第三百八十八話 陰から出て その2
エドワード郎党殺人事件の犯人について情報提供があった。
「ショスタコーヴィチ商会五席理事のヴャチェスラフ・ドミートリエヴィチ・アブドゥバリエフと申します……我ながらややこしぃてかないまへん、『タコ5』とでも呼んでいただけますやろか」
ショパン商会ほかと並び北洋航路(率府~A・G・キュビ家~Q・B・キュビ家~A・I・キュビ家~王都~エシャン~エッツィオ~北賊)を仕切る新興(比較的に見て)の商会、その理事はやけに多弁な男だった。
「閣下の目論見、ぼんやり見えるような気ぃもするんだすが……あての予想通りやとしたら、それ無理筋やおまへんか? それとも何ぞ秘策を伏せてはるんやろかぁ、そもそも何を思てそないなことしはるんやろかぁて、気になって仕方ないんだす。まあ人間のすること、理屈やあらへん言われてしもたらおしまいだすけど……」
何を予想して、それが当たっているかを尋ねてこない。ただただ自分の言いたいことを垂れ流している……のだが、リョウ・ダツクツとの絡みについてまさしく「ぼんやり見えている」のではないかと。水面の下、物陰から浮かび上がって来るように。男の態度にはそう思わせる何かがあった。
「根っこが見えて来ぃしまへんのんが、何より恐ろしぃてかなしまへん。軍人さんやさけ、『天驕』いうこともあるんかしらぁて」
はたから見れば狂乱だが結果から見ると勝利の決定的要因と認めざるを得ないような凡人には理解し難い挙動とでも称すれば良かろうか、軍事について言うならば。特に騎兵の運用に見られるそれを指す。軍人に対するお世辞としては破格ですわね。
「私は征北将軍閣下やエドワード卿ではないのでね」
「ご謙遜。閣下とやりあう萩花の君も今ごろ頭抱えてはりますわ」
ま、バレバレですわね秋の戦争。そもそもあからさまにしているんだし。
準備に追われるロシウ・チェンから「敵に間を与える、よほどの自信だな」などと皮肉のひとつも寄越してくる程度には。
「だいたい軍事行動の外で『天驕』は碌な結果を招かない。そのあたり、今しがたタコ5はんが教えてくれはったところ……だっしゃろ? で良いのかな?」
行政は継続性が命、政治は納得がキモ。基地外じみた発想では誰もついてこない。
エドワード郎党殺害事件の犯人について「王都在住『野良』陰陽師」と告げに来た目の前の「タコ5はん」の考えもそこは同じこと。A・I・キュビ家の……リョウ・ダツクツの動きを「そうした類」と極め打つことにしたらしい。
「そないなこと言わはったらあきまへんわ、近衛中隊長閣下があてらに迎合だなんて……これからも正々堂々でお願い申し上げます」
「『ミエミエのバレバレで頼む』、か? 安心してくれ。現状、王国の側で北賊に手を出す理由も余裕も無い。おっと失礼、『連邦』だったな」
そやさけあんじょう商いしとくれやっしゃということで。
「またそないいけずを。あてらかて王国の民ですわ、本店も商都に置いてます。バッハはんやアマデウスはんと違て南嶺とのお付き合いもあらしまへんよって」
北賊(連邦)の首都にも本店置いてるんだよなあ間違いなく……寄越された小切手(日本ふうに言うならば)に連なるゼロの数を見ても思ったのはそんなことばかり。
「どうか好きに使ていただけますやろか……と申し上げて、よだれ垂らすんでも眉ひそめるでもないお方と。それ以外のことがどうにも」
(大戦に参加してた頃なら泡食ってたよね。正直に教えてあげたら?)
(このバカ! 家名……は持ってるけど……平民に弱みを見せるバカがどこにいるのよ!)
と、まあそんなわけで。ただただ数字を眺める中学生みたいな顔にならざるを得ず。
「話が戻てしまいますけど、北洋の港を押さえてはる役者の中でカレワラ閣下だけは全く見えて来ぃしまへんのや」
だから金の使い方で人を見ると。武芸者が試合で人を見るように。
「『王国貴族、あるいは官吏の一員として』寄付に感謝する。軍の進退の他に見せられるものもないがね」
見えてこないと仰せの「根っこ」……それだっておよそ人間なら枝分かれしているものだと思うけれど。大きな一本が「それ」であることは間違いありませんのでね。
そして翌日、関係者一同を呼び出してみたところが。
「あとは詰めるだけか。ならジョン、お前は国許へ帰れ……デービスもだ。御曹司が関わるもんじゃない、こんな話」
僻みの強いエドワードがなんだか妙に物分かりのよいことを言い出した。
「リチャード兄貴が西に、親父どのが王都に居着いてもう何年になる? 留守を預かるお袋さまを補佐してやれよ。それと……戦争の準備、万全を頼む」
はじめ舌打ちせんばかりの顔を見せていたジョンも噴き出し、やがてなにやら妙な……それこそ憑き物でも落ちたような顔になっていた。
「現場はお前に預けるさエドワード。母上含め、必ず説得しておく」
思い出されたのはオラース・エランから伝えられた言葉――25過ぎると激しい舞がキツくなる――、そしてそれを口にした時の表情。きまり悪げな、それでいて正直な……もう強がる必要はないと、目の前の年少者を同輩と認めた顔。
年少者に、下に任せること。それも多少は年を取って初めてできることなのかもしれない。
「で、陰陽権助のマサキ・ダツクツだったな。同席させてるのは手打ちのためか? いかにもヒロ好みのやり口だな」
ま、そういうことです。
下手人の処分はキュビ家に任せるが、陰陽寮には手を出すな。
陰陽寮は組織の潔白を宣言し、キュビ家の措置を静観せよ。
付き合いが長いだけあってエドワードの目には呆れの色すら浮かんでいなかった。
「しかしそのリョウ・ダツクツとやらどんだけ大物だよ。A・I・キュビ家を牛耳り王都で裏の勢力を操る?」
言われてみれば今さらながらひとつひとつが「引っ掛かる」。
いかにも俺好みな結論、リョウ・ダツクツの暗躍……あまりに自然だから受け入れてしまったけれど、これ誘導されてないか?
「その、我ら陰陽寮の『管理不行届』をお許しいただける。以て幸いとすべきだとは分かっているのです。叔父リョウ・ダツクツひとりに責任を負わせれば良いと」
マサキにとってはまさに恩師、父代わりとも言える男だけに……などと憐れみの目を向けて良い少年でも無いらしい。思えばこれで一党を、役所ひとつを切り回しているのだから。
「しかしご指摘のあった下手人、いえまだ容疑者ですか、『ダツクツ系列』ではありません。叔父が動かせるとは思えないのです」
部下は掌握済みってわけね? そろそろこいつも「突き上げ」側に回って来るか……と、そんなことはどうでもよいのでありまして。
リョウ・ダツクツでなければ誰が? 寄付金……まさか口止め料?
などと頭を回し黙り込めば踏み込まれる、いいかげん毎度お馴染みで。
「黒幕に嵌められたんじゃないのかヒロ。誰だか教えろよ。てめえの手落ちで真犯人がつかまらねえじゃ引き下がれないぞ」
だが言うてお前に嵌められるほどは甘くねえよニンジン頭が。
それこそぼんやり浮かび上がって来るものがあるだろうが。
「良いこと言ったエドワード。そいつが黒幕だとすればお前たちの『機略』、『秘匿している作戦行動』が見えてくる」
ついでに言えば不意討ちは効かないからな?
得物から手を離せよ、何年付き合ってると思ってる。
「そいつが黒幕だとすれば、だ……憶測を公表する気は無い」
とはいえ気を逸らさない限りは危険、それこそここらが落とし所。
「ジョンを帰すんじゃなかったぜ……分かった。ここは貸しだヒロ、死んだあいつのためにも……代わりに付き合ってもらうぞ。お袋からお茶会の誘いだ」
何が貸しだよ、これで五分だっての。
あ、お茶は喜んで。
率府:モデル大宰府
A・G・キュビ家:モデル石見・出雲西部
Q・B・キュビ家:モデル出雲東部
A・I・キュビ家:モデル因幡伯耆
王都:ここではモデル小浜
エシャン:モデル越前
エッツィオ:モデル越後
北賊:モデルはそれ以北
マサキ・ダツクツ:陰陽寮を取り仕切るクスムス家、テラポラ家と並ぶダツクツ家の当主、16歳
リョウ・ダツクツ:マサキの叔父。フィリアのために(?)暗躍中




