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第三十話 メル家にて その2


 「さて。今後どうするか、でござったな。」


 各自一服して後、再び話題が戻る。


 「天真会に残るという道も、もちろんあるでござる。ただ、会員の中には、社会に身を置く者も多い。むしろその方が主流と申すべきか、天真会の教義に沿うものと捉えられておるのでござるよ。」


 「社会と天真会、異能者とそうでない人のかけはしになる……ということを目指す場合にも、その方が良いのでしょうね。」


 「やはりこの剛力を活かす方向になるのでござろうなあ。軍か、警察か。工事現場で顔をつなぎ、仲間を集めて建設業や口入れ屋などを目指していくか。」


 「口入れ屋?ああ、派遣業者か。千早ならどんな荒くれ者だって押さえられるだろうし、案外向いているかもしれないな。利権や縄張り関係では、フィリアやメル家に後ろ盾を頼めば良いんだし。子供たちに職場も提供できる。天真会らしくていいんじゃないか?千早ならやれるさ。」


 「そう甘くはござるまい。人を雇うとなれば、いろいろと大変でござる。景気の流れ、その他もろもろ、見極めが効かぬと、下に迷惑をかけることになる。」


 「そういう難しさは間違いなくありますよね。とは言え、メル家が後ろ盾につけば、そういった問題もほぼクリアできます。」


 「そう言うフィリアはどうするの?今はソフィア様のスペアってところもあるんだろうけどさ……。俺は納得しきれないけど、それはそれとして。将来を考えておく必要もあるんじゃないかって。」


 「きょうのヒロ殿は、やけに熱心でござるな。」

 

 「昨日さ、マリーに聞かれたんだ。『死霊術師(ネクロマンサー)って何ができるの?』って。そういうこと、ほとんど考えてなかったなあと思って。参考までに、いろいろと聞かせてほしいかなあと。」


 「そうですね、姉が男の子を授かったとした場合ですが。……姉も言ったように、『嫁に出る』『一家を立てる』『聖神教に残る』というのが、すぐに思いつく方向性です。このうち、一番難しいのが『嫁に出る』でしょうね。貴族の婚約は早くから行われることが多い。私の場合、スタートラインが遅すぎます。残っているのは瑕疵物件、ということにもなりかねない。」

 

 「そこはメル家ゆえ、どうとでもできるとは存ずるが。ソフィア様も結婚されたのは17歳でござったか?貴族としてはやや遅いが、ご主人はアレックス様でござる。」


 「姉は総領娘ですから。まさにどうとでもできたのです。」

 意味深な笑顔を浮かべたフィリアが言葉を継いだ。


 「分かりやすい意味での『出世』がしやすい道は、『聖神教に残る』でしょうね。メル家としては、跡目争いの芽を摘み、宗教勢力に影響力を増すことができるわけですから、全力で後押ししてくれるでしょう。枢機卿にはなれると思いますよ。」


 自慢でも何でもない。冷静な判断の結果だ。

 自分の利害を脇において、堅く踏んでもそうなるということだ。


 「そう言えば、男女差別的なものって、大丈夫なの?何となくだけど、軍隊とか、『男の世界』って感じがするし。聖神教も権威主義っぽいし。」


 「そう言えば、ヒロ殿は記憶喪失でござったな。つい忘れがちになってしまうでござる。」


 「しっかりしているようで、たまに基本的なところがすっぽり抜け落ちているんですよね。」 


 「宗教勢力では、差別はありませんね。聖神教では、区別はありますが。男性と女性では所属組織が異なります。あえて言うならば、やや女性優位でしょうか?主神が女性ですし、信徒や聖職者も女性の方が多いですから。ただ、要職には男性の方がやや多いかもしれません。」


 「天真会では、差別も区別もないでござるな。行政・政治部門も、特に違いはござらん。ただ、やはり軍隊は男性優位の社会。それでもおなごの士官や将軍がいない訳でもないゆえ、腕に覚えのあるおなごならば道は開かれていると言えるでござるな。」


 「話を戻しますが……『自分で一家を立てる』ことは、難易度としては中間でしょうね。ある程度の財産を分けてもらい、それを資本にする。貴族の六女、普通ならばかなり厳しいものがありますが、こればかりは親の七光り、ご先祖の遺徳に感謝すべきところです。」


 「天真会的な視点から見ると、そればかりではござらぬよ。フィリア殿はすでにあちこちに『つながり』ができている。フィリア殿自前の才覚を考え合わせれば、何の問題もござるまい。もちろんメル家の威光も利用すれば良いのでござるし。」


 「困ったら千早さんの会社に逃げ込みますね。」


 「共同経営者待遇で迎え入れるでござるよ。いや、経営責任を丸投げしてしまうほうが良いやも知れぬ。」


 顔を見合わせて笑い出すふたり。

 いろいろな意味で「恵まれている」。


 それだけではない。根性と機転、下支えとなる能力、そして「つながり」。

 ふたりは自前の物を、自分で育てている。 

 かりに何か困難な事態に陥っても、打開してしまうだろう。

 

 「ヒロ殿こそどうするつもりでござるか。」


 「それを考えるために、私たちに聞いたのでしょう?」


 参考にならないよ、と言おうとして思う。

 俺だってこの世界では「恵まれている」のだった。


 異能に加え、基礎ステータスアップ。さらに千早と同じく、うまく頼み込めばメル家の後ろ盾も得られる立場。

 「何でもできる!」と言い切る自信はないけれど、「何とかなる」ことはほぼ間違いない。

 余裕があるから考えもしないし、考えれば迷いもする。

 「のんきなんですね」というマリーの評価は、的確なのだ。


 いつまでも あると思うな モラトリアム

 方向性、考えていかなくちゃな。



 「軍人、という道はあると思う。」


 「丈夫(おのこ)の出世街道としては、まさに王道でござるな。まして死霊術師(ネクロマンサー)は一人であっても、すでに錬度の高い小隊のようなもの。有望かと存ずる。」


 「一兵卒としてはまだまだというところもありますが、下級士官としてならばヒロさんは間違いなく優秀ですし、上級士官としての素養もお持ちです。学園の卒業生であり、義兄の身元保証があるとなれば、士官待遇からキャリアがスタートするでしょうし、問題はないと思います。」



 「警察、ほか現場の公務員もありだとは思う。」


 「幽霊探偵ヒロ。小説が書けるでござるな。」


 「むしろ、公安部門に回ることになると思います。調査・内偵、場合によっては暗殺。死霊術師(ネクロマンサー)という能力的には問題ありませんが、性格的にヒロさんに勤まるか……。考えるべきはそこでしょうね。」 



 「それは盲点だった。厳しいかもしれないなあ。他の……ホワイトカラーはどうだろう。行政官僚も含めて。」


 「官僚以外を考えるのであれば……ヒロ殿は、実務はできると思うでござるが、資本(もとで)を持っておらぬ。金子(きんす)集めの才の有無も未知数でござる。起業はやや難しいやも知れぬ。なれど、かりにそれがしが会社を興したとすれば、是非欲しい人材ではござる。つまりは経営者とのつながり次第、というところでござろうか。」


 「行政官僚を目指すならば……。学園の卒業生でもあり、これまで見せた素養から言っても、課長級までは行けます。ただ、局長級以上、政治任命職となると、それ以外のものが求められます。メル家も後押しするでしょうけれど……ヒロさんご自身が貴族になっておく必要があるかと。軍功か結婚かによる貴籍の取得。上を目指すならば、それが前提ですね。」



 「結局、まずは軍人から、ということになるのかなあ。」

 

 「それが無難でござるな。軍功は、信用につながるゆえ、別の道にも効いてくるのでござるよ。」


 「異能・才覚・人柄・現時点での立場。総合的に考えると、まずはそこから、ということになりそうですね。」

 

 

 控えめなノックの音がした。

 「どうぞ。」フィリアが声をかける。

 

 「奥様から、『皆様にお会いしたいので、ご都合を伺うように』とのお言伝を賜りました。」

  

 「お許しがあるならば、いつでも参ります。」

 即答するフィリア。

 

 「『ご都合がよろしければ、是非、すぐにでもおいでください』とのお言葉でした。」

 そう言って、扉の脇にたたずむメイドさん。


 うん?案内してくれるんじゃないの?


 「支度はできています。」

 フィリアの、その言葉を待ってから、部屋の外へと出て行った。


 なるほど、貴人にお会いするんだから、身支度が必要かもしれないと。そのお手伝いのご用命を待っていたわけか。

 こういう呼吸なわけね。こりゃ慣れてないと無理だわ。


 「さあ、それでは。」

 フィリアに促されて、千早と三人、部屋を出る。


 メイドさんの案内で、ソフィア様がいるお部屋へと向かう。

 

 「貴族の建物って、変わってるのね。」

 ピンクが口を開いた。

 「広々としているのに、妙に複雑。変なところによく分からないスペースがある。急に狭くなってるところはあるし、そういうところに限って広く見えるように作ってある。変な遊び心。何これ?」

 

 「建物の中も、防衛機能マシマシってわけね。」


 そうつぶやくと、ピンクが怯えた。

 「うわっ。そういうことか!って、そう考えてみると、『殺し間』だらけじゃない!シャレになってない!えげつないよこれ!」

 

 つぶやきはフィリアにも拾われていた。

 「やはり軍人を目指すべきですね、ヒロさんは。信用はしていますが、口外しないでください。姉夫婦に報告することも許してくださいね。喜ぶべき情報として受け取ってもらえますから。」


 こうして人は可能性を塞がれていく。

 あるいは、可能性を具体化していく。

 「一言以て知と為し、一言以て不知と為す。」

 緊張感の強い社会って、そういうものなんだろう。

 おいしいお茶に仲の良い友達。つい気が緩んでいたけれど、ここは「武のメル家」の極東総本部であった。

 不用意な発言をしないよう、つくづく気をつけなくては。



 しばらく歩いて案内されたのは、私室ではなく執務室。

 ……あるいは、防衛戦略本部とか本陣とか、そう名づけるべき部屋。

 気を引き締めておくのは正解だったようだ。


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