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第三百八十八話 陰から出て その3



 「ご覧なさい、若。あれがインディーズ貴族の背負う業です」


 戦では常に先鋒を務める「王の足」ことニコラス家の総領マティアス君が小さく首を振る。彼の側近「向こう傷」氏は今日も今日とて小うるさい。

 ならばこちらも優雅な言葉を投げ返さざるを得ないのである。キュビ家のお茶会に誘われた貴賓格としてニコラス家令嬢のエスコートを仰せつかった、じゃなくて圧を感じた、わけでもなくて喜んで申し出た身にあれば。

 

 「秋の戦は司令部付きをお望みらしい……最前線との連絡に往復ダッシュさせてやるから覚えとけよ」


 心温まるやり取りにハンナ嬢も鋭角的なおとがいを小さくかしげている。

 そのやわらかな微笑が示すもの、会話への無関心……以上に心ここに有らずの趣。我ながらまったく得を感じない役回りだが仕方ない。彼女が意中の人エドワードは主人ホステス役の母君とペアを組むのが役割だもの。

 

 なお母君主催のガーデンパーティなどと銘打っているが、これが指揮官エドワード主催の壮行会であることは明らかで、ゆえに男たちは苦心を重ねていた。五月の大祭ほか当たり障りの無い話題にどうかしてさりげなく抱負を滑り込ませようと口を開きかけては閉じ、前のめりになっては後ろに身を引き。そのたびベアトリス・B・T・キュビ嬢のエスコート役シメイ・ド・オラニエ氏が助け舟、会場の小体なバラ園もほどよく温まってきたところで。


 「秋には双葉島を攻略、帰還の暁には……俺はレイラ・(略)・キュビを妻に迎える」


 フラグ立てるなこのバカ……は冗談として。冗談でも負けるはずのない戦だから。

 不規則発言も大概にしろと。ニコラス家とB・T・キュビ家を迎えて何を言うかと。

 エスコート役の俺とシメイの胃壁を削る、それがキュビ家のおもてなしか?


 「おめでとうと言わせてもらうよ、エドワード君」

 

 言いながらこちらに向かうシメイの目には厳しいものが浮かんでいた。


 「失礼、近衛中隊長閣下がおいでのところ順を守らず先走った……ヒロ君からも言うことがあるだろう、『あまたの困難』を排してご息女の恋を『ひとつの形』に結実させた身としては」

 

 睨みたいのはこっちだシメイ、汚れ役を押し付けやがって。


 「レイラさんのお人柄、娘のアンジェリカから聞き及んでいます。親身になって相談に乗ってくれていると……『第一夫人を立てる』心映えについて」

 

 バヤジットの「縁談」が決まりつつあった。

 義理の娘アンジェリカは「第二夫人」に甘んじざるを得ない。


 そんな感傷に目を伏せる……ことは許されそうに無かった。

 放射されるふたつの強い気配、「こっちを向け」と告げていて。

 仕方なく顔を上げればふたりの令嬢が微笑みを浮かべていた、顎を噛み締めつつ。

 

 「陽射しが強くなってまいりました。北の方さま、そちらのお席は照り返しが」

 「持って参りましたお茶菓子、温め方に工夫が要りますの」


 声に震えが乗っていないあたりはさすがと申し上げる他に無い。


 「気の利かぬことで失礼いたしました。席を移しましょうベアトリスさま、ハンナさま……皆さま、支度ができ次第お呼びいたしますので、それまでどうぞ」


 アイマム、心中にて復唱します! 「お二人には母親から詫び入れとくからバカ息子に男組から説教頼む」ですね了解ですマム! 

 そういうわけでちょっとそこの木陰まで、陽射しに輝く赤髪をヘッドロックでご招待。


 「西海に名高きエドワード君にして思わず舞い上がる……戦争の過酷、我ら文弱の立花党には想像もつかないね」


 朗々と「叫び上げる」シメイにエドワードは困惑の顔を浮かべていた。

 普段とは逆の景色、なかなか新鮮である。


 「やはり舞い上がっているではないか。男ならば認めたまえ」


 見慣れた人々、B・T・キュビ家の潮焼けに鬼瓦、ニコラス家の筋肉ダルマに向こう傷……あたりに加えてエドワードの取巻きまでをその視線で励ましていた。新鮮である。

 

 「シメイ卿のご忠言、カレワラ閣下のご提案。情義をふたつながらに全うする裁定かと」

 「『それ』ならば必ず説得しますエドワードさん。我らも男、若き日に誰しも通った道」

 「ですから、その、選ばれることです」

 「秋の戦に勝った後で構いませんので。ええ、双方恨みは申しません」

 

 両家四人の重鎮が赤毛ににじり寄る。

 少々情け無いその有り様に取巻きからも泣きが入った。


 「もう少し器用に立ち回ってくださいよアニキ。えらいさんだって奥さまのほかに……いけねっ」


 ぶん殴られる直前対ショック防御姿勢を取れるぐらいには「使う」男だった。

 

 「そうだった。俺も嫌な思いしてきたわ……でも、それ言ったらえらいさんだって我慢してるじゃないですか。惚れた女がいるのに好きでも無い女の機嫌を取って……いけねっ。ハンナさまもベアトリクスさまもステキナご令嬢デス」


 男につかみかかる四人の重鎮を制したのはシメイのひと声。この日は冴えに冴えていた。ほんとどうしちゃったのと。


 「言ってやりたまえ。諸君はなぜエドワード君に従っているのか。彼が何をど忘れしたものか」


 「エドワード兄貴のところなら飯を遠慮なく食えるから……」

 「違ぇだろバカ。『俺は部屋住み(ニート)じゃない』って胸張れるとこですよ」

 「給料の計算合わなくて月末荷運びしたり、兄貴の財布から失敬したとしても」

 「それと、戦場に出て背中追いかける気分な。最高だと思ってたんだけど……」


 ガヤガヤと言い募る中、ひとりの男が言い出したのはただの「気分」の問題で。

 だが静かになったところを見るに、そういうものかもしれないと思わされるものもあって。


 「近ごろ、なんだろう。一度で良い、いつか追い抜いてその前で暴れてやる、俺の名を響かせてやるって……何だ、張り合いが出たっていうんですかね」

 

 機を図っていたものか。

 初めての「側近」もようやく口を開いた。

 

 「ありがとう、シメイさん……そうだ、お前はこういう連中を抱えてんだよエドワード。こいつらが戦ってくれるからお前も領地持ち、お前のおかげでこいつらも、いや俺だって晴れて『郎党』だ。たとえ一握りでも自前の財産を手にして、結婚もできれば『家』立てて、息子娘に地位を継がせてやれる。俺たちみんな指くわえて遠くから見てた景色じゃねえか。ようやく目の前まで近づいてきたってのに」


 キルト・K・G・キュビ。

 振り払われたエドワードの剛腕がその鼻先を掠めるあたり、相変わらず危ない目に遭い続けているらしい。

 

 「言いたかないけど、たぶん身近で言えるのは俺だけだから……ふざけんなよエドワード。日陰者ってそういうことだろうが。それが揃って『人並み』になれるってのに、お前ひとりでぶち壊すのか?」


 キュビ家中にあってもその身分は低く、本来ならタメ口叩ける立場ではない。

 だがこの男は大戦で苦労を共にし、その教養でエドワードを支え続けてきた。

 誰よりも遠慮なく踏み込むことができる、はずの男。

 

 「俺たちは他人と……跡継ぎやら次男坊やら、ついでに言えば金持ちにデキるヤツ立派な連中と……比較されるのが何にも増して大嫌いだ。それでも言うぞ。下向いてねえでヒロを見ろやこの赤毛。エドワードお前、軍人として全ての面でヒロを上回ってるのに……武術の腕に指揮の才、兵が見上げる立派な図体イケてるツラがあるくせに……自分はヒロに及びません、家ひとつ興せないグズの負け犬ですって、てめえ自身で認めるのか? あんまり俺たちを失望させてくれるなよ」


 エドワードの目に剣呑なものが宿る。

 窮鼠猫を噛む、凹まされるがままでは貴族を名乗れぬ、追い詰められたら逆ギレすべし……散々聞かされてきた理屈だが、その点に限っては間違いなく一流であったもよう。


 「これは泣き言だ! 口にするからには覆す、跳ねのけてみせる。譲らない。その覚悟で聞けよお前ら」


 だが泣き言とはそこまで強気で口にするものだったか、なんで脅迫されなきゃならんのかと。


 「レイラひとりが日陰者かよ! 女ひとり幸せにできなくて何が領主だ、いや男だ!」


 それがどれほど難しいか……下向かざるを得ない。

 (ヒロこのおバカ!)

 (噛み付くところだよねえ)

 (確かに。現に果たしていない者が簡単に言って良いことじゃない)

 (脊髄反射で殴りかかれねえのがお前の限界かぁ。どうすりゃもうひと皮剥けるかね)

  

 「だからシメイさんとヒロが言ってくれたんじゃないか。『妾じゃない』、『二番目だけど夫人扱い』って……それで我慢しろ、受け容れろって。お前もレイラも、その親代わりだったお袋さんも。ハンナさんベアトリスさんだって辛抱するんだから。キュビ家に名高きエドワードがてめえの戦功てがらで贈った地位だ、認めなきゃ『妻の器量』を問われちまう」


 キルトからお褒めにあずかったシメイ氏、かえって表情を曇らせた。

 いや、あきらかに怯えていた。


 「『はらわた煮えくり返ってる』だろうけどねえ……あまり好きな表現ではないがこれ以上に適切な形容を思いつかない」


 あー、なるほど、確かに。思い当たるフシが無きにしも非ず。


 「エドワードおまえ、女ふたりのメンツを潰す気か?」

 

 1たす1は200なんだぞ。いやほんと、真顔でアドバイスさせてもらうけど。


 「まさしく、ヒロ君。……それがどれほど恐ろしい、いや、罪深いことかまさか知らないとは言うまいねエドワード君!」


 (しかも遺恨が向かう先はとりなしたふたり、そういうものよねえ)

 どうして余計な助け舟を出してしまったのか、我がことながら腹が立つ。


 



 「空手形を誇るなど武門の恥じるところ。キュビの男が口にすべきは成し遂げた功業のみ……戦の予感に心躍るあまり言葉が過ぎました。非礼をお詫び申し上げます」


 席を室内に移しての第二幕、手土産の濃厚な甘味に濃い目のお茶はぴったりで。

 そのお茶にも負けぬ渋い表情に実感した、そういやキュビ侯爵の息子だったと。

 

 「敵(対等)と呼ぶにも値せぬ輩です、エドワードさまの飛躍を支える礎となりましょう」

 「エドワードさまにはよりふさわしき舞台があると固く信じております、私もベアトリスさまも」


 あっれ~、陽射しが眩しいなあ。室内に席を移したはずなんだけどなあ~。

 日陰から出ての道行き、これもまたなかなか厳しいものがあるみたいですね。





 「戦に勝てば俺も領邦持ちだ」


 数日後の王宮内、同道のさなかにぽつりぽつりと漏らされた。


 「これでお袋も日陰者扱いされずにすむ。レイラだってお袋の養女扱いにしてふたりとも『奥さま』だって。戦の話が練られるにつれ、そんな夢が膨……そんなことを思ったんだ」


 戦の話なら、それこそ話半分に聞き流してても結果出すからなあ。


 「……って言ったらお袋に泣かれちまった。さんざんにどやされた」


 横を向いていた。分かりやすいにもほどがある照れ隠し。


 「まああれだ、『小さくまとまるんじゃない』ってことだよ言われたのは。各々伯爵格のキュビ四柱、その中から氏長者・侯爵位を勝ち取った男の息子だろうがって。やっぱお袋は親父に惚れてんだなあ。当たり前か」


 燃えるような色の後れ毛を笏でぽりぽり掻いている。

 俺がそれをやるとただひたすらにだらしないだけ、理不尽だよなあ。


 「日陰者の根性が抜けなくて困る。近衛府にいるとつい気が大きくなって忘れちまうけど、それぐらいで良いのかもな」


 何だ? 急にこっちを見て。


 「お前が何かとためらう理由も理解できた気がするぜ」


 皮肉にゆがむ口、その上に光る澄んだ瞳。

   

 「……反面教師としてな」

 

 そういう顔は女に向けろってのこのバカが。

 



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