第三十三話 初陣 その3
会議終了後は、各隊ごとに話し合いをしていたのだが。
追捕副使の俺は、隊から離れて全体の統括・打ち合わせを担当することとなった。
部隊を展開する都合上、洞窟前を各隊の担当者と共に検分する必要があるし。
夜明けに開戦するためには、夜中に丘を登るわけで、ルートの安全性を確保しておく必要もある。
と、言うわけで。
遊撃部隊と各隊の担当者と共に、再び丘を目指した。
登山路は、しっかりと確保されている。足元の危険は無い。
敵は完全に封じ込めているので、伏兵による横撃の危険も無い。
山中に隠れていると見られる二人についても、歩哨を立てれば対応できる。問題ない。
丘の頂上は、ゆるやかなすり鉢状をしていた。
一番高いところから少し下ると、広場になる。心持ち下り坂。
広場の中心に、盗賊が建てた武術道場の痕跡があった。包囲部隊が遠巻きに焼き討ちし、片付けたとの報告は、事前に受けている。
そして広場の奥に、件の洞窟。
3つの部隊、100人を配置するには十分な広さがある。
先陣2部隊の配置場所は、すぐに決まった。
後衛となる討伐部隊の配置は……。やや前の方に押し出しておき、圧力を強めるべきか、やや後ろに配置し、懐を深くしておくか。
「十分なスペースを確保するために、後ろかな。」
「これは正使さまに諮ってから決めた方が良いかもしれませんよ。」
「いずれであっても、我々が殲滅してご覧に入れます。当日に変更があっても、こちらは問題ありません。」
丘のふもとに戻り、幹部を集めて報告。
特に問題はなさそうだ。
後は、明日に備えて早めの夕食。
しっかり食べて休んでいると、匂いにつられたのか、野鼠が出てきた。
何の気なしに寝転がって眺めていたら、その後ろから蛇が現れた。野鼠を狙っている。
少し驚かされた。草に紛れてしまうと、なかなか気づきにくいもんなんだな。
と、その蛇がのけぞり、力なく倒れた。背中に短刀が突き立っている。
ヒュームが、俺の後ろから足音も無く近づいていたのだ。
「蛇でござるか。山に潜まねばならぬ遊撃隊にとっては少々厄介やも知れぬ。まあ、やりようはござるが。……ヒロ殿、我等は先に寝ませてもらうでござる。各部隊よりも先に出立する必要があるゆえ。」
ヒュームは去っていった。
しかし、さすがはニンジャ。まるで気配が無い。もし襲われていたのが俺だったら。
ふと、寒気に襲われる。ニンジャが恐れられるわけだ。
「修行不足ね、ヒロ。まあ安心しなさい、ジロウもあたしも気づいていたわ。もしあれがヒロに向けられたものだったら、あたしたちが即応してるわよ。」
アリエルの声が聞こえた。本当に頼りになる仲間たちだ。
「お、蛇か。お前らにはまだ必要ないだろう。俺にくれ。」
真壁先生が近づいてくる。先生だって、さすがにまだ早いんじゃないでしょうか。
「何だ、その顔は?お前も食いたいのか?」
今のできごとを伝えた。
ヒュームに気づけなかった、ということを。
「ハハハ、若いなあ。いや、悪くない。ヒュームも塚原の弟子だったな。そうやって競い合っていけ。」
蛇を調理しながら、笑い飛ばす真壁先生。
「おそらくは、ヒュームも同じことを考えているさ。その気は無くとも、今なら行けるか?という考えが、思わず頭に浮かんでしまう。それが武人よ。で、おそらく幽霊に気づかれて。己の未熟に心中で舌打ちする。」
「確かに、幽霊は気づいていました。」
「だろう?異能頼みになるのは問題だが、異能も『込み』でこそ、『その者の能力・器』。武術の腕を上げるのももちろんだが、異能を伸ばすことも忘れるなよ。まああと、恐れても良いが。友人だ、という気持ちを失わないようにな。近いところで競い合っている者同士がその心を失うと、深刻な問題になるぞ。武人にはありがちなんだ。」
異能を伸ばす、か。
ヒュームも、異能ではなくとも、忍術を磨いているんだろうな。
それに、俺がニンジャを恐れたように、ヒュームも死霊術師を恐れているかもしれない。
そっちの感情をエスカレートさせて、良いことが起こるはずがない。
真壁先生が言うように、行き過ぎたライバルみたいになりかねない。剣豪小説になってしまう。
それはそれとして、もうひとつ発見があった。
「蛇って、案外うまいんですね。」
「だろう?ただ、眠れなくなるかもしれないから、一切れでやめておけ。」
「お、真壁先生、蛇ですか?」
ベテランの武人たちが近づいてくる。
「気づかれてしまいましたか。これは仕方ない。おひとつどうぞ。」
「いやしかし、明日は我々の出番は無いでしょう?こんなものを食べてしまって、どうするのやら。」
「まさに。発散の場がありませんよ。おっと、侍女殿に睨まれてしまった。」
「蛇を囲んでこんな話をしている時に、そちらを向くのは少々……。侍女殿、こやつと我々は違う。どうぞ誤解なきように!」
「火に油を注いでどうするんだ。見ろ、怒って引っ込んでしまった!」
さすがにこのノリについて行って良い外見年齢ではない。
そっと退散する。
宿泊地は、「小山」のふもと。
周囲の警戒は、「小山」を包囲しているメル家郎党が、人数の一部を割いてくれている。安心していられる。
そういうわけで、早々にテントにもぐりこんだ。
ヒュームはもう寝ている。
ノブレスは眠れないようだ。
「怖くないの、みんな?」
そう、聞いてくる。
「まあ、慣れだよね。」
李紘が答える。
「いやだなあ、勘弁して欲しいなあ。」
ノブレスのぼやきは続く。
「なら何で参加したんですか。」
ドメニコが聞きとがめる。
「ノービス家はメル家の郎党ではないですし、無理することはないでしょう?」
「女神というか、コイツが話を持ってきちゃったんだよ。」
ノブレスが、鼻ちょうちんを膨らませているラスカルを指差した。
「パパもママも喜んじゃって。もう、引くに引けなくなって。」
「そういうもんだよね。でも、それだけ喜んでもらえているなら、ここは一つ、手柄でも立ててやるー!って、そう考えてみたら?」
とは、李紘のアドバイス。
「僕は何をやってもうまく行かないから。とてもそんな気にはなれないよ。」
「ご謙遜。二人とも、騙されるなよ。ノブレスのボウガンの腕は、一流なんだ。」
「同じ遊撃部隊として、頼りにさせてもらうよ。」
「本隊に割り振られた僕には、手柄の機会はなさそうです。現地の二部隊の方が前に出るし。というか、僕が手柄を立てるというのは、嬉しいやらマズイやら、なんですよね。だって、ナイトが手柄を立てるのって、主将を身を挺して守った時ですから。それだけ苦戦したってことになるわけで。」
そういえばそうだな、と思ってドメニコに目を向ける。
半ば……というか、十分以上に武装していた。
「そんな格好で、寝られるの?」
「ええ、慣れですので。装備が多くて装着に時間がかかりますから、あらかじめこうしておくんです。それに、何かあった時には即応して主将を守りに行くのがナイトですから。常に武装していることを求められるんです。それではお先に。おやすみなさい。」
すぐに寝息を立て始めた。
この若さで、自分の役割の意味をしっかり理解している。ドメニコも立派なもんだ。
どこまでもリラックスしている李紘と、緊張しているのにだらしないノブレス。弓使い系の共通項か?
そういう「仕事」ごとの違いってのもあるもんなのかな。
そんなことを考えながら、俺も眠りについた。
緊張していたからだろうか、馬に乗って移動して、会議を重ねて疲れが出たからだろうか。
浅い眠りの中、夢を見た。
洞窟の前に、ひとり佇む俺。
洞窟の口が、大きく広がって、蛇になって、迫ってきた。
必死に逃げる。
後ろで地響きを立てて蛇が倒れた。振り返ると蛇の背中に刃物が突き立っている。
ほっとしたところで、首筋に刃物が当てられて……。
飛び上がったところで、目が覚めた。
嫌な夢だ。
叫び声とかあげて、迷惑をかけてないだろうな。
周囲を見回す。ヒュームも、李紘も、ノブレスも寝ていた。
ドメニコの姿は無い。
どうやら大丈夫だ。
ふうっ と息を吐いて、テントの天井を見上げる。
何でこんな夢を見たんだろう。
何で。
!?
フィリアに伝えなくてはいけない!
寝起きでダッシュするのはキツイけど、それどころじゃない。
「ヒロさん!?」
途中で甲冑に呼び止められた。……ドメニコか?
悪いが今はそれどころではない。
「止まりなさい!」
テントの直前で、仁王立ちになっているクレア・シャープに阻まれた。
「どういうつもりですか!場合によっては……」
そりゃそうだ。
女性陣のテントに、全力ダッシュしてくるヤツがいたら、そりゃあ止める。
2歩下がり、息を整え、報告する。
「追捕使さまに、火急お伝えせねばならぬことがあります。作戦上、考慮しなければならない問題を見落としておりました。」




