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第三百八十三話 誤算×誤算 その3

 


 「一等地の瀟洒な空き家、見張り(セキュリティ)完備。結構な罠に追い込んでくれる。おかげで体調は万全だ」

 

 王宮を丑寅ほくとうへ離れること2km、ここはかつてリョウ・ダツクツの私邸だった。

 しとめるはずが逃げられて、逃げたつもりがはめられて。誤算と順目が裏表。


 「ウエルカム トゥ ジ ホテルカレワラってな。ジャンキーにはお似合いの隔離施設だろ?」


 闇の向こうで呼吸を止める気配があった。

 こちらを窺い、そのバカバカしさに気づくや鼻で笑っていた。

 

 「ステキだけど出られない……明かす以上は当然『その気』ってわけか。こないだのブザマを覆す方策てだて、見つけたのか?」


 投げてやった砂糖漬けを咀嚼する音に震えは交じっていなかった。

 その自信、解毒の備えも埋め込まれて……いや、中毒になることができる(・・・)のだった。

 

 「なぜ薬に手を出したハヤト」


 敵の差し入れを口にするその度胸、見極めの良さ。

 エッツィオの先手まで務めた男が。


 「おクスリはいけません? ああそうだな、じっさい地獄だ」


 吐き捨てた種を投げ返してきた。教えてやるよ優等生、そうつぶやきながら。


 「いつだって頭に靄がかかっているような気分だ。行かなくちゃ、邪魔をするな……血に酔える戦場は悪くなかった。だがそこに花の禁制……北から来た薬の影響だと明かされるぐらいには出世していた、幸いなことに」


 中毒者は目敏く耳が早い。そして行動は果敢もとい抑えが効かない。

 危険を冒して国境を越え、薬と……おそらくは精製法まで手に入れて。


 「覚醒すっきりしてようやく思い出した。案の定、以前の俺は兵士だった」


 爆撃か何かに吹き飛ばされて、気がついたら赤ん坊。

 欠けた記憶に焦燥ばかりを煽られ続けた二十年。

 

 「そりゃ強迫観念があるわけさ。帰らなくちゃ、守らなくちゃ……」


 呼吸が切迫していた。

 効いていた抑制、冷静さ。失われつつある。


 「頼むヒロ、行かせてくれ。いや、一緒に帰ろう。手段は俺が探す、だからここは見逃してくれ。南嶺の竪穴、西の横穴。飛び込んで目が覚めればきっと元の地獄に……」


 靄に覆われていても感じ取れた。

 半身を乗り出した男の狂態、これが世に鬼と言われるものと。


 「帰るんだ、日本に。故郷に。息子のもとへ……あんたもいずれ分かる」


 話はできる、話にならない……そこに誤算はなかったな。


 「分かるさ。俺はこっちに息子がいる。まだ顔も見てない」

 

 繰り出された一撃、避けて跳ぶだけの余裕があった。

 どうやら反射神経、以前ほどではない。薬の影響ってのはこれだから。 


 「腕はこっちだ」


 靄を払う方策、リョウ・ダツクツがここを選んだ理由。

 堀に架かる橋へと続く霊道だから。

 

 「『ムシ』入れて、不快は薬でやり過ごし……それでも息子がいたから……その息子を二十年も忘れて! 薬入れるまで記憶が戻らなくて!」

    

 敷地に滞留した霊気がひと筋に流れ出す橋は奔流、霊気の衣も削ぎ落とす。

 

 「だから! その薬をなぜ広めたハヤト!」


 向き直り抜き合わせ、月明かりの下ようやく認めた姿は背丈間合いともに俺と変わるところが無くて。

 

 「広めるかよ、俺はただ正気を保つために……二度と息子を忘れてたまるか!」


 ありあわせの竹槍、いや戦士の功利主義か? 間合いを確保しつつ片手で操ろうと思えば。……「進んだ」社会から来たんならそこは不器用でも良かろうに!


 「そこをどけ、腕を返せ! 胸糞悪いが必要なんだ」


 まさかの投槍、組むつもりかすれ違いを狙ったか。

 いずれただの自爆特攻、やはり冷静を欠いている。

 斬り払い、間を詰めて、片手突きで……。


 弾き飛ばされた。

 月が見える。肩が痛い。

 腰の伸びたところ左足首を後ろざま掴まれ内に払われたのだと、その意味を悟った時にはもろ手に引き起こされていた。


 「この距離なら呼べる、いや『引き合う』。細切れにしない限り終わらない」


 頸を掴まれた。息ができない。視界が霞む。

  

 「だから地獄なんだ」


 憐れむようにこちらを見上げる瞳、かつて見慣れた色。

 吸い込まれるような心地……は、強い衝撃に奪われた。

 満ちあふれる力、懐かしい瞳の色。

 全て失われ目の前で腕の中くずれ落ちた。

 

 折られた頸、そのまま斬り飛ばせば肩ごし遠くに人影が見えた。

 後ろに響く重い足音の懐かしさ温かさもハヤトの瞳とは比べ物にならなくて。

 

 「細切れとかそういうのは僕の仕事です。それよりあちらへ……あっ!」

 

 僅かに残る筋肉のバネを利しハヤトの頭が跳ね上がる。

 食い下がろうと目を口を開き彼方へと飛び出していた。


 「約束を忘れ残心を忘れ!」 


 叱咤一声、大光弾に弾き飛ばされ欄干に叩き付けられ。

 ようやくハヤトがその目を閉じた。光るものをひと筋残しながら。


 「これで完全に『消えました』。あとはお任せします」

 

 残心取ってないじゃないですかって、悠たるその後ろ姿。確信歩きだよなあ。

 情け無さは大いに自覚しつつもその小憎らしさに声は尖る。

 

 「俺の仕事だ」


 歩みが止まる。

 こちらとしてはそのまま向こうに行ってくれる予定だったんですけど。

 こんなとこまで誤算続き、いったいどうして……


 「一緒に解決すると約束したはずですが」


 あ。

 いえ、忘れてたわけじゃないんです。忘れるはずがないでしょう。約束ですもの。フィリアさんとの約束ですもの。


 「『表』の事情とか根回しとかいろいろあったところに急遽機が熟したもので」

 

 「約束しましたよね?」


 正座でありますよ、ホテルカレワラ(仮称)の縁側で。

 いえ、礼節を知る紳士たる者のあるべき姿ですけれど。


 「そもそもがエッツィオすなわちメルの不始末。だからこそ私の手によってと、ヒロさんも了承してくれたはずです」


 いやですから大蔵卿邸ではアルノルトが大活躍を……武略を知り尽くすメルの男が確実な手柄のチャンスを逃すはずもなく、おもてから侵入して来た異能者数人をみごと討ち果たして得意顔。ソフィアさまに良い報告ができますねと。


 「あ、いや、そうか。これは望外……そうだ、オーウェルの山で見つかった書類も渡しとくよ」

 

 メルではなくフィリアが王都で軍功……どころか首級、まさかの武功を挙げた。一族内でのプレゼンスを高めることができる。これは俺にとっても嬉しい誤算。


 (そんなに大きいの? 手強くてもただの山賊でしょ?)

 (国境の十万より王都の山賊、評判ってのはそんなもんさ)

 (それも近衛中隊長が二度も討ち損ねた妖人の首よ?)

 (俺でも分かるぐらいにこすらなくても。いくらなんでもかわいそうだぞ)

 

 淑女に華――少々毒が強い――を譲ったのである、理解したまえ友霊諸君。

  

 「私が手を下すまでもない(・・・・・)ところ、お約束どおり(・・・・・・)功をお譲り(・・・)いただきましたこと感謝いたします」


 念には念を入れているのだろう。彼方で火の上がる気配があった。

 そうして我が背中越しに照らされたフィリアの顔も……思わず正視をためらうほどにそのなんだ、凄艶であったと。そう申し上げねばならないところで。


 「ゴメンナサイ、その。いろいろと」


 お説教もとい正当なる抗議の申し入れがあるものと覚悟していたところ、フィリアの声は意外な優しさを帯びていた。

                  

 「縁ある相手にとどめまで持ち込む、難しいものであることは私も……自分で平気なつもりでも、つい」

 

 戦場の鬼だったハヤトですら。

 かつての同胞を前に一瞬のためらいを見せたせいで……。


 「ヒロさんはいつもいつも! 私の代わりに手を下して! そのくせ自分は頼ろうとしない!」


 やっぱりお怒りですよねすみません。

 でも分かってはいる、それがフィリアだって。


 (千早ちゃんとの違いよね)

 俺は何も言ってない、何を思ったわけでもないですからね。 


 「こんなやり方、認めるつもりはありませんから」

 

 そのこと自体は構わないのですけれど。

 恋愛であれ友情であれはた苦情諫言恨み言にせよこういうことはですねフィリアさん、ふたりきりの時に……


 「さすが近衛中隊長閣下、油断も隙もない。見つめ合って(・・・・・・)おきながら心ここにあらず」

 

 ためらいは覚えても視線外したら一撃飛んで来ると、近衛中隊長たるものそれぐらいは理解しているのであります。

 だがしかし、まじめな話。誰を連れて来たのかと。

 侍女、シャープ姉妹でも雅院の女官でもない。

 だがこの気配を俺は知っている。強い霊能……。


 「以上です。いかがでしたかシアラ殿下。中隊長閣下は実直(訳:マヌケ)でこそあれ悪辣とはほど遠い方。女性に対しては必要以上に、いえ見当違いのあまり迷惑を振りまくほどに誠実です」


 誰を連れ出してくれちゃってるわけ?

 そろそろ大祭の潔斎も近いでしょ! それを外出夜歩き男と対談って!


 「シスターとのみお呼びくださいフィリアさま……ええ、この方を夫にしては気が休まることもないのでしょうね。最初からそのつもりもありませんけれど」


 「それだけに縁談の差配には最適です。安心して任せられますよう」


 

 こうしてシアラ殿下の大冒険にはひと段落がついた――やらかせば盗賊より妖人より転生者よりも世間的政局的にはそちらのほうが「重い」のだ――もとい、「家に帰るまでが遠足」ということで東のかた10km離れた聖神教女子修道会まで護衛の任に当たったところが。


 「なぜ微行する必要が?」


 分かっているでしょうにフィリアさん。

 男の俺はもちろん、フィリアにせよシアラ殿下を連れ出したとあっては後々うるさいのであるからして。「協力者おともだちの匿名令嬢ご一行様」を装わぬことにはどうしようもない。

 

 だから人群れを先行させて、周囲を警戒して……彼方を振り返る。

 「死穢」を理由に避けた道、運河の支流にかかる橋。

 20mもありはしない、ほんのちっぽけな舞台。

 

 「幼い息子がって……あいつ、ハヤトが言ってたんだけどさ。思えば常套句だよな。老いた両親と並んで」


 「ヒロさん」


 「故郷に帰りたい、兵なら誰しもそう思ってる。それをまとめて、敵も味方も死に追いやるのが俺の仕事」


 「ヒロさん」


 「まだ割り切りが甘いんだよなって、さすがにそれはないか。縁のある相手は難しい、その通りだよ……それでも俺は」


 俺はもう帰れない。

 分かってたし覚悟もしてたけど。

 帰りたいって、地獄でも、あんなにされても……それを真正面から斬り捨ててしまった。


 「殺したのは私です」

 

 相変わらずキッツイこと。そんなこと言われちゃ無視もできない。

 そもそも月明かりの下でフィリアも3割増し……だってのにもったいない。なんでぼやけるかなあ。


 「もう少し歩くよ。このざまで王宮ってわけにも」

 

 「ええ、ゆっくり帰りましょう」

 


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― 新着の感想 ―
[一言] フィリアのこの正妻力よ。 ハヤトは想像していたより切ない奴だったな……エルシャールと愉快な一行に加わっていたら(実現できたかはともかく)本懐果たせたのかも。
[良い点] やはりヒロインだ笑 久しぶりにあの頃の「ヒロ」が出てきましたね。
[良い点] 久々の正ヒロインでした。 ヒロの立ち位置と相まって、物語が引き締まりますね。
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