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第三百八十七話 憎悪 その2



 「易きにつくのはいかがなものかと思うね」


 ヘクマチアル抗争の仕掛人(?)立花伯爵が鼻を鳴らす。

 なぜ「もうひとりの仕掛人」中務宮さまに尋ねないのか、刑部省をなだめたいならば筆頭閣僚のデュフォー侯爵に頼むべきだろうと仰せなのである。

 

 「刑部省に限らずトワ系の強い反発を呼んでまで、なぜヘクマチアルを? 反対する気はありませんが単純に疑問として」

 

 オサムさんが挙げたふたりは明確に「政治家」だもの、自分に都合の良い解釈を押し付けてくるに決まっている。その点、利権と遠い立花家なら……って、そもそもなぜ立花が絡んでいる?


 「知りたいならば付き合いたまえ。その前に、王国の政策決定がどう行われるかは知っているね? いや、すでにヒロ君のほうが詳しいか」


 ダル絡みやめーやなどと心中つぶやけるぐらいには「易き」間柄ではあるが、ともあれ仕組みと言うならば。

 現場レベルで持ち上がった問題が「俺たちレベル」で取捨選択され、「上」に送られる。大きな問題ならさらに上へ、最終的には閣議にまで送られて見解が示され、再び下りてくる。その過程で「枠組み」やら「綱領」やら……用語はともあれ要するに我ら「手を縛られ」あるいは「方針を示される」ところ。


 「ヘクマチアルの件は持ち上がりもなければ、どのレベルの決定も行われていませんでした。それこそ『降って湧いた』ような」


 「見えぬはずの敵その存否を断言するとはさすがの名将、頼もしき限り」


 決定の有無をどうして知っているのかな? と、まあ。

 それこそ閣議が典型だが、各レベルの判断は外部に対して非公開だから。


 だがそこは察しがつくのである、案件の扱われぶりに応じて。

 だいたいその機微を探りたくてみな次官閣僚弁官蔵人とパイプを通じておくのだし。

 

 「近衛中隊長の君に見えて来ないならば、つまりはそういうことだよ。『表立った問題』ではない。気楽に考えてくれていい」

 

 たいしたことではない……って、そんなわけがないんだよなあ。

 「表」でなければつまりは「奥」でもあろうかと。

 

 「なるほど、ユースフは治部少輔ではありましたけれど」


 国内にある外国、それも後宮周りの領地采邑にまつわる問題を主に担当していた。そちらで「頼もしき紳士」としての評価を固めたものであろうか……って、ならば地方サンバラに出ていたターヘルと争わせる理由が分からない。

 ことほどさようにヘクマチアル問題は毎度疑問が広がるばかり、しかも困り果てるこちらの顔を覗き込むオサムさんときたら! 近衛府の連中どころかそのまんまいたずら小僧の笑顔を浮かべているのだから。


 「着いたよヒロ君……易きにつくものではないと主張するのであれば」


 後宮もいいかげん慣れた道ゆえ足を運びがてら想定はしていたけれど、目の前には見慣れた女官(エシャ子)の澄まし顔、案の定尚侍のお局であった。容易ならざるにもほどがあろうと。


 「ご機嫌うるわしきところを失礼いたします陛下。ヘクマチアル抗争につき物申したいと義憤に燃える若者を連れて参りました」

 

 立花家の、当主伯爵の何たるかを嫌というほど思い知らされる。

 媚びるでも導くでもなく、おうちへ遊びに行ってこそ「王の友」。

 

 「構わぬ。尚侍もこうした話が嫌いではない」


 隔ての向こうでひそかなやり取り、やがて深みのあるアルトが流れて来た。


 「羽林よりもたらされるお話はなべて趣深く、みな心待ちにしております」


 風雅ですねえ……などと思うあたりがまだまだ俺は軽いのである、軽くあしらう隣の紳士を眺めるにつけ。


 「奥床しさも時と場合によりけりです尚侍さま、恩寵に甘えた鈍感高慢なる公達にはそれでは通じません」


 言い終えるやオサムさん裏声で語り出した。

 アラフォーのいいおっさんが何を……案外うまいのがまた腹立つんだよな。


 「しかるにヒロさんにおかれては、こちらでのやり取りを退屈とお考えでしょうか。中隊長閣下が足繁く通われなければ部下の皆さまも遠慮をなさるもの。女官たちが不貞腐れております」


 まじめな話だよと、そうおっしゃるならばヒマをください。仕事をこちらに投げるのは大概にしてもらえませんかね。


 「不貞腐れる、か。言い得て妙……少なくとも借りるには良い」


 隔てをおいてなお伝わる女官たちの動揺、「否定していただけなかった」ことへの衝撃。理解できなくはないが共感もできそうにない。このあたりのズレを知らぬ顔して埋めるのがどうにも難しくて。

  

 「まさにそれがテーマでしたね陛下」


 知ったことかと切り捨てるオサムさんの、貴族の冷たさを俺はまだ持ち合わせていない。


 「権力は腐敗する、けだし名言ではある。だがしたり顔でそれを口にすることわたしには許されない」


 「淑女の前で気張ってしまうお気持ちは分かりますが陛下、それでは謙虚に過ぎる若者が後宮に近寄れません」


 ついさっき高慢って言ってましたよねえ。いえいいですなんでもありません。

 ちょっといまの伯爵閣下は怖すぎる。


 「なるほど、若き頃を振り返れば……『権力は腐敗する』、それでも初めて聞かされた時から反発したものだ。『自ら糠床をかき回しもせず偉そうに!』……おかしいかな? デュフォー侯爵を兄とも慕っていた頃の話よ、侯爵の乳母ばあやが名人でね」


 隔ての向こうに上がる嬌声のかしましいこと。

 分かっている。記す気にもなれないお追従とは様式美どころかひょっとしたら儀礼にすら類するもので。口にしなければ「友達がいなくなり」「立場を失う」に至ることすら……。


 「祖父も耳が痛かったことでありましょう」


 まっすぐこちらを目掛けた声、顔を上げればその響きが遠ざかった。


 「如有三斗糟糠勿為二王駙馬(小ぬか三合あるならば入り婿すな)と申しますもの。しかし乳母はもちろん、その祖母も今はありません。次はぜひ祖父をお連れください陛下、漬物を勧め参らせましょうほどに」


 初心忘るるべからず、言ってしまえばそういうことでもあろうか。

 陛下の腹心デュフォー侯爵、少しばかり周囲の同僚とぎくしゃくしているから。

 

 「辣なるかな。カレワラ家のご当主にもこれぐらいの諫言を期待したいもの」


 いやこれ辛辣って言うよりアレでしょうがオサムさん。


 「甘露とはかくや、顔をあげることもかないません」

 

 「ようやく口を聞いてくれたなヒロ、続けるぞ。むろん賢者明哲が父祖に諫言を呈し続けてきた。曰く緊張感、綱紀粛正、率先垂範……堅く言えばそうなるが」


 「『お堅くまじめに考えすぎて、高みを目指して背伸びして……転んでしまえばそれは立ち上がれなくもなる』。何代前だかの当主が苦い顔でつぶやいたと立花家では」


 分からなくはないけれど、分かってはいけないのだろうとも思う。

 ここ王国では、カレワラ家の当主であれば。


 「『気楽に構えることこそが肝要。そのために酒を飲むのだ』、そんな口癖の前フリとして」


 台無し!……と笑顔を向ければオサムさんのやけに暗い目に睨み返された。


 「背伸びして外に求めるまでもないんだよヒロ君。『腐敗がいけない』と言うならば『腐らない』、それで十分だろう?」


 簡単に言ってくれる。

 その難しさは政治に関わる者なら誰だって……


 「まさに。腐った者は退屈であり不愉快であり身を滅ぼし国を覆す。ヒロよ、この一点において卿は朕と同じものを見ているはず」


 雷霆。

 最高権力者の一撃を時にそう喩えることの意味を痛感した。

 動けるものではない。


 「今は気に病まずともよい、卿は若いのだから……問いに答えよう。堅く言えば『政権に緊張感をもたらすため』。飾らず言えば『朕が腐らぬため、倦まぬため』。それだけのこと」

 

 穏やかなお人柄と。

 女官に近侍、蔵人から閣僚に至るまでが口を揃える所以もまた。


 「奇才ミカエル・シャガール、凶風ヘクマチアル、異色の経歴を持つカレワラの裔もまた然り。みな『おもしろい』、それが抜擢の理由である。倦み疲れることを知らぬその姿勢その功績もまた賞するに足る」


 聖上は俺の正体を知っている。

 知っていながら「おもしろいから」と。

 異能でも異世界の知識でもなく、見られていたのはそこだけ……?

  

 「その判断は早いかと存じます陛下、彼らは疲れを覚える年ではないのですから。『退屈ではない』、それで十分でしょう……頼んだよヒロ君、アシャー公爵家の若君も」


 退屈不愉快な少年を宮中に連れて来られては困ると?

 アシャー家の雰囲気を目の当たりにしながらよくぞおっしゃる。


 「それと後宮にはもう少し顔を出すこと。いいね?」


 だから仕事を投げておいてよくぞ……。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 淀みやすい国政の世界に新風を吹き込んでいる……でいいのかなw いやあ国王陛下はお茶目ですね、これくらいの余裕というか楽しむくらいでないとやってられないんだろうな。
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