第三十二話 決断 その3
連休3日目の昼前。
新都執金吾兼サクティ・メル総督であるアレクサンドル・ド・メル閣下から、フィリア・S・ド・ラ・メルに対し、「サクティ・メルと新都の境界付近に巣食う盗賊を追捕せよ」との命が下された。
併せて、メル公爵の代理人であるソフィア・P・ド・ラ・メル夫人からフィリア・S・ド・ラ・メルに対し、盗賊追捕のためにメル家の一族郎党から人員を選抜し、指揮する権限が与えられる。
人員選抜については、フィリアを含む関係者間で、連休前にはすでに大まかなところが詰められていた。
昨日の鍛錬で浮上した数人も、名簿に名を付け加えられている。
李紘は、前者。ああ、だからフィリアは弓使いって知ってたのね。
ドメニコ・ドゥオモは、後者。対戦した侍女団の一人から、推薦があったそうだ。
メル家以外の武家からも、若手を中心に、参加者が選ばれていた。
「武はメル家・キュビ家」と言われているが、なにもこの二家しか無いわけではない。弱小勢力と言っては申し訳ないが、いわばインディーズ的な武家もある。
例えば、ノービス家。参加者名簿には、ノブレスの名が記されていた。女神の託宣があったのだそうだ。
ありていに言えば、あの駄女神、自分が首を突っ込みたいがゆえに、ノブレスを売り込んだのである。
霞の里のヒュームの名もあった。北方問題で、メル家と霞の里とは、関係強化が必要になっているのだろう。
昼食会は、顔合わせの場でもある。
ベテラン勢は、今回は後見的な立場。そちらにも挨拶はしておくが、若手の交流に時間を割けるよう、配慮されていた。
さっそくヒュームが話しかけてくる。
「塚原先生からは、『武運を祈る』とのお言葉にて。なお、ノブレス殿は馬に乗れぬゆえ、早立ちして現地に先乗りするとのこと。この点はフィリア殿にも連絡済みでござる。」
「さすがにそつがないなあ、ヒュームは。」
「ここで働いてメル家に売り込まなくてはならぬゆえ。」
ドメニコは、ナイトであった。
俺よりも大柄だから年上だと思っていたのだが、なんと12歳。
ナイトらしく、殴られても殴られても立ち上がるところを、侍女に見込まれたらしい。
「コツがあるんです。急所さえ外すようにして受けていれば、どうにかなるものなんですよ。」
「昨日の今日で、準備は大丈夫?」
「寝込みを襲われたわけでもなし、緊急招集ですらないじゃないですか。」
昨日の挨拶といい、これぞ武家の、ナイトの鑑というべきか。
李紘は、弓使い兼レンジャーで、17歳。
戦場に出るのは4度目。若手の便利屋として、ひとの初陣にお呼ばれする機会が多いのだそうな。
「君たちから見ればベテランかもしれないけど、初陣はお膳立てされていることが多いし、私は後衛だから、あまり危ない目にあったことはないんだ。大した先輩じゃなくて悪いね。」
とのご謙遜。
武装侍女団から、クレア・シャープ、16歳。
戦場に出るのは2度目。フィリアのサポートを勤める。ソフィア様の乳姉妹の妹なんだとか。
得物は小太刀と投げナイフ。ニンジャ技能の持ち主だ。
「そう言えば、フィリアには乳姉妹や乳兄弟がいないようですが?」
「フィリアお嬢様が8つの時に、亡くなりました。その後は、千早さんと一緒に過ごしていらっしゃいます。」
「千早さんは、フィリアお嬢様を相手にしても対等に物が言える方。それも素敵なお話ですが、お嬢様のために全てを捧げることができたのは、あの娘だけでした。フィリアお嬢様の初陣、是が非にも、つつがなく終えなくては。」
みなそれぞれに、思うところがある。
午後は、会議。
昼食会と同じメンバーで行われた。
メル邸内での昼食会に呼ばれていたのは、この初陣での、いわば士官級。作戦会議への参加資格も持っているということのようだ。
盗賊が巣食っている丘は、ネイトの街から見ると、西北西に一日の距離。
サクティ・メルと新都との境目にあるため、管轄があいまいになって、警察部門がお互いに遠慮したのが災いしたのだそうだ。
二日前、近場に住むメル家の郎党が出張り、地元住民の協力を得て、丘全体の包囲を終えた。
あとはフィリア率いる討伐部隊を待つばかり、という状態にある。
現地へは、ネイトから西にまっすぐ伸びる軍用道路を移動し、右折して北に向かう。
現地までの地図、現地近辺の地図、そして包囲部隊が書いた、山周辺の地形図。
全てそろっている。
「それにしても大胆ですね。高岡軍道沿いは、メル家寄騎の領地群だと言うのに。」
李紘が口を開いた。
「よく気づかれずに済んでいたものです。」
高岡軍道。ネイトと、ほぼ真西にある高岡城とを結ぶ一直線の軍用道路である。
「武術の道場を装っていたということだ。現地の住民も、『武術道場なら、メル家関連だろう』と思って、あまり注視していなかったらしい。相手が貴族・武家となれば、へたに詮索もできないと、そういう事情もあったようだ。」
と、これはベテラン軍人からの報告。
「まあ失態には違いない。舐められた周辺の寄騎衆は息巻いているらしいぞ。」
「形だけでも武術道場を開いていたとなれば、それなりの腕を持っているやも知れぬでござるな。州境に巣食い、道場を偽装するあたり、盗賊にしては随分と知恵も回る。」
と、これはヒュームの評。
「ヒュームさん、何か違和感が?」
フィリアが水を向ける。
「悪政が行われているならばいざ知らず、新都は好景気。人を集められる知恵か腕があれば、食い詰め者にはならぬはずでござる。」
「確かにここ数年、盗賊の数は減少傾向です。」
別のベテランからも意見が出た。
「考えすぎではないかな?」
という意見も寄せられる。
「分かりました。この問題については、現地で実際に見てからとしましょう。いずれにせよ、知恵がある事は確か。油断だけはせぬように。」
フィリアがきれいにまとめた。安定している。
丘には洞窟があり、賊はその中に立て篭もっているらしい。
人数はおよそ30ではないか、とのこと。こちらは、包囲の人数を除いても、およそ100。
「洞窟内部に突撃するのか、外で迎え撃つのか」という質問がベテランから出た。
「迎え撃ちます。」
フィリアの断は明快。
「問題は、どうおびき出すかだと思ってください。」
「洞窟の様子を、現地で確認してからでござろう。そのためのニンジャでござる。」
「私からも、人、いや霊を出します。探索向きのが二体いるので。」
「では、ヒュームさんとヒロさん、お二人にお願いします。」
「承ってござる。」
ヒュームが笑顔を見せた。
小隊分けも行われた。
追捕使、要は大将だが、これはフィリア。
追捕副使、要は副将、まさかの俺。
「待ってくれ、家の格とか、そう言うのないぞ、俺には!?」
「人事は追捕使の私に権限があります。家の格についても、今回はメル家から人員が出されるのですから、外部をはばかる必要がありません。メル本宗家の決定、つまりは私の決定が全てです。」
久々に見る、フィリアの荘厳な表情。
「死霊術師ヒロ、命を受けますか?決断を。」
「……謹んで、拝命いたします、追捕使殿。」
「よろしい。」
本隊の隊長に、千早。クレアやドメニコの上に立つ。
遊撃部隊の隊長に、ヒューム。下に李紘やノブレスが付く。
現地で二つの部隊を併せて、四部隊編成。
以上の決定を以って、事前の会議は終了。
出発は明日払暁、というよりもほぼ深夜。
各自早めに就寝するよう、命が下される。
寝るまではまだ時間があったので、インテリジェンスソードの慣らしと対話を試みた。
素振りをする。
うん、悪くない。
「ド素人にしちゃあマシだけど、やっぱりド素人だなあ。」
刀がため息をついた。
「まあ、サポートはしてやるさ。そんなことより、追捕副使サマ、追捕使さまや隊長さまとはどうなってるんだ。教えろよ。」
「何も無いって。」
「うわっ、なにその言い草。童貞こじらせちゃってるよ。俺様ほどの逸物を腰に下げてるんだから、自前の刀にもふさわしい振舞いをさせてもらわなくちゃ困るよ、旦那。」
「下品な刀ねえ。ガワはきれいなのに、中身はゲスい。最低だわ。」
「ガワはゲテモノでも中身は上品なあたしを見習いなさいってか、アリエル。」
「お黙りピンク。あたしは外も美しいのよ!」
「おいまさかお前、女に興味がないとか……。それともまさかこのピンク頭で用を済ませてるのか!?」
「ちょっとヒロ君、あたしのことそんな目で見てたの!?」
「お前ら少し黙れ。あとピンク、それだけは 絶 対 に 無 い 。 絶 対 に だ 。」
以上全て、脳内会話である。
テレパシーって、便利ダナー。
「紹介する必要も無かったみたいだな。刀、こっちが詩人のアリエル。こっちが同人作家のシスターピンク。それと犬のジロウだ。」
「『刀』はないだろう。俺にも名前はある。朝倉様と呼べ。」
ピンクが、まだこちらを疑わしげに見ている。
「かーっ、ブサイクなくせに自意識過剰、こいつも喪女こじらせてやがる。お前ら本当にさあ、頼むよ。これから始まる、朝倉様の栄光の軌跡!そのおこぼれにあずかるんだから、ちゃんとしてくれないと。」
これを毎晩やられたんでは、ノイローゼにもなるわけだ。
ちょっと釘を刺しておかんといかんなあ。
「ヒロ君。ここだね。」
ちょいちょいと、ピンクが朝倉の峰の一点を指差した。
「懲らしめるなら、ここを大きなハンマーかなんかでガツンと。お願い。」
「おいピンク、シャレになってないぞ!折れる!そこ叩かれたら折れるから!」
さすがはピンク、構造を一発で見抜いた模様。
どうやら打ち解けてもらえたらしい。
初陣を前に、こちらの顔合わせも成功。ひと安心だ。




