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第三百七十八話 突き上げ その5

 

 すれ違いがてら派手な男を鞍から引きずり落としていた。すかさず懐に手をねじ込んでいる。

 馬に跨る姿を見れば同じ緩歩であろうともそれが吟行散策なるや騎馬突撃の前兆か、はたまた隠行逃竄なるや……稼業そのみち三十年の男には一目瞭然なのである。


 「よく来てくれたアカイウス。とんぼ返りで悪いがそちら、少弁どのと共に発て」


 位階職階、三段がたは差があろうか。

 知ったことではない、主君の前から逃亡を図る男など腕ねじ上げて然るべし。


 「いま手にした書類は権中将イーサン君を通じ蔵人頭どのへ……そう暴れるなよミカエル。欲してやまない『自分の判断で動く郎党』ってこういうことだぞ」


 蔵人頭ウォルターさんから中弁カイン・ニコラス氏へと届ける、これ大事。

 少弁ミカエルどのから中弁に届けるのでは何を吹き込まれるか分かったもんじゃない。


 「ヒロさんのご厚意(・・・)に甘えられてはいかがです少弁どの? まちがい(・・・・)を避けるためにも……シャープ一党は我らと行を共にしお使者の先導に当たりなさい。総二十八騎、欠員は許しません」


 レディ・フィリアにそこまで言われてやっと――むしろ書類に手を伸ばしにかかるシャープ氏やら馬鞭を鳴らすアカイウスなどを見てようやく――ミカエル・シャガール氏が癇癪を収めた。

 「証拠を奪い証人を消せば事前協議はすべてご破算、当事者選び(ゼロ)からのやり直し」。メル家ならずと王宮の外ではそれが一般的な発想であること、失念うっかりされていたらしい。

  

 「随身を増やすことだよミカエル。立花閣下のご忠告は聞くに限る」


 「ありがたきお言葉ながら、そのままお返し……」


 言いさしたミカエルが息を飲むまで想定の範囲。

 はなから鍔に指をかけてある。


 「任されました、ご主君」


 アカイウスの微笑などめったに見られるものではないけれど。

 なにせメル家下屋敷に馬首を向ける彼のご主君、珍しく気合十分の趣であったから。



 気を張ったまま日を過ごす、たまには悪くない。

 メル家に到着しても会う人ごとに鼻を鳴らされ歯を剥かれ、詰め寄られてはユルを差し向け。これぞ近衛中隊長本来の威厳、存在感というものではある。



 「当家総領の権威をいかに考えおるか」

 

 客人を迎えて公爵閣下の剣幕もそうとうのものだった。

 だがこちらも良い加減にあたたまっている。


 「雅院と妃殿下の権威をいかにお考えか」


 「ここは王宮では無いぞヒロ」


 人死に上等、言葉遊びをするなと仰せですか? どの口が。

 

 「ならばご当主におかれてはまさに思うさま振舞われるべし」

 

 問題はクレメンティア妃殿下じゃない、互いに承知の上。

 だがまさか俺の口から言わせるつもりでもあるまい。

 フィリアの立ち位置、処遇を決める責任を負っているのはどなたです?

 

 ……さはさりながら。問い詰めるのはさすがに酷というもので。


 「兵事において『婿どの』の向こうを張れるのはフィリアしかいない、私もそう思います」


 ソフィアさまだけでは抑えが効かない、文字通り「抑止力」の点において。

 だが乗っ取りの危険を避けるべくフィリアを持ち上げればお家騒動を招きかねない。


 「入れ知恵など余計な世話だ、貴様に何ができる」  


 「そんなタマですか。今回は全てフィリアの独断です」


 男親ってのはこれだから。娘がお姫様に見えてしかたないらしい。

 メル家大なりといえどもフィリアしかいないと言うのに、こんな動きができるのは。


 情報を集め旅程を計る。一行を引き付けるだけ引き付けておいて雅院の宣旨を入手、即出馬。在京メル家中の誰より早く使者に接して型に嵌める、もとい主導権を握るべく重坂関の外まで顔出して。

 「そちらの才」をジーコ殿下とミカエルに知られたのは吉か凶か……ニコラス辺境伯はまだ見極めつけていないようだ……っと、それどころではない。

 

 「そこ(・・)ではない!」


 「分かってる!」 

 

 言ってしまった、言わされた。

 どちらが振ったか誘ったか。場の勢いか。いや、これいわゆる趨勢?


 ともかく大きな顔が赤くなる。青筋が立った。

 「そうか、ああそうか」だのなんやかんやぶつぶつ呟いて。

 クソデカため息がこちらの胸まで飛んできた。机上の紙束を花吹雪と散らしつつ。

 はあ~っと吐くだけ吐いて、ひとつ吸い込んで。

 

 「分かっていると申し上げた」

 

 だが弾かれた。痺れが腕を走る。


 投擲でも大上段でもなく一直線の突き上げと来た。

 でかぶつの癖してかなり技巧派なんだよなこのでかぶつ。

 全て分かっていたし備えてもいた、真芯も食った、はずなんだけどなあ。

 

 「二度も斬り飛ばされてたまるかよバーカ」

 

 朝倉を、妖気霊気込みの大業物を弾き返された。

 素材か、それとも造り? 鍛造なり鋳造なりの過程に何か細工くふうした?

 それにしても自慢げなこと! ザリガニ捕まえた子供そのまんま。

 そんな最高の笑顔で繰り出すのが下段刺突。殺す気かよ。


 「何がおかしい」

 

 いや、単に行きが甘かったせいかな。

 怠っていたつもりはないけど。痺れてるっことはやっぱり。

 (気の持ちようが剣士のそれじゃねえんだよ官僚こやくにん) 


 「ここで私を殺したところで」

 「死んだところで。後継ぎできたし?」


 こちらの心配などしていただかなくて結構です。

 目を走らせれば高く聳える天井、顎引きがてら机を蹴倒せば間合い過不足なし。調度の配置までまこと結構ですこと。


 跳ね起きるや窓を背に立つあたりどこまでもからい。

 逆光、動きの見極めに難あり。だが的がでかけりゃどうとでも。

 ここは先手で!

 


 「何をなさっているのです?」


 あー。ああ。ああもう、あー。

 がっくりと言うかげんなりと言うか。脱力感ハンパねえっす。


 「これは奥、ご機嫌うるわしく。いやなに、これだこれ。出来上がって届いたから試し撃ちを。ちょうど良いぐあいに来合わせたもので……そうだなヒロ」


 もじもじするだけでも地団駄同然、床が揺れるんですわ。

 もう少し上手に嘘ついてくれよ頼むから。

  

 「新都の郎党がソフィアさんのお手紙持って久々顔を見せに来たと言うのにあなた達は! 男のひとってどうしてこう我慢ができないんでしょう。子供じゃあるまいし……もう! 私が先に挨拶しておきますからすぐ来てくださいね」


 下向いてぷるぷるしていた夫人もどうにか笑いをこらえてお説教……の、体裁だけ。

 これはずるい。反則だ。さすが名将。俺の負けってことにしときますよ公爵閣下。

  

 「荒河、イース。代を重ねて死戦したドゥオモの小倅か」


 外野をよそにひとりしおらしくつぶやいている。

 どうやら本人は大まじめであったらしく、下した判断も冷静であった。


 「小遣いでも……いや、箔をつけてやるか」


 (こんだけデカいくせして小遣いケチろうとするあたりがさあ)

 (名将たるの所以よ)


 「近衛府への推薦ならば、すでに雅院名義で」


 金を出したくないのはみな同じである。


 「ヒロ貴様、ソフィアの許可も得ず……いや、逆らえぬか」


 引き抜き、両属の危険がある。少なくとも頭越しには違いない。総領の権威を思えば悩ましいところではあるけれど。

 公爵閣下、雄大に広がるその顎鬚に向けて再び鼻から勢い良く温風を送りつける。下達されてより足掛け二日、どうせ何か思いついてるんだろと。こちらを見やる目がそう語っていた。


 「いわゆる地方豪族の箔付けとして『慣習化しつつある』、いえすでに慣習と言って良い。恩寵や特例にはあたらない旨強調すれば問題を矮小化できます」


 ひとつ頷くや大きな目をしばたたかせ……何か脳内に絵図を思い浮かべているものか。

 どうやら剣士にはなれそうにありませんね、お互いに。


 「小なりとも『恩』、心理的な楔には違いなかろうが。これが内務のチェン、ロシウの建付けか。王都の軍備強化を図りつつ……だがどうもアイツには何も言えん。『良い人』でないことだけは確かだが」


 大柄などと言うも愚かな巨体がこちらに向き直る。

 ひょいとすれ違って、しかし見せる背中は心持ち縮んだように思われた。


 「あんな連中相手にソフィアは渡り合えるのやら」


 だから男親は娘をお姫様だと思いこみすぎなんですって。

 あちらさんも相当にプレッシャー感じているからこその建付けなんだから。

  

 「貴様いまバカにしたな」


 今度こそ痺れず弾き返す。

 振り返りざま打ち込んでくるあたり間違いなくフィリアの父親だと、妙なところで納得しつつ。


 「二度もやられてはたまりません」

 

 どうにか捨て台詞(ごあいさつ)を返したけれど。 

 極東で散々どつかれたことに今さらながら感謝する。予備知識無しでは大怪我だ。

 




メル家下屋敷:モデルは六波羅近辺

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「〜後継できたし?」は面白すぎるでしょう笑
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