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第三百七十六話 金遣い



 吹きすさぶ北風に帆が引き裂かれるや木片が横ざまに弾け飛ぶ。

 唸りを上げる車輪が次々に乗り上げては安定を失う。板底が天を仰ぐ。

 最後まで諦めずにいた連中が飛び降りるも時すでに遅く、その身を壁に叩きつけていた。

 

 スポーツマン(ひとでなし)ことカタイ・ド・バンペイユ氏、上司(それもボス)が毒を盛られ右京で死体の片づけに励む間に愉快な企画を立ち上げていたのである。

 

 「『なるへい杯』なんてどうです?」 


 世の孫バカじいじ共は喜ぶかもしれないが、俺はあくまで育成すべき後継者として、冷徹な視線をもって……とか言う以前に、スポーツマン(繰り返すが王国では「ひとでなし」と同義である)の祭典にだな、1000年の歴史を誇るカレワラ家後嗣の、それも栄えある「なるへい」の名を冠するとはどういう了見かと。


 「しかし費用はヒロさん持ちですし」


 初っ端から中隊長呼ばわりせぬとは肝太きに過ぎる。

 金勘定をいっさい考慮せぬあたりは太っ腹に過ぎる。

 そんなことを思う上司の険悪な(なまあたたかき)視線にさすが立花が一枝は敏感であった。


 「オサム伯父に話を持ち込んだところ『払わせてしまえ』と」 




 ことは大蔵卿邸における会合、その二次会へとさかのぼる。


 「浪費しろという先ほどの話、ヒロ君も他人事じゃないよ」


 労せずして――それなりに調整はたらきもしたし心労もあったけれどよそ様に分かるはずもなく――大金を手に入れるとは妬ましい、外孫ながら陛下の初孫とはうまいことヤリやがって……その手の感情を引き受けずにはいられないご身分ではある。


 「苦労性びんぼうしょうですからね中隊長どのは。暮らしぶりのつましさを拝見するたび『上』を目指す気が殺がれます」

 

 てい良く弁官の地位をせしめたミカエル・シャガール氏もいけしゃあしゃあと尻馬に乗ってみせたものであった。


 「それは大問題だねえ。建国以来の名門カレワラ家当主にして栄光と伝統の近衛中隊長が『若手』の憧れにならぬようでどうする」

 

 クソ長い修飾語つきで称賛されるのはこんな時ばかり。ご期待(・・・)とあれば応えてみせるが貴族道とはいうものの何せ大金を持ちつけないので散らし方が分からない。

 だがいずれにせよ「貯める」のはナシ、それが立花閣下のご教示であった。

 というのも「ケチ」の評価は――それこそ四公爵家の嫡流あたりなら「個性キャラづくり」と笑い話になるところ――俺のご身分では生々しきにすぎる。友達をなくす。

 かと言って浪費すれば(貴族扱いはしてもらえても)悪趣味を貶される。「成り上がり」の評判を強化するわけにもいかない、というわけで。


 「仕事をしようかと思ってます、持ち出しで」

 

 「泥臭きに過ぎる。陛下のおん初孫のお祝いだよ……いや、夏前には雅院でも慶事があるのだから『先駆けたるべし』と言ったほうがヒロ君には効くのかな?」 




 しかしご高説の結果がウインドスケボーによるエックスゲー○ズでは、ねえ。

 いや、そう悪くもないか。キュビ侯爵の秘書官などもなかなかの帆綱さばきを見せている。船手の腕を披露する機会、王国では案外限られていることを思えば……競馬くらべうまの盛況ぶりにあやかってテコ入れするのも悪くない。

 現に貴顕席にご招待申し上げたお歴々の皆さまも大歓声を上げている。

 これは費用を持った甲斐があるというもの……


 「ご下賜の『おすそ分け』にしてはみみっちいな」


 国内随一の大領主メル閣下はさすが目が肥えておいでである。

 つきあってなどいられない。


 「中隊長の名で演武の会なども開催します」


 せめて声は負けてなるかと、近衛兵の耳にも届けと叫喚を浴びせつつ。 

 その一方で紙束を差し出しておく、低く抑えた声に乗せて。


 「新春に紫野離宮へと左遷した男のレポートです」

 

 ――ここ十年ほど、南嶺の侵攻は旧都方面に集中しております。王国が武威の隆盛、また近衛府兵部省の精励により都度退けてはおりますが――


 「敵もバカではない、目先を変えてくると申すのだな?」


 ――南嶺より王国に至るの経路四条、旧都周りを除けば東のイゼル州、西の商都、そして中央のナバール――


 手近のナバールから傭兵の里を経て山中の里また立花領ウマイヤ領などの道を研究したらしい。

 読み応えのある分析だった。


 ――しかし調査の結果、この路から敵が攻め上ることはありえぬと確信いたしました。理由は――


 「分かりきっていると申しては情に欠けるか」

 

 メル公爵が鼻を鳴らす。

 山中の里を寄騎に取り込んでいるメル家は周辺の情報に精通しているから。


 ――以上より、短・中期的にはイゼル州また商都の防衛に注力すべきかと愚考いたします。再拝頓首――


 「左遷しておきながら引き上げる。信賞必罰か、マッチポンプか」


 「はた継承前後の様式美か……近衛兵の処遇は中隊長の職権、我らの許しは不要である。催事に退屈な話を持ち込むものでもあるまい」


 キュビ侯爵、オーバルから目を切ろうとしない。

 帆船稼業のキュビ一党、その棟梁相手にはそれ相応の論法がある。


 「国境……商都からサンバラ近辺を調査することも中隊長の権限です」


 即答が帰って来た、視線のひとつも動かさずと。


 「是認できない」

 「同意だキュビどの……金を使いたいなら東、イゼルを調べろヒロ」


 尻馬に乗って自領じぶんちの近所をぺーぺーの小遣いで調査しようと言うのだから。

 王国を代表する大領主のくせにみみっちい……もといこれこそ「つね日ごろの心がけ」。

 

 「キュビ領と王国領をつなぐ海路、また双葉島には手を出しません……なお、商都国境付近については昨秋アカイウスが騎兵を進退させており、継続調査の意味もあります。報告はここに」


 日が翳った。山のごとき上半身がこちらに傾いている。

 さすがは旧主メル公爵、アカイウス文書レポートの価値を見誤るはずもない……が、使う金高を思えば両近衛大隊長だけ説得して済む話でもない。


 「昨秋の軍事行動は政府の方針である。商都留守ならぬロシウ君の名で要請され中隊長ならぬカレワラの名で郎党を派遣したにせよ、私事ではないはずだが……政府へ提出した報告書には核心を記載していないとでも?」


 貴賓席にお招きした高官のひとり、というかほぼ筆頭と称すべき中務宮さまに食いつかれるありさま、だがまずはメル公爵だ。


 「むしろ核心のみを記載いたしました、公文書に不確実な憶測など載せて良いはずもなく……翻って手元のこれは確証無き『現場の勘』、いえ退屈を紛らわすための余談・物語といったところです」


 ええ、何の根拠も無いただの勘です。

 戦場を往来すること20年、指揮能力は折り紙付きで放浪から諜報の経験まである男ですが、それでも勘に過ぎません。

 いかがでありましょう、メル公爵閣下。


 「イゼル方面の調査は知州にお任せする旨、甥のイーサン君を通じて連絡済みです。ウマイヤ公爵家に警戒レベルの引き上げもお願いしてあります」


 言わなくとも暴れまわること間違いない、が派手に動いてもらいたい……商都のカモフラージュに見える(・・・)程度には。本命はイゼルではないのだから。


 「そう青筋立てずともメル閣下」


 「イゼルはメルの手を借りない、商都はキュビの手を借りない。不文律でしたな」


 手出しをさせない(・・・・・・・・)理由の説明は不要だろうと思う。

 でかぶつ閣下は退屈が大嫌い、怒らすぐらいでちょうど良い。

 

 「なるほど国家事業を自腹で請け負う、栄誉であるか。だが閣僚首座を降りた私になぜそれを?」


 引きずりおろしておいて――自ら辞したと言っても、また辞する必要があったとしても。結果としてはそういうことだ――頼み事とは片腹痛いと眉間の縦皺が仰せであった。

 イセン・チェンを通じて「会釈」に精出してはいるものの、中務宮さまのご不快はしばらく続きそうである。


 「雅院はともかく中務宮さま、そして軍部の私に頭を下げておきながら手を借りようとはしない。近衛中隊長どのは何を求めておいでかな」


 対して兵部卿宮さまとの関係はここのところ小康状態、だがあまり機嫌を取りすぎるとセシル侯爵家、引いてはイーサンとの関係に悪影響が出る。

 こうしたジェンガにもいい加減慣れた、細心の注意を忘れてはいけないけれど。

 

 「ヒロが求めているのはお墨付きです。インディーズ四家を主導するための」


 何せ俺の重心は決まってしまっているのだから。ターコイズに全賭けである。

 コケたらなるへい19世にお任せということで。

 

 「王室政治家が揃って許せば四家としても従わざるを得ない……それとも『嫌がるそぶりを見せずにすむ』か?」


 軍部には関心の深い兵部卿宮さまの鋭い視線に頷きを返してはおいたけれど……最年少でキャリアも足りない俺が前に立とうとすれば軋轢は避けられないわけで。

 

 「サンバラ海域の『調査』また商都国境付近の『警戒』、それだけです。こじ開けて権益を得る意図はありません。私の手に余ります」


 それでもいちどインディーズ四家の関係を交通整理しておく必要があるとは思っていた。

 双葉島に籠もりっきりと見られる敵将「萩花の君」その動静も気にかかる。

 だから。本命はイゼルではない、西だ。西にさせてもらう(・・・・・・)

 


 王室政治家ふたり、しばらく沈黙を貫いていたけれど。

 それでは退屈なのである、スポーツの祭典を前にしては。


 「エイヴォンの総領であったな、近衛府入りさせるとか」


 あんへいがオーバルに轟音を響かせていた。

 速度を積み上げる細かな帆の切り返し、キュビ侯爵も認めるさすがの手際だった。

 

 「族弟の当主を商都に出張らせる代わりとして」


 昨冬に痛感した。ちうへいに細々した仕事はできない。

 ならば上に乗せてしまうに限る、バヤジットを御輿に立てて。

 そして実務は……


 「インディーズ四家どころかロシウ・チェンまで使い走りに当てると?」


 近衛府の機能不全を嘆いていたロシウなら理解してくれる、いや「理解させる」。


 「国家の大事とあれば」


 次の戦、負けるわけにいかない。

 王国の、近衛の栄光を取り戻すため。


 そして私利とはさながら国益なれば、個人的にもおおごとだ。

 インディーズ軍人貴族筆頭カレワラ家当主が中隊長の地位にあることを思えば。

 ここで負けたら以後数十年、キャリア全てが地に落ちる。


 「少々独善が過ぎはしないかな」

 「『国家の大事』、口にのぼせよと申し付けてはいたが……軽い言葉になったものだ」


 反発は織り込み済み、だがこちらにも覚悟がある。

 たとえ独善であってもただの功名目当てではない。


 「立花領カレワラ預かりの先島村ですが、バヤジット・ホラサン君の領村となしていただきたく……宮さま方からご提案いただけぬかと」


 これは必要経費だ。

 俺にも、カレワラ家にも、生まれたばかりのなるへいにも。

 

 「先島を、父祖の地を質に入れてでも?」

 「鶺鴒湖畔、もろもろ『格』は低くないはず……」


 それ以上の価値ある土地を、あなた方の懐から割かずに済む。

 悪い話ではないはずだ。

 

 「ヒロは誠実しょうしんな男です。ご下賜の莫大に恐懼おくあたわず。と申して『返納』は非礼にあたるところ……私に相談がありました」


 きらめくターコイズとは意外に曲者であるらしい。

 とぼけているのか本気なのか、どうにも測りがたい。


 「独り立ちされ中務大輔まで任されてありながら、采邑領村の目途が立っていないと伺い」


 続く天然おとぼけ面に、いまや他人事の余裕が生まれたふたりの近衛大隊長閣下も苦笑い。


 「なるほど王室政治家の皆さまは何かと物入りか、大慶が訪れるまでは」


 だがどなたにせよ全てを手にされた暁には、いまのお手持ちを手放されるわけで。


 「バヤジット卿に改めて正式な領村のご下賜の暁に質を引き出すと」


 争いの外に立ち、誰からも愛されよと。

 バヤジットに託されたそれが聖上のご希望とあれば、後継を目指す者にも取るべき態度があるわけで。

 

 「村ひとつでヒロの機嫌を損ねたくはありませんね、私は」

 

 先島村など……と脳内で言いさせばアリエルには怒鳴られるけれど。

 何ならなるへいの代でも構いつけはしない。

 アスラーン殿下と交わしたのは「そういう話」ではないのだから。

 

 「雅院は働きを高く評価されておいでのようだ」

 「いっそう励むことだな、中隊長」

 

 中務兵部の両宮さまにはご理解いただけないところではあろう。

 だが利益の大きさ……あるいは差し出す俺の覚悟は伝わったはず。


 「いまだ日の浅い方、また文雅の名高き方に相談申し上げるべき話とも思えず……」


 スレイマン殿下と式部卿宮のふたりを外したことにも意味はある。


 「境域の警戒は国家の大事、伏してお願い申し上げます」


 なにも「政治」をやろうという話ではない。

 国境警備は軍人の本分、足だけは引っ張らないでもらえないかと。

 行政の枢要・中務宮さまと国防の重鎮・兵部卿宮さまにはご理解いただけるはずだから。



カタイ:レイナのまたいとこ。スポーツマン。近衛将監(道化)

紫野離宮:モデルは紫香楽宮。その留守は閑職

ナバール:モデルは名張

イゼル:モデルは伊勢

商都:モデルは大阪府。河州港(北、王国)泉州港(南、南嶺)に分かれている

サンバラ:モデルは淡路


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― 新着の感想 ―
[良い点] もしや戦の気配!? これは楽しみです。
[気になる点] 今更ですが、『魔弾』ノブレス・ノービスってインディーズですか? [一言] 貯めるには『生々しき』、下手に発散すれば『成り上がり』の立場。 逆に利用して、催しを主催する表で(海で鍛えた…
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