第三百六十二話 鳥
年始はお礼参りの季節である。
暴力の意味では無いし、もちろん初詣とも関係は無い。そもそも今はまだまだ年末である。
その年末の役人詣でとの連続性において、年始はお礼参りの季節なのだ。
「やあ。また会ったね」
(裏声でなにやってんのヒロ君)
彼(または彼女。男性名詞と女性名詞、どちらがふさわしいのだろう)に出会ったのは、右馬助として任官した直後のこと。
お菓子の包装に身を隠した、山吹色のひ○子、もしくは鳩サ○レー。
つぶらな瞳でこちらを見上げている。
角度まで――机に置くと目が合うように――計算されつくしているんじゃないかと、そのことに小さな戦慄を覚える。
換金性の高いブツなので、もらって困ることは無いけれど。
これをもらったから相手に便宜を図るとか、そういうシロモノでもないわけで。
また俺としても、いわゆる上役に贈る贈らないで毎度悩まされるわけで。
正直、扱いに困っているのである。
かと言って「虚礼廃止」をぶち上げるには、我が地位はあまりに低い。
虚礼もまたひとつの礼であるからして、「ほーん、君は礼をないがしろにするのかね」という評判は痛い。式部(中国風に言うならばまさに礼部である)閥に属する身としてはなおさらに。
にらめっこの末、ひとつ思いついた。
中隊長部屋の脇に積み上げるのである。てっぺんには楽器にパイプ、藁に果物でも乗せて、と。
こちらから見て左の壁に「祭祀の牛」、右の壁に「封印の鳥」。
メメントモリとヴァニタスである。内装としては暑苦しいことこの上ないが、何より大切なのは困惑させられたらやり返すこと。鳥ごときになめられては近衛中隊長など務まらぬのである!
部屋を訪れる部下に客人、皆さま一様にぎょっと目を剥く。やがてその悪趣味に眉をひそめ、てっぺんを眺めて苦笑する。
「この年末に閑雅を忘れぬとはね(ヒマでいいよなこのヤロー)。報告だ、中隊長どの……」
「OK、その措置は必要だ。費用はそこから」
「そいじゃ5個ほどいただいてくよ」
ウェットなほのめかしを排除して金の話ができる、なかなか便利な仕掛けでもあった。
小さな満足を覚えたところで、改めて前に立って眺めてみる。
ピラミッドの組体操に励む黄金の鳥たちを。
任官当初はなんともいえぬ罪悪感を覚えたものだ。見詰めることにすら怯みを思えた。
だがこうしてオブジェにしてしまえば、なんだか親しみと小さな愛おしさを覚えなくも無い。
何せひよ○にして鳩サブ○ー、もともとの造形がなかなか愛らしいのである。
やがて小隊長たちに半分ほど持ってかれたところで、オブジェの配置を組み直してふと気づく。
同じように見える小鳥たちだが、その手触りに微妙な違いがあることに。
ガラスケースの角であった。鋭く尖ったものと、面取りされたかのように少々丸くなってるのと。
そりゃそうだ、使い回すよなあ。
部下からもらったもの、同僚上司から費用代わりに渡されたもの。換金しても良いところ、季節の訪れを待って改めて紙やらに包んで、次のご挨拶に持って行く。
彼(または彼女。PC意識って、いいかげん抜けないものだ)らは、どれほどの旅を重ねてきたのだろう。ガラスケースに包まれたまま。
「悪趣味ですな。アカイウスの留守をよいことに結構なもので」
微妙に違うバージョンの悪態をつく男の報告は、背で聞いた。
部下に背中を向けオブジェをいじりながら報告を受けるって、ちょっと権力者っぽい絵面じゃありません? ポーズぐらいは一度やってみてもいいじゃないかと思ったのだが、なるほどこんな悪ふざけの最中アカイウスに背を向けるのは危うきに過ぎる。
「まるで足りてませんよ、厚かましさが。精進されることです」
「そこまで言うなら、持ってくついでに代わってみるか?」
黄金の鳥を愛でるその後ろ姿、確かに似合っていた。くっそ。
だがじっと見詰めることもなかろうとは思う。いつだって金詰りの検非違使庁とはいうものの。
いや、ティムルもこれで一端の貴族である。金の魔力に魅入られるということはないだろう。これはやはり愛らしさに心打たれたものかと思いきや。
「新しいのと古いのがありますね」
そこはさすが、細部の違いに気づいてこその探偵である。
……と、そこで終わるようでは傍観者。本物は遠慮なく追及を始めるのであった。
「ちょっと並び替えるから手伝ってくれ、ヒロさん」
こうなると貫禄負けは否めないわけで、歳に見合った下働きに励んだところ。
「やっぱり、何か違いやしねえか?」
古いのと新しいのと、それぞれ固めて並べてみるとはっきりした。
角の鋭いケースに収まっている鳥は、より強い輝きを放っている。
そりゃ新しいからだろうと思っていたが、考えてみればおかしな話で。
「混ぜ物の比率が違うのだろうね。精査しないと分からないが」
並び替えるあたりから入って来て、何をやっているのかと半ば呆れつつ眺めていたイーサンも意図に気づいて口を挟んだ。
「分かりますよ。金の比率が低いほど輝いてんだ。キンピカに見えるようにね。悪人の発想なんざいつだって同じさ」
ガラスケースの封印が解かれた痕跡は見当たらない。
ということは、流通に置かれて後に金地金をくすね取ったヤツはいないわけで。
「それなら構わないだろう? 最後には自分のところで買い戻すことを予定しているんだから」
100万円での下取りを常に約束しつつ、105万円で売るようなもの。
手数料商売であるからには、ブツの品質は問題にならない。
「いけませんよ中隊長どの。違う品質の物を同一品と称して同じ値段で売ってんなら、こりゃ価値を偽る行為だ。詐欺にあたる」
んーそれ、厳しくないか?
消費者周りの法制が存在する社会ならともかく……いや、どうだ?
「待ちたまえ。芸術品の扱いならば価値は常に変動する。宝飾品の扱いならば地金相場に応じて値が変わることも当然予定されている……いや、全て含めて同一価格での販売と下取りを保証しているなら、やはり品質の安定は必要か?」
ええと、パチンコ屋のボールペンと似たような存在だったよなこれ。
本来流通を予定していない……けど、あれ? 現実には流通が行われている?
「デクスター小隊長どの、こいつらの業態を保護するためでもあるんですよ。こんなせこい真似許したら庶民から強い反発を買い、商売相手の貴族からも下賎と見限られるでしょうが」
誰も飾りはしないけど、いちおうは宝飾品と扱われるだけの価値があるから回っていると。その事実はなおざりにできない。
「だが中隊長どのの言うことも間違っちゃいませんか。買戻しが、価値が保証されてるブツである以上、わざわざ挙げるほどの罪でもねえわな。出向いて注意でもしておきますよ。全く、年の瀬で忙しいってのに手間かけさせやがる」
ま、役人の権限とか、そっち方面がガチガチに定められてる社会でもありませんしね。
ガチガチの社会だって、疑わしきには行政指導に税務調査、品質検査のお役人サマがやって来るわけですし。
「忙しいと言いながら仕事を作る、これは僕らの通弊だね」
新旧それぞれを両の手に取って見比べていたイーサンが――ティムルは胡乱げに見上げていたが、これで彼の腕力は相当なものなのだ――小さなため息を漏らしていた。
「こうしてみると、愛嬌ある顔をしている。デザインは悪くないだけに残念だ」
改めて、ひとつを両手で掲げてみた(無理はしません。虚栄に興味はないもので)。
なるほど泣いている、ような気もした。黄金のひ○子、そのルビーの眼が。
ん? ルビー?
「ルビーの涙を零す金糸雀?」
背中から立ち昇る妙な気配。
これをこそ闘気と言うのだろうと。
「別件で引っ張れますな。あのアバズレ、素直に教えりゃ良いものを半日おしゃべりしくさって!」
最高の感謝を込めた敬称を捨て台詞に、大の男が勇躍飛び出して行った。
しかしこれで一件落着と行かないのが、王都なのである。
何も怖くないはずのレディ・ドミナ・メルにして、半日人物を見定めた上でほのめかしを用いずにはいられなかった、そこには当然理由がある。
「迂闊でした。役人の贈答なんて商売に食い込める層と言えば、限られてますわな」
王室関係であるとのこと。
だからこそ貴族はそこを通じて物を買い、手数料を納める……は言い過ぎか。手数料を寄付する(?)のだ。王室の虚栄もとい、うるおいに一助を添えるべく。
「ざっくり言ってプリンセスと名の付く皆さまなら、どなたであれいっちょ噛みしてました」
経営に関与している方から、出資だけしている方。果ては(長い名前はついているが平たく言えば)「王族年金・女性の部」の運用先でもあったため、年金を受けているプリンセスならみな関係者とすら言えるありさま。
そこから先に調査を進めるのは大変な困難を伴う。ヘタに突ついてシステム自体を潰してしまえば……
(後宮を敵に回して浮かぶ瀬があるとでも?)
「ペンディングだな。こりゃ年越しだ」
「近衛兵が、あんたの部下が殺られてんだぜ? その絵、気に入ってんでしょう?」
どいつもこいつも毎度痛いところを突いてくるが、負けてはいられない。
こちらからもクチバシを叩き込ませてもらう。
「折衝できるだけの材料揃えて持って来いつってんだよ! ガチガチに固めてやっと切り出せるのに、絞り込みすらできてないじゃ話にならない!」
鳥とは縄張りにうるさい生き物である。
こればかりは三歩で忘れることなどない、安心してもらいたいものだ。




