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第三百六十四話 悲風 その1



 「改まって顔合わせしてみれば、メル家も自転車操業のようなものですわね」


 控え目な言葉、控え目な装い。

 急成長に一族のマンパワーが追いついていないせいで、今日もドミナ・メル嬢はお呼ばれであった。


 「政治行政、ことに実務協議に出せる男手が無いのは厳しいところ」


 いかにも素っ気無い言葉、やはり素っ気無い装い。

 なおそんなフィリア・メル嬢、戦場には嬉々として顔を出す。

 そこらの男よりもよほど良い将軍だったりする。


 「そこはヒロさんにお任せすれば間違いはありませんもの」


 ドミナ嬢は相変わらず重い。体ではなく心にも無いその甘えのことだが。

 俺は王国の代表(?)であるからして。ここはメル家のために働いてはならぬのであります。

 懲戒事由:利益相反、こないだの律令タイムスにも載っていたところ。

 

 「メル家と近すぎるから第三者を間に立てる、分かるけどさ。だからってウチで会合開くこたないじゃない」


 それが立花家の存在意義だと知っているからこそ、気合入ったパーティドレス。

 しかしフィリアが絡むとすぐこれで。


 「ご迷惑なら、ヒロさんからの商都土産は私たちでいただきますが」


 レイナが絡むとすぐこれだ。

 間に立つほかないのである。


 「こちらでは不都合でしたか。改めて典侍さまのお局に届けさせます」


 不都合などあろうはずもない。

 女官の皆さまへのお振舞いにもご活用いただきたいと、それだけのこと。


 「これは格別なるお申し出、感謝申し上げます。どうぞおくつろぎください」


 などと一連のテンプレ、何が面白いわけでもない。

 だがバカ正直にもそれを口にすることが許される者もそう多くないわけで。

 それこそ典侍さまと並んで席を取っている、もうおひと方ぐらいのもの。

 

 「女を釣るにはハナメシイシ。ヒロ君も悪ずれしていくねえ」


 なんのこっちゃと思いきや。

 花:花束、飯:食事、石:宝石あるいは貴金属、だそうで。


 「右に行くほどインパクトが、左に行くほどコスパが高くなる。懐事情と相談して使うことさ」


 帰って来たウルトラニート、立花伯爵によるこれが再会の辞であった。

 この人の声を聞きたいなどと思っていた俺はよほど心弱りしていたのだろうと浮かべた苦笑にまで冷たい目が向かうありさまで。

 それでも伯爵閣下は舌鋒を緩めようとはしなかった。友人を盾に取りつつ。

 

 「と、これは式部卿宮さまの受け売りだがね。しかしメル家の姫君がたは損をしている」


 このあたりはエミールが最もキツイのだが、「女が表に出てくるな」という意識はやはり存在している。

 しかし言うて差別意識とも異なるあたりが難しい。立花伯爵はもちろんのこと、エミールほど「女の力」を認め、恐れている男もないのである。

 彼は幼い頃より後宮、それも奥に出入りしていた。周囲の女性はみな高位高官、政治手腕の持ち主で。蔑みの意識など生じようはずも無いし、生じてしまえば身の破滅。仕草ひとつで見透かされてしまう。

 そのあたりの機微を、それこそいつだか近衛府で明かしていた。


 「女には女なりの武器がある」  


 「日が傾くにはまだだいぶ時間があるようだね」


 「色仕掛けの話じゃない、男だって使うだろうが! 分かってるくせに混ぜっ返すなよシメイ」


 何が言いたかったものか、色男の衝撃発言にそこはうやむやに過ぎてしまったが。

 はっきりしているところとして、エミールは「かわいげの無い女」が大嫌いである。

 女の中で育って来たからウラを見透かす目はあるが、「欲がバレバレでもかわいげのあるフリをする。それがマナーってものだろう? どれほど滑稽でも男がやせ我慢を張るのと同じだよ」


 チキウも19世紀ぐらいには、たぶん洋の東西問わずそんな感じだったんだろうなって。

 だが一理あるかもしれない。男がやせ我慢を要求されるなら、女も何か要求されて然るべきってのは。それがかわいげであるべきか、やせ我慢が合理的か……は、ひとまず措くにしても。


 男女観は、いや男女観もまた、環境に抜きがたく影響されるものかもしれない。

 例えば俺の場合、激務に苛まれるソフィア様や戦塵にまみれるフィリアを見てきたわけで。そこは微妙にエミールとスタンスが違うところもあるけれど。

 

 つまりエミール、返す刀でメルの男にも批判の目を向けているのである。

 「表の政治や軍事など、そういうことは男が背負え」と。

 ところが二年前の秋。戦場に出てきたフィリアに、「私のほうがうまくやれますけど?」と煽られて。腹も立てたが自省もしたエミール、あの頃から急に存在感プレゼンスを増したように思われてならない……などと、立花伯爵の振った話題に、そのペースに乗せられているようでは交渉などまとまらぬのである。



 「ともかく、ヒロさん。各家からは何と言ってきています?」


 何事につけ、王都にあって重きをなすはコンセンサス。

 エミールが皮膚感覚で「奥」を知っているのと同じぐらいに、「表」についてはフィリアもよくよくご存じのところ。

 そして俺も。いい加減、こんなところで粗を見せるはずも無い。 

 

 「デクスターからは一筆もらってあります。内務に強いチェン公爵家、また一次産業のクロイツ侯爵家からも一任を得ました」


 言葉悪いが人質を取っている、もとい、両家との間にはそれぐらいの信用を醸成済みなのである……と言えればカッコ良いんですけどね? 実のところは損得勘定の問題だ。

 「基本対立、是々非々で協調」よりも「基本協調、必要に応じて対立」。両家にとってカレワラはそのほうが面倒が無いというだけのこと。「遊学のご縁もあることだし」、便利な口実である。


 「建築のバルベルク、港湾セシルなどは様子見です」


 このあたりまでは、俺が持ち帰った結論に徹底抗戦することはあるまいと。


 「なお、私が最近じゃれあっている産業政策のノーフォーク家からは規制に反対する声が出ています。逆に渉外アルバは規制派である『らしい』、とのこと」


 曖昧な見通しに、そこは軍人のメル姉妹が目を尖らせる。粗がありましたねサーセン。

 しかしこの粗はアルバ公爵家の問題である。若手が存在しないせいだ。

 いや鷲鼻の公爵閣下、そのお孫さまが出仕してはいる。ロシウよりやや年少なのだが、これがまるで目立たない。蔵人に就いたと思ったら外されて、品の良い閑職をたらい回しにされている(このあたりはまたいつか、触れる折もあろうかと思う)。

 ともかく、アルバ家を代表して水面下の事務レベルで折衝しなければいけないはずの彼が、責任を取れる立場に無いせいで実のある交渉が成立しないのだ。


 「渉外を得手とするだけに、当家は威厳とメンツを何より重んずるらしいからね。『メル家に一杯食わされる』ことだけは許せないんじゃないかな」


 あなた正嫡でしょうがと。

 とは言えこれまで会話を交わすたび、筋を外したことが無い。「僻事」を口にすることもない。蔵人に補せられるだけの実力はあり、仕事に遺漏があるわけでもない。

 この言葉を口にする際も、半端な微笑を浮かべていた。こちらの困惑を理解している証である。


 「年明け、いやもう来月だね。近衛府入りする息子をよろしく願います」

 

 アルバ閣下にはまるで似つかぬ腰の低さと嫌味のなさ。あ、鼻は高いか。

 よく分からない人物であった。


 背景は端折って、彼の言葉だけを開陳したところ。

 この場でいちばん付き合いの長い人物が、またよく分からぬことを言い出した。


 「聡明なうえに優しいからねえ、彼。歳を重ねるにつれ、身動き取りづらくなって……ヒロ君の将来像、そのひとつかもね」


 勘弁してくれと顔をゆがめて、すぐに思い直す。

 それはそれでけっこう居心地の良いポジションではないかと。

 退嬰的な発想に半裸の幽霊が脳内で大騒ぎを始める……も、これが瞬時に治まった。


 「この私、また式部卿宮さまと同じ。かつて陛下がご子息バヤジット君の将来として望んだ姿でもあるんだよ」


 およそ貴族たる者において周囲に威を張り人をへこまさぬなどあってはならない事態だが、何も強い言葉による必要は無いわけで。立花伯爵はこういうところがその何だ、厳しい。 

 ともかくバヤジットを「悪い道」に誘った身としては、何も言えない。

  

 「人望をお持ちですわね。残念ながらヒロさんはそうもいかないかと」


 「憎まれっ子路線に足踏み入れつつあるものねえ。なによヒロ、その憐れな顔。はいはい、高樹悲風多とでも言い換えて差し上げればよろしくて? 私も甘いわ」 


 立花が口を挟むと、話題はかようにいずかたまでも拡散する。

 会議の時間はどこまでも伸びていき、気づけば酒宴に変わっている。

 が、今回のカウンターパートはそうした気風の家ではない。


 「ウマイヤ家はワロタ牧場を面白く思っていない、これははっきりしています」


 言うまでも無いことを前フリとするならば、言うまでも無いことが続くのだが。


 「王室関係で言えば、式部卿宮さまは無関心、中務宮さまは取りまとめ役ですので……兵部卿宮さまはウマイヤに同調されるでしょう。対外強硬派です」


 そうして本題に戻ることができるという効果は確かに存在する。


 「もろもろ踏まえて、交渉責任者のヒロさんはどう考えているのです?」


 でもそれ司会に見込んだ立花家のお仕事……いえ何でもありませんフィリアさん。


 「ワロタ牧場、手仕舞いさせるよう願いたい。なんらか王国から見返りを受けるほうが、メル家にとっても得かと存じます」


 そのほうが互いに面倒が無い。

 大きな話をするならば。領邦、封建制、貴族政、そうしたものと高度化した商業活動とは相性が悪いと思う……と、それではメル家側に立った発言になってしまう。利益相反、よほど気をつけないと。


 「マグナム・クロウ君からも申し入れがありました。極東の民心に影響すると」


 「家の恥」をオミットして牛の話を紹介したところ、場の全員が深刻な思案に沈んだ。

 民と貴族、貧者と富者に力の差がある王都では、つい見落としがちになる視点。

 極東は上下の一体感が強い。皆が心の片隅に社会参加意識を持っている。

 権威派貴族に言わせれば「小うるさい」ということにもなるけれど、そっちで育った俺としては、まあ何だその、嫌いじゃない。 


 「耕牛役馬に皮革の生産、極東経済における重要性をどう考えます?」


 「その主張自体は、王国でも受け容れられます。開発中の極東はもちろん、王都周辺でも牛馬の需要は高い。ぜひ続けていただければ」


 「やはり王都に窓口が必要ですのね? 姉侯爵からは、『皮革産業についてはヒロさんのご指導を仰ぎたい』と」


 大メル家なら自前でやれるでしょうに。

 アンジェラとブノワが組み上げた三年の縁切り契約、根底から覆しに来た。


 「首輪を外そうって暴れすぎなのよ。王妃閥から婿を迎えて孫を作って後継がせようなんて、バレるに決まってるじゃない。どなたのために矢面に立とうって言うのかしら」


 申し訳ありません典侍さま。

 その言葉に応ずる口は、この場には存在しないのであります。


 「それが落とし所ですか。皮革の生産並びに輸出周りでは妨害を行わない。代わりにワロタ牧場を数年内に解散させる」

 

 「『極東メル家とカレワラ家の関係を継続する』が抜けていましてよ、フィリアさま? ヒロさんにとっても悪い話じゃないと思います。いろいろとご入用になるお立場ですし」


 ドミナも指摘するとおり、政治には金がかかる。

 だが軍人・官僚としての活動に手一杯のところ、「商業」という怪物と付き合う余裕は無い。何かの時に足を引っ張られるリスクをあまり数多く抱えたくは無い。

 そのあたり、もろもろアウトとセーフの見極めを付けられるのが事務弁護士だが、これは依頼人の利益を最優先する職業で。ブノワも俺の意図を踏まえてくれていたのだが。こりゃ詫びだな。

  

 「どうやら手打ちも済んだのに、何そのしょぼくれた顔! まだ自分の価値分かってないの? 近衛中隊長、王の影。ヒロが出て、カレワラが折れることで王国のメンツを立てたのに。カレワラとの関係継続にメル家がそれだけの価値を見出してるって、王都各界から疑惑の目線のおまけつきで……ああそうですわ、中隊長閣下。ここのところ後宮にお出入りが少ないと、あちこちのお局から伺っておりますの」


 次にご挨拶回りする時には、「典侍さま」のお名前を出さなくてはいけない。

 立花との関係継続にはそれだけの価値がある。

 

 「それでヒロ君、預託商法をどうするんだい?」


 そう。

 マグナムを、カンヌの極東の人々の怒りを……おさえる、俺が。

 絶対に必要だ。いずれ敵には回せない。


 (抑えるのか押さえるのか。そこはハッキリさせておくべきだと思うぜご当主サマ?)

 (友達なんだよ、ネヴィル)

 (カンヌには千早ちゃんも、赤ん坊もいるんだぞ)

 (男のつきあいってそういうものよ。マグナムだって分かるはず)


 ともかく腹さえ括れば手段はどうとでもなる。


 「行政指導なりを用いて、サクティ等の領邦を含めた王国全域で事実上の凍結。制度を政府部内で研究して後、参入と契約条件のあたりで規整が可能ならば再開……といったセンはどうです?」


 「ベタ中のベタで攻めるとは。いつの間にか立派なお役人サマよねヒロも」


 コンセンサスを得やすいように丸めるのがお仕事です。詭道ではありませんのでね。

 言うて軍事だって詭道戦士のほうが大破しやすい気もするし。




 王宮への帰り道は馬車によった。

 悲風とひと目を避けて語らうため。


 「姉に言わせれば、こちらこそ対抗措置なんです。新都資本、また王都利権。何と言おうが構いませんが、王国勢力が都市型経済によって適法に農地の富を吸い上げている……あまり露骨にされては、メンツの問題が出てきます」

  

 極東の地図を見るたび、おかしいとは思っていた。王国側の取り分が小さきに過ぎると。

 与えてのち奪う、利益を分け合う。国家運営の正道ではあるのだろう。


 「主にデクスター家による建付けです。姉はもとお姫様、義兄にしても天性の軍人。行政で後手を引くのは仕方無いところ」


 そのイーサンが、交渉に俺を投入した。メル家と王国、どちらの肩を持つのかと。 

 一筆書いてくれた、仲間だと思っていたヤツが、俺を際へと追いやっている。

 祭祀の牛、祟り続けてるな。

 

 (言えた義理か? マグナムをどういう目で見た?)

 (煽らないのネヴィル、それが一家の主の付き合いだって言ってんじゃない。イーサンともマグナムとも、持ちつ持たれつ叩き合い)


 幽霊の騒ぎをよそに、フィリアがこちらに目を据えていた。

 睨むでも叱るでもない、それは誘う……と称するには色気の無い視線で。

 

 「金融業、あるいはおよそ目に見えない数字で勝負する産業。発展を焦る必要は無いと思う。目に見える『ブツ』の価値が高い社会だろう?」


 できるかぎり自重していた。歴史を、未来予想を口にすること。

 だけど……。


 「語るに落ちたとは言いません。やがて社会はそちらに向かうと?」


 国や貴族の力が相対的に弱まっていく社会でもある。だが言う必要も無いことだ。

 フィリアならそこまで見通せる。


 「少なくとも百年の議論だよ。絶対にそうなるとも言えない」


 その土地土地で足を踏みしめ生きる人々によって決まる、決める。

 そういうことだと思うから。

  

 「それでも、感謝します」 

 

 やわらかい言葉とは裏腹に、フィリアの表情は厳しかった。

 思案に暮れている。まるでかわいげが無い、けれど。

 この顔を見られる男など何人もいないと思えば悪くない。

 鼻の下を伸ばして睨まれるところまで含め。

 

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[一言] およそ日本の金融商品たるモノ程自らの手で目先の欲で信用を毀損し、やがて暗黙知の報復を食らったモノは無いだろう。 日本の金融関連の法律がめっちゃ緩くて不動産関係の法律がめっちゃ厳しいのも日本…
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