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第三百七十八話 突き上げ その2



 「海賊の宴ではあるまいし、かりにも学府で暑苦しきものかな」


 剛直にして謹厳なるカイン・ニコラス氏も見に来ていた。

 かりにも中弁どのが気にかけるレベルの会合じゃないんですけどねえ。


 今回の聴聞、会場は王都学園を借りた。

 職人組合(ギルド)の親方衆がなんぼ大物で経済の要石だと言って、「家名無し」をたやすく王宮に入れてしまえばその恩恵を渇望する下層貴族が黙っていない。彼らの突き上げを直に食らう中流貴族が「話の分かる」ヒロさんのところに押し寄せるのも明らかなところ。


 かような「摩擦」「突き上げ」はいたるところで発生する。

 会場警備に任じていた当カレワラ家の郎党もさっそく靴職人を締め上げていた。

 「顔見知りの職方」ということで素通ししたその責は誰にある(誰に負わせる)か、現場レベルでは切実な問題だ。少弁どのに咎められたが運の尽きとはいえ、そのミカエル氏も売り込みに懸命で。

 かく言う俺にも突っかからずにおれない相手というものはある。


 「平場でも戦場の流儀を忘れるな、常々申し付けているところです」


 メガネの向こうからけげんな顔を返して来るあたりどこか日本人めいているけれど。

 戦場の流儀ならビシバシ行くべきはず……とお考えのあたり、やはり異世界(こちら)の人だと思い知らされて。

 

 「小雀一羽、雑魚一匹にまで神経すり減らす男が物の役に立つとでも?」

 

 身分証明はされている。暴れたところで怖くない。

 その見極めぐらいつくのであります、ウチの若い衆には。


 「軍規を丸暗記するばかりで臨機応変を知らぬ兵は当家におりません」


 常の俺なら決して口にしないところ、どうもカイン氏と相対すると誘ってみたくなるのである。

 踵を鳴らして詰め寄るふたり、ならばここぞとペア組んで「踊り出す」のが王国貴族であるはずが。


 「別室にお茶の支度をしてあります」


 無粋にも「舞踏会」を差止めたのは中隊長付き従兵であった。

 直立不動の最敬礼を解かずにいるとは思っていたが。


 「その紋章、なぜ……ああ、A・I・キュビ家からの」


 四柱の中でも孤立ぎみの主家を思えば辺境伯に、西海のバランサーに礼を尽くして尽くしすぎることはない。

 「なぜ」カレワラなんぞの世話になっているかと見咎めつつも、そんなディサロ・キュビの最敬礼には思わず威儀を正してしまう。苦心を汲んで鷹揚に背を向けてやる。カイン・ニコラス氏のこれは美点だろう。

  

 ともあれカイン氏は撃退したが靴職人が黙っていない。

 言葉の綾でも小雀にして雑魚扱いされてはたまらない。

 親方ならずと職人ならば「大したもの」、いっぱしの男。馬鹿にされたまま引き下がって良い道理は無い。

 だから拳振り上げ男爵閣下に突っかかろうとするその心意気は興趣深い、古文にいわく「いとおかし」……と黙認するからいけない、分かってはいるのだ。そんなことだからティムルに陰陽頭、各省の少輔あたりの突き上げを食うと。

 だがこの場はありがたくも親方衆が羽交い絞めに仕留めていた。


 「三度も命を助けられてまだ恥をさらすか」

 「虫けら扱いされぬだけありがたく思っておけ」


 言葉の選び方! 若い職人をなだめるようでどうもトゲがある。

 そう突き上げられてはこちらも突き放さざるを得ない。

 

 「控えよ、淑女の前だ。言い分は別室で聞きおく」


 だがダシにされたその淑女(笑)子爵閣下と来た日には。

 言われて引っ込むどころかそのまま同じ「別室」に足踏み入れに行くんだから。

 お茶のほうに行ってもらいたいんですけどね、私としては。


 騒動がようやく収まれば入れ替わりに宗教界、これまたひとつの経済界。


 「磐森道の工事を中止するとはまことですかの」


 「中止はしませんが規模を縮小します。あれは公共事業、男手ことに次男三男の働き口という意味が大きい。農繁期に入った以上は……」


 老師の鼻に皺が寄る。見逃してくれるはずもない。

 分かっていてもまず前提、悪い癖がついたものだ。


 「いえ、ご懸念は当たっています。農閑期の作業も規模を縮小します」


 すると天真会から派遣される作業員の数が減らされるわけで。

 理由を求める視線には視線を返しておく、背後に向けて。

 「『かばん持ち』だから」とは言わないが、磐森道の「現場助監督」と「賭場騒動の武芸者」に聞かせて良い話ではない。


 ふたり引っ込めばふたりぶんスペースが空く。

 利害関係の薄さから控えめだったピウツスキ枢機卿――騎士カルヴィンを添えて――が助け舟を出したのは、まさに傍目八目というやつで。


 「後継者ですか、やはり」

 「なるほど男爵閣下……ここは失礼して……ヒロくんの代で完成はならぬと」

 

 いくつものご家庭を見て来た年の功には頭が下がるが、年寄りのものぐさは勘弁してもらいたい。

 説明を求めるカルヴィンから脛を蹴られるのは俺なのだから。


 「人君、政治家、権力者。その手柄と言えば」

 「戦勝、建設、法整備ですかの」


 大戦で活躍しカレワラ家を復興した、俺はそれで十分。

 次代は何によって求心力を得れば良いのかと。

 

 「ですから物心ついたなるへい19世の号令により再開します」

 

 どうあがいても異世界人、中継ぎだから……言い訳だな。

 俺は「俺様」って柄じゃない、それだけのこと。

 

 「だがの、男爵閣下。庶民はその数年を耐えられぬ」


 返答を求める李老師、いまだ衰えを知らぬその気魄に喜びを感じるぐらいの余裕はあった。うんざりするほど折衝を経験してきた賜物である(白目)。

 

 「貴族に依存し隷従する天真会とも思いませんが?」


 先ほどから「現場助監督」の目つきが気になっていた。

 逆境にめげずといつも陽気で周囲を励ましいや怒鳴りつけ……そんな若者がいま、憎悪をその目に宿していた。

 

 「皮革の端材、粗悪品を分けてはいただけないものかと言い出しまして、の」

 

 やはり必死でアンテナ張っていたのだ。仲間の稼ぎ口をどうにか確保するために。

 憎悪すなわち他人に構う余裕などとは無縁、それだけは彼の幸いだろうと思っていたが。


 「職方衆との折衝で『皆さま』を煩わすことはありませぬ。あれにも了見させるゆえ」


 何か作ろうと思えば職方に「上納金」、知らなかったのだろう。

 右京の最下層から見上げたとき「邪魔をするのはいつだってノウハウを知る家名無し」だったか。


 現場助監督の俺を見る目は憧れと尊敬に満ちていた。少しの甘えなら許してくれる「おやさしい男爵閣下」。だが同じ視界に「わきまえず」突っかかる職人を、上納金をはねる親方衆を収めてしまえば。


 貴族はその上に乗っている。「下」を分割し、互いに争わせ。

 思うところはある。

 だが事実は変えられない。

  

 「そこ(・・)をつなぐのが天真会、お任せします」


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 淑女(笑)とか草。 なら親友はファンゾ撫子(笑)ですね。 [一言] 中興の祖として、名を高めすぎるとすぐ後がやりづらい。 けど10世代も跨ぐと『ご立派な当主』として名が残るパターン。
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