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第三百六十八話 四者会合 その4



 「それで?」


 「『見回りをさぼっていない、あれを殴っていない、ならば十分だ。愚痴をどうこう言う気はないから土下座ゲザってないで椅子に座れ』……十騎長どのにぶん殴られてた後だしね」


 あの子、と口にするわけにはいかなかった。

 それは奴隷・「私物」を郎党の上に置く物言いで、団結にひびを入れるから。


 「人間、無理はできないものかもしれませんね。持って生まれた性格、その振れ幅で動くのみ」

  

 振れ幅ならば構いつけはしない。

 何やかや言いながらもさぼらず見回りしてしまうそのマジメさがある限り。

 基本「優しい」俺にせよいまや不安視されてはいない……そっと微笑むフィリアの口元を見る限り。

 

 「軍事演習なら俺だって鬼の顔さ。ともかくそこへ、エシャン知州からの使いが通りがかったものだから」


 エシャン州、昨年の長雨の影響を強く受けた地域だが。

 復興に手間取る中、州内に存するナンチュウ家采邑の立ち直りに焦りを覚えたらしい。


 「当主男爵と知れるや嫌味を言われてね……『我が公田に雨ふり、遂に我が私に及べ』とまで言うつもりはありませんが、直轄州の復興は私領に先んじて行われるべきでしょう。ましてそちらは親衛隊以来のお家柄(インディーズ)、貴族仲間の友誼より陛下への奉仕に力を入れて然るべきでは……と」

 

 先年の「投資銀行」(?)、復興には大いに役立ったようだ。

 だが不公平感という点で裏目に出た。

 裏目に出たと言えばイーサンの考案した建付けも。


 「難しいところですね。中央が地方を主導する構想、それ自体は悪くないと私も思いますが」

 

 予算配分や政策の重み付けに縛りがかかるようになった。

 結果、知州が下す政治判断の余地が小さくなったことも確かで。


 そもそもからして知州は行政官僚である。 

 言うてチキウほどカッチリした「平等原則」が働いている(結果、即断性に劣り重点投下も難しくなる)わけではないけれど、「判断の合理性」やら「(不可解な)恣意の排除」が求められることは変わらぬわけで、するとやっぱり豪雨被害の調査、予算人員の配分……あたりから頭を悩まさざるを得ないのだ。

 そこへ隣の領邦や采邑で、「あるじ」が好き勝手に政治判断・重点配分どころか租税減免(知州には絶対に許されない)から私財の投下を行っているところへ持ってきて、投資銀行(?)からの融資まで受けているとあってはたまらない。愚痴のひとつも王都に向けてぶち上げなければそりゃウソである。


 「『我らは中央の指示により支出の裁量を狭められたのです。今年だけでも良いので、補助金と人員を! せめて支出制限の解除を!』」

 

 「口を出すなら金を出せ」、およそ人たるものならば誰しもが知る標語である。

 身軽な立場のジーコ殿下もさすがに背筋を伸ばしていた。


 「と、まあ。まさに四方に使いして君命を辱めず……良い使者だったよ。でもそれだけにウチの十騎長、もう喧嘩腰で」


 わが主に面と向かって何たる言いざまかと。知州ですら許されぬものを、その使い走りに過ぎぬ者が。

 そしてそう部下に煽られては、お優しいヒロさまもここは振れ幅の見せどころ。

 

 「とりあえずデクスター家に請願するよう強く(・・)勧めておいた」


 関所の兵士諸君も分かってくれただろうか。

 十騎長も気苦労が多いこと、その上役の貴族だって神経使っていることを。


 「政府に直接駆け込まれては政局化しますか、やはり」


 「地方の手を縛ったがゆえに復興の遅れを招いたこと、事実として明らかである! 制度から抜本的に見直すべし! (イーサン君にもここらでひとつ味噌つけといてもらいましょ)……ってところかな」

 

 新設の役所だもの、権限配分の微調整はどうしたって必要ではあるけれど。

 なにもご破算にすることはなかろうと、友誼ではなくこれは役人的に考えて。


 「ならば『尊卑分脈きぞくめいぼ』、必要ですか?」

 

 「そうでした。お願いします、フィリアさん」


 知州がどこの貴族と「仲良し」なのか確認する必要がある。

 デクスターにつなげたこと、俺から一札入れておかなければ。

 

 指示を出そうと背を向けて、不意に振り向いたフィリアの顔はひどく苦かった。

 その魅力的な後ろ姿を凝視していなかったのは我が幸いであった。


 「知州の使者をトカゲの尻尾にする気はない、それもヒロさんの『お優しさ』でした。石頭のジョーではありませんが、『兵ほど将を知るものはない』のかも」 

 

 一札入れておかなければと思ってしまうあたりである。

 「一札入れておかなければ」……知州わたしは大恩あるアルバ閣下(よりにもよってそこだった)におすがりするつもりだったのです。責任はデクスター家に駆け込んだ愚かな使者にあります。なお、カレワラ男爵閣下は何も知らぬと仰せです……それで「はい、済み」。


 「気の強い」エミールにアルバートあたりなら恬としてこれに乗るだろう。

 「大要を重んずる」コンラートなら「仕方無い」のひと言でも漏らすだろうか。


 (それはいわゆる)

 はいはいコラテラル……を、むやみに避ける癖は改める、必要は、ある。


 そうした気分に反射的に同調してしまったこと、メル家の娘としても好ましいとは言い難い。

 しかしその苦さを棚上げできないようでは将帥など務まらぬのであるからして。

   

 「華やかな振舞いの割に後宮受けが良くないのもそのせいかもしれませんね」


 後宮は奥に勤める皆さまは「強い」女性である――立場の話だ。大概の男を見下して当然の地位にある――から。彼女たちが男に優しさを求めることはまず無い。

 ひとつ喩えるならば「店員さんに横柄な男って最低よね」という感性は薄い。「誰に対しても横柄で当たり前じゃない?/横柄でも許せちゃうよね」というクラスの男しか相手にしないのだから。


 「改めるべきでしたか、子爵閣下……そういうわけだエミリ・シャープ。『次の間』より退出せよ」


 「変わらぬその『お優しさ』を厭わぬ方とふたりきりというわけには」


 悪びれもせず、物陰から堂々と反論してきた。

 それはメル家幹部・シャープ家の娘ならば後宮に出仕できるクラスで、つまりこれまたなかなか「強い」ことは確かである。まして妹クレアから「ヒロさんのぐだぐだぶり」を知らされているとあっては。

 しかしここは推して参らねばならぬのでありまして。

  

 「手に余る話をすると言っている。聞かせぬことが『お優しさ』なんだけどね」

 

 陛下にアスラーン殿下、メル公爵を相手に回した四者会談とのすり合わせなのだから……と、さすがにそれを言わせるほどエミリも頑迷ではなかった。音も無く気配が遠ざかるのを感じるにつけ、そりゃ新米少年貴族がぐだぐだに見えるはずだと納得もする。


 ともかくようやく周囲の気配も消えたところで、四者会談の概容を打ち明けた。

 フィリアの協力を求めるべく。



 

 「雅院の子爵にも伝えるつもりかな?」


 「エッツィオ辺境伯閣下と最も関係の良い王国貴族は彼女です。より詳細な情報を得るためには……」


 切り出そうとしたところに、大音声の切り口上が降ってきた。


 「ご配慮は無用に願います陛下。あれもメルの娘、このヒロいえ中隊長にも劣らぬ将なれば」


 陛下を相手に恐れげも無く言い放つその容貌たるや初めて見る厳粛さで。

 震えるその顎鬚に、メル公爵が王都に居座る理由がようやく理解できた。

 思えばキュビ家と王国が国境紛争を抱えていると同様、メル家も王国とは一定の緊張関係にある。そして国力の差を考えれば、当主の立場と公爵の地位を以て恒常的に対峙しておかないことには、そこは重みが足りないのである。

 そんな苦労を知ろうともせず、でかい図体でヒマを持て余しているのではないか、前線とは言わぬまでも出先で号令かけているほうがよほど似合うだろうに……などと日ごろ呆れていたけれど、これはどうやら俺も関所の兵士と変わるところが無かったらしい。

 

 「大戦における彼女の差配は見事なものでした、陛下。だが舅どの、そう申してはヒロも機嫌を損ねよう……陛下に直言とは、よほどの案件なのだろう?」


 アスラーン殿下に促され、今回ばかりは遠慮なく口を開く。

 お耳に入れるような案件ではないからとためらうわけにはいかなかったのだ。

 以下述べるところの、エッツィオ辺境伯領から逃げてきた「賊」の物語は。


 曰く。生まれるや言葉を解し5歳を前に計数は大人顔負け、運動神経抜群。

 6歳、『井戸に毒が入っている』と告げて的中させるも、毒を入れたの悪魔憑きだの非難され……なんと7歳にしてわずか3人の仲間と共に村全体を相手取り喧嘩闘争の末勝利を収める。


 「計数だけならば珍しくも無い……とは申しませんが、州にひとりは毎年現れるでしょう。しかし」


 曰く。上に聞こえて『お裁き』になるも、整然と理由を述べて勝訴を得るや取り立てを受ける。以後2年、上司が治める地域の振興に功績大。

 10歳で初陣に勝利して以来手柄を重ね、辺境伯の耳に届いたのが11歳。

 ウッドメル大戦が起きた12歳の年には国元で防衛線構築に貢献。

 その後も順調に出世を続けて15歳でいわゆる『幹部』に就任したのが3年前。

 

 「初陣からこの辺りまで、なるほどよく似ている」

 「ヒロの3つ年下ということになる(・・・・・)のかな」


 (「容姿人並み優れ、周囲には常に女の影あり」の一文はどうしたよ?)

 (陛下への報告は正確に。省略とは感心しないわね)

 (よかったねヒロ君、似てなくて。賊なんでしょ?)

 

 上長への報告は簡潔に、要点のみを過不足なく! 続けるぞ!


 曰く。エッツィオ辺境伯の暗殺を企図して露見した、とのこと(なぜかこのくだりばかりがやけに詳細を欠いていた)。

 その後2年にわたり逃亡。北賊支配域にあったのではないかとも噂されている。

 辺境伯領に戻ったところを発見された。追っ手を返り討ちにし、南へと逃亡。


 俺がエッツィオ閣下にいまひとつ信用されていなかった理由が、そこはかとなく知れるような。

 王都へ来ていながらひと言も口にしない辺りがあの人の……なんだ、来し方に由来する慎重さ? なんだろうけど。

 

 曰く。拾われ子との噂もある。竜の生まれ変わりなどという噂もあるが。

 毒井戸騒動の際に「裏切った」両親を殺害。以来、「ハヤト」と改名(・・)

 事情を知る村人は同じく喧嘩闘争により死去、仲間の3人もその後戦死。

 今となってはもろもろの真偽は不明……。


 「ほか、家宅捜索の結果妙な書付け(詳細は伏せられていたが、ヴォイニッチ手稿やダヴィンチノートめいた評価が下されていた)が見つかったとあります。建築や兵站その他に画期的なアイディアを出した事実とも照らし合わせれば」


 「確定か……そのアイディアだが、ヒロ。なぜ我らに教えてはくれぬのだ?」


 メル公爵がまっすぐにこちらを見据えていた。

 「我ら」の定義しだいで各所に緊張が生まれることなど承知の上。それを踏み破ってこその「武のメル家」総帥であることは確かだが。

 その割り切った厳しさに、やはりソフィア様の父親であると改めて思わされ。

 そのゆえにこそ、どこまでも正直に答えざるを得なかった。


 「理由は多々ありますが、申し上げられることはただひとつ……『危険な概念』について、私はこれを漏らさぬことをここに誓います。敵国を含めた『大陸』に生きる技術者が発見するか、誰か他の転生者が明かすかせぬ限りにおいて」


 メル家だけ、王室だけ……に明かすつもりは無い。平等に伝えるつもりも。

 それこそ兵器や動力の概念など、むしろ悲劇が拡大しそうな予感があるから。

 



 語り終えれば、吐く息がかすかに白さを帯びていた。

 人気の無い局に春先の冷えばかりが浸みわたってゆく。


 「四者会合の内容を私に伝える理由は?」


 その声の力強さを前にしては、風景も季節も色を失う。

 まさに色気の無い話だが、それが心地良くて。

 反射的に声を励ましてしまう。


 「そこまで言ったからには、どうあれ俺が始末をつけなきゃいけない。だが地理的に、これはオーウェル案件だ。手を出せない」


 王国の文化を、秩序を尊重する。

 先の宣誓により、同時にそう誓ってしまったも同然だから。


 「だから今できることを。情報のすり合わせと収集につき協力を願いたい」


 都合の良い、私が動けるわけでもない、「決断」するなら力も貸すが……何を言われても仕方無いと思っていた。

 それでもここは気合で押し切るつもりでいたところに。

 

 「公務に行事、円座牧場、クロード画伯殺人事件、ヘクマチアル闘争と外海航路、リョウ・ダツクツ、ノーフォーク家を中心とした四公爵家公達との叩き合いにニコラス辺境伯との関係、アシャー公爵家の再興、シアラ殿下ご降嫁、そしてアスラーン殿下」


 返って来たのは涼やかな声、そして呆れを帯びた悪戯な微笑だけ。

 

 「『やってられるかと愚痴吐きながら、かじりつかずにいられない』のでしょう? 喜んで協力します。これだけ楽しそうな案件をいくつも抱え込んで、まさか独り占めとは言いませんよね?」

 

 みな同じなのだ。

 やってられるかと愚痴吐きながら、かじりつかずにいられない。

 関所の兵も、俺とどつきあってるクリスチアンもカイン・ニコラスも。

 少し遠くでうろうろしているエミリ・シャープから、雅院に沈潜せざるを得ないフィリアにして。


 「『転生者』こそオーウェル家任せでも済ませられるものを、それで私に借りを作って。やっぱり『ただ切り捨てる』のはヒロさんには難しいみたいですね」


 「かかずらってきたからこそ、こうして生きていられるとも思ってるんだ」


 ハヤトなる少年の甘い顔を思い出す。

 女に優しいと、報告には半ば批判も込められていたのに。

 どうしてそう人間関係を断つような行動ばかりを選んでしまったのだろう。


 

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