表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1105/1237

第三百八十四話 趣味 その2

 

 「これはまた……」


 言葉を失おうともフリーズだけは許されない。

 迷って止まるぐらいなら何でも良いから動け――動いてさえくれりゃ友軍も連動追従フォローできるのだから――軍人貴族の鉄則だ。

 言うてデスクワークで動かすのは眼球だけですけど。それでも意図を汲んでフォローが飛んでくるあたり王国官僚道は反射神経と覚えたり。


 「ああ、人口順に並べ替え(ソート)した資料ならこちらです。経済力の順ならこちら。すべて『推定』に過ぎませんが……軍事力については特に……と、これは近衛中隊長閣下に申し上げることではありませんでした。地理も機密でしょうから、別添の地図は大まかな『並び順』程度に捉えていただければ」

 

 これぞミカエル・シャガール氏の仕事である。

 家柄重視のアルバ公爵にしてその鷲鼻に皺寄せずにはいられない、まして零細カレワラ家の当主であれば賛辞を贈らずには過ごせない、王国貴族のマナーとして。

 

 「悪くない(・・・・)ね。中弁どの(・・・・)が関係各所の尻を叩いた甲斐はあった」

 

 なお資料を投げてよこしたのが中弁カイン・ニコラス氏であったなら「さすがシャガール君の仕事」と口ひん曲げて言い放つのがマナーであるらしい……そんなテンプレ規定演技も付け焼刃なりに覚えたがそこから先が難しい。

   

 「役職順の名簿も作ったとか?」


 得意げな顔に投げる冴えないボケは鼻で笑われた。

 かけた手間は裏切らないなんて話も聞くが何事にも程度というものは存在する。中隊長閣下がただ今のご提案はあまりに実り無き仕事、というのも双葉諸侯から送られてきた外交使節ときたら多頭体制にもほどがあったから。


 大使に特認大使に臨時大使。典雅なところで正使に慶賀使、奉敬使。それぞれ副のおまけがついて、さらに使節代表。副代表。代表代行。副代表代行。幹事長。名誉大使に親善大使って、それちょっと……でも一日大使がいないあたりたぶん大まじめなんだよなあ。

 ともあれ諸侯と呼ばれる双葉島北東部の有力者がそれぞれ観測気球を送り込んできたのである。だったら「全島の代表」など装わずと素直に各自の名義で寄越してくれりゃ良いと思うのだが、ひとりひとりではカレワラどころか千早やファンゾ百人衆のレベル、まとまってこそキュビ四柱にも並ぶ国力を誇示できるとその一点では意思の疎通が取れているらしい。仲が良いようで何よりだがでは誰に話を通せば良いのかと。


 「誰に会うべきか、いえ誰を――向かいに席を占めた男、親指を立てていた――お目にかけるべきか。見極めをつけてこそでありましょう」

 

 詳細な資料を作成するだけでは事務屋から抜け出せない、大要も示せぬ若僧が上に居座るのではたまらない……年下の「上司」ふたりを相手にタンカ切るあたり治部権大輔も良い根性している。


 「実に就くべきとの仰せごもっとも。それではハサン殿下への『ご紹介』も日を改めるべく取り計らいます」

 

 さすが治部少輔ガラード・アルバ君にはもう見極めがついているんですね。ならばハサン殿下邸で行われる会合、おいでにならなくても……そんなことを俺の口から真っ向言い返しては同じレベルと認めるようなものである。ジェレミア・ガルネッリを送ってくれたことソフィアさまに感謝を。


 「なお『西』にまつわる話であれば、女蔵人頭フィリアさまへのお目通りも不要でありましょう」


 「まんまヒロ」と揶揄され続けた青年だけあって俺の思考がよく見えている。監視カメラか首輪か知らんが、ソフィアさまにはやはりお礼言上の必要がありますねこれは。

 ともあれおかげをもちましてハサン殿下邸がめったと見ない盛況に沸いているのはけっこうな話、「使節たちと顔合わせしないことには始まらないさ」と、肩越しに手を振りつつ精鋭たちから逃げ出せば。

 

 「陛下も礼遇おくあたわぬ重鎮にお目通りを許されたこと恐悦」

 「長寿健康、あやかりたいものです」

 「つまらぬ反物ですが、普段使いしていただければ」

 「歌枕にもなっている香木の一片を」

 「こちらの真珠、その縁起ですが……」


 老人は無理でも人に会うべきですもの、使節の皆さまには心より――最近の俺は皮肉ばかりを口にしがちだがこれは大真面目なところ――感謝しております。

 とはいえ九十も半ばを過ぎた殿下、はしゃぐうちに疲れが浮き出てきたところへ。


 「進物に思い当たりも無く物語でも先を越され……せめて趣味てすさびに習い覚えた曲など」


 仲春の陽気にふさわしいのどかな笛声だった。

 子守唄にでもなりそうな……ああ、なるほど。


 「みなさまの心尽くしに言葉もないとの仰せ。あとは私が承ります」


 ハサン殿下の存在を探り当てる連中だもの、老人に権力が無いことぐらい最前承知。表敬訪問は俺に……王国軍部の一柱たるカレワラ家当主に会うための口実なのだから。

 それにしても数々の進物、これがなべて隙を感じさせぬ品揃えだった。そこへ持ってきて老いてなお好奇心衰えぬハサン殿下の人柄を見抜くや口上に物語をまじえだす。

 厄介な連中だ。双葉の諸侯とはやはり国人郷紳地侍じもとじゃまけしらず、ファンゾ百人衆の同類であること間違い無し。しかもより洗練されている。そのこと分かっただけ有意義な会合と言えなくもない。

 それにしても気になる男の姿が――いや、遠目にも明らかな身の細さ。少年だな――見えないことに懸念を覚えつつ、使節団ご一行を丁重に送り出してみたところが。


 「ハサン殿下もお目覚めになったのでご一緒にいかがかと。例のうどんです」


 若隠居アルバの声を背におだしのどんぶりを抱え庭を眺めるその細身、けれんが過ぎるだろうと。ハサン殿下邸を選んだ負い目はこちらにもあるが、何かと心配りの必要な老人を――教条主義かっこつけは抜きだ、個人的に敬愛しているじいさまを――だしにされては好感情を抱きようも無い、はずであったのだが。


 「こちらのお庭、鶺鴒湖を?……白砂に故郷の浜辺を思い起こしましたが、水面のさざなみ……あえて浅く作ったものですか?」


 「見立て」に置かれた石ひとつその意味に至るまでほぼ全てを解していた。

 八十は年が離れているであろうハサン殿下と会話を弾ませている。


 ……少なくともその思いに邪は無い。

 男爵位また磐森を拝領して以来の経験が――ひとの「笑顔」を見せられ続けてきた――俺にその判断を呼びかける。しかしだからこそ分からない。


 「皆さまに比べ格別なお年若。我らも親しみを覚えずいられません」


 場違いな若者をなぜ使節にあてたかと。

 邪智無き者に――それを用いるかは別段――外交を任せるバカがどこにいる。

  

 「申し遅れました。ブラン・ウォルドが長子ニームと申します。当ウォルド家は王国に全てをお預けする所存、その旨存分にご理解いただけるよう努めよと父からは」

 

 つまるところウォルド家の主張とは完全服従、ゆえに老練を送り込んで駆け引きをするつもりは無い。何なら息子のニーム少年を人質にしてくれても結構……そのぶん「分かってんだろうな」と来たか。

 

 「遠国にありながら揺るがぬ忠誠、確かに承りました。我ら近臣も襟を正さずにはいられません。が、全てはいわゆる『おとなの話』。使節どのいえ、ニーム君におかれては気楽に王都の名所など見て回られませ」


 子供の使いを送っておいて何を言うことか、見返りの確約もせず保護を――資産に兵員、技術供与ほかもろもろを――引き出そうとは少々横着ではありませんかね……なお自分の地位と年齢は棚に上げさせてもらう。心に間仕切りを作るって大切よね。

 などと嫌味をつけたつもりがはからずもあけすけな笑顔に迎えられてしまった。 


 「ありがとうございます。近衛府に『留学』していた叔父からも『お前たちもぜひ』、『長期滞在はかなわずとも必ず一度は王都に』と……かねて楽しみにしておりました」


 気恥ずかしさに肩の力、いや半ば腰まで砕け落ちる心地がした。

 そんな見立て違いを逃すはずも無い治部権大輔が冷えた笑顔で耳打ちを見せる。応じて少年どころか子供を示す獅子鼻ガラードが高い声を響かせた。


 「コラン・ウォルドさまですね? 征北将軍アレックス商都留守ロシウの両閣下が相次いで中隊長を務められたいわば黄金世代の一員、その後のご活躍も伺っておりました。いかがお過ごしに?」


 治部権大輔、当然のように「予習済み」だった。ミカエル・シャガールとはまた別の視点から。

 これがトワ系大族アルバ家だ。新任の少輔に過ぎないガラードに格上の権大輔が家人の如く仕える。主従あい補ってミスをカバーし得点を伸ばす……だが言うてそんな「気分」を客人に見せたくはないものとあえてそちらに目を向けずにいたところが。


 俯いたニーム・ウォルド、その微笑が気まずさを示していた。

 応じて変わるこちらの顔色を見た少年も改めて声を励ます。


 「まさに商都でその留守閣下のお目通りを得てまいりました。聞きしに勝る英姿、閣下との親交を支えにした叔父の心にようやく触れた思いです」


 紅潮したその頬が示すもの、叔父とロシウに対する尊敬以外に何があろうかと。


 「『ぶざまな戦をしては両隊長に合わせる顔が無い』、コラン・ウォルドの口癖でした。自慢にしていた近衛府仕込みの采配で近郷に名を響かせ……この上なき栄誉です」


 素直な少年もあるものだと。

 いや、思えば誰も彼も――イーサンにジャックにスヌーク、エドワードにダミアン・グリム、イセンにエミール、クリスチアン。ひょっとしたらこの俺も――みんな素直な少年であった。


 そう思えば席を外した理由も理解できる。「外交」なる名の下に行われる虚栄のぶつけ合いを嫌った、あるいは分からないからと避けただけ。老人に食い込む意図などなくて、庭園の由来を聞きたかっただけ。


 歪んでいた、妙な癖がついていたのは俺の側か。

 ならば改めて真っ直ぐに勝負させてもらう。


 「叔父君の物語などますます伺いたいものです、さらに人をまじえて」


 言葉にならぬ圧、これこそが真実「ロシウ・チェン仕込み」の戦術だから。

 反発ばかり感じていたが今になってみれば分かる。

 尊敬も軽蔑も真っ直ぐに受け止め表出する遠慮知らずの貴族たち、それも生意気盛りの少年と向き合おうと思うならば。


 「申し訳ありません。副使ラングは――私の従兄弟、コラン叔父の跡取りですが――兵部卿宮さまの御許へご挨拶に伺っております。我らにとっては大切な御方ですので」


 「逃げ」を許す気は無かったが、それでも真っ直ぐにこちらを見上げる視線の力強さ。素直なうえに察しが良い、余計な言い訳をしてこない。

 ならばますますこちらも正直にありたいもの。


 「何をお詫びになることがありましょう。せっかくのご滞在、ぜひ諸殿下また閣僚重職の皆さまにお目通りなさいますよう。全て取り計らいます」


 正々堂々、大国の――虎の威を借りるつもりはないけれど――中枢、その一席にふさわしき大度を。


 「雅院にも、ぜひ。さきほどの笛に双葉島のお話など、お喜びは間違いありません」


 大恩ある上長、長年親しく接してきた友人、まだまだ年若くありながら窮屈な立場の男……に、珍しき客人を好ましき若者を紹介したい。


 俺のその心にも邪は無いはずなのに。

 ものすさまじきまでの政治臭を帯びざるを得ないのはどうしたことか。




双葉島:モデルは四国。日本に比べ「東南に傾いている」ものと設定しました。淡路島と徳島の距離感は日本と似ていますが香川と岡山がやや離れていて、広島と愛媛ではさらに距離がある……といった趣です。なお縮尺は日本の約9倍、面積にして約80倍です


双葉の諸侯:モデルは主に讃岐、また伊予東部あたり。小豪族の集合体で、各々大小に応じて王国から爵位を受けている




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ニーム君もそのうちヒロみたいにスレちゃうのかな……? 双葉島、サイズでいえばニューギニア島の倍くらいだし統一できる人間は鳥なき島の蝙蝠どころじゃないですね(地形や周辺勢力の関係で無理そうだけ…
[良い点] ルビ祭りですね。それにしても、国人郷紳地侍の語呂の良さ笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ