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第三百六十六話 両面宿儺(リョウメンスクナ) その3


 大晦日の宮中行事・追儺ついな、別名「おにやらい」。

 節分の豆まき、あるいは大晦日のなまはげに類するイベントだが。

 

 「『儺』とは本来『祓い屋』。その我らがなぜか鬼扱いで追い立てられる。陰陽寮の無念、お分かりいただけましたでしょう?」


 事の起こりは悪鬼病鬼を陰陽師が追い払うヒーローショーだった。

 しかし彼らは忌まれ者、おいしい役を奪われて。

 ほぼ同時期に「儺」界の大物・リョウメンスクナが鬼のボス役に収まったという次第。


 と、申し上げればお察しいただけるところかとは存じますが。

 彼らから地位を奪った二枚目(突っ込まれる前に言っておくが役回りの話だ)こそが、中隊長を筆頭とする我ら近衛府でありまして。

 それがカタキに同情される、これまた世上よくある話。


 「悪疫流行の折柄、追儺は華々しく執り行うのがよろしかろう」

 「王都にお帰りのスレイマン殿下が『いちどやってみたかった』と仰せでな?」

  

 あわれ近衛中隊長閣下はヒーローの座を追われたのである。

 言うてインディーズ武家は慣れていますけどね? マックスが大祭の主役を兵部卿宮さまに譲った件もあるわけで。

 その心をトレースすればまさに明鏡止水ではあるものの、痛くも無い腹を探られてこその宮廷人である。まして華の中隊長と来ては、後宮あたりを中心にざわざわするのは仕方無い。

 

 「中隊長どの、近頃お見えになりませんわね」

 「あの仕打ち、それは思うところもおありでしょう」 

 

 忙しかっただけですからね? この秋冬は作柄不良に疫病に、外を見やれば両面戦争、内にヘクマチアルの武力衝突。後宮へ顔出す時間が取れなくても当たり前でしょう?


 肝腎の行事にしても代わりの大役・両面宿儺にスライドならば、なんの不満があることか。

 初夏に帰って来た方が11月にキャスト変更を言い出そうが! 忙しい中を衣裳から振付けから全部やり直しになろうが! 国家行事に参画できる栄誉とは引き比べようもありませんとも!

 そう、忙しいからね。なおさらあいさつ回りもできないよね、いやあ残念……しかし後宮は女の戦場であるからして。兵法の要諦(三十六計逃ぐるにしかず)も見切られてしまうのである。


 「なんでも両面宿儺、叛徒(・・)を説話にしたものと伺っております」

 「こちら(・・・)あちら(・・・)、ふたつを向いた鬼なのでしょう?」

 「メル家(・・・)の伝承では英雄扱いだとか」

 

 どなたです? 井戸端もといティータイムのおしゃべりに「角度」をつけておいでなのは?

 反論は難いし、そもそも野暮だし。どうすりゃいいかと頭を抱えていたところ。


 トコロテン式に「両面宿儺」役を奪われた陰陽寮の王子様……「方相氏」役のマサキ・ダツクツから示唆をいただいたのである。「言の葉はしゅうのはじまり」と。


 なるほど愚痴に悪口、不平不満……誰しもたまにはこぼれるけれど。しかし国家の催事には、それ相応のノリがある。

 悪神疫鬼と疎まれようが、いわれ無き「浮気者」扱い――顔がふたつあるゆえに生まれた連想である。リョウメンスクナは後宮の女性にことのほか受けが悪い――を受けようと。それでも奥の女性には、見せておくべき顔がある。

   

 


 「中隊長閣下は嫌悪されるのでしょうね……」


 言いさしてマサキ・ダツクツは言いおおせなかった。

 首を傾けた相手が自分に顔を向けたものか背けたものか分からなければそうもなる。

 まして宝玉真珠を金糸銀糸で刺繍した切り替え模様の悪神に何を言っても馬鹿らしい。

 

 そのまま俯き、己の身を足元から顧みている。いかめしき四つの目で。

 マサキが演ずる方相氏の扮装、そのデザインにも俺から注文をつけた。

 あえて立体的鋭角的に。前後の張り出しを強調したフルフェイスは恐ろしさより美しさ、洗練を意識した逸品となっております――これぞニホン人ならではの転生チート、特撮怪人ソムリエ準二級(自称)である。

 

 バカ話をまぶした深刻なつぶやきすら闇に溶けゆく丑の刻。

 号令のもと太鼓を鳴らせば、その闇が大きく波を打つ。


 丑寅を期した本番前の挨拶回りではないけれど。

 「儺」あるいは鬼の行列が華々しくもにぎやかに後宮は奥を経巡れば。

 

 侲子しんし(子鬼)に扮した陰陽寮の少年いや子供たちが、あちらこちらの女官どのから手招きを受け消えて行く。嬌声ばかりが耳を打つ。

 鬼祓うべき方相氏が眉を顰めるその景色、両面宿儺は背で受ける。

 華やかな後宮には孤閨をかこつ女官どの。光があれば影もある。


 「我ら陰陽師は子だくさん。霊能を持たぬ者には生きる場がありません。助どののようにテラポラの家に生まれ学術抜群でも無い限り」


 それでも見目さえ良いならば。

 女子も変わるものではない、その景色を見せたくなくて。マサキはナオを外に出した。

 だが表と裏と、およそ人の織り成す社会はふたつの顔を持つもので。

 

 「それでも彼らには郎党の技能を叩き込んであります。容色衰え寵愛が冷めて後なお、道を転ずるべく。どうかご理解いただきたく」

 

 そして転じた地位を守るため、他家に勤める陰陽師と連絡を取る。

 粘性と湿度の高い連携、ゆえに疎まれ蔑まれ。いずれこれまた表裏、だが。


 「ただ追われるのでは面白くない、その気持ちは理解できたところだよ」


 行列の向かう先には鬼退治のスレイマン殿下、観覧されるお歴々、そして。

 問わず語らず隊伍が整う、有り難くも悲しきは宮仕え……の緊張に水を差す者ひとり。 


 「やれ、めでたい。姿ばかりを飾ろうが、かく痩せ鬼に零落しては、疫病えやみ招く力も果てておるはずー。いざ疾く去れー」


 そこに並べるはずもなし、か。

 

 「じじいに退治されるほど衰えてはおらぬわー。貴様も鬼の仲間にしてくれるー」

  

 宮廷には道化、王国には立花。普遍と固有、ふたつの事情は表裏。

 裏へ影へと追われた道化、名ばかり立派な将曹よ、お前の居場所はどこにある?

 踊りたければ仮面をつけろ。

 

 開きゆく門の向こう、煌々と照らされたあたりは見慣れた景色。


 「鬼やらい」、そのヒーロー陣営には例年通り名流の公達が名を連ねている。 

 リョウメンスクナ率いるヴィラン陣営には嫌われ者の陰陽師、近衛からはマグナムの如きはぐれ者、そして舞人楽人……それならそれでりようが、もとい盛り上げようもあろうと言うもの。


 いざ!



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