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第四百一話 緩急 その2



 兵隊の業務しごとその半ばは戦地までの移動と述べた。

 ならば将軍の重要任務とは引率と言わざるを得ない、それが理屈だろう。

 じっさい、大軍をつつがなく――栄養衛生また装備編成において万全に、という意味だが――現地に到着させられれば半ばは勝ったようなもの、とこれは言い過ぎだがその裏は完全に真である。「逃亡続きで編成スカスカ、配給遅滞で足元ヨボヨボ」では勝利などおぼつかない。


 などと言うは易く行うは難し。

 重要任務とはそのまま基本業務のあたりまえ、だがそれをあたり前にこなすことこそ難しい。いかなる仕事もこれはおそらく同じこと。


 「ピョートル殿下、思った以上に……」


 穏やかに揺れる船の中、思わず口を突いて出る。

 頼まれてください中隊長どの、そう呼びかけたスゥツ・チェンの背中が扉の外に消えかかるのを眺めつつ。


 「北賊の帝室に連なる方でしたか、大戦の総帥を務めたという」


 尋ねた男が参戦していたならばもう少し楽に勝てただろうか。


 「戦闘員だけで30万からの大軍を敵地深くに連れて来たのだからね。文士書生も同然のお立場にありながら」

 

 つい多弁になった、見解を質さずにはいられなくて。

 その男の名、コクイ・フルート。

 リーモン子爵ウォルター閣下の教育係じいやにして今やその右腕と称される老人だ。

 極東ウッドメル大戦にあっては領地の固めを任されたと聞いている。

 

 「しかも戦闘力を保ったまま……こちらで言う百騎長クラスの手ごわさ、強烈だった」


 敗勢を支えダミアン・グリムと刺し違えた男、そしてペネロペ。

 ……そんな感傷など部外者には関わりの無いところ、分かってはいたけれど。


 「隠れた偉才か、北賊の軍制システムに優れたところがあるのでしょうか」

 

 軍人が心に留めおくべきことを喝破してみせる、事も無げに。

 なるほどリーモン子爵が誇るわけだ。病後の前子爵おやを補佐して領地を切り回せる者など他にあり得ぬと。

 つまり彼にとってそれほどに煙たい存在と紹介しては皮肉が過ぎるかもしれないが……「コクイ・フルート無しで一軍を率い戦果を挙げる」こと、当時のウォルター・リーモンには求められていた。それも確かな事実である。


 「そのお話、若にもお聞かせ願えますか」


 「気持ちは分かるがな、『瑕どの』。チェン家の若君を焦らすものでもあるまい」


 そしてかつての「学園長」に「向こう傷」。オーウェルにニコラス、インディーズ四家はそれぞれベテランを幕僚に推薦してきた。これも若者に大兵を任せる「裏打ち」その一環である。


 「お気遣いどうも……じつに興味深いお話です。ええ、マティアスの時間が空いた時に私もぜひ」


 如才なく流してスゥツ・チェン、父親譲りの思慮深げな瞳の光を消していた。

  

 「停泊予定の港でお顔を見せていただきたく」


 依頼とはつまり政治案件だった。

 将軍が政治に関わるものではない? そんな戯言を口にするのはよほどの愚将に違いない。知って避けるならこれぞまさしくサボタージュ、国家に対する背信だ。

 兵員調達、資材管理、予算獲得……折衝を伴う軍務とは、いや人間ふたり以上が関わる社会的事象とはおよそ政治なのだから。


 いちばん簡単なところで「腹が減っては戦ができぬ」と言うではないか。

 おろそかにすれば人心はすさむ。略奪ほか口にすべからざることが起こる。

 軍が政治から目を背けるとはそうした現実にだんまりを決め込むに等しい。 

 

 食事を配るにも組織ひとを動かさぬでは始まらない。その前に食糧の買いつけから手配する必要があり、食い物買うには金が要る。その金を引っ張るには何が要るかと。全てひと言で片付けるなら政治の力ではないか。


 「まだ分かりにくいなあ。やきうに喩えてよ」


 分かってるくせにアンジェラが、このTSインチキ美女野郎め。

 

 「試合以前のところ、フロントに金出させるのも監督の仕事って話ですよ」


 いわゆる「部下」を頼むにせよ、遠征先のホテルから食事の支度、新幹線のチケットからユニフォームの洗濯から、その責任者は誰かとそういう話だ。


 「むしろGM(ゼネラルマネージャー)じゃない? 軍隊を管理運営マネージする、それこそ将軍ジェネラルなんだから。そりゃ政治折衝予算獲得人員配置は当然の業務内容よね」


 いずれにせよ軍部も政治と関わらずにはいられない。したがって「政治に口を出すな」とはこれ、実務を離れたところでの謂いである。

 つまり王国ならあるべき国体がどうとか、チキウなら民主主義の理想がこうとか、やきうで言うなら「ぼくのやきう観」とか、そうした講釈……いや正々堂々の政論を指す。

 言いだせば「その理想を掲げる○○さまこそ王たるにふさわしい」と口にするも同然。あるいは「××首相は好ましくない」「フロントはクソ。はっきりわかんだね」、そうした名指しの批判と解釈されてしまうのだ。それが最前キュビ侯爵に指摘された「勢い」であること、10万以上の職業的殺人者を動かす男が知らぬでは通らない。


 (そこに踏み込む覚悟と実力が無い限り、ね)

 

 死んでるからと言って無責任にもほどがあるぞアリエル。

 お前の一族郎党を預かり、保ち、先へ繋ぐその責任者は、当主は誰だ?


 押し黙られても気まずいので続けるが、だから俺も将軍職にある間は――兵を預かっているその間は――雅院との連絡を一切断った。御名を口にすることから憚っている。

  

 「こちらで全て済ませておくべきところお手数を、中隊長どの」


 スゥツも気を使っている。間違いの無いよう呼称を改めた。

 弱冠にも至らずしてその機微を知る少年をとがめる言葉など見当たらない。


 「謙遜は無用だよ、安心してお膳立てに乗るさ」


 ともあれそうしたわけで。

 きょうも元気に挨拶回りのお時間です!

 経由地駐屯地かんけいさきと円滑良好な関係を築く、職業軍人しゃかいじんの務めだよなあ?


 (イキイキしてるぞ)

 (人を殺さずに済む仕事だもんね)


 さてそのお相手だが。

 脂ぎったオジサマを期待される向きもあろうかと思われるところ、これがほんの子供であった。


 「快く協力を申し出てはくれたのですが、若年での継承ゆえ家中の押さえが効かず」


 協力(各種便宜を割安にてご提供)する対価を要求されたという次第。

 繰り返すが人倫の当然だろうと思う。


 沿道に立ち並ぶ近衛兵の隙間から領民たちが眺める中、馬を並べて館入り。下馬の介添えなども見せたところできわめつけ。


 「亡き父君には弟、ちうへい・エイヴォンが世話になった」


 俺が王都に「帰還」を果たすどころか転生するそれ以前、ちうへいの髭もまだ生え揃わぬ若き日のこと。どこかで一緒に釣りをした……チキウの小市民に言わせればそれ豪遊、クルージングなのだが……と、これは秘書官(?)あんへいから知らされていたところだが。

 それを大仰に、なんだかすんごい経緯があるかに装えばはい、おしまいと。

 そして舞台裏で述べられる謝辞の嵐、これが面映いを超えて煩わしさすら覚えるほどで。 


 こうした折衝仕事それ自体はキライじゃない……とも言わないが、貴族なんてこんなもの。慣れるも何もというヤツで。

 だがこの調子で港みなとに男あり、そのたび袖を引かれるのでは色気も拙速もあったものではない。

 これでは戦争に向きあうリズムと言うかだな、マインドをセットするにも……


 「報告! デクスター小隊長率いる先遣隊が商都東島ならびに西島に進出しました!」


 「兵数」の問いに悪びれもせず「いまだ不明!」

 これは若年ながら練れた幕僚である。

 即答さえしておけば文鎮ひとつの飛来あたりで済むのだから。

 そこでためらえば間が生ずる。老人たち(五十代)による腰の入った打擲ラッシュを招く。

 

 だが肝腎の兵数が不明では何も見えない伝言ゲーム。

 やはり指揮所を前に出さぬことには。


 「兵はあとで良い、我々も急ぐぞ……スゥツ、セシル家からの派遣組に頼んで運航ダイヤ開けさせろ」

 

 渟垂河は流通の大動脈、秋の実りに大盛況。軍事優先かつ5万を先行させたと言って、いまだ3万の輸送にごった返している。その現状で準備も無しに急行すれば、将軍旗艦が衝突事故の赤っ恥。


 (マインドセットだかができてるようで何よりだ)

 (あんまりバカにしないの。見切り割り切りは早いんだから)


 繰り返すが、だから政治は将軍の一大重要任務なのである。

 「港湾の」セシル家から専門家を派遣してもらう、イーサンに口を利いてもらってスゥツの下に付いてもらう。すべて顔つき合わせて決めているのだ。

 組織わくだけ作って押し込めて「上官の命令だ、従え」で誰が動くか前近代。いや現代の官僚組織ですらそれをされれば共通初期スキル「面従腹背」の発動を決め込むではないかと。

 

 そこらあたりの緩急には抜かり無しと、これは鷲鼻アルバもお墨付きのカレワラ将軍閣下、ついに出動……するはずが。 

 

 「発言をお許しください、航路に異変の兆候ありと……その、知人から」


 コニー・バッハの言ともあれば――堂々たる「トンデモ」の一角だもの――無視もできないのであった。




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