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第三百七十七話 人使い その2


 俺が要請した会合はオーウェル家王都屋敷にて開催された。


 「これが勢いの差ですか」


 主催者が場所を提供するのが通例ではある。言われるまま場所を貸すのでは少し情け無いようにも見えてしまう……ことは確かだが、わざわざ口にする者はそう多くない。

  

 「勢いなど風向き次第でいくらでも……我ら四家、浮き沈みは何十ぺんと経験しているのでね。いまだ付き合いの浅い少弁どのにはご理解いただけないかもしれないが」


 こっちは1000年モノの膿……発酵いや熟成した関係なんですよ。

 歴史の浅い方にはお分かりいただけないかもしれませんがねえ!

 

 「『危険な口車には乗らない』、そのスキルは最初からお持ちでしたよねヒロさんは」


 ミカエルだけではなく付き合いの長いフィリアも同行している。

 表向きは会合でなく「お見舞い」なるがゆえに。

 オーウェル子爵閣下、こじらせたインフルエンザからなかなか復帰できずにいたのである。



 「これは諸君、久しいな」

 

 だが今日も今日とてその額は燦然と輝いていた……元気なら音頭取って主催してください、お願いしますよ子爵閣下。


 「任期切れのところへ当主からの帰還命令、隠居の予定が延びてしまった」


 子爵に瓜二つ、王都に在住していなかった……その意味するところはひとつしかないけれど。


 「学園長!?」

 

 それでも驚きの声を挙げずにはいられない、驚きと喜びに。


 「影武者は当家の伝統芸、郎党どころか時に妻すら見誤る」 


 聞いたことも無いような軽口が返って来たのは期待通りの反応に浮かれたせいか、こちらをおとなと認めてくれたゆえでもあろうか。

 だが笑い事にして良いものやら、そっくりも度が過ぎれば『王子とこじき』……取り違えや意図的なすり替え(簒奪)が起こりはしないかと。


 「ヒロ貴様……もといカレワラ男爵閣下におかれては相変わらずの狐疑逡巡。いま少し率直になっていただきたい。発言を遠慮めさるな」

 

 怒鳴りつけられるのも6年ぶりになるだろうか、つい口が緩んでしまう。

 ほんとうは喜んでちゃいけないんだけど。眉間を狭めアゴ上げて「なるほど率直は幸福に近く思われます(うるせえ単純バカが)」とでも言い返す……気には、やはりなれそうにない。


 ともあれ常日ごろから生活ことに鍛錬を共にしてきた老臣によれば、ふたりを取り違えることは絶対にないとのこと。


 「一度でも水場で汗を流せば分かります。背中が毛深いのが兄君当主子爵閣下、胸からへそ周りにかけて毛深いのが弟君」


 こういうところ、男は中学生年代のノリそのままに年を取る。異世界だろうが封建時代だろうが変わるものではないらしい。

 いずれにせよ夫の取り違えという大スキャンダルは起こらぬようで何よりです。

 なお、若君のマクシミリアン兄だが。


 「前後ともに毛が薄い……だろう?」


 少々意外に感じると共に少しばかり安心したこと、鮮明に覚えている。


 「ええ。もう5年も前になりますか。『カレワラの新当主、まさか剃っているわけでもあるまいな』と……閣下も親近感を覚えておいででしたか」


 人付き合いにおける相性の良さなど案外こんな程度で決まるのかもしれない。

 などと気が緩んだせいか、大事なことを聞き落としていた。

 毛(髪)を意図的に(・・・・)剃ると言えばオーウェル家なのである。




 病室にて対面したご当主子爵閣下、葱坊主であった。いやイガ栗、ウニであった。

 五十をゆうに過ぎているのに毛髪の密度と来たらもうモッサモサのミッチミチ。

 また驚くべきことに白髪もほとんど無い。

  

 「病中ゆえ冷えを避ければこの通り、だが阿呆が阿呆を吹き込みおるせいで家中がうるさくてかなわん」


 良い年して白髪でも薄毛でもないのは凶相であるとか……「阿呆」は陰陽寮の関係者であろう、間違いなく。

 そして家中では郎党衆の一部が水垢離を取り始めたとのこと。伝染せば治るとの噂を信じて歯の根を鳴らしながら病室に詰めかける「剛の者」まで現れるありさま。


 (オーウェルらしいっちゃあらしいけど、アホよねえ)

 

 頬を緩めるアリエルも人のことを言えた義理ではない。

 当主が毒殺されかかったと聞くやとりあえず街に飛び出し情報収集(物理)に走り出す郎党衆をよそ様はどう見るかって、ねえ?

  

 「そもそも兵は凶事、不意の終わりは我らみな覚悟の上」


 配下の人々に聞かせる声には張りがあった。

 これはどうやら「心配」無用、ではあるけれど。


 「治りかけに無理をすること厳禁、治療に当たった医師みな申しております」


 それでも大声で言い返さずにはいられなかった。

 いたたまれず行動に出たカレワラ郎党衆にかけるべき言葉を俺は持っていなかったと思い知らされて……いうて行動に次ぐ行動をもって無理やり引っ張ったことも事実ですけどね?

 

 (カレワラに染まってきたわねえヒロも)


 すなわちこれぞ家風である。党ごとに異なる人使いの伝統である(強弁)。


 「二度もぶり返せばいいかげん懲りる。今度ばかりは大人しく陽気の回復を待つと決めた……おお、失念していた。お世継ぎのご誕生、まことおめでとうございます」

 

 そうやっていちいち威儀を正すから心身が休まらない。

 などとこちらが眉を曇らせればあちらの眉が吊り上がる。


 「会合には弟を出す、が……これだけのことで手薄になる、よほど心せねばな」


 当主が寝込めば即機能不全のカレワラよりはマシと来た。

 少しでも侮りを思えば即座に言い返される、このあたりオーウェルも人あしらいは案外に細やかだ。

 

 しかし彼らの「手薄」も事実、こればかりは時期が悪かった。

 子爵閣下、側近の大物ほぼ全員をサンバラに派遣していたから。

 代わりにと言ってはなんだが、マックスの近侍はその多くが王都に留められ同時に地位を引き上げられている。


 「いまの貴君には遠い悩みよ」


 代替わりの軋轢を避けるために違いあるまい。

 総領が当主になるや重臣が遠ざけられ若手の近侍が大出世、それでは家中がざわつくから。


 「磐森には不要のひと言よ兄者……悪く思うな男爵閣下、いまの私はオーウェル当主代行である」

 

 思えば学園長、いやもと学園長もひとを見る目は相当に繊細であった。

 やりにくいったらありはしない。


 「サンバラもこちらも機能不全、見切っているから自ら四家会合を招集したと申すか弟者」


 もともと水軍に疎いオーウェル党だ。ヘクマチアル騒動から生じた動揺を鎮めるには時間がかかる。そして地元近くにはチキウからの転生者が巣を作った。折悪しく当主子爵がインフルエンザをこじらせた……とあっては。

 

 ウニ頭とスキンヘッドのそっくり兄弟が大きな目を揃えてこちらを見ている。


 「勢いの差」、そんなミカエルの口車に乗れるほど「率直」ではないけれど。

 いまの俺が強気の行動に出てしまえば、意識させざるを得ないわけで。


 「いかにも兄者、磐森の目は鋭い。だが隙に乗じて小細工する男でもない、こちらが悪意を向けぬ限り」


 当人が目の前にあるからこそ遠慮なく口にする。

 もと学園長も相変わらずであった。


 「思うところあるならば口にせよ! 失敬! 遠慮めさるな磐森どの」


 スキンヘッドの悪ノリにウニ頭の額が――想定外に狭かったことを追記しておく――テカり始めた。

 カレワラの取扱説明書が病床のつれづれを慰めるに足るならば見舞いに来た甲斐もある。



 

 

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