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第三百六十六話 両面宿儺(リョウメンスクナ) その2



 呼び出しに応じたマージダの顔色は悪かった。

 当て込んでいた勢力・売り込みの根拠を、ニコラス辺境伯に崩されたとあれば当然だが。


 「ターヘルが君に利権……郎党の指揮監督権を譲るそうだ」


 「自分の手が届かぬところで話が動く、悔しいものですね」


 今さらと諦めの顔色を浮かべるあたり、やはりそのまだ……ね?


 「まったくだ。中務宮さまの手前、私が受けるわけにはいかなかった」


 切れ長の目に光りが灯るあたり、やはり「好奇心」なのだろうと思う。

 ならば説明すれば、納得してはもらえないかと。




 応接間に招かれてのご下問を受けただけ、まだしも俺はマシな部類で。

 庭先を借りた立ち話を終えて後、相方のターヘル・ヘクマチアルは宮さまとの対面すら許されなかった。


 この事態を招いた(あるいは先手を打った)のは、ヘクマチアル家次男・ユースフ。

 家督争いを仕掛けられた直後、「お歌の縁」を頼って立花伯爵のもとへ駆け込んだ例の件である。

 何も肩入れを求めたわけでは無い。立会人あるいは保証人への就任を願ったのみ。

 喩えるなら武術の試合……いやスポーツ、むしろ「興業」に近いかもしれない。

 はしゃぐなら王都シマを仕切る人々にご挨拶せよと、そうした理屈。

 

 対戦相手にそれをされては、長男ターヘルも保証人を立てる必要に迫られる。

 「嫌われ者」は通常ここで苦労するのだが、三十年にわたり無視していた「お約束」をようやく守る気になったとあれば世論は同情的……むしろ終焉の予感に熱は高まり。

 しかしヘクマチアルは同族トワと犬猿の仲。ならばと期待を受けた式部卿宮さまも逃げ、もとい辞退されたため、中務宮さまにお鉢が回り。なにごとにも形式は必要ゆえ、「同門(両手剣)のよしみ」を盾に取ったは良いけれど。

 武術を口実にした以上、会合の場所が鍛錬場になるのも理の当然。寒風吹きすさぶ話し合いの場に宮さまが姿を現すことも無かった。ヘクマチアル家三十年の負債は重い。

 

 「立花閣下同様、私はターヘルから『右京返還』の誓詞を受けた。君は?」


 ユースフの保証人を引き受けた立花伯爵がアンパイアに選んだのが近衛中隊長。

 王都における武力闘争を目こぼしさせるため。

 許容範囲を設定させ、非違の有無を判断させ、場合によっては処断させるべく。


 なお外部にアンパイアを頼むとあらば、草野球でもなにがしか包む。

 貴族に、いやおよそ人に仕事をロハで頼むなど、あってはならないことだと思う。


 マージダの引受けは亡命であったと同時に、やはり人質という側面は否めない。

 「あれやこれやの振舞いに出る」こと、俺は内外から期待されていたのだ。ゲスな興味にとどまらず、「近衛中隊長が零落貴族から仕事を頼まれ、何も要求しない」ことは「非礼」――すなわち行為規範の不履行、現代日本で言えば「違法行為」に近い――にあたるから。言うて世論の関心がゲス向きであったことも認めるが。


 だから後宮は立花典侍さまのお局にて宣言したのである。

 人手の足りないカレワラ家、「あれやこれや」ではなく寄騎待遇の仕事で返してもらっていると。


 つまりは研修生、インターン。安いお給金でこきつかっている……そう噂されるのとどちらが不評かは難しいところだが。何せ世論の期待を裏切っているだけに(大事なことなので三度言う)。

 

 アンパイアが決まった後で保証人に任ぜられた中務宮さま、そのご下問の趣旨も同根だ。

 ターヘルは俺にいかなる手数料を払ったかと。

  

 「サンバラ航路譲渡の申し出がありました」


 案の定、顔色が曇る。

 立花伯爵も中務宮さまも、実利を得る……右京を縄張りにするつもりはないのだから。ヘクマチアル家の朝廷復帰また右京の編入を「手柄」とするぐらいで十分なのだ。そのお二人にアンパイアを頼まれた下役の俺が実益を得ては、景色として生々しきに過ぎる。


 「……が、断りました。『マージダ嬢への譲渡』で合意しております」

 

 こちらは彼女の後見人だから、実質には大差無い――こともないな、後から引き剥がせるし――けれど、ともかく見栄えは大事。


 「おかしなものだ。会うたび若手の消極性を嘆くアルバ閣下が君だけはうるさがる。私に言わせれば君が最も控えめなのに」

 

 叱咤の言とは裏腹に、宮さまが浮かべていたのは安堵の微笑。

 「娘を質に出し、利権を差し出したのだ。ヘクマチアルはカレワラの指示に従う」

 殺伐を好まぬ立花伯爵に世を取り仕切る中務宮さま、ふたりはそう信じている。


 だが実務担当にとっての問題はここから先にあるわけで。

 何せ彼ら兄弟はそうした人並みの理屈を捨て去っている。

 本当に俺の言うことなど聞くものかは怪しいかぎり。

 

 現に遡ること小半時、庭先でターヘルが見せた(ふたつの)顔は猜疑にゆがんでいた。

 

 「言ったはずだ。余計なことを口にする気は無い」

 

 何度言われても信じられないのだろう。

 弱みを握れば利用する、それがマフィア政治家のやり方だから。

 自分の手を縛る結果にもつながるとは思わないのだ。


 「お前の後ろにいる裸の男、それがアリエルの霊か? 捕獲・使役してカレワラ家を簒奪したのだな?」

 

 いつか飛んでくる質問だとは思っていた。

 この日に備え顔芸、じゃなかった腹芸の訓練も積んでいる。

 とりあえず反論させてもらいますね?


 ヘクマチアルの雑言を誰が信じるか。

 当主の地位は男爵位とあわせ陛下よりお認めいただいたもの、異を唱えるべきにあらず。

 必要なら我が養孫・陛下のお孫様に譲らんのみ。

  

 「と、そこまで逃げ道作った上で主張させてもらう。『私は間違いなくアリエルの孫だ』。反証の切り札、隠し持っていないとでも?」 


 嘘もハッタリも関係ない。

 そもそもこの件、俺はアンパイアなのだ。

 その権威に挑戦するなら退場処分と決まっている。

  

 「繰り返すぞ? 勝ちさえすれば復帰は認められる。トワ系から白い目で見られようが、私が貴様の秘密を口にしようが関係ない。王室と立花がヘクマチアルの地位を保証してくれる」


 ここにも現れる王都政界の「建付け」。どこまで行っても重層的で間接的なそれをユースフはよくよく理解し、だからこそ嫌悪していた。躍進を続けるメル家のごとく直線的に生きたいと、若き日のその志望は娘マージダに受け継がれた。

 引き較べ、頭から理解したがらないターヘルの頑迷さと来た日には。

 体力自慢をよいことに師走のクソ寒さを物ともせず、益体も無い言いがかり……その態度に、小さな連想が生まれずにはいられなかった。


 「いつからだ? 幽霊が見えるようになったのは」

 

 もしそれが、才や修練によるものでないならば。

 老人めいたその外見が、実を伴うものならば。


 「王都に帰って来てからだが、何か?」


 霊体と肉体の絆が緩くなりつつある証だ。

 ターヘルは長くない。家督争いに勝ったところで。


 「平和裏に譲って楽隠居を望むなら、その保証もしてやれるが」

 

 それはオサムさんが望む結末、ではあるが。

 ターヘル・ヘクマチアル、頑迷であっても示唆に気づかぬほど愚かではない。

 山と悪罵を返しつつ駆け去っていくその後ろ姿にも、案外と老いは感じられなかった。

 



 会見の詳細をマージダに伝えることは許されない。

 俺はアンパイアである。「余計なことは口にしない」と約束もした。


 「前任者ターヘルから誓詞を取り、閣僚の首座から認可を取る。これで以後、同僚ニコラスの手を封じられる。現地を任されたオーウェルと対等に話ができる」


 それが彼女に伝えるべきこと、そして彼女に伝えたいこと。 


 「ここまでしなければカレワラは動けない。上流貴族と言っても不自由なものさ。君の父上が足踏み入れようとしているのもそういう世界だ……マージダ、君の真剣さは認めるけれど」


 「おとなになれとおっしゃる。13、14の子供(・・)は抱けない、いえ抱かないと」


 「淑女(レディ)を相手に面と向かって言えることでもないだろう?」


 血の気の戻ったほほ、やわらかなまなざし。

 こちらもその聡明さには感謝申し上げたいところだ。

 納得はできないかもしれない、だが当座堪忍してもらいたい。



 

 立て続け「濃い」時間に襲われれば、休息を求めずにいられない。

 そのくせヒマができればできたで落ち着かない。


 後宮は奥の一室、いわゆる楽屋でドレリハを待つ手持ち無沙汰をいかにせん。

 両面宿儺リョウメンスクナにまつわる描写を反芻するほかどうせよと?


 「其爲人壹體有兩面面各相背頂合無項。各有手足其有膝而無膕踵。力多以輕捷左右佩劒四手並用弓矢」


 (ひとつの体に顔ふたつ。お互い背けあっている。つながるてっぺん、うなじ無し。それぞれ手足が生えている。膝はあるのにひかがみ無ければかかと無し。力自慢で素早くて、剣を左右にぶら下げて。よっつの手にはふたつの弓矢)


 背中合わせにくっついたふたりの人間……かな?

 だが「かかと無し」の一節だけが分からない。


 かかとが無いと言えば、馬。

 いや、馬にだってかかとはあるが……あれいわゆる爪先立ちだよなと思い返し。


 近場に並ぶ模造の両手剣をふたつ、もろ手に掴み締める。ルルベアップを試みる。

 ふらついた。

 

 ここは一番、気合を入れ直すべし。

 セカンドポジション(キレイながに股)に脚を入れ、鏡を眺めてみれば……


 「岸田○ル?」


 「メル家がどうかしたか、ヒロ?」

 

 投げ渡された衣裳には前後の区別がなかった。

 紋章エスカッシャンを思わせる切り替え模様(クレイジーパターン)、まるきり道化は良いとして。 


 靴を見て納得が行った。

 かかとの後ろ側につま先そっくりの飾り(ギミック)が施されてある。

 なるほどふたりの人間が背中合わせにくっつけば、その足元はどこから見てもつま先である。ゆえにまさしく「かかと無し」。

 前後に顔が描かれたフルフェイスの面を付ければ両面宿儺リョウメンスクナの降臨である。

   

 「当家の伝承に基づき、女蔵人頭さま……いや、フィリアさまお手ずからの縫製だ。感謝しろよ?」

 

 「フィリア閣下『監修』だろう?」


 不器用じゃないが、ここまではできないさ……と叩いた軽口に返答は無かった。

 憂鬱げに顔を逸らしている。


 「アルノルト。君にせよヴァスコ・フェイダメルにせよ、フィリアの『ご学友』・婿候補には挙がらなかったのか?」


 「思わないことも無かったらしい。だがメル家は大きくなりすぎた。全て親父の受け売りだがな」


 逃げ口上を張るなよと追及する資格を俺は持っていない。

 マージダの鋭い視線に込められた許容を思い出す。


 「ガキのうちは考えもしたさ、認めるよ。だが俺は連枝ヴァルメル男爵家の嫡男だ」


 フィリアに降嫁されては、家を仕切り回せなくなる。ソフィア様との関わりもある。

 気楽に宝くじ……あるいは物語を夢見ることができる地位にないこと、それこそ13にもなれば嫌でも理解させられる。

 

 背けられた顔がこちらに向き直る。挑戦的な視線はしかし舌打ちと共に崩れ去った。

 仮面は卑怯、重々承知だがね。


 「とりあえず仕事だ」


 両手剣を投げ渡してやる。

 

 「メル家(ウチ)じゃ考えられないな。ああ、警備は強化する」


 アルノルトもふらついていた。

 模造のつもりが真剣であれば、誰だって調子が狂う。



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