第三十三話 初陣 その2
事前の「挨拶」があったおかげか、顔合わせは基本的に穏やかに進んだ。
ただ一人の例外を除いて。
明らかに場違いな人がいたのだ。
討伐部隊は、フィリアの初陣ということもあり、若手を中心に選ばれている。
現地メンバーも、血気盛んな連中ばかり。自己紹介によると、みな次男・三男。
当主や長男に頼み込んで、出番をもぎ取ってきた部屋住みの居候なのだろう。
みな、とにかく出番が欲しい。チャンスが欲しい。
危険な討伐任務ではあるが、顔合わせの場は異常な熱気に包まれていた。
自己紹介を求められれば、席を蹴とばしそうな勢いで立ち上がり、大音声でアピールする。
その中にひとりだけ、白髪頭の老人がいた。
自己紹介を求められるや、いきなりの土下座。
頭を地面に叩きつけながら、ひたすらに詫びを入れ始める。
盗賊が住み着いていた、「小山」。
州境の目印ということもあり、誰のものというわけでも、誰の管理下にあったというわけでもないのだが、一番近くに隠居小屋を建てていたのがこの老人だったのだ。
言い訳ができない立場、ということなのだろう。
「私の不覚悟にてこのような事態を招いてしまい……かくなる上は一族総出にて働いてお詫びを……。」
よく見ると、二十代の息子らしき人も土下座していた。小さな孫まで武装させて連れてきている。
現地メンバーの、老人を見る目は冷たい。
失態に対する軽蔑、「空気を読め」という圧力。「役に立つまい」という危惧に、足手まといを連れてきたことへの非難。
それら全てが、老人に向けられていた。
彼らは若く、また余裕が無い。仕方無いところはある。
実際、老人の態度もどうかとは思う。愁嘆場にするのはマズイんじゃないかなあ……。それに孫は……正直、困る。
討伐部隊も、顔を見合わせた。
小さな子供の処遇をどうすべきか、問題はそこだ。
ここまで連れて来られては、受け入れないわけにはいかない。ひとりで帰すこともできないし、何よりその子の武名に傷がつく。年齢は関係ない。戦を前に下がったとなると、後々まで響くのだ。
と言って、受け入れてしまえば、戦場に出すことになる。構っていられる余裕があるのか。
周囲の困惑をよそに、しかしフィリアは、顔色ひとつ変えていない。
「顔を上げてください。……近くに家を構えながら盗賊に気づかず、通報が遅れたのは失態です。処分は今回の件を終えて後に下します。一家の失態を考えると、孫にまで手柄の機会を与えることはできません。本隊付きにして雑用をさせることとします。」
老人ひとりの失態と言えるのか、実際のところは微妙な事案なわけだし。
老人と息子には汚名返上の機会を与え、孫は比較的安全な本隊に置く。
結論としては、その他にやりようがないだろう。
問題は、「言い方」だったわけだが。
老人に非難を加えることで、現地メンバーの感情も掬い上げる。
そういう落とし所を、瞬時に探り当てた。
はいはいフィリアフィリア。心配するだけ無駄だった。
自己紹介の後に、作戦会議。
洞窟周辺の地図を囲む。
「洞窟の外で迎え撃つ」と決めていたはずのフィリアだが。
なぜか、その方針を口にしない。
現地メンバーが威勢よく口火を切った。
「盗賊ごとき、突撃して一気に殲滅いたします。お任せください。」
そうなるわなあ。
討伐部隊は、「作戦に参加した」という事実さえあれば、あとは順当に出世できる……少なくとも家を継ぐことはできる人ばかり。
もともと知っていたこととは言え、実際に顔を合わせ、俺達の装備品や馬を見た現地メンバーは、なおさらその思いを強くしたに違いない。
「普通にしていたんじゃ、ダメなんだ。俺はハイリスク・ハイリターンでいかないと。」という思いつめた感情が、彼らののどの奥から噴き出している。
「待たれよ。洞窟の中の様子も分からずに突撃しては、危険でござろう。」
フィリアの方針を知っている千早が、反論する。
「命を惜しまれますか?」
「何と?」
さあ盛り上がってまいりました。
と、思ったのだが。中には正直者もいた。
「お待ちください。討伐部隊の皆様の覚悟を疑うわけではありません。危険も承知の上。それでも我等次男坊・三男坊は命を盾にしなければ、手柄も立てられずメル家の御恩にも応えられないのです。ご老人、あなたもそうでしょう?どうかご理解を。」
そうあけすけに言われてしまうと、反論しにくい。手柄と恩賞、御恩と奉公。メル家と郎党の関係性、その根幹に関わってくる。
ちょっと顔を合わせただけであっても、情が湧かないこともない。あの老人の気持ちを考えるとなおさらだ。
こりゃあ参ったなあ。
と、そこにピンクとジロウが帰ってきた。ナイスタイミング。
「追捕使さま、斥候に放った霊が帰還しました。作戦を考える前提として、洞窟の情報を報告いたします。」
俺の声に、ピタリと喧騒が止む。
こういうところは、いかにも実利主義的な武家らしい。
紙とペンを用意してもらう。
さすがは同人作家・シスターピンク、上手に描くものだ。
幽霊の姿が見えないと、ペンだけが動いて地図が描かれていくわけで。
その様子にドン引きしている者もいたけれど。
洞窟は、大雑把に言って三層構造。
入り口のフロアを、仮に1Fとする。広く、部屋数も多い。
1Fの中央付近に上りのハシゴがあり、その先を仮に2Fとする。幹部の部屋と見受けられる。
奥に下り階段があり、その先を仮にB1Fと称する。食糧や武器の倉庫になっている。
「で、B1Fの奥に、抜け道があるんだ。知恵が回るねえ。出口はだいたいこの辺。」
ピンクの言葉をみなに伝える。再び周辺図を広げ、正面から見て右奥の部分に、印をつけておく。
「内部にはトラップが結構仕掛けられていた。ゴメン、あたしは素人だから、どんなトラップかはよく分からないんだけど。この辺とこの辺と……。」
ピンクの言葉を伝えながら、再び洞窟内部の地図を広げ、印をつけていく。
ひと通り、説明を終える。
「みなの衆の覚悟を疑うつもりは無いが、罠に嵌っては手柄も立てられまい。それでは惜しゅうござる。やはり洞窟から追い立て、正面の広場で勝負を決すべきではあるまいか。」
千早の言葉に、もはや反論は無かった。
「洞窟の正面では、討伐部隊は後衛を務めましょう。先陣は二部隊にお任せします。遊撃部隊には、隠し通路の出口の対処を。異議のある者は?」
満を持して、フィリアが断を下す。この追捕使さまは、本当に「よく分かっている」。
「ございません。」
「必ず御前にて手柄を。」
何も言わずに平伏するものまで現れる始末。
これがメル家の威光か。フィリアの将器かもしれないけど。
いずれにせよ、ここまでは全くそつも無ければ粗も無い。
「では、盗賊をどう追い立てるか、ですが。」
そのフィリアの問いかけに、ピンクの説明中に戻ってきたヒュームが、口を開いた。
「それに関連して、申し上げたき儀が。」
「まず、敵の数は、36名にござる。弓持ちが3人。ひとつあった投石器は無力化してござる。賊の会話から、大将株は4人。顔は確認してござらなんだが……。」
「あ、それは知ってる。私に任せて。」
すらすらと似顔絵をかくピンク。
「ただ、大将株は2人しかいなかったよ。」
その言葉を伝える。
「そのことでござるが、B1Fの出口がつい最近、恐らくは昨晩、使われた形跡があるでござる。足跡からみて2人。山を巡ったところ、さすがはメル家の包囲網、逃亡は不可能と判断いたした。」
「大将株のうち2人は、山中に潜伏しているということですか。」
「幽霊殿の情報と合わせると、そうなると存ずる。なおひとつ、気になることがござる。大将株の部屋に出入りする小者がいるのでござるが、この者、部屋の外では一番の下っ端にて、周囲に敬語を使い愛想を振りまいているのでござる。ところが、大将と会話する際は対等の言葉遣いでござった。会話の現場を見ることはできず、言葉を切れ切れに聞いたのみでござったが。似顔絵は……幽霊殿のほうが上手でござるな。お任せいたす。」
「うん、そいつも見た。たぶんこの人だと思うんだけど……。」
ピンクの似顔絵に、ヒュームが頷く。どうも特徴の無い顔だ。それだけに、いかにも怪しい。
「まさにこの男にござる。恐らくは、この男も大将株。5人目、と言えようか。」
「これは重要な情報ですね。」
「なお、洞窟の中に仕掛けられていた罠のうち、3箇所は無力化してござる。ただ、残った罠のうちひとつは、とりわけえげつない物にて。闇雲に踏み込むのは危険でござる。」
「遊撃隊長には、盗賊を追い出す方策がありますか?」
「基本どおり、燻り出すのが一番かと存ずる。隠し通路から進入し、食糧庫に火をつけ、煙を盛大に起こす。食糧がなければ篭城はかなわぬし、それどころか息もできまいから、突出してくるでござろう。」
「では、それで行きましょう。作戦開始は、明日の日の出。」
フィリアの声に、軍人たちが力みかえる。
陣形を定め、開戦のタイミング等の段取りを決め、各種合図を確認して、作戦会議はお開きとなった。




