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第三百七十五話 なるへい その1



 「フィリア……さん、で良いのかな……を迎えに行くんだろう、ヒロ。その前に話しておきたい」


 王妃殿下の事務棟おつぼねに並び参じた帰り道。

 華やかな面差しに似合わぬ翳を乗せたバヤジットが口ごもった……ので、あれば。


 「さすがに王妃殿下もお喜びだったな」


 むしろ側付きの女官たちが狂喜し乱舞するその熱気に当てられていた。

 「不愉快な若僧」の訪れであろうと、愛する末息子の成長と笑顔を見てしまえば帳消しだ。


 「勝手が強い、政治を知らぬ、道理をわきまえない……言われもするが母いや王妃殿下は、誰よりも国王陛下を愛している」


 言葉の青臭さに苦笑い、また言葉に詰まっていた。

 大真面目に頷く。まだ18歳、青臭くて当たり前なのだから……言えるほど俺も大人ではないが。 

 

 「妻ができて、子を生して。やっと理解できるようになったんだ。母もひとりの女なのだと。だから……」

 

 寵愛を競い後継の座を争い続ける王妃殿下。

 その子バヤジットは女の争いから放り出され、兄の影に追いやられ。なに不自由ない暮らしのはずが燻る思いを抱え続けて。

 理解できるまでの長年月、支えたのは次席掌侍だったとつい先ごろ……「告白」を聞きながらそこに思いを馳せるあたり男というもの救いようがない。

  

 「だから、ヒロへの当たりは今後もキツいだろうと思うけれど。ただ、その」


 視界から顔が消えていた。

 よろしく頼むと言わんばかり頭を下げる青年の肩、反射的に掴み引き上げてしまう。

 少しは考えてものを言うべきはずのところ、男というもの本当に……

  

 「カレワラ家はインディーズ軍人貴族、王室の皆さまには等しく忠を誓っている。『だから』……『そこ』を忘れることはない、約束する」


 後継争いで血を見たくない。

 アリエルから託された願いはそのまま俺の思いでもある、けれども。

 救われたような顔と見詰め合うその間の「クサさ」には耐えられそうになかった。


 「具体的には『おばあちゃん』扱いしないとか、な?」


 「切に頼み参らせる岳父どの。後宮の平穏のため」


 ようやくの笑顔を交わしたのも束の間、あからさまに膨らまされた気配が近づいていた。薄緋の袍に身を包んだ、老人……と言うには間のある男がこれ見よがしに片膝をつく。

 ならば会釈を返す。身なりを正す。姿勢を、表情を整える。

 

 「若い人々は立っているだけで絵になるな」


 お声には規定の礼、そして行列に加わる。

 「道すがら」なればこその、これで気軽なやり取りだ。


 「初孫の知らせを末息子から受けるとは思っていなかった。しかしそれ以上に」

 

 足を止め、腕をわずかに開かれた。

 応じて「取巻き」の退がりて道を開くさま、まさに野分を見る草芥のごとし。


 「ヒロ、まさかきみと『じいじ』の名を等しくするとは」


 この日、そのお言葉を継いだのはデュフォー侯爵ではなかった。


 「それもその若さで。何ものにも勝る、これこそが破格の出世だよ。初めて会った時には思いもよらなかった」


 世上、破格と言えばヘクマチアルの朝廷復帰とミカエル・シャガールの昇進。いずれも立花伯爵の意向と噂されていることご存じゆえの軽口……そんな話知ったことか、オサムさんだ。

 そのまま陛下に耳打ち申し上げている。他に聞かせるわけにもいかぬ話、我らのなれそめトラ箱伯爵物語。

 

 「おそれ多いことです」


 知らぬふりで返すゴリゴリの最敬礼に陛下の笑い声は止まりそうに無かった。


 「わたしは王妃の局にお祝いを述べに伺う。王后陛下のご機嫌伺い、頼んだぞ」


 「あちらには雅院の子爵どのがおいでです、お言葉を待つまでも無いところでありましょう……ああ、それとバヤジット君。君にも女官どのからお文を託された」


 羨ましい限りだ何だとからかわれるのは慣れたもの。涼しい顔であしらうバヤジットだったが手紙を裏返すやまさしくその顔に血をのぼせた。

 次席掌侍――オサムさんも知っていてからかうのだから――一読してその名を示すやこちらに回してくる。


 「いや、これは……なるほど性質の悪い」


 ――父より大蔵卿さま(王妃の父・バヤジットの祖父)に改めてお祝いを申し上げたく――

 

 「おめでとうございます」の声をかけるだけなら気軽だが、我ら貴族などという連中がそれで済むはずもなく。そして格式張った何やかやならば「男手」を通じるほうがやりやすい。


 ――難しき間柄ではありますが慶事ですもの、何はばかることがありましょう。中隊長どのにもひと言、これは中務大輔バヤジットさまにお願い申し上げるほか――


 バヤジットを間に立てて、カレワラといちどは顔合わせさせておこうと。

 立花閣下を通じられては断れようはずもない。


 「一事が万事、私が今あるのはあの方のおかげ。これも子を生して初めて真から理解できた」


 「女を武器にする」ともっぱらの次席掌侍を母のごとくに仰いでいる。

 母・王妃殿下を女と認めたバヤジットにして。

 やはり男女は分からない、それが恋であれ血縁であれ近親上下の仲であれ。



 はかなき感傷、憂い顔……と言えればカッコもつくけれど。

 迷子にも似た頼りなさと言われてしまえばそれまでで。

 そんな顔をしている時に限って遠目に見つかる間の悪さ。


 「報告を終えたところで筆頭掌侍さまから『王后陛下におかれてはお疲れを覚えておいでのご様子』とのお申し出、ゆえに退出いたしました……中隊長どのには『ご活躍、あまりに見事』とのお言葉を賜っております」


 微妙に褒められてませんよね、それ。

 頼りない顔を継続せざるを得ないのですが。


 「『お姑』を引退させたのですから大活躍には違いありません。そこは正当な評価をいただきましたけれど……要は『先手が抜け駆けで大将首を取ってきた、痛し痒し』ですよ。事前の相談も無く雅院の看板を掲げ、まして王后陛下をスルーして『嫁』のプレゼンスを高めてしまっては。こちらでまで入れ知恵を疑われた私の身にもなってください」


 良い(・・)笑顔を浮かべていたが、じっさい入れ知恵が無かったとは言わない。

 手柄は本人より目付から報告すべきものでしょう? 信憑性もインパクトも段違いです――実行犯の役回りまで押し付けられたフィリアには申し訳ないけれど。

 

 「些少ながら穴埋めいたします……ぜひ磐森にお運びください」


 「我が息なるへい19世『お披露目』の宴が行われます。子爵閣下におかれても、ぜひに」


 なるへい19世は俺の孫だ!

 俺に言わせろバヤジット! 


 



バヤジット:ヒロの女婿、王妃(国王第二夫人)の息子。臣籍降下して中務大輔

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あとがきの「ヒロの婿」 [一言] 政治ってむつかしいですね。 あと、なるへい19世に吹きました。
[良い点] 子と孫と生まれてヒロもちうへいもやっとここまで来たかという感じでしょうね。 もちろんアリエルも [気になる点] 実子の顔より養孫の顔を先に見ることになるんですね。 ミューラーはやっぱり遠…
[良い点] 孫、、、二十代で孫ってよく考えれば相当ですよね。現実にもあったかもしれないと考えると、時代の移り変わりとは面白いものですね。
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