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第三百六十八話 四者会合 その1

 


 王太后さまは話の分かるお方であった。

 

 「シアラ殿下のご降嫁に尽力されていると伺っておりますが、ご不興の理由はご存じかしら?」

 

 人払いの上、隔てを除けて直截なお言葉をかけてくださるのだから。


 「王室の女性は中務省がお世話申し上げると存じてはおりますが、外から見守るおばあちゃんがいてもよろしいでしょう?」


 後宮、男に見えない政治勢力。そう言われるゆえんの一端をチラ見せしてくださるあたり、ほんとうに話の分かるお方であった。

 しかしそこまでされたら負けてばかりもいられない、王国貴族のお約束。


 「王室に対する配慮にかけて、雅院ほどお心を砕かれている方を私は存じません。必ずお伝え申し上げます」


 若君の「後押し」はアスラーン殿下へのご依頼、これをカレワラが処理する……そうした筋と捉え直してよろしいですね?

 

 「大げさな話ではないのです。姫宮さまがたからご相談、いえ、愚痴を聞いているだけですもの」


 ……片腹痛い、か。

 思えば王太后陛下、アスラーン殿下に「擦り寄る」必要が無い。有力後継者全員のご親族にして長老格、「次」が誰になろうが尊重される立場なら、へたに肩入れなどしないに限る。

 どうやらこれは大失態、俺がつまみ出した甥御の公爵と何が違うやら。


 「どうかそう固くならず。お願いを申し上げているのはこちらです」


 悲しげにひそめられた眉に知る。確かに違うところがひとつだけあったと。

 かつての王后またその外戚アシャー公爵家にして、非礼をなした子爵格の若僧を叩き出す力すら今は持っていない。


 (女はね、ヒロ君。その時は流してあげても絶対忘れないんだよ?)

 (政治の世界も同じよ。こっちが弱ったところで「そう言えばあの時……」って蒸し返されるんだから)

 

 「中隊長殿とは不思議なご縁を感じるのです。ヒロさん(・・・・)はコンスタンティア様から思い出の地・磐森を託されたのでしょう? 私は姫宮さまがたの『おばあちゃん』、そのお役目をあの方から任された身ですから」


 これが「男には見えてこない」後宮政治、その動力機構であるらしい。

 ウラを返せば王太后にあってすら、たとえ臣下のそれも若造を「表」の政治力学りくつ――律令詔勅、辞令通達――で動かすことは憚られる。慎む必要がある。「個人的な信頼によって、紳士にお任せする」体を取らざるを得ない。

 その筋を違えてしまえば、エミールではないが「表」の男社会から強烈な反発を食らう。そして傷を負うのは……本人ではなく実家の男たち。


 思った以上に抜き差しならぬところがあると知った春の夕暮れ、風に背を押されての帰り道。離宮から離れるにつれ眩暈に似た感覚は醒めていった。

 

 

 だがともかく朝覲行幸も無事終わり王長子殿下ご夫妻の慶事が公表されれば、それがまたひとつの動力となる。付随行事が発生する。

 例えば宗教界から持ち込まれるお祝いの……祈祷だミサだもそのひとつ。打合わせに当たるは無論近衛の中隊長。

 

 「シアラ殿下のご不興、その程度のことでしたの?」


 女性は年を重ねるほど強い。ものに動じなくなる。聖職者であろうとも。女子修道会の長にして王国の良心たるヴィスコンティ枢機卿猊下の声には呆れの色が乗っていた。


 王太后陛下からのご教示によれば、きっかけは手紙であったらしい。

 ロンディア聖堂騎士団副団長より、シアラ殿下あての。


 なお、前提として。

 シアラ殿下の母君は特にこれと言って後ろ盾を持たぬ女官であった。その母君も早くに亡くなり、残された数少ない親戚が話に出てきた副団長で……知識としては押さえていたが、その意味づけ重みづけに誤りがあったのは迂闊だった。

 ともかく、そのロンディア聖堂では前任枢機卿がエルキュール・ソシュールの襲撃により急逝。そこに現枢機卿・ピウツスキ猊下が頭だけ挿げ替えられたという事情がある。

  

 「手紙には前枢機卿猊下を陥れた(・・・)当カレワラ家の悪謀(・・)について記されていたそうです。『そこまで悪い人には見えませんけれど、男の方は裏で何をしているか分かったものではありませんし』……シアラ殿下はそう仰せであったと、王太后陛下から」

 

 かと言って副団長のことも信頼しきれないと。「団長を目指すため前枢機卿に代わる後ろ盾になってほしい、寄付をお願いしたい」と、そんな意図ばかりが透けて見えるらしく。

 そしてヴィスコンティ猊下から、毎度なじみのきわめつけ。


 「周囲のシスターたちも、殿方の身勝手でつらい目を見ていますものね」


 ならばつまるところ男性嫌悪だろうかと思いきや、少なくともひとりは例外があったことが判明した。

  

 「前枢機卿猊下は、世俗からは言いたいこともあるかと思いますが、堅い信仰に生きる方でした。教義研究の第一人者として広く知られ、私も前任者の名に恥じぬ活動をと」


 頷くじゃがいも顔の重々しさたるや、つくねいもを思わせるほど。

 ピウツスキ猊下にそこまで言わせる人物……?


 「シアラ殿下も前枢機卿猊下の著書を愛読されています。その敬愛ぶり、女子修道会で行われた追悼ミサの主催(王国においてそれは「もちだし」とほぼ同義である)を申し出られたほどです」


 俺にはただただ傲慢な頑固者に見えていたけれど。

 ほんとうに人は――いや、人と人の関係か――分からない。 


 「副団長もなかなかの人物ですよ。ロンディアの剣(「盾」では無い)たるに相応しき根っからの軍人気質」


 それはまあ、規律違反を犯した団員を焚刑に処するオーギュスト・ハラを輩出した騎士団だもの。カルヴィンが無事居着けるぐらいには先鋭的、いや原理的、もとい「まじめな」騎士団であると、そこは決まり切っている。

 

 「これは彼に与えられた試練でしょう。信仰と布教戦略ミッションに専念できた幸せを噛み締め、後に続く兄弟たちのため環境を整える。それは聖堂騎士団の幹部として必須の素養です」

  

 「シアラ殿下にもご理解いただきたいところですわね。教友と支えあい分かちあう信仰生活、喜びでこそあれ嫌悪するような話でもないのですけれど」

 

 局内政治ささえあい資金集め(わかちあい)、ありがたき説法がもたらすパラダイムシフトにわが友たる幽霊たちはのけぞり消え入らんばかり。修道会てら育ちってスゴイ!


 「さよう、人の交わりとは温かくもどこか猥雑なもの。だが何せいまだお若く、深窓どころか姫宮さまとあっては、の。男と直に接すればシアラ殿下の疑念も晴れることでしょうがのー」

 

 それができないのが殿下のお立場で。

 だいたい李老師、直に接するってあなた。それをされてはですね。


 「話し合う機会をお持ちいただくぐらい良かろ? 浮世離れした耄碌ジジイには貴族の言葉は難しくてかないませんの」


 ねじ切ってやろうかと見つめたその頸は相変わらず太く、艶が乗っていた。

 (まだ無理だな)

 (逆ねじは弱者の社交辞令、今までさんざ使ってたんだから文句言うなよヒロ)

 

 「シアラ殿下には私から。ヒロさんへの誤解ほかもろもろ含めて説明申し上げておきます」


 聖神教のおふたりがこっちを見ている。「そういうわけで」と。

 本格の宗教家におかれてはお金集めも大事な責務、分かっておりますとも。


 「話が逸れました。申し上げたかったのはシアラ殿下の件ではなく、王太后陛下のご依頼について……カルヴィン・ディートリヒ君の力をぜひお借りしたいのです。その、孤独な境遇に置かれた幼き魂の導き手として。陛下が後見されているアシャー公爵家の少年、強くはありませんが霊能持ちです」 


 礼金はどうぞそちらから。紹介料を中抜きピンはねしようなどとは申しません。

 いやまじめな話、離宮のあの雰囲気は少し、ね。

 バカ真面目なカルヴィンと「たまに」おしゃべりして、追々ソシュール道場なんかにも顔出して。たぶんそれが王国における青少年健全育成法(?)だろうから。

 まだ子供、「プロデュース」を急かす気は無いと王太后陛下も仰せであったし。


 「ええ。世俗と宗教界、互いに敬意をもって交流したいものです」

 「ヒロ君も我らの転がし方を理解したようだのー」

 「では改めて、ヒロさん。お孫様のためのミサについて……」

                            

 宗教家相手の四者会合はいつものように滞り無く終わった。

 金の流れゆくこと川の流れるがごとく、まさに滞り無し。




 だがもうひとつの四者会合は新年早々つまづいていた。

 

 「有為ながら官途に就けずにいる青年を西に回してほしいのだが」

 

 (王都学園の理事として、学園の発展にご協力をお願いしたい)

 (散位寮に仕事のご依頼ですか? 事務手数料のお支払業務は当家で承っております)


 宗教家の威光に溶けかかっていた幽霊達が息を吹き返す。

 いただいたありがたきお言葉、その意味をさっそくに噛み締めている。


 だが俺がそれを口にするわけにはいかなくて、ニコラス辺境伯はそれを口にしたくは無い。取り持つはずの議長役、オーウェル子爵はご欠席。どうにも話が続かない。

  

 「後回しにするか。人材とは難しいものだな、この男も踏み間違えさえしなければ……」


 王都方面に逃亡してきた犯罪者の件である。

 エッツィオ辺境伯領生まれ、こちらの基準ではやや童顔に見える甘い顔の男だった。


 「該当する容姿の人物がおよそ1年前、磐森道を通って王都入りした形跡があります」


 判明した理由(たいしたことでもないけれど)については、また後で述べることとして。

 

 「潜伏し、今やクロム州との境に出没する……それは1年もあれば可能であろう。連絡が遅い!」


 ニコラス閣下はおっしゃるけれど、こればかりはどうしようもないのである。

 南へ逃げたと、その確証を得るための調査に数ヶ月。

 エッツィオから王都に連絡を入れるにも通常便で2ヶ月はかかる。

 さらに冬季の雪に阻まれるとあっては。去年は長雨で交通杜絶箇所も多かった。

 ともかくエッツィオからの連絡が届いたのが昨晩秋。クロム州境がきな臭くなったのがつい最近。


 「王都とクロム州の境を固めるは当オーウェル家の責務。わが主に委細お任せ願いたく存じます」


 オーウェル子爵の代わりに大音声を上げたのは総領マクシミリアンの側近であった。

 別件で王都に遣わされたところを当主の不予に遭遇し、代理出席……それ自体は構わないが、絶対に聞き入れてもらうべきことがある。

 

 「一週間寝ていれば治ると聞くが、こじらすとそこから三週間はかかる。危険(・・)も増す。いまの子爵閣下には絶対安静が必要、ご負担をかけてはいけない」


 あるじに劣らず男くさい男が猛然と席を蹴るその姿、これまたどこまでも雄々しかった。

 思わず顎上げずにはいられぬほどに。


 「いつでも動けるよう、万全の準備を今は願いたい」


 ふさわしき時にふさわしき態度、ふさわしき言葉。

 リーモン子爵はやはりリーモン子爵で。


 「こちらは近衛中隊長、刑部卿宮さまのもと防疫の指揮にも当たっている。現場を知るゆえにこそご当主の身を案じているのだ」

 

 関係が微妙であろうとも秩序は守る。

 ニコラス辺境伯も噂どおりの人物だった。


 「失礼をいたしました、カレワラ閣下」


 オーウェルがオーウェルであることも、毎度見せつけられてきた。

 俺は……カレワラがカレワラであるとは、何をもってそうあるのやら。

  

 「構わない。改めてオーウェル家の志操を見せてもらった」


 振り絞れば、気まずい空気は去るものの。結局何も決まらない。

 大の男が顔突き合わせてこの様は恥ずかしき限り、散位寮の名簿ぐらいは渡してやるかと上げかけたその頭を押さえつけられた。常人の目には映らぬ腕に。


 (こっちから折れるんじゃねえ!)

 (ニコラスに頭下げさせるの!)

 (どうにかするのは「若い者」、お前もそうしてきたじゃないかヒロ)


 「些事ではありますが、あるじマクシミリアンから皆さまに相談がありまして。その、現地サンバラで雇い入れた侍女について」


 顔突き合わせているのは大の男ばかり、何の気兼ねも無い。

 含み笑いを浮かべて受けた一件書類をひとめくり、落とした視線が凍りつく。


 「似顔絵の女ですが、記憶喪失と申しております。ただ物腰言葉づかいまた衣類など、どうも王都出身と思われる節があるもので。身元を知ることができればと……カレワラ閣下?」


 オーウェル家重臣、アカイウスに比するべき男である。

 表情の変化を見逃してはもらえなかった。


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