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第三百五十八話 玄人(プロ)の一家言



 「さすがは王長子殿下のお側仕えと申し上げるべきでしょうか。素人芸とはとても思えません」


 将監しはんの賛辞にも故はある。

 ぱっつんぱっつんもっこり白タイツなど、素人ダンサーに履きこなせるものではない。

 白タイツは名誉の証、異論は……認めざるを得ない。


 などと負け惜しみを飲み込んで、和やかに声を交わす人の輪の中。

 

 「素人芸と師範せんせいがた、何が違うんだろうな」


 腕組みしていた中年男、やおら顔を上げ。そしてぽつりとつぶやいた。


 「長年武術を続けてきたが、たまに分からなくなるんですよ。例えばそれこそ塚原先生……いや、お弟子のシンノスケ。駆け出しでも『玄人』側でしょう? だがどっこいの腕をお持ちでも、中隊長殿は『素人』だ」

 

 同じくどっこいの自分を棚に上げるあたりが、意地張って何ぼの軍人貴族だが。

 

 「厳しいですなあ」 


 「間違いが起きてなければ道場開いてたはずのお人ですから」


 答えた師範、ティムルとは同世代だ。

 ともに近衛府入りを果たせず、左京の花街かがいでクダ巻いて。

  

 (気に食わないことがあっても、十年、二十年。生きてりゃ転機は訪れるのかもね。辛抱足りなかったんじゃない、ネヴィル?)


 シスターピンクこと花子。

 十代半ばの女子らしい軽やかで正直なひと言は、時としてひどく残酷で。


 (後悔はしてない……そう思うのは負け惜しみか、花子?)

 (そうね、あたしも辛抱足りてなかったのかな花子)

 (生き延びて帰って、まつがいなかったら……後悔って、何選んでも残るのかも知れないぞ花子)

 (変わりゃしねえよ花子。ティムル見てれば分かるだろ? 道場主になったところで)


 縄張り内のトラブルに付き合って駆けずり回る日々ですわね、間違いない。


 (悪かったって。でも本名はやめろ。マジやめろ。ジロウも無理に声真似するな!)



 「悪かったな、間違いで近衛府入りして。良いからほら、てめえらと俺の違いを言ってみろよ」

  

 年末にマージャン用語で世相を斬れれば玄人プロ……いえ、何でもありません。ふざけてられる雰囲気じゃないな。

 ティムルのやつ、いい大人が何をそんなムキになってんだか。

 

 (それだけ刀術が好きだったんだろうぜ。諦めた己が負け犬みたいに思えたんじゃねえの? あんな舞を見せつけられたら……もう十年励んでいれば、道は違えど俺もああなれたはずだって。腹や背中をそっとつまみながら)


 朝倉よ、お前も大概イヤなヤツだな。

 

 (師範の模範演舞が引き出したんだよ。今日ばかりは(・・・・・・)真に迫っていた、感じ取れただろう?)


 出来の悪い教え子、鈍牛の俺に見せるためじゃなく。

 いい大人にも飲み下しきれない澱はある。何を選んでも後悔は残る……そういうもの、か。

 


 「より上を、限りない高みを求める姿勢では?」

 

 少しばかり刺々しい雰囲気。

 鎮火の必要があるかと、そこはみな同じことを考えたのだが。

 爆破消火とはたまげたなあ。


 口を開いたフリオ・カビオラ君のあるじ、プリンセス・イサベルにはその姿勢がない。

 どれほど上手くとも、ガツガツと進境を求めることのない彼女はアマチュアだと。


 なお、フリオ君はその態度をこそ称賛している。

 「教養」の範疇に収めてこその貴族、アマチュアリズムというヤツで。

 「際限無き貪欲」をここまで綺麗に言い換える、都のお人はこわいわぁ。

 そこをあるじが嗜めるまでが、一連のテンプレなんですけどね。

 

 「やはり技でしょうか。常人では成し遂げられない域に達してこそ、プロフェッショナル」


 イサベルの提言には裏はない……で、いいんだよね?

 ともかく。そう、これをプロ野球に喩えるなら。

 どこまでも飛んでゆくホームラン、160km/hのストレート……だろうか。


 「議論のためには対案が要るな。技の対極として……あえて量と提案することをお許しください、プリンセス」


 セクシーマグナムは、ゴリゴリの勉強家でもある。

 感性――論理の軸で言えば、最左翼にあるエドワードの対極的存在だ。


 「例えば、家庭の主婦にも料理上手はいるだろう? 栄養から味、彩りまで満点だが、それだけでは店を出せない。何十kgの単位で食材を仕入れ、寸胴鍋を抱え上げ、最高級でなくとも毎日同じメニューを出し続ける。それがプロの料理人……という見方も成立すると思うぜ?」


 年間百何十試合をこなすプロ野球選手。

 恐るべきことに15日間連続、年に均せばなんと4日に一度は激突している大相撲。


 しかし言い出しっぺが武装警察、引き継いだのが若手軍人では。

 発想が体育会系の、それもアマチュアに偏りすぎていたかもしれない。


 この場の多数派は芸術系、それも師範プロ

 で、あるだけに。皆さん少しく違った視線をお持ちであった。


 「いわゆる『仕事』と、それ以外……公演と稽古の違いならば、観客の目を意識するかどうかでは? 我ら舞人、『姿勢を正しく』と常々意識も指導もしておりますが、舞台に立つ時はあえて心持ち顎を上げます。すり鉢状の観客席、貴賓席の皆さまに表情まで見ていただくため」


 「私ども大道芸人は、やや下からの目線を意識しておりますなあ。木箱の上に立ち、見上げる子供たちを喜ばせる」

 

 「するとつまり、客の期待・要望に応ずるのがプロということになりますか」


 エースと四番は勝負しろ、か。興業で敬遠は興醒めだと。


 「それが一番難しい。『客筋を見極めてこそ玄人よ』などと偉そうに嘯いてはおりますが、狙って当たることなどまずありません。小劇のテーマなど、ことに考え物で……やぶれかぶれでぶち上げた『う○こ男爵の大冒険』、まさか受けるとは思っていなかった。子供たちにそれはもう、十重二十重と囲まれました」


 まさにヤケクソってやかましい。

 下ネタは控えたまえ、従六位下近衛将曹。


 「ところがお母様方の受けは最悪、つまりおあしに繋がらず。代わりにあしもとから渡されたのが飴玉ひとつ! 坊やが精一杯手を伸ばしてくれましてね。苦しかった時だけに、あの味は忘れられません」


 笑いが起こる中、イサベルひとりが醒めた顔を見せていた。

 下ネタに対する無言の意志表明か……と思いきや、これがなかなか。

 プリンセスらしからぬ踏み込みを披露してくれた。


 「芸を以て立つ、生活を成り立たせてこそプロですか。ならばクロード先生でしょう。父と違って」

 

 クロード氏。近衛府所属の絵画師範、王室の裔にあたるお人で。

 似た境遇のナシメント氏(裔よりは幹に近いが)とは同世代でもあるらしい。

 片や「売り込み」の才が無い、どころか、その発想からして皆無であるのに引き換えて。片や商売上手で生活には苦労しなかったとのこと。

 どうやらクロード氏、プリンセス・イサベルの人格形成にひと役買った人物らしい。


 「お、スケッチブックですか? ひとつ拝見」


 手癖の悪い(?)道化師が、取り上げ掲げてパラパラと。

 

 「牛の絵が得意なのかい?」


 武術はからきしダメなくせに、動体視力は悪くないらしい。

 シメイもそこは立花と言うべきか。


 恥ずかしげに首の後ろを掻くクロード氏を除け者に、皆で覗き込んでみたところ。

 写実からは少し離れているけれど。まるまる太って毛並み良く、「これぞ牛」と言わんばかりのデッサンが並んでいた。

 あるいは老人と並んで立ち、またあるいは三頭がそれぞれ広い背に子供を乗せて歩み。丘の上で腹ばいになり、麓の炊煙に目をしばたたかせ。 


 「良い絵だなあ」


 (そうかな? あざとくない? マグナムって、素材は最高なのに服のセンスとか着られりゃ良いってタイプだし、ちょっと雑だよね)

 (いかがなものかと思わなくもない)

 (許してやってくれ、ネヴィル。検非違使大尉と近衛将監、地位のあるいい大人でもあんだけバチバチやりあうんだ。まして「同じ道」とくりゃ……)

 (あのね、ヒロ。そこでアホ面さらしてる場合じゃないでしょ? 近衛府所属(・・・・・)の師範なのよ)


 「私も一枚、お願いできるかい? テーマは、そうだなあ」


 最初に思いついたのは、ウッドメルの野で繰り広げられた最終決戦。

 まさに火蓋と切って落とされたミーディエ辺境伯が火牛の計。

 

 ではあるが。

 こちらの師範が描く牛はなんだその、「雄牛」・「暴れ牛」・「闘牛」……って、そういうアドレナリンどばどばなタイプじゃないんですよね。戦争画を頼みにくいって言いますか。

 ああ、それならば。

 

 「『祭祀の牛』で。まるまる太って飾り立てられ……そして祭壇に曳かれゆく」


 「オサム伯父の受け売りじゃないか、ヒロ君」

 

 いぶかしげな顔を浮かべた画人が、ぶっと噴き出したと思いきや。


 「あはははははは! いえ、失礼を。しかし、はははは、あーおかしい」


 涙まで溢し、天を仰いでいた。

 どこかで見たような気がして、小さな不安を覚えたけれど。

 

 「舞を学びにおいでになって、絵を注文される。これは小官にもご下命あるものと……わが技前を信用ならぬと仰せであれば、日ごろの嗜みご覧に入れます」


 つぎつぎ繰り出される道化のお道化、また貴族諸子のそこはソツなき畳み掛けに。

 突っ込むだけ野暮なんだろうと、流されておくほか手もなかった。



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