第三十三話 初陣 その1
夜中に出立。
全員が騎馬。
軍用道路を西に向かい、馬でひたすらに駆ける。
さすがはメル家の逸足ぞろい、癖も良い。脚元をジロウが駆けてくれているので、万一の事態も起こりそうがない。
背中に夜明けを感じる頃、大きな建物に到着した。
王国の新都は、東西に長い。中心地は東側、海沿いにある。
西側は「郊野」とも呼ばれる。まさに郊外だ。
はるか西にある王都から新都へと東進する場合、南のカンヌ州から海沿いに、直接中心地に入る道と、カンヌ州の手前で北進し、陸路を東に向かう道とがある。
軍を率いて新都を攻略するとして、北進・東向ルートから新都を見た場合、まず最初の関門となるのが、高岡城。山城と言って良く、新都の西の固めとなっている。
その先に「郊野」。野戦を行うならここしかない。その東にネイトのメル館、という順になる。
野戦を行うならここ、という「郊野」だが。
その「郊野」でも、さらにここぞというポイントとなっているのが、今俺達が休んでいるあたりだ。四方に道路が通ずる、いわゆる「衢地」。「旧衙」と呼ばれる街。
極東道を北賊が支配していた頃、この地域の中心は海沿いではなく、西の郊野にあったのだそうだ。その郊野のさらに中心地、元はお役所があったところだから、「旧衙」。立派な建物はその名残だと聞いた。
小休止の後、替え馬に乗り、さらに西進する。
少し行くと、小さな丘が見えてきた。あれが目的地か?……と思ったが、そうではなかった。
見渡す限りの平原の中の小高い丘。メル家が目をつけないはずがない。「郊野」におけるメル家の軍事拠点であった。
ここで、現地に集合している二部隊が派遣していた使者の迎えを受ける。
ざっと話を聞き、すぐに出発。
目的地は、この拠点を北進した先にあるとのこと。
平原を騎行する。
目的地が見えてきた。
「丘」と言うには、規模が大きい。しかし、「山」と称するほどではない。
「小山」という地名は、まさにその体を表すものであった。
目印になるからということで、新都とサクティ・メルの境にされた丘陵地。
「小山」に到着したのは、昼過ぎのことであった。
それにしても、こんなところに根城を作るとは、大胆に過ぎる。
バレたら逃げ場が無いじゃないか。
メル家の軍事拠点から馬で半日の距離だし。
小山を上りながら、そんなことを思う。
ふもとにある小さな湖に反射した光が眩しい。
「北賊」がこの地を支配していた時代には、郊外のちょっとした観光地・静養地だったという。
それも頷ける景色の良さだ。
ざっと丘をめぐる。
件の洞窟も確認し、いったん丘を下りた。
しばしの休憩の後、現地部隊と顔合わせ・作戦会議を行うという段取りだ。
「では、某は今のうちに洞窟内部を探ってくるでござるよ。」
まるで疲れを感じさせない顔で、ヒュームが口にした。
「ヒロ殿も、幽霊を放つのであれば、作戦会議前にされることをお勧めいたす。いや、追捕副使殿でござったな。」
面布から覗いている目が、笑った。
「確かにそうだね。ご助言感謝いたすでござる、遊撃隊長殿。」
ジロウ、ピンク、頼めるか?
「任せといてよ。」
顔合わせはすぐに行われるというのに、現地部隊の連中に話しかけられた。
いや、これは……絡まれた、と言う方が正しいな。
分からないでもない。
メル本宗家の討伐部隊と思って期待してみれば、やってきたのは若僧ばかり。
フィリアお嬢様の初陣なのはいいとしても、副将も隊長も子供じゃないか。
こいつらが俺達の上に立つのか?
盗賊の発見が遅れた失態を、こいつらに責められるって言うのか?
勘弁してくれ、我慢ならない。ここは一発、ガツンと行って黙らせないと。
……そんな気分が、顔色にありありと現れている。
「舐められたら終わりの軍人稼業」というギュンメル伯の言葉を思い出す。
そういうの、勘弁して欲しいんだけどなあ。ヤンキー漫画じゃないんだから。
とは言え、追捕副使が舐められたら、それはとりもなおさず追捕使のフィリアが、メル本宗家が舐められたということになるわけで。
それで軍事活動に支障を来たしたら、命に関わる。ここは逃げられないか。
「真剣でよろしいか?」
そう、言ってみる。
絡んできた奴が、怯んだ。
追捕副使に怪我をさせたら、大事になる。そういう顔だ。
自分が怪我するとは、たぶん思ってない。
「ヒロ、殺すなよ。」
見守りのベテラン勢としてついてきていた、真壁先生の声が聞こえた。
ニヤついている。
本当に煽るのが好きですねえ、先生。
まあそうおっしゃるってことは、俺の負けはないと見ているわけで、とりあえずひと安心か。
「ヒロ殿?ああ、『挨拶』でござったか。面倒ゆえ、某はこれを以て挨拶に代えさせてもらう。」
そこらへんにあった大岩を持ち上げて、湖に放り込む千早。
「本隊の隊長に任ぜられた、説法師の千早にござる。宜しくお願い申し上げる。」
ありうべからざる轟音と高く上がる水柱を前に、現地部隊の荒武者も黙り込む。
こういう時、千早の分かりやすい異能がうらやましい。
「会議もありますから、手早く行きましょう。」
絡んできた奴にそう申し向けて、妖刀・朝倉さんを鞘から引き抜く。
俺ではなくて、朝倉が相手に霊気をぶつける。圧力をかけていく。
「ん?なにお前、どこ中出身よ?その腕とその得物で俺に喧嘩売ってんの?え?マジで?」
俺にしか聞こえないけれど、まるっきりDQNである。本物のDQNですら、こんな口の聞き方はしない。そもそも中学校あるのか?この世界に。
恥ずかしいし、いろいろ集中できなくなるから、もう少し静かに頼むよ。
相手が震え出した。耐えられなくなって、奇声をあげて飛び込んでくる。
ああ、塚原先生や真壁先生に突っ込んだ俺って、こうだったんだなあ。
体を開くだけでかわせてしまう。横から朝倉を突きつけて、終了。
……ここまでは良いとしても、どう収めればいいんだろう。
「む、悪くない踏み込みだ。さすがメル家の郎党に恥じぬ腕。副使殿へのご挨拶としては十分であろう。」
大声で呼ばわりながら、真壁先生が笑顔で近づいてくる。
「では、後は顔合わせの時にでも。追捕副使の死霊術師、ヒロです。宜しくお願いいたします。」
朝倉を鞘に収め、真壁先生と共にその場を去る。
「助かりました。」
「これが幹部候補生の初陣というヤツさ。しかしその刀、まさに妖刀だな。」
「ええ、朝倉……この刀にも助けられました。」
「ま、刀のおかげと分かっていれば大丈夫か。腕は追々、後から上げて行けばいいさ。」




