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第三百六十九話 地獄巡り(?) その3



 男女の間で話がかみ合うわけがないなどと言ってはお叱りの声が降ってきそうな気もする。

 それでも愚痴りたくなるのは、決まって三席典侍イオさまのお局に出向くその時で、つまりこの方とはどうにも話がかみ合わない。

 だいたいなぜ相性が悪い相手に限って、話題も面倒な……いや、当然か。解決の必要がない限り顔を合わせようと思わない、そうした相手と交わす話題が快いものであるわけがない……などと表現を屈折させずにいられぬところがまた煩わしい。


 「まだ満足に言葉も話せませぬのに……聖神教は双子を忌むともっぱらの噂……シアラ殿下と私の姫では、その……」

 

 実際の修道院入りは成人年齢(13歳)前後であること、「愛されない王女のお仕事」という意識は変わりつつあること、内庁予算の増額が決まりご降嫁にも朝廷を挙げて配慮が行われること……ありとあらゆる理由を挙げつつ説得しながら思う、なぜその役目を負うのが俺なのかと。

 

 「聞けばウマイヤ公爵家の若党が無体を働いた結果であるとか。雅院勤めの少年で、中隊長どの同席のもと話が進められたとも」

 

 「修道女候補ご婚約」の結果、玉突きでイオさまの姫君に白羽の矢が立ったと。

 そのことを思えば、なるほど貧乏くじにも理由はあった。


 理由はもうひとつある。

 貴族社会の外交なるもの、どうも国家の専権事項とも限らぬようで。各家が個別に外国所属の貴族たちと交流し、成果を自国に持ち帰る(時には私的に利用する)という性格があるらしい。


 たとえばイオさまにせよ、南嶺のティスベーさまと交流をお持ちである。

 だがイセンではないけれど「淑女は雑多な事務など紳士に投げておけば良い」わけで。

 もちろん紳士も利益もとい名誉を得る。たとえばお二人の間で事務手続を担当しているカレワラ氏など、南嶺の有力者・萩花の君と書簡を交わしていたりする。


 ここで何がややこしいと言って、おふたりの交流担当は雅院でありながら、しかしイオさまのご後見は式部卿宮さまであるところ。

 ならば深刻な葛藤が起こるかと言えば、「ヒロと言えば雅院派の最右翼、かつカレワラは伝統的に式部族。適材じゃないか、何か問題でも?」と、これは親子分関係の錯綜は王朝の華にして自ら分け入り絡まりに行ってこその王国貴族一流の議論であるところ。

 だが事情通(むしろよほど疎い者でもない限り)はそこにひと言つけ加える。「だからややこしいんじゃないか」と、ひとりの女性を思い浮かべつつ。

 

 男社会のぐちゃぐちゃはともかくとして、イオさまである。

 ぬえの話が出たけれど、おそらく彼女には最前から俺が鵺のごときものに見えているのではないかと。陛下から「ヒロは敵ではない、頼りなさい」と直接にお声をかけていただいたはずだが、果たして効果があったものか。

 何せイオさまを説得するため、ご近所のナシメント家を通じて実家筋から説得を始めたあたりが我ながらいやらしい。彼女と頻繁に顔合わせをしてこなかったツケではあるが、それでも言わせてもらえれば、まっすぐ話を持ち込んでみろ、現に嫋嫋と嘆かれるばかりで話が一切進まぬではないかと。雑務はこちらで整えて、後は気分良く乗っていただくだけ……後宮がらみの仕事とはそういうもの、あちこち成功体験を得たところでもあるつもりだったのだ。

 だが場を整える前にヴィルがやらかしてくれたせいで、事前工作が水の泡である。いえね、若人の挑戦と成功はこれを応援し祝福すべきものとは分かっていますけど……メルの総領夫妻は偉かったんだなって。何があってもフォローしてくれたのだから。


 ともかく。「愛されぬ姫君」の件で次席典侍カリンサさまの好感度を大きく稼いだカレワラ氏、「替わりの人身御供」の件で三席典侍イオさまの好感度を大きく減じてしまったのである。

 と言ってこの問題、他に投げるわけにもいかない。萩花の君と外交ラインを維持することで情報を収集し、かつ抑止を効かせておくことは軍人としての責務だ。あれが出てきたら、現場で抑えるタマは今のところ俺以外に存在しないのだから。

 

 (それにつけてもヒロ君ってさ、「お姫さま」との相性最悪じゃない?)

 (「お姫さま」にはざっくり二種類あるのよピンク)


 男を走らす野生の獣と男が動かすお人形、ですわね。

 「お人形」の立花伯爵夫人を思い返すにつけ、オサムさんこそがおそらくは淑女の庇護者……あるべき王国紳士なのだろうと。

 「(お役所)仕事のできない」式部卿宮さまにせよ、イオさまから全幅の信頼を得ているし……つまり政治勢力としてはわけて端倪すべからざるものがある。


 (復権も典侍が陛下をかき口説いたからとはダセエ話だよな。賭けても良いが式部卿宮、軍の支持率ゼロに違いないぜ)

 (でも復権には違いないのよネヴィル。後宮を味方にできれば強い、意味分かったでしょ?)




 「それで最後に私のところ?」


 「最初に報告に参りました、じゃダメかな」


 こちらに回る前、さらに筆頭典侍クレシダさまのお局に上がっていた。

 生まれてくる「孫」、その乳母を派遣していただきたいと請願すべく。

 趣味の数学に生きるクレシダだが、彼女の勢力も侮れない。その祖父母は揃ってトワ系有力者なるがゆえ。


 「ヒロあなたね……」


 尚侍ないしのかみ典侍ないしのすけ掌侍ないしのじょう。どこのお局でもやりとりは互いに敬語だった。

 だがレイナを相手にする時だけはタメ口どころか正対すらしていない。

 我がお気に入りの場所、縁の端近は彼女から見て右の柱――局のあるじが庭の全容すべてを眺める際に「枠」となす――に背をもたせかけ、被り物も履き物すら投げ出して。


 「覚えてる? 自分の言葉を」 

 

 甘い言葉など期待してはいなかったが、それにしても固い声だった。


 「イサベルのとこの従僕、あの長いヤツに女衒って言ったよね。ヒロあなたがやってることと何が違うの? プリンセスの仲立ちって言えば聞こえが良いけど」


 見上げた我が目に映る星、その瞬きの激しさよ。

 レイナの眼差しは揺らいだ影を捉えただろうか。


 「カトレアにはさ、『男をトロフィー扱いしてるんじゃないか』って説教垂れたんでしょ? それ言うなら女官なんて虚栄の塊じゃない。立場の弱い相手には強いこと言って、上には頭下げるんだ。まあ誰だって出世はしたいだろうけど」


 ヒートアップを、さらなる非難を期待したのは俺の横着。

 そんな男のずるさなど、レイナは端からお見通しで。


 「言い返さないんだよねヒロは。お前はどうなんだって。典侍とか名乗って虚栄の府に居座ってるじゃないか、不満があるなら家でお姫さまやってりゃいいって」

 

 「分かってるなら責めないでくれ。俺も、イーサンも、フィリアにせよ、立花のレイナですら好き勝手には動けない」


 「気が削がれる(イラつかせる)と分かってて他の女の名を出すんじゃない、この……」


 耳が熱くなる。

 吸い込まれるひと息、距離があろうが隔てを経ようが聞き逃しはしなかった。


 「意気地無しとは言ってあげない、分かるでしょ?」


 言われては、隔てを跳ね除けるほかにないから。

 そんな社会のそういう立場に俺はある。


 「次席掌侍とは何も無かった、分かってるくせしてレイナが口にしないのも」

 

 だから。

 できるだけ素早く、間を開けず。

 言い訳がましい言葉を継がずにいられなくて。


 「それは五分五分だと思ってた、お生憎さま……と言うべきなんでしょうけど。ここんとこのヒロ見てると、ねえ?」


 「典侍さまの歓心を買うために、あえて報告したとおっしゃる?」


 「そこは『何かあったと匂わせる』のが駆け引きの常道じゃない? それとねヒロ、そこは『レイナに嫌われたくなくて』で十分。言われたところでぐらつくわけないでしょ……」


 今度こそ、こちらから言える。

 望み薄と悟れば男は賢者になるから……望み薄と悟らぬ限り男は愚行を積み重ねるが。


 「『この臆病者』とは言ってもらえない、分かってる」


 さればこれにてと上げかける腰の重いこと。

 抑える声音の軽いこと。


 「それでも歓心を売って差し上げます、ご期待通り。どうぞ好きなだけ庭を眺めてくださいませ……よほどお気に入りのようだから」


 当然の報酬だ。隔てのむこうに顔も向けずと声を交わしていたのだもの。

 俺は臆病者だ。


 「ここしばらく落ち着いて眺めるヒマなかったな、私も」


 その言葉に喜びを感じてしまうほどに。




 冷えた体で戻った雅院で待っていたのは冷えた声……でもなく、これが意外と弾んでいた。


 「『人間、無理はできないものかもしれませんね。持って生まれた性格、その振れ幅で動くのみ』……思った以上に効いたようです。私の策謀も捨てたものでは無い」


 そこは結果論だと思いたいけれど。

 多方面から煽られたところで、じっさい俺は何もできずにいたわけで。

 持って生まれた性格か……認めたくないような、それでも認めざるを得ないならば。

 

 「良将とは例外無く臆病なもの。フィリアにして釘刺しておかずにはいられぬほど、ね」


 臆病ゆえにこそ策は生まれる、一矢報いずにおれなくなる。

 そういうことにさせてくれ。

 

 「その裏をかくのもまた知将、でしょうか。レイナさんと来たら」




 実際レイナのおかげで、俺はしばらく会話のタネに困らなくなった。


 「聞いたよヒロ君、上級者だねえ。ひと晩を御簾越しに語り合うとは」

 「良い年をして真似させてもらった。顔合わせるとつい口論になるところ、珍しく夫婦の会話が弾んで……いや、ありがたい」

 「良い年ゆえに寒さを辛抱できずすぐと部屋にあがりこんでいたが、思えば情緒に欠けていた。『縮こまったそのお姿が情け無い、侍女の手前恥ずかしき思いをしておりました』などと言われて」

 「年を言うなら柱に身をもたせて足を投げ出すのも若者の特権でしょう、我々では腹周りのシルエットが残念なことになる。仕方なく盛装して正対したところが、『見違えました』などと言われるのだからこれは怪我の功名ですか」


 さすが文の立花、面目躍如というところだが。


 「だがねヒロ君」

 「しかしだな中隊長」

 「それでもだ、カレワラの」


 その後を聞かぬのはどうしたわけだ、私など何年ぶりに……と、オヤジめいた世間話は良いとして。問題は「ヤったヤらない」がどうして漏れたかと。そこは軍警察の責任者として、情報の流れには敏感にありたいと願うもの……だが、探りなど入れる必要も無かった。

 噂の出所、立花典侍レイナ嬢その人であったのだから。

 

 「栄光の近衛中隊長を袖になさるなんて」

 「さすが立花、雅なお話」

 「ヒロもあれで『趣』には気を使うほうだけどなあ」

 「雑なヤツはノーチャン、そういうことだろ?」

 

 角度のつき方に――いや、認めよう。「とは言え、ねえ?」「そこで引き下がるかよ」と、その評判に――舌打ちしつつも、ゆえにこそ仕方なくふたたびレイナのもとへ足を運べば、今度ばかりはいちおう中にお招きがあり。


 「女官はね、あんまり『簡単』だと仕事にまで差し支えるの。ここのところ、どうも軽く見られてるフシもあったから」


 生意気にもアベルあたりまでがうろちょろしているとは聞いていた。

 お年頃だもの、分からなくはないけれど……さすがに無理だろういや、しかし?


 「それと言うのも元を正せば、って話か」


 「うわムカつく。何思い出してんのよ。そういうのやめなさいよめんどくさいだけだから」


 何言われようが構うものかと。

 立花典侍さまのお局、その敷居を高くするにおいて努力を惜しむ気にはなれそうもない。





イオ:三席典侍。元は零細王族であったものが国王の寵愛を受けた。双子の男女の母

ティスベー:もと王族、長橋の剣姫。南嶺の有力者「萩花の君」の妻

萩花の君:南嶺に亡命した王族の子孫にして名将

シアラ:国王の娘。現在、聖神教女子修道会に出向(修行)の身

クレシダ:筆頭典侍。「色ナシ」で仕える有能な官僚にして数学者

式部卿宮:王室所属、有力政治家のひとり。レイナの件でヒロとは感情的なもつれがある

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