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第三百八十三話 誤算×誤算 その2


 傷を直す必要もあったか、その日ハヤトは現れず。

 官舎から出た足の向くまま磐森に向かったところが。


 道中で珍しい顔に迎えられた。

 「君臣」の儀礼おやくそくとは縁遠い男がそのまま轡を寄せてくる前に笑顔を――わざとらしいほど満面に広げる芸、いつの間にやら身につけた――向けて呼びかける。


 「サイズが合わないぞシンノスケ。くっついたところでそれこそアレだ、『腕が落ちる』」


 移植と言えば拒否反応……いや認めよう、そんな話じゃない。

 

 「ああ、邪道だな。俺の口から言わせぬあたりいかにもヒロだ」


 政治家(・・・)相手に腹芸勝負をしかけた己の愚かさに舌打ちひとつ、天を仰いでいた。


 「それでも腹が立つんだよ。頭ごなしに!」

 

 侍衛の環が間隙を縮めにかかる。

 ここは近衛府――閉じられた社会――ではないのだから。

 俺を小突くことすら許されない、納得ずくの付き合いだ。


 「何としてでも『超える』、それを横道とは言わないだろ」


 隻腕の技を磨きつつ義手による嵩上げの道をも探るシンノスケの心、知らぬわけでもない。しかしだからこそ「あんなもの」に頼ってほしくはない……いや、頼るまでもない。


 「自分で技を磨いた末に職人と議論を戦わせてこそ。違うか?」


 王国の技術は、少なくとも技術者は決して劣ってなどいない。

 異世界だチキウだって問題じゃない。需要あるところ技術は育つ。


 「『ぼくのかんがえたさいきょうの……』を今さらやるとは思わなかった」


 「人生賭ける価値はある。バカってのは大のおとなが本気でやってなんぼだろ」


 ここで「男が」って言えないあたりが21世紀チキウ人なんだよな俺は。

 その気後れが踏み込みを招く、これも王国の日常で。

 

 「戦のたびに手足を失う者が出る、兵家の常ってヤツだよな。使い勝手の良い義手義足、お前こそ必要なんだろ?」

 

 「槍ひと筋」に生きてきた者に光を……たとえ嘘でも「見せてやる」こと、それは俺の――リーダーでもボスでも何でも良いがそうした連中の――責務だから。

 なにも綺麗ごとじゃない。男が、男であればあるほどに、絶望の淵に叩き込まれてしまえば何を起こすものであるか。守るべきが多い者ほど心しなければならない。

 シンノスケもその機微を知っている。知っていながら噛みつかずにはいられない。

 ならば。俺も飾ってなどいられない。

 

 「お前は衣食住を保証されて王都で腕を磨く。俺は腕利きを言葉は悪いが『飼う』。義手も同じこと、食客と主人は互いを利用する対等の存在だ。違うか?」

 

 「何言われようが『持ってる』ヤツの言葉は『持ってない』ヤツには響かないんだよ。分かってるくせに」


 「それでも『言わない』って選択肢は俺に無いんだよ、分かってるだろ」

 

 指呼の間にて剥き身のやり取り、ひとつ違えば命のやり取り。

 緊張はあるけれど、だからこそやはり変わらぬ友であったと。

 その事実に安心したところで後ろの馬に積んだ箱のガタガタと無粋なこと。


 「目の毒だ。斬っていいかヒロ?……ダメだよな分かってる、あれは釣り餌。それでも言わずにはいられないんだよチクショウが」



 そうして磐森館の門をくぐればくぐったで剥き身のやり取りを聞かされる。

 領主とは政治家すなわち聞き役にして調整者。周囲に飛び交う怒号と来たら利害のトゲを乗せるばかりで優しい言葉が耳くすぐるなどついぞ無い、分かってはいるつもりだが。 


 「君は畜生かレネギウス! 犬だって一飯の恩は忘れないぞ」


 日ごろ弱気なランツが血相変えて詰め寄っていく。

 羽交い絞めを試みつつも手加減せざるを得なかったユル・ライネン、暴れる拳に鼻を殴られ悶絶。一瞬目を泳がせたがここで詫び入れるわけにもいかぬ男がさらに吠え立てる。


 「何のための食客だ。エッツィオ閣下に目通りできたのは、十騎長になれたのはどなたのおかげだ」

 

 ご主君の苦戦に気づきながら矢も放たぬとはいかなる了見かと大騒動。

 声まで裏返してみっともない……というかこれどう見ても演技過剰。

 後にしろとひと声かければ今度こそユルに引きずり出されるも案の定無抵抗。


 「……と、こんなところで良いですかね。ユル君には悪いことをしました」


 言葉どおりに後刻やって来た中年男、いつものように胃を押さえ。

 あちらこちらに気を使っては身を細らせる彼に安心立命の地はあるのだろうか。


 「読んで字のごとく家に付く家臣団、奥様に付く閨室の閥――こちらにはいらっしゃいませんがってやかましいわ――そして主君に付く従僕また食客……それぞれ言い分もあれば務めも異なります」


 面を伏せている。胃を押さえつつ。

 これぞ必殺の構え「ご賢察ください」。


 「家臣筆頭のアカイウスすら私個人に付いていると見えなくは無いか」


 俺自身が家と一体化しているなら「ズレ」は存在しない、少なくとも表面化しない。

 どこかスキマがあるように見える、家に根付いているように見えないと。


 「その、ご主君。あなたは……」

 

 人の顔色を窺うことにかけてランツの右に出る者をいまだ知らない。

 つまりは俺の気持ちが揺らいでいた、そういうことなのだろう。

 

 「その問いを君が?」


 ランツ自身が家臣なのか俺個人の食客スタッフなのか、恩と縁あるなるへい19世に心を寄せているものか、そこは大概あいまいで。

 突き詰めたところで良い結果になるわけもないと分かっているからいつものようにお茶濁す。


 「済まない、八つ当たりだな」


 そう告げれば身を揉むようにして退がるところ、この日ランツは執拗だった。


 「家臣団、閨閥、食客。全てご主君あってこそ……どうかご自愛を」


 何のことは無い、レネギウスを怒鳴りつけることで俺をたしなめていたらしい。

 だからランツ、お前はもう少し直線的に物を言えと。


 「賊ながら拠り所無き境遇から身を起こした者と……同情が油断になったか。今後は心する」


 ごまかしながら詫びはしたもののハヤトへの共感を捨てる気は無い。

 タイマン勝負に持ち込めば語ることもできる、そう期待していた。  



 語ることはできる、それだけのことと判明するのに一時間とかからなかった。  

 チクショウとわめきたいのはこちらである。

 いや、目の前に立つ人に向けてではありませんけれども。


 「オーウェルの代行どのに言われて、の」

 

 総勢20人がほどの老若女あしよわを磐森まで引率して来たとのこと。

 山に残され軍人貴族スジモノの襲撃を受けたハヤト一党留守番組である。


 「王都の治安を預かる近衛中隊長閣下の裁可を仰ぐべきである!」


 口にした代行どのにせよもちろん李老師にせよ、そういうノリで物考える人ではない。

 彼らは教育者、「ヒロよお前ならどうする?」と問うているのだ。

 めんどくさいから私はパスで……などとは思わぬ、いや言わぬのである。


 「それと『書類』だがの。これもご覧に入れるべきかと」


 渡された二通のうち一通もこれまたある種の問題だったが保留した。ジッサイ見極めは大事、軍人だろうが役人だろうが同じこと。で、懸案のほうをしばし眺めた感想として。

 ハヤトの脳みそは俺よりは理系に寄っている……が、未来人にしてはお粗末と言うべきか。21世紀チキウ人に理解できないような概念は少ないように思われた。


 簡単な書付けに記された弓、槍、帆船、回転運動、石炭……と、これ明らかに「いまの王国に存在するもの」を羅列しただけのこと。見開いて次のページは火器、薬品、ある種の建築に内燃機関……「次に来そうなもの」だなこれ。考えの筋道の分かりやすさよ。

 そこから先は例えば自動車であり飛行機であり、そしてハヤトが生きた時代の技術が書かれてあるべきはず……と想像を巡らせつつもふと思う。


 「でも言うて一般人が戦車やミサイルの作り方なんてイメージできないよなあ」

 

 いや、スマホどころか電話も化学肥料も分かりませんけども……そういや毒ガスとか細菌兵器とか、そっちには思いを致さなかったらしい、ありがたいことに。

 するとつまるところ彼も製造関係や研究職では無かった、それは確実で。


 「何やら分からぬが聞かなかったことにしておくほうが良かろうの」


 頭を抱える俺の前で李老師は「聞か猿」のポーズ、くりくりと目ばかり光らせて。

 

 「徒党から話を聞くに、ハヤトなる男。虐げられた者には優しかったようだの。時に狂ったように暴れていたとも聞いたが」


 そういえば戦陣を共にしたジェレミアも。

 「典型的な十騎長の統率です。真っ先駆けて突撃し『俺について来い』。その蛮勇、とても庶民の出とは思えません」

 

 生まれ育った村の人々をためらい無く手にかけた(かけることができる)あたり日本人とも思えなかった。戦国時代や鎌倉時代ならともかく……いや、未来の日本はそういうことに?

 腕にナノマシン(?)を埋め込んでいた、ならば職業軍人か? でも自衛隊ならもう少し「プロらしい」戦をするんじゃないかなって。


 こちらが天井を見上げているあいだじゅう向かいの老師は口を噤んでいた。

 目を合わせても無反応……なに考えておいでだか。


 「お願いできますか老師、同郷が相手で私の目は曇っているようです」

  

 やけに重々しく頷かれて思わず背筋を正してしまった。


 「ひとつ、ヒロ君が育った国は平和そのもの、人殺しには強い忌避感がある」


 深く頷く。胸に痛みを覚えながら。

 俺だって殺したくて殺してるわけじゃない。


 「ならばいったん戦が起これば徴用されるのは爪弾き者……ただの想像よ。故郷を悪く言われて腹が立つのは分かるがの、おかしくはあるまい?……『虐げられた者には優しい』、そういうことではあるまいか」


 ウチでも農家の部屋住み三男坊を徴用……いや「参戦を促して」いる。

 戦争など一面そんなもの、認めるしかない。

  

 「ふたつ。『こちら』でいちど国境を越えたと聞いている。だが通敵の話は聞こえておらぬ。ならば他に必要があった……南に無くて北にあるもの。『忌避感を遠ざけ暴れるために』」


 ナノマシンをぶち込むようなSF世界にはつきものだよな。

 いや、フィクションどころか事実、大戦中……。


 「ハヤトが『生まれた』エッツィオの山間部にも自生していましたね。それが数年前、極東からの連絡で禁制に」


 ひょいと赤い花を投げられた。「精製物」の袋も。

 推測でも何でもないじゃないですか……怖い顔したいのはこっちです!

 

 「私にも責任の一端がある……いいんです老師、背負いたいんですよ……同郷の者が悪さをしてる。正す力を自分が持っている。ならば為すべきだ」


 俺は善良な移住者だもの関係ないね……理屈としてはそれが正しい。責められる理由は無い。

 だがそれは「受け身」に過ぎないことも確かで。移住者が積極的に信頼を得たいと思うならば。


 (綺麗ごとねえ) 


 ああそうだ認めるよ。

 でも誰にだってひとつぐらい主義主張どころか理屈抜きってものはあろうがよ。

 許さん。権力の横暴? 地位の濫用? 知るかバーカ……いや、それはマズイ。


 (安心と信頼のカッコ悪さ)

 (李老師もニッコリだぞ)

   

 「連れて来た連中に『兆候』は無かった。幸いにして、の」

 

 ちゃんと調べてくれていたのである。

 らしいっちゃらしいけど、そう仕事を急ぐお人柄でもないはずが。


 「極東にあった子爵代行閣下も事態を重く見まして、の。『畑』もつぶしたのでご安心を」


 ニッコリ……ではなく硬直していた。


 「老いぼれの骨折りを徳とされたい。厳罰は一身にとどめ徒党へは寛容……過酷を避けていただけるよう、どうぞ頼み参らせる」


 世俗に頭を下げるわけにはいかない李老師のこれが精一杯……は良いとして。

 そこまでさせる何かが今の俺にあるのかと……いや、迷うような話ではない。

 仕留める、それだけのこと。

 






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― 新着の感想 ―
[一言] お薬、転生者由来だったのか……。 放置していたら世紀の麻薬王になっていたかもしれない。 うーん、会話の機会があるかも分からないけどハヤトがどんなキャラなのか気になる。
[一言] 畑か。これはこれは、、、手遅れか。
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