第三百九十三話 男の子 その1
王妃殿下(国王第二夫人)の懐刀、次席掌侍どのがその艶っぽい口元をゆがめていた。
「時めく皆さまをお迎えすること光栄の至り……ことに謹慎を終えられてすぐのおでましとは」
いわゆる奇襲をかけたと言えないこともない。
正面から対峙するにはヘヴィな相手だ。
「『端午節会に近衛中隊長が欠勤とは興ざめ』と陰口しきり、『ならばみずから穴埋めを』と仰せでね?」
男の子のお祭りに王国男子の代表が謹慎中では何言われても仕方ない。
なるへい19世の初祝いを地元で挙げた喜びはあるけれど……。
「ご英断、ですわね。たいへんな盛事でしたもの」
宮中でも初祝いがあった。
陛下のお孫さまが並んで盛大な祝福を受けるさまに……妙な想像を加えたエミールがうんざり顔を作っていた。
「なるほど。ヒロが列席の絵面、想像だけでも暑苦しい。ことにそちらは……」
カレワラ家は陛下の初孫――外孫ながら愛子バヤジットの息――その外戚であるがゆえ。
王者の縄張りで「もう一人の祖父」を印象づけたところで、実力業績の裏打ちに欠けていては。
「ええ、化粧崩れに悩まされたでしょうね!」
次席掌侍どのがノリツッコミに丸めた反故を投げつける。
言葉は率直でもここまであけすけな姿を俺には見せたことがない。
さやさやと不審を見せる「あちら側」に向けてもうひとりがアゴ、もとい口を割っていた。
日ごろ大雑把なくせして……いや、エドワードに次ぐモテ男と噂されるだけのことはあるか。
「20年経っても引退どころか『これから』ってヒロがお側にべったりじゃ、なあ?」
内孫の――すなわち雅院アスラーン殿下の――与党、その最右翼でもあるのだから。
腰巾着から鉄砲玉、斬り込み隊長へと呼び名を変え続ける若僧の顔を窺う未来など、それこそ「笑えぬ話」ゆえに「お友達がいなくなる」。
「かといって欠席すれば『影に回るか、さすがお家芸』……皆さま辛辣ですこと」
なればこそ、かくは参詣しているわけで。
噂も水も、漏れ来るものは元栓から。自称・王国の便利屋としては、ね?
「近衛中隊長とは国王の私設秘書、それも蔵人頭とは異なる現場担当ですから」
「ご謙遜を。チェン家とアシャー家の歴史的和解にも立ち会われて」
「それも時候伺いの使者に立っただけのことです……とは申せ」
祭主シアラ殿下へのお力添えに感謝を、国王陛下より王太后陛下あて……そうした使者は随員にも格が求められるところ、カレワラ氏が声をかけられる公達と言えばまずは婿君スゥツ・チェンなわけで。
「ロードリク君を中務宮さまにお預けしたこと、興ざめの非難は甘受いたします」
ようやく冒頭につながるという次第。
ロードリク君、ヒロがプロデュースして大祭デビュー。
スゥツとの会見を受けて、叔父イセンがプロデュースのもと端午節会デビュー。
その華々しさに、人々は雅院と中務宮の威光を見たところでありまして。
「次の機会は大祓……地味ですわね、いかにも」
「お年若なスレイマン殿下だからこそ、そのなんだ、落ち着いたふいんき?を見せるとか」
「今年は波乱要因もあること、大過なく挙行するだけでも」
エミールめ、再び飛んできた反故をこちらにはたき返してきた。
同じくデビューするユースフ・ヘクマチアルを押さえつける……そう言えば威勢は良い。だが相手にする時点で「格落ち」を認めるようなもの。
「無理やりに言い聞かせるためのお顔ぶれですの?」
女官衆がざわつく。王妃殿下閥はこれだから。
「皆さま、ここのところ絆を深められておいでとの噂……」
分かってるなら無駄な下ネタを挟むなよと。
「つまりは秋の戦ですわね……で、私ども……手加減せよと?」
無拍子に斬り込めるほどの確信があったか、ヒロ・コンラート・エミールの取り合わせに。
話がしやすいのは結構だが、対立派閥なんだよなあ……これまた頭の痛いところ。
「むしろ厳正に願います。『お歴々』はみな従軍経験者、手加減も粗探しも評価を下げるばかり。そのあたり掌侍さまならばご理解いただけるはず」
スレイマン殿下のほかにないのだ。
商都にキュビを出さない前提のもと軍監たりうる方と言えば、ウマイヤ公爵、メル公爵、雅院……言うてカレワラとの関係が深すぎる。
「つまりはただの提案です、公爵家の若君を随員に加えてみるのはいかがかと。私としても幕僚に採用したいところですが」
いっせいに扇が鳴る。華やかな意匠が広がった。
「まずは許しを請うためにまいりました……この白々しさがヒロだよな」
「下手に出ておきながら『そちらで拾われては?』ですもの、ね」
「しかもその実は厄介払い」
実戦から遠ざかること30年の「格だけ公爵家」に大兵連れて来られても困る、その通りですけどねエミール君? そこは幕僚待遇で一本釣りと言ったでしょう?
「心外です、筋を通しに参上したものを」
こちらも扇を開く。口元を覆う。
白々しいの腹黒いの言われようが、話を通さぬよりはマシ。「憎さげな得意顔」と叩かれたくない、その思惑がバレバレでも端午節会には欠席するほうがマシ。
全てお見通しでこすりあうのが王国貴族の礼法だから。
「軍務の心得はあると見てよろしいのですね? お人柄は?」
そして再び斬り込むと来た。
まあ実際スレイマン殿下と「合わない」、それだけのことが大問題になる。
貴族は武器を持ち歩いているのだ、しかも双方霊能持ちでは。
「おとなしいお子でしたが、大きく変わりました。剛直……を、『志向している』と申し上げるべきところかと」
抑圧から解放された、つまりはそういうことだと思う。
そして率直が不愉快と称されることは少ない。ことにスレイマン殿下は寛容な……に、過ぎるような……お人柄だし。
「つまりは男の子、ですわね」
意外にも確信に満ちた断言だった。
そりゃ男の生態には詳しいよねってやかましいわミケこのゲス猫が!
「ならばこちらの局にお任せできる」
むしろ心配だったのだが。こちらのお局はその何だ、少々お色気過多だから。
だが後宮に造詣深きエミールの断言とあっては。
「そこまで見込まれては断れません」
言い放つぐらいには強い信頼関係で結ばれている、次席掌侍とエミール・バルベルクは。
いつだかエミールが「女の趣味は悪くない」と俺を評したが、根拠のひとつとして彼女を数えていた。