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第三十話 メル家にて その4


 山と積まれた紛争案件であったが、ひとつひとつ見てみると案外すんなり片付きそうなものばかりだった。

 お互いに落としどころは分かっていて、あとはメル家のお墨付きが欲しいだけ、そんなイメージ。

 

 「苦々しくも懐かしい。これぞ愛すべきファンゾの田舎侍にござる。」


 「武家の領土紛争って、もっとこう……血で血を洗うものかと思っていたけど、そうでもないんだね。」

 

 「裁判の参考とするために、ファンゾの歴史を調べたことがあるのですが、昔はヒロさんの言うとおり、相当な流血を伴ったみたいですよ。」

 フィリアが教えてくれた。


 「ヒロさんの認識は間違っていません。武家はまさに『一所懸命』。領土とは勝ち取ったり賜ったりしたもので、先祖以来の家の栄光と名誉を示すもの。ただの財産ではないのですよ。争いになれば、まさに骨がらみになるまで、一族郎党が滅びつくすまで戦うのが私たちです。」


 貴婦人の笑顔のまま、ソフィア様が平然と言ってのける。

 秘書さんまで肩をそびやかした。武者震いを抑えている。


 「その心をお持ちであると伝わったからこそ、ファンゾ百人衆もメル家を親と頼むのでござろう。」

  

 「でも、その割には、拝見した去年の領土紛争は、どこか予定調和的と言いますか、『強く当たって後は流れで』的なところがあると言いますか。ややイメージが違うような。」


 「それです。」

 俺の言葉に、ソフィア様の目が光を帯びた。

 「まるで武家らしくない。ファンゾ百人衆は、悪く言えば洗練されていないということになりますが、良く言えば武家本来の姿を今も変わらず保っている集団です。それがなぜか、ここ三年はこの様子。その理由が少し気になっていたのですよ。」


 だから地元出身の千早と、目をかけている俺にも書類を読ませたわけね。

 心底疑問に思っていらっしゃるのか、テスト的な意味があるのか。


 「丸くなった、ということはあり得ませんよね。三年で先祖伝来の性格が変わるわけはありませんし、留学生を見ていても、とてもそうは思えません。」

 フィリアが、とりあえず議論の枝葉を切り落とす。

 

 「メル家を信頼している、あるいは恐れている、ということでござろうか。暴れると後が怖い。……いや、違う。ファンゾの自治権は大きい。メル家は自由にやらせてくれる、と知っているはずでござる。」

 千早も、迷い道を塞ぎにかかる。


 「平和だ、ということかなあ。今は生産活動に意識が向いているとか。」


 千早がため息をついた。

 「ヒロ殿、平和であればこそ、少ない機会を捉えてここぞとばかり暴れるはずでござるよ。それがファンゾの民にござる。」


 進学校の運動会ですね、分かります。


 「しかし、ここ数年、不得意なはずの生産活動に懸命に励んでいるのは、統計上明らかです。力を温存し、出し惜しみしている。そう考えると納得がいきます。」

 さすがにフィリアはいろいろと調べていた。

 親分は子分をしっかり把握しておかなければならない。……弱みまで含めて。


 「小競り合いを控えているということは……。大きな戦争に備えている、とか?でも、ウッドメル大会戦以来ここ7年、北の辺境は平和そのものなんですよね?」


 俺の言葉に、ソフィア様の肩が動いた。

 フィリアが俯く。頭を回転させる時に見せる癖。


 「ヒロ殿、それやも知れぬ。」

 メル家では多少遠慮をしている千早が、珍しく間髪入れずに声をあげる。


 「ファンゾの民は、日頃は阿呆で間抜け、粗野で業突く張りにござるが、こと戦に関しては、その嗅覚は犬並みにして、その知性は賢者を超える。繊細さと大胆さは、芸術と言っても良い。」


 辛辣な口をきくものだ。

 ファンゾに対する千早の評価は、出身者ならではの愛憎に満ちていた。


 「要は、全てを闘争に捧げる戦争狂(ウォーモンガー)なのでござる。それが領土争いに血が騒がぬ、戦力を温存しているということは……嵐を、いや、祭りを予感していると見て間違いござらぬ。……本人たちも気づいていないのが厄介ではござるが。」

  

 千早も祭りの予感に気が高ぶっているように見えるのは、気のせいだろうか。



 「荒河夜戦、湖城イース包囲戦、ギュンメル攻略にウッドメル大戦。北賊はその規模と動員力から見て、ウッドメルの大損害からは15年で回復すると見て良いですね、姉さま。いや、固く踏んで10年でしょうか。ファンゾの生産活動も、そのあたりに照準を合わせているように感じられます。……千早さんの言葉を借りるなら、意図的に合わせているつもりはないのでしょうけれど。」

 

 フィリアらしいなあ。


 「ここ三年は、ウッドメル・ミーディエの北の国境でも、動きが全く見られないそうです。ミーディエの報告は話半分としても、ウッドメルの報告は信用できる。静か過ぎますね。……その割りに、スパイの摘発件数は増加傾向。これは。」


 ソフィア様が、笑顔を見せた。


 作り笑いではない。

 優しい微笑みでもない。

 身の内の生命力があふれ出した、そんな表情。

 確信した。

 この人の本分は、武人だ。

 


 「やはりお二人にも書類を見てもらって正解でした。でしょう?」


 笑顔を柔らかく収束させた上で、左右に同意を求めるソフィア様。

 二人の秘書さんの、俺達を見る目つきも、違ったものになっている。

 

 「ギュンメルとウッドメルに、極秘に連絡を。……ミーディエにも、回さないといけませんね。ミーディエ辺境伯は、こちら方面のセンスがまるでないから、分かっていただけるか疑問ですけれど……。」

 秘書さんに指示を出すソフィア様。

 

 「ケイネス(けい)なら、きっとうまくやるでしょう。新総督の初仕事ですね。」


 「あの御仁は二枚底。意図を隠しながら達成するやり方は得意でござろう。」


 ソフィア様は、止まらない。

 「ファンゾには、生産活動の技術指導を。……霞の里には、防諜の強化を依頼してください。可能ならば、こちらからの諜報活動の強化も。ミーディエの頭越しですけれど、構いません。」

 

 流れるように決定を下す。

 ギュンメル伯もそうだったけど、武門というものはこれでこそ、なのだろう。


 「極東各地の公安部門にも、同様の通達が必要ですが……これは、アレックスに話をしてから、と。あと、メル家でやることは……。極東にあるメル家全体として、少しずつ臨戦態勢を強化していく必要がありますね。これは追い追い。会議も必要ですし。本領と、王都の父上にも連絡を。有望な若者に『留学』を勧めるよう、お願いします。それで分かるでしょう。メル家にも戦争狂(ウォーモンガー)は多いですから。」


 

 指示を出し終え、こちらに笑顔をみせるソフィア様。

 「さあ、お仕事はおしまい!そろそろアレックスも帰ってきますし、お茶にしましょう!」


 

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