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第三百八十四話 趣味 その3



 この日の王室居住区は人で溢れかえっていたが、それでも「お目当て」――使節のうちでも主だつ連中――を探し出せる確信はあった。あちこちのお邸から送り出された賓客使節なる立場の人々がこみち裏通りを行くなどあるはずもない、それだけの理由だが。

 げんに案の定、居住区のど真ん中を走る四つ辻では……予想の斜め上を行く事態が起きていた。


 「何をしているラング!」


 口にしたからには飛び込むはずが固まるあたり、ニーム少年やはりよく見えている。バックアップあるいは俺の力を信用していない、そのことも慎重と評価すべきなのだろう。


 「お前もやめておけ」


 目を合わせるや背の高い男が構えを解いた。棒をたいから離している。

 自分からは打ちかからない、せっかくのその意思表示をしかし少年は受け取ろうとしなかった。


 「赤髪の殺人鬼が! よくものうのうと」


 「殺したいならさっさと来いよ、口動かしてないで」


 俺の制止に従うふりでいったん殺気を消す。すくんだ少年の脚が動き出す……ところを嘲笑でさらに釣る。下半身が「走らぬ」まま前のめりで突っ込んでくる頭の高さ、それこそおあつらえ向きに違いない。

 

 「だからやめろって、エドワード」

 

 口にしたところで、駆け出すラング少年その踵に後ろからタップタックル……では近衛中隊長の威厳に関わるからと、タップキックするほかに思いつくも無かった。

 

 「邪魔するなヒロ、こんな雑魚でもやれる時に潰しとかなきゃ後で祟る」


 皮肉るエドワードの手元はラングを追い抜きざまどうにか制した。

 それでも足元では悲痛な叫びが上がっていた。


 「馬鹿にしやがって! お前も殺してやる!」


 タップを食らえば顔から落ちる。まして小足で蹴られ地に這わされた屈辱たるや。

 気持ちは分かるがひと言余計だ。「海竜の盾」を呼び込んでしまう。


 「抑えろラング!……エドワード・B・O・キュビどのとお見受けする。名高い武人が喧嘩に名を借り暗殺を働こうとは卑劣に過ぎる! 我らの決着は戦場でつけるべきもの」


 振り返ったエドワードは猛っていた。

 その横顔は美しかった。


 「力の差が分かるぐらいには臆病者、やるならこっちだったか……お前らこいつの顔と名前覚えとけ、文句無し手柄首だ。三男坊ひきこもりだろうが勘当者はなつまみものだろうが四町からくれてやる」

 

 何年ぶりだったか。

 迷い無きその判断に、頭脳の冴えに引き込まれたのは。

 

 「盾の下敷きにされてるそっちの坊やは? いくらくれます?」

 

 寄騎郎党どころか食客いや舎弟に居候としか言いようのない連中も目を輝かせている。

 ……これだよこれ、エドワードは。軍人貴族おれたちは。


 「こんなでも戦場げんばじゃ部隊長、色つけてやるから安心して刈って来い」


 「馬鹿にしやがって……殺す、殺してやる。お前ら全員」

 

 この(・・)エドワードと対峙しようがみじめな思いをさせられようが屈せず言い張るその意地は買う。

 だが繰り返された余計なひと言にユルの拳も唸りを上げた。



 

 「彼らは使節だ、エドワード」


 気絶させておいて言えた義理でもない、それでも心に間仕切りを。


 「俺たちは軍人だ。売られた喧嘩は買う」


 「喧嘩の相手が違うだろうがエドワード……ヒロ、君の疑問には私から。当B・O・キュビ家はこの秋双葉島に向け征討の軍を起こす。高祖父の無念を晴らさんがため、また一昨年の放火略奪を膺懲せんがために。父侯爵ほか上層部が王国の賛同を得るべく努めているが、不調に終わろうとも方針に変更は無い」


 四つ辻の人だかりに期待していたのは俺だけでは無かったらしい。

 それはまあ使節が溢れかえると知っていれば、ねえ?


 「往年騙し討ちを仕掛け父祖の地を略奪した者こそキュビ家である。侵略の不当また残された民に対する積年の残虐、ともに許し難い。いままた大義なき戦乱を起こすならば天に替わってその暴を討滅せん」


 ニーム少年も外交に来ているのだから言わせなければ片手落ち。

 しかしどうやらこれは根が深い。掘り下げたところで何の得が見つかる気もしない、とあれば。

 

 「双方主張はあろうが、ひとつだけ。王国滞在中いや使節各位が双葉島へ帰還するまでの間、闘争は厳禁と心得られたい」


 「B・O・キュビ家からもひとつだけ。側近と名高きヒロ、君に質しておきたい。双葉島に対し雅院はいかなるご存念か。返答次第では……」


 ようやく息を吹き返したラング少年、再び口を挟んでいた。

 三度目の正直、不躾も間合い次第で大功に変わる。


 「兵部卿宮さまからは積極的な保護を、援兵をお約束いただいたぞ」

 

 「知ってるさ。だが宮さまは以前から双葉島の直接統治を主張されている。俺たちキュビにも『早い者勝ち』って言ってんだよ」


 「得意げなところを悪いがそういうことだ、ラングとやら。……以前から各所に伝えているが、改めて当主侯爵の主張をここに述べる」

 

 ジョンが再び声を励ます。

 日ごろの優美に似合わぬその威厳、顔色の冴え。

 間違いなくこの男も参戦する。B・O・キュビ家は本気だ。


 「双葉諸侯の西半分は我らキュビ家に譲られたい。なお東半分には不介入を貫く所存。王国も征討をお考えならば山分けに、東の諸侯と今の友好を続けるご存念であれば尊重する……このこと兵部卿宮さまからはすでにご理解を得たところ」

 

 じっさい、年明け以降「こちら」にも報告が入っていた。

 「B・O・キュビ、B・T・キュビ両家に『動き』あり。意図は不明ながら軍備を誇示している」

 だがさらに進んで双葉の使節が王都を訪れたこの時を見計らって事実上の宣戦布告……まさに意図が読めない。

 各々が応答に困る中静まり返る四つ辻にまた別の宣言が響いた。


 「ご存じのように中務宮さまは現状維持を強く主張されています。キュビの出兵も思いとどまっていただけるよう、いまも懸命に働きかけを続けているところ」


 イセン・チェンの横顔が見えた。隣に立つ男と語らうにしては通る声だった。

 受けて男が――年のころは四十前後にして風采雄偉、まさに使節らしい使節だった――初めてこちらに顔を転じた。遠目に気づいていたはずなのに。


 「近衛中隊長閣下です」


 思わず口を開いたニームから紹介を受けて満足げ、何の会釈も返してこない。

 男にとってはこれが「正しい順序」なのだろう。使節としてその態度はいかがかと思わざるを得ないけれど。


 「閣下、こちら……ゲーティア家の宰、レオンさまです。双葉島で内政家と言えばまずはこちらの名が挙がります」


 少年、敬称に困っていた。

 そのあたりニーム君の選択を含め、徹底的にアレしても良いところではある。

 

 「ゲーティア家? ほーん、それはけっこうなお家柄。で、家宰? 耳慣れない官職だ、私もまだまだ勉強が足りないらしい。で、家宰の爵位は? 無い? 家宰の相当位階は? ふうん?」


 ……趣味じゃないからやらないけれど。

 だが控えたところで互いに覚えた不快の念は通ずるのでありまして。 

 

 「兵部卿宮さまの援助はひも付きどころか首輪つき、おおどかなる雅院の旗幟は不鮮明……事大は気苦労が多いことだ。対等に渡り合う気概あってこそ独立を保ち得る、そのこと忘れてはなるまい」


 舌打ちをどうにかこらえる。

 双葉諸侯を引き付けておく「得」は俺も理解できるが中務宮さま、これ(・・)をのさばらせるとはそれこそ少々おおどかに過ぎはしないかと。


 「当メル家でも総領が常々じだい(・・・)を戒めております、レオンさん」

 

 忍び笑いが巻き起こる。

 キュビだメルだが素直に事大するわけもないのであれば、これは不遜に対する当てこすり。 

 ジェレミア・ガルネッリに――どうも「少しいやらしい」男に――稼いでもらったこの間合い、活かさねば後が怖い。顔赤くしたレオン・ゲーティアが何か言い出すその前に。

 

 「ことさら声を高めることもなかろうが、隠し立てすることでもない。雅院におかれては、当面の主敵につき南嶺は萩花の君と見定めておいでである。このこと双葉諸侯にもよろしくご賢察を賜りたい。なお質疑をお望みであれば機会を設けることも約束しよう、近衛中隊長の名を以て」

  

 この場にはアルバの親子に治部権大輔、ミカエルもある。  

 宣言が三つも続いたのだ。使節の「見定め」、その反応から済ませてくれる。




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― 新着の感想 ―
[一言] 今回もヒロが手柄を挙げる機会があるといいな。 ライバル(萩花の君)と対決するか楽しみです。 ヒロが軍人貴族であることを自認するシーン、今までもありましたが、やっぱりかなりこの世界に染まってき…
[良い点] 戦争だ!戦争だ!手柄(昇進)の機会が待ってるぞ!笑 [一言] 戦争パートが楽しみです。
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