第三十一話 メル一統 その1
執務室では落ち着きませんから、ということで場所を変えた。
フィリアの私室に。
たまには使っておかないと、ということだそうな。
最初に入ってお茶を飲んだ部屋だが……あれは「私室」ではないそうだ。
フィリアの部屋には違いないが、「フィリアが自由に使って良い、簡素な応接室」なんだとか。
異論もあるかもしれないが、経済格差が割りと小さくて、国土が狭い日本に生まれ育った俺。
「大貴族」の「大豪邸」がどういうものなのか、根本的に分かっていなかったようだ。
で、フィリアの私室だが。
8LDKであった。
もうバカじゃねーのかと。
室って言ったら「1」でしょうが。
家の中に億ションがあるってどういうこと?
「よく学生寮で暮らせるなあ。」
「某もそこは不思議なのでござる。」
「『起きて半畳、寝て一畳』って言うじゃありませんか。」
フィリアの返事がどこかずれているように感じるのは、俺が間違っているのだろうか。
「ヒロ君、呑まれちゃダメ。」
萎縮して普段以上に気配を薄くしているくせに、俺にだけは強気なピンク。
「男子が女子の部屋に初めてお招きされたのよ!礼儀として箪笥をあさりに行け!さあ!」
やっぱり錯乱していたか。
学園での出来事をソフィア様に聞かせると、ずいぶんと喜ばれた。
「私は学園のようなところに通ったことがありませんでしたから。」
とのこと。
メル一統の中から同年代の子女を選抜し、彼・彼女らと共にメル家の中で教育を受けて来たのだそうだ。
「そのご学友の皆さんは、いまどうしていらっしゃるのですか?」
「お嫁に行った子が多いわ。後は、本領や王都で働いている子、今も私と一緒にいる子もいます。みんなかけがえのない友達よ。あの子達がいてくれなかったら、私は間抜けなお姫様だったと思います。……でも、レイナさんみたいな存在はいなかったわね。フィリアが少しうらやましいわ。」
不満げだが、ここでそれを口に出すのはあまりに子どもじみているから、我慢するフィリア。
それを見てニヤつく俺と千早。
と、私室の呼び鈴が鳴った。
メイドさんが対応に出て行く。そろそろアレックスさまを屋敷の玄関にお迎えに行く時間かな?
私室の玄関が騒がしい。
身構える女性三人とアリエル。
咄嗟の反応が一瞬遅れる。こういうところが、俺はまだ甘い。
それでも千早と二人、リビングの入り口付近に陣取る。
「お待ちください!」
喧騒が近づいて来た……けど、メイドさんに返事をする声には聞き覚えがある。
千早と二人、顔を見合わせ、臨戦態勢を解く。
案の定、アレックス様であった。
「アレックス!迎えに行くつもりでしたのに!それにフィリアの許可も得ず踏み込んできて!」
「三人が遊びに来ていると聞いたから、手間をかけさせても悪いと思ってね。奥様には知らせぬように頼んだんだよ。」
「あら、尻に敷かれているわけじゃないみたいね。」
アリエルがつぶやいた。
「さすがと言うべきね。でも、それでいいのかしら?」
ソフィア様は大層複雑な顔をしていた。
「……私に報告を上げなかったわけですか。でも、この家の主はあなたですし。」
嬉しさを隠せずにいる。
「家の主は奥様であります!」
アレックス様が敬礼を施す。
超絶美形のエリート軍人なのだが、実際は随分と気さくな人なのかもしれない。
「ようこそメル家へ!」
俺と千早に向き直ったアレックス様。
「お邪魔しております。」
「お招きに預かりましてござる。」
「ん?ヒロ、幽霊を一体天に帰したと聞いたが、また一体増えたかな。気配が大きくなったり小さくなったり、随分と妙な……」
「ええ、仲間が増えました。気配がおかしいのは、緊張しているせいです。」
「ヒロのお仲間ということならば、歓迎する。くつろいでくれ。」
真正面から挨拶を受けたピンク、失神寸前。
「粗相だけは許さん!尊厳だけは死守しなさい!」
アリエルが必死で活を入れている。
「で、ヒロ。礼儀としてフィリアの箪笥はあさったか?」
「お義兄さま!」
杖が伸びる。
「アレックス!」
どこに隠されていたのか、鞘に入った小太刀が突き出される。
フィリアの杖をかわし、ソフィア様の小太刀を手甲で受け止めたアレックス様。顔をしかめる。
「冗談に決まっているだろう。しかしソフィアから来るとは予想していなかった。さすがに鋭い突きだ。」
杖の一撃など、ただの挨拶。
それがこの家の流儀らしい。
ならば。
「いえ、失念しておりました。それが礼儀とあらば、これから。」
「ヒロさんまで!」
横に薙がれた杖をかわす。
ソフィア様は間合いの範囲外であることは確認済み。
「調子に乗りすぎでござる。」
でこピンを食らう。千早の存在を忘れていた……。
「それで良い。ヒロ、だいぶ分かってきたようだな。」
「ええ、動きも前より良くなっていますね。」
そこですか、ソフィア様。
「今日は休日出勤ゆえ、早く上がれた。夕方の鍛錬に付き合ってくれるか?」
「ええ、参ります、お義兄さま。」
「某も喜んで。」
「よろしいのですか?」
「二人ももちろん歓迎だ!」