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第三百六十一話 ゴキゲン斜めな女たち その1


 声の出処は御簾のむこう、遠いところにあった。

 直接にお声がけがあること自体が破格と言えばそれまでだが。

 馬上に鞭を振るう姿を知る身としては、小さな驚きと寂しさを覚えなくも無い。


 ラティファ・ウマイヤ嬢あらため妃殿下。

 女性は結婚すると性格が変わる、ものだろうか。


 「煽り倒したのが功を奏したものでしょう」


 ……そんなわきゃないのである。


 「ヒロさんには、そういう単純さが昔から無かった」

 

 荒々しくも率直、一瞬の戦機に輝き、そして散る。それが騎兵。

 

 「だからどうしても男には見えなかったんです、けれど」


 結婚してから妖しいこと言ってからかうの、やめていただけません?

 人妻ゆゑに我恋ひめやも……なんて、私の立場ではシャレになりませんので。


 「先の処分の件、また郎党頭への同行をお許しいただいた件。御礼申し上げます」 


 ヴィル・ファン・デールゼンの話である。

 帯刀先生たちはきせんじょう、王長子殿下がお住まいになっている雅院の警備隊長だが。

 この秋その任に就いたヴィル少年、やらかしてくれた。




 ヴィルの位階は正六位上。陪臣としては最高のスタートだが、六位では聖上陛下へのお目通りは適わない。

 そういう時の千早メソッド――ご出御のあったその場所に、なぜか少年が居合わせて、偶然お目に止まるもの――と、これは決まっているのでありまして。

 

 そして雅院への行幸、その指揮にあたるはわれ近衛中隊長。

 先触れとして、小隊長(侍従)から同・衛門へと転任して日の浅い、式部卿の孫アベルを雅院に派遣したところが。返報が無い。

 

 「秋の夜と申さば、あしびきの山鳥のしだり尾……とか。まだまだ時間はありますが」

 「あしびきの八ツ峰の雉も鳴くらむ……朝になってしまいますよ」


 間を持たせるのも限界だと思っていたところに、やっと戻って来たアベルは青タンをこさえていた。

 甦る記憶、エドワードの青あざ。極東で殴り合った直後にアルバ伯爵をお迎えしたものだが。

 仕切る側からすると、なんだその。共感性羞恥って、こういう時に使う言葉なんだろうなと。


 「気が急くあまり落馬しました。遅参をお詫び申し上げます」


 この場にある大人全員が同じことを思う。「俺が14でもそう言う他に無いわな」と。

 そして次に思う。「雅院所属の暴れ馬、ねえ?」

 すぐに含み笑いへと顔が変わる。「ああ、そういや今日はお目見えか」


 なお、帯刀先生ヴィル・ファン・デールゼン少年だが。中庭で塚原先生に稽古をつけてもらっているところを、陛下が偶然通りかかるという栄誉に恵まれた。

 なるほどそれなら完全武装していても不自然ではない。

 稽古で装束が破れでもしたら(・・・)大変ですもの、ね?


 貴族のおとなたちは、若者のこうした粗忽に対して鷹揚である。

 裏返せば、その世代を過ぎた者への当たりがキツイ。


 「さて、アベルの上司は?」

 「ヴィルを捩じ込んだ者にも話を聞きたいところだが」

 

 さんざん絞られ冷や汗をかかされては、不問とするわけにもいかず。

 同い年のふたりを並べて話を聞くに。

 

 「門前にて下馬せんとしたところを引きずり下ろされました」

 「雅院に馬で乗り付けるとは不遜の極み」


 年の割りに小柄なふたりだが、利かん気は強いようだ。

 王国の未来は明るい。


 「浅葱の分際で勅使を遮るとは」

 「雅院の衛戍において、位階何事かあらん。職責を全うせしのみ」

 

 話が大きくなってきた時は、言わせておくに限る。

 どうせそのうちネタが尽きる。


 「馴染み無き輩ゆえ、見咎めたまでのことです」

 「敵意を感じたならまず馬から落とせ、話を聞くのはその後だ……騎兵の常識です」


 やっと正直な供述が始まった。つまるところ、「ああん?」「おおん?」案件である。

 そうなってしまえば、式部閥のトワ官僚では分が悪い。ウマイヤ騎兵の衣裳を引き裂いただけでも立派なもの、ではあるけれど。

 

 「一家の総領ならわかるだろう? どっちもどっち……それ以外、私に言い様があるか?」


 眼前の闘争に嬌声を挙げるメル家の女官、伝聞に笑みを浮かべる行幸の高官……とは話が違う。

 「いいぞもっとやれ」と煽るわけにもいかないのが上司、責任者のつらいところである。

 

 「ヴィルはしばらく内勤に努めること。自分で尻拭いしたアベルは不問とする」 


 ヴィルとケンカしました……では、「カッコ悪い」のでありまして。

 そこを「落馬であります」と、まあ。最低限の仕事だが、そう言い抜けてくれたのだから。


 これで貴族生活7年である。上を眺めて学び取り、妥当な処分を下したものと。

 近衛中隊長就任直後の俺はひとり得意に鼻をうごめかしていたのだが。


 ラティファ妃殿下ではないが、男とは単純であるべきものらしい。

 旬日の後、雅院にて第二ラウンドが発生した。


 「なぜ俺ばかりが懲罰を。片手落ちです」

 「ボコボコにされたままでは引き下がれません」


 再び衣裳を引き裂かれた少年と、青あざだらけの少年を前にして思う。

 俺の裁定はどこが間違っていたのかと。


 (もっと単純で良かったんじゃない?)

 

 アリエルのその言葉に珍しく意気投合した朝倉とネヴィルによれば。

 まずは腹立ち紛れにぶん殴っておくのが正解で、裁定はその後だと。

 いやしかし、メル家でもそこまでのことは……。


 (栄光のアレクサンドル・メル閣下だよ? ヒロ君の参考になるとでも?)


 貫禄不足。ゆえに「甘え」を許してしまったと。

 就任直後には理解できなかったところであった。

 戦争が起きて、初めて身につまされ危機感を覚える……俺も大概軍人が板に付き、図太くなったものらしい。


 (知らないのは仕方無いけど、反省は必要だぞ。開き直っても良いことないぞ) 


 では改めて双方をぶんなぐる……にはしかし、時期を失していた。

 とりあえずヴィルは雅院にて謹慎処分。逆にアベルは外勤詰め、王宮警備のシフトから外したところで。

 今まで交流の無かった方からお手紙をいただいた。使者を通じて。


 「子どものケンカに親が出るんじゃ、恥ずかしいですから」 

 「そもそもアベルには父親がおりませんので」


 サヴィニヤン氏の言葉からも明らかなように、「子どものケンカに親が出る」の「親」とは、王国においては父親……いやつまるところ「家」なのであろう。

 だから代わりに庶兄のクラース・ファン・デールゼン氏も手紙を届けに来た模様。

 

 「ヴィルいえ若と、そちらのアベル君と。双方の兄貴分であるヒロさんのところでうまく裁定してくれと」

 「クラースさんでしたか、あなたもご父君に頼まれたのですね?」


 しかし実のところ、親とは父親ばかりではない。

 手紙の主は母君様であった。


 「大戦以来、仕官にいたるまで。夫がお世話になりましたこと感謝申し上げます。ファン・デールゼン分家のご当主とも親しくお付き合いいただいているとのこと、これからも是非、変わらぬお付き合いを。改めて、驍騎将軍閣下を通じてご挨拶申し上げる機会を心待ちにしております」

 (分家のクラースと仲良くやってんだから、本家のヴィルの後押しもしてくれますよねえ? シーリーン閣下のご出馬を仰いでも良いんですか?)


 「アベルへの懇切なるご指導、軍務に就いておいでとは言えさすがは式部に縁の深いカレワラ家と、当家一同ゆかしく存じております。私は家を離れられぬ身、いつか改めて義父を通じてお礼を申し上げたく存じます」

 (軍人でもウマイヤは地方貴族、我らとカレワラはおなじ式部閥、ですよね? 私が他に頼れる人と言えば義父の式部卿以外には……)


 シーリーン閣下に式部卿。立ち位置だけを言うならば、カレワラ当主とそうは違いもないけれど。

 片や王室、片や年長の上司と来ては……仲裁役として、俺では重みが足りないのでありまして。

 そうして問題をもてあませば、「部下の管理に不行届きあり」である。

 勝手にケンカしておいて、理不尽だよなあ。

 

 「本家の奥方は、親父が必死に押し留めてます」

 「実家に顔を出し、アベルの母君と話をしてきました。いえ、もちろん御簾越しですが」



 大戦で戦死したアントニオ・サッケーリの継母について、「義母上の呼称も許さない」と怒りをぶつけていたクラースだが、自分の義母は「本家の奥方」呼ばわりで。

 当時は気づきもしなかったけれど、それもむべなるかな。ファン・デールゼン氏の奥方は、クラースよりも年下であった。

 「意地悪な継母」と聞くと白雪姫あたりを想像してしまう、これぞ思考の罠……は、ともかく。

 

 そういうことでは、クラースを家に留めたまま抑えることも難しかっただろう。

 彼の素養を見抜き決然と遠ざけたあたり、ファン・デールゼン家にとっては良妻賢母で間違いない。手紙の端々から溢れ出す騎兵チンピラ気質からもつくづく見て取れるところ。

 

 一方のサヴィニヤン。

 王国における性のタブー「丼」と、恋心と。その板ばさみにいまなお揺れているらしい。


 実は玄人談義でも話に出ていた。

 近衛将曹――大道芸に巧みな宮廷道化――に、教えを乞うたことがあると。


 「玄人はだし、だがどうにも締まらない方でした。さきほど来の話ではありませんが、視線を意識してはいる……ようなのですがね」


 公達相手ということで、路上ではなくスタジオを借りて教授したらしい。

 そのゆえに、持ち主の将監からも証言があった。


 「あれは後ろから見る……背中で見せる芸ですよ。片隅にいた私のほうが良い思いをした」


 「聞いたことが無い! お貴族の考えることはワケ分からん!」


 「陣頭に立ち、兵を鼓舞する芸じゃないか?」


 ……どうか誤解していてくれ、将曹もマグナムも。



 「あの方については、よく心得ています。アベルが一方的に顔をつぶされるので無い限り、ことを荒立てることなどありえません」

 「助かるぜ、サヴィニヤンさん……ヴィル、いや若も焦ること無いのにな。我らウマイヤ騎兵、相手をボコしたなら面子は立つんだから。奥方はいろいろ言ってくるだろうが、謹慎で構わないぜヒロさん」


 アベル君には悪いけどなと、笑顔を浮かべるクラースだが。

 義弟が自分の存在に焦っていることぐらいは理解していた。


 実際、ラティファ・ウマイヤ……もとい、雅院に入内直後のラティファ妃殿下なども、挨拶代わりに散々誉めそやしたとのこと。


 「あなたの庶兄、クラースとは大戦で行を共にしました。監視の目を掻い潜り兵をかき集め大戦に殴り込むや、順当に手柄を挙げ姉の目に止まり騎兵小隊を任せられ、ついに分家まで許された。その機敏、まさしくウマイヤ騎兵の範」


 聞かされたヴィル少年、案の定。謹慎の身から出奔した。

 商都でロシウ・チェンが騎兵を求めていると聞きつけて。


 そう、早耳は騎兵の持ち味であるからして。

 こちらは正式な依頼に基づき派遣されたアカイウス、何言われる前から「ついでにお守りもして参ります」




 そして時は今。ところは雅院、メル家の牙城。

 窮屈な思いをしているラティファ妃殿下、舎弟の爽快事にご機嫌うるわしく。

 ギブ&テイクを理解している軍人貴族ならではのお言葉、ありがたく拝受すべきところだが。

 今日はフィリアに用があって来ているので。あまり足止めされても……。


 「第三極としては、存在をアピールする必要もありますもので」


 くつくつと、どこで覚えたか忍び笑いに送られたところへ。


 「妃殿下とあまり親しげになさるのは不謹慎ではありませぬか、中隊長殿」


 もうひとつの極から、改めて足止めを食らった次第。

 どうやらご機嫌うるわしからず。


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