


 「お頭、次の港で泊まりますか? 月明かりを行けば朝には現地に着きますけど」


 コクイ・フルートがくるりと背を向ける、老人らしからぬ俊敏さで。

 「我らみな従いましょう」その言葉はあんへいの肩越しに。老人は頑固で困る。


 「進むぞ。船中夜泊も悪くない……いつまでもへこんでるなよコニー、甲板で稽古つけてくれ」

 

 しれっと西陽を背に動揺まで利して――心もあるが足元も――滅多に取れない一本を奪わせてもらった。

 若い連中にも見せとかないといけませんのでね、俺のヤバいところ。

 そして慶事は重なる、待望の連絡が入った。


 「報告! デクスター閣下の侵攻は兵6万以上を投入したものと判明!」


 正解引きやがった、どうやらヒュームが効いたかな。

 ならばここはもうひと茶番。黄金色の陽を受けて。

 

 ――まさに値千金、勝利は目睫の間にあり!――


 



マティアス:インディーズ四家にして西海の辺境伯ニコラス家の後継。先鋒を務める

コニー・バッハ:近衛府を代表する剣の達人。今次戦役ではヒロ付き

元・学園長:インディーズ四家はオーウェル子爵の弟、幕僚として派遣された

スレイマン殿下:国王の次男、軍監

ロードリク:アシャー公爵家の若君、霊能持ち。軍監付きを務める

カルヴィン・ディートリヒ:聖神教の聖堂騎士。ロードリクの師として同行

アベル・ベルガラック:公達としては「やや劣る」家柄の少年。吏務に武芸に奮闘中

ヴィル:ウマイヤ公爵家筆頭郎党ファン・デールゼン家の後継。アベルとの仲は最悪

クラース:ヴィルの庶兄、別家を立てた

ウマイヤ公爵:王国を代表する騎兵の家柄その当主、軍監。シーリーンはその跡取り娘

コクイ・フルート:インディーズ四家はリーモン子爵その右腕、霊能者





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[良い点] 何かヌルッと勝利しようとしていますね。
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