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第三百八十話 爪 その5

 


 「女の話相手なんかするもんじゃない、こっちの頭もおかしくなる」


 差別ですよティムル君……とたしなめるための文化的背景がこちらの世界にはないんですよね。ま、女も女で「男なんて粗暴で間抜け、話をしたらバカが伝染る」なんて言ってたりするからおあいこではあるけれど。

 それにそもそもティムルはそのテの意識がかなり薄い。上のごとき発言が飛び出す時は俺に文句があるだけのこと。


 「代わりにターヘルの一党、半分に減らしてやっただろうが」

 

 「だから私がやりたかったんですよそれを」


 これが警察のボスと現場責任者のセリフなのだから王国の殺伐もって知るべし。それは瀟洒なネイルサロンにも叫び声が響こうというもの。


 「現場から真っ先逃げたコーラルって女が戻って来たんですけどね?」   

 

 小耳に挟むや参考人――怪我を理由に「保護」された――パール嬢が荒れ狂った。

 裏切り者だ、コーラルが情報を売ったせいだ、殺してやるからそこをどけ……どこか猫めいた少女が虎のごとく吠え猛り周囲を引っかき回るのをようやく取り押さえたところで中隊長閣下のお帰りという次第。

 

 「あれでもだいぶ収まったんです。詳細? とてもお聞かせできるザマじゃありません」


 いっしょに帰って来たカタイ君はしかし案外落ち着いていた。なおも聞こえる怒声に微笑をひとつ送るやそこはさすがスポーツマンらしく朗々と言い放つ。


 「裏切るほど嫌いな店ならとっくに辞めてたさ。コーラルならどこでも勤まるし……彼女はあれで芯や筋っていうのかな、仁義は心得てる。ほんとは分かってんだろパールちゃんも」


 人間関係までよくご存じですこと。よほどの上顧客さんであるらしい。

 答えて壁の向こう、怪我人がまとめて放り込まれた大部屋から負けじと胴間声がこだましたのは張り合う必要でも感じたせいか。


 「内通者なら真っ先に殺されてますパールさん。事件があれば検非違使の調べが入ること必定、ならば金で寝返るいえその『国家に返り忠を尽くす』者を放っておくはずがないのです」


 君の発言は正しい。正しいがねメッサ君、正しけりゃ良いってものとは限らんのよ。

 そこは「パールちゃん」のご機嫌を……お願いしますよ頼むから。

 ほら声が大きくなった。「検非違使なんて○※△、王都者なら犬猫だってなびくもんか……」よほどお嫌いみたいですね。

 

 「スポーツマン(ひとでなし)にへっぽこ検非違使(おまわり)が気楽なことを言いやがる。どなたですかね採用したのは……それでもなあ! 仲間を疑うよりはなんぼかマシだよパールとやら! まったくこれだからヘクマチアルの輩は」


 ご機嫌ナナメは理解するがねティムル君、火に油を注ぐことはあるまいに……と思いきや怒声が収まった。どうやら「ヘクマチアル一党」扱いがたいへんお気に召したもよう。

 複雑な女心に首を振る上司に向かい、そんなものへの関心を失ってしまった中年男は清々したと言わんばかりにさっそく報告を開始した。


 「先ほどまで言を左右にしていたんですがね、騒ぎにメッサが目を覚ましたおかげで裏が取れました。ユースフの来店を狙って襲撃があったんだそうです。いち早く逃げ出すところをかばって、あーその、自称パールなる娘が負傷、そのパールをかばったメッサが重傷……ほっときゃ良いのに余計なことをしやがって」


 途中目が泳いだ。何か知っているねティムル君、上司に隠し事は無しだよキミぃ。


 「間違いありません、すべてユースフの策と判明しました。これ見よがしにクレセントムーンに通う姿を見せておいて襲撃を誘ったものかと。素直に言えば良いものをあの……」


 早口の大声で幕引こうったってダメです。

 濁した語尾、やはり「自称パール」の身柄について知るところがあるんですね了解です。


 「あんまり責めないであげてよ、ええと『お役人さん』。その、『分かってる』なら……」


 扉を潜ったところでコーラル嬢がカタイの背中からようやく顔を出した。内通者と非難されるわ検非違使に取り囲まれるわで動揺していたがようやく人心地を取り戻したもよう。

 そのコーラルだが、予定通りの退勤が襲撃の直前と重なっただけのことと判明した。そのまま「出張サービス」を受けた某貴族が改めて同伴出勤、じゃなかった淑女の名誉を守るべく堂々と同道して現場に出頭のうえ証言してくれたので……ええ、個人情報まで含め捜査上の機密を外部に漏らすことはあり得ませんのでご安心を。


 「まあな、トラブルの出処は金か痴情と決まってる。どうせユースフの情婦なんだろ自称パール……いや、片恋かこれ」


 ふわふわしたショートカットの下からティムルを俺を見上げる目、大きく見開かれていた。


 (そう見えるように行動してたはずって言いたいのかなあ)

 (ユースフの指図か? 悪い男だなおい。ターヘルがコイツを狙うかもしれんのに)

 (周りの娘を牽制してたつもりが野暮なおっさんにまで「何も無かった」ってお見通し。そりゃちょっとショックよね)


 「あいつが『家名無し』を相手にすることは無い、目を覚ませ」


 「なんでわかるの、あんたがユースフ様の何を知ってるの!」


 ああうん、ベタ惚れですわこれ。若い身空でまた厄介な男に……というか関わり合いになる俺もめんどうだから勘弁してもらえませんかねほんと。

  

 「二十年やりあってんだ、お前よりは詳しいさ……ユースフにとって『家名無し』は敵、いや人ですらない禽獣だよ。これ以上言わせるな」


 言うだけあってティムルの理解は正確だった。

 石もて追われた自慢の祖父、囃し立てる都すずめの嘲笑――三つ子の魂にその絵を焼き付けてしまったヘクマチアル兄弟は王都の民を人と思っていない。気まぐれに引き起こす所業その風景は殺戮よりも狩猟あるいは屠畜に近い。


 「あまりな言い様です大尉、それこそいくら家名無しとは言えパールさんを何だと」


 言い終える前にかっと叫び牙を剥き出しにしたメッサ、傷が開いたか。

 怪我人のくせに暴れるからだと諭しつつ思う、そんなことが言えるのもティムルと付き合って長いからだと。出会って5年、上役にはいろいろアレだが家名無しには偏見を持っていないことは承知の上で。だからティムルもいちいち言い訳など垂れ流すことをしない。


 「以上、事件の概略となります中隊長どの。討取ってきた連中、検分させてください」

 

 それでも。検分終わったら戻って来いよティムル、まだ話は済んでない。

 先にメッサの見舞い済ませておくから。

 


 ベッドに担ぎ込むのにも4人がかりだった、いきなり跳ね起きて暴れやしないかとびくびくもので、だってこの方いかにも怖くて……。陰で囁かれる「クレセントムーン」店員のそんな愚痴、メッサに聞こえたかどうか。


 聞こえてなくても感じるんだよと幽霊ネヴィルがつぶやく、その気持ちは分かるけれど。

 そもそもネヴィル、俺がメッサと会う時は磐森で留守番を決め込んでたのに。

 (こいつの行動、いちいち気持ちが分かるから痛々しくて見てられないんだよ)……って、それを言われればまあその、確かに。


 「僕の顔を見ても眉ひとつ動かさなかったんです、パールさんは」

 

 ともあれ痛みにしょんぼりと下を向くメッサの顔は今日も今日とて凶悪だった。

 

 「就職、近衛府への採用が決まったのを機に思い切って告白したら、『検非違使は嫌いだから』って。『でもメッサさんは嫌いじゃないから、店で会うぐらいなら』って言ってくれて」


 それで通ってお金を落とし。悪い女やでぇパールちゃん。


 (勘違いするなヒロ、悪いのはメッサだ。最初から諦めるか、無理でも迫って後から誠意を通ずるか、俺たちみたいなのに中途半端は無いんだよ。いや、そもそも恋なんかするから……怪我で済んで幸いだぜ。しっかり説教しとけよヒロ、メッサのためだ。それが上司の責任だ)


 言うがねネヴィル、いや幽霊諸君。人並みの知性を有するチキウ人は恋愛において「無理強い」なる発想に大きな抵抗を感じる、そのこと理解してもらいたい……ああそうだなジロウ、犬だって無理強いはしないな悪かったよーしよし。


 ともあれ幽霊ネヴィル・ハウェル君の助言にしたがい何を言おうかと首をひねるも、大怪我した悪鬼オウガからのろけ話(なお、ふたりが付き合っているわけではない)を聞かされるばかりでは正直厳しいものがあり、ご苦労であったひとまず休めと病室を後にしたところが。


 


 「で? ティムル。パールについて何隠してる?」

 

 上司の問いにも関わらずしばらく口を閉ざしていた。

 俺の前ではあまり見せない顔、「鉄面」の二つ名に恥じぬ無表情で。

 

 「何年前だか、ある商家が焼き討ちを受けましてね。ちょうど立花典侍暗殺未遂事件の折だったもので、そちらに人手を割けなくて……ひとり残された娘の訴えに対して門前払いに等しい仕打ち」


 レイナ暗殺未遂は重大事件だった。何を措いても解決しなければならなかった。

 だがそこに私情が介在していなかったなど、とても言えたものではなくて。

 そしてそれが別件への言い訳にならないこともまた確かな事実で。


 「その後、犯人はどうした」


 思わず眉をしかめて後に思い返す。だからと言って隠すようなことかと。

 しかし面を改め向き直ったところがいっさい変化のない無表情に迎えられ。

 こんなことだから隠されるのだと無理やり鼻から息を吐く。 


 「すぐ後でアリバイ作りに使われたこと、あったでしょう? あの時ユースフ一味が襲撃していたのがどうも犯人くさいんです」


 ヘクマチアルを追い詰めきれない理由の一端ではある。

 ある種の治安維持機関、ダークヒーロー……とまでは言わないが、近衛府ならびに検非違使庁の手が足りないから黙認せざるを得ない、そんな構造が存在していて。 


 「パールとユースフの間に何があったかは分かりませんが……」


 それは嘘だ。

 しっかり者の歌姫パール、裏切りに対する怒りの形相は狂気を帯びていた。

 あの顔を俺は知っている。つい先ほども目にしてきた。

 

 「大まかなとこは俺にも分かる」

 

 命懸けでユースフの懐へと飛び込んだに違いない、ただ復讐だけを願って。

 そうでなければ、それであってこそ、ユースフの心を動かせる。


 「いずれ閣下とは関わりの無い事件です。立花典侍さま暗殺未遂事件に取り組み見事解決されたこと、これぞ正しく『公達の仕事』。いいかげんご存じのはず」


 珍しくガチガチの敬語、「下」がこの手の態度を取る意味は決まっている。拒否だ。

 だがそれでも、言い訳せずにはいられなかった。

 

 「人の皮かぶった畜類に見えただろうな俺たち近衛が」

 

 パールにもユースフだけが人に見えているのかもしれない。

 メッサの顔など何ほどにも思わぬはずだ。


 「そしてユースフにもパールが人に見えている、違うか?」


 「どう見えていようが同じこと、引き離さなけりゃ不幸になるだけです。現に捨て駒扱いされてたでしょうが」

 

 それがヘクマチアルだ。人間扱いしたところでどうせ信じていないのだから。

 だがこれ以上言う必要は無い、分かってる。


 「いずれにせよこれで『クレセントムーン』はユースフの手を離れた、ならば私は関知しない」

 

 クレセントムーンでもパールでもなく、ユースフとターヘルの動向。

 俺が注視すべき、それが仕事だ。


 「ええ、『駒』は下の仕事ですよ。捨てられた駒を拾うにしてもね……だがその前にキツく説教しておかないと。つくづく手間のかかる新入りです」

 

 手間のかかる新入りにしてへっぽこ検非違使だの厄介な雌猫にして捨て駒だの、散々な言われようであったが、それでも。家も身分も関わりなく、まっすぐ恋に落ちて、ためらい無く行動を起こして。命懸けになろうが聞きやしない。この世界にもそういう人々は存在するんだなと思うと。 

 

 (ふたりとも若いのよヒロ、あなたとは違うの)

 (そういうことにしとかないと立つ瀬無いよね、家押し付けたアリエルは)

 (ハウエルの家その重みに潰された俺とは違う、分かってる。生きて幸せをつかむ、それが一番。だけどなあ……あまりに気楽で無責任だよ腹が立つ!)


 悩むのが馬鹿らしい……とは少し違うけど、「異世界人だから悩む」って話でも無いと。

 そこははっきり確認できたから。

 


 思ったより手間取っていたかもしれない。

 黄昏にはまだだいぶ間があるけれど、晩春は何と言ってもこの時間帯が。

 風もだいぶ和やかになったし、香りも……微かな酸味、海棠か。


 一件落着、関係者解放。一報に軽傷のパールも外へ飛び出してきた。

 やはりどこか猫めいている。


 「ごめん、コーラル姐さん」


 「いいよパールちゃん。昔っから言うでしょ、恋は盲目。周りが何にも見えなくなっちゃう、そういうものだから……だけどさ」


 これは爪を立てての乱闘キャットファイト待ったなしと思っていたのだけれど。

 「恋だから」のひと言で納得できちゃうものなのか。


 「裏切り者はキツかったかな。それ言われちゃったら一緒にいられない、分かるでしょ? 店辞めるね私」


 相当に芯が強いパールもさすがに泣いていた。

 芯が強いと言えばこのコーラルも。

 カタイめ案外よく見てる……いや、あれも立花だった。


 「だから良いって。あなたまだ若いんだしお姉さんは許す。でもそうだな、私に謝る気があるならひとつだけ。大怪我してまでかばってくれた検非違使けいさつのお兄さんにはちゃんとお礼言わなきゃダメだよ?」


 はえ~いい女ですね~。


 「余計なことすんなウゼぇダリぃ重いんですけどとか思っても、確かにそのとおりなんだけどさ、そこは筋ってものだし、というか逆ギレされないように。何より自分の身を守るためだからね」


 ……いい女ですね間違いない。


 「ええと」

 

 周囲を見回していた。

 その意図に気づきもせずと15かよウソだろ俺は年下趣味ロリコンじゃねえだの(パールの年齢については同意するが)、お姉さんはないだろだのと残念な連中がぶつぶつ立ち騒ぐのではしかたない。


 「勘違いせぬようこちらで釘を刺しておく。近衛府でも出頭モノの生真面目な男だから大丈夫……ああいや……とにかく無茶な真似は絶対にさせない」


 マジメな男ほど危ない、なんて話も聞くしなあ。

 一途と狂気は紙一重。


 「ふーん?」


 見るからに公達体の(それすなわち鈍感であるべき)男……いや男と言うには微妙にビミョーな若僧だってことぐらいは自覚してますから。

 年下相手なら貫禄見せつけることもできるけど、やっぱり年上相手だとまだまだ……。


 「非礼もほどほどにせよコーラル。こちら先ごろ宮中にて失恋されたばかりにあらせられる」


 彼女も歌姫だったな……って、ひと月前のことを蒸し返すなカタイこのろくでなし。

 仕事もせずとしょうもない噂話ばかり聞きつけてきやがって。


 「おなじなんですね、失礼ながら」


 そうありたいよ、ほんとうに。

 「これだ」ってものだけはがっちり掴まえて。それこそ爪が立つほどに。

 照れ臭いからそちらを向く気はないけども。


 「新任祝いをしていなかったなカタイ。直々に爪切ってやる」


 喚くな、剥がしたりなんかしないって。

 ただしばらくの間、派手っ派手に塗りたくるのも悪くないんじゃないかってな?

 ほら春だし、花盛りだし。


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