第二十九話 天真会 その4
「ヒロさん、死霊術師って、何ができるの?」
マリーに尋ねられた。
「僕も気になります!」
ユウも食いついてきた。当たり前か。
「言われてみれば……何ができるか、あんまり考えたことがなかったなあ。」
「ヒロさんはのんきなんだね。学園を卒業したら、就職でしょう?それもエリートなのに、何ができるか分からないなんて。」
「アイタタタタ。しっかりしてるなあ、マリーは。そうだなあ……まずは……。軍人にはなりやすいと思う。たとえば幽霊を2人連れていたら、3対1で戦えるわけだし。」
「『はぐれ大足』を退治したみたいに?」
ユウが目を輝かせる。
「そうだね。それと……警察もいいかも。事件があった時、幽霊に犯人を聞くんだ。」
ウッドメル家のヤンの話はしていないが、すぐに思いつくのはこの辺りだろう。
「災害救助もできるかもね。幽霊に、建物の隙間の中に入ってもらうとか。他に何かあるかなあ……。」
「締め切り間近の修羅場で、人手が借りられるってのは最高じゃない!」
同人作家・シスターピンクの魂の叫びが聞こえてきた。
「事務仕事とか書類仕事もさ、人手があると捗るよね。お役人にもなれるかも。」
ピンクさん、アイディアを翻訳させていただきました。
「死霊術師は、人手を持っているってことなんですね。それなら何でもできますね。たくさんお仕事できて、たくさんお金が稼げて。……千早姉さんは、力が強いから一日に大金貨を何枚も稼げるって。浄霊師は、田舎の村では絶対に必要な仕事だから、食べていけないってことはないらしいし。ヴァガン兄さんは、子供みたいな人だけど、それでもお金には困っていない。」
マリーが苦しげに声を振り絞る。
「良かったね、ユウ。死霊術師は何でもできるよ。一番つぶしが利くかもしれない。」
ヒロさん。
そう言って、マリーが、再び俺を見た。
「『身寄りの無い者は、自ら世に根を張って生きていかないといけない』って言うけど。でも、私には張れる根っこがないんです。」
「マリー。俺もその言葉を千早から教わったけどさ、『根っこ』ってのは異能とか、そういうことじゃないぞ。人間同士のつながり、交流、お付き合いのことだ。そういう『場』に出て行って、そういう『流れ』に乗って。あるいは『場』や『流れ』を自分で作っていく。それが天真会の考え方だろう?」
「それは理屈だよ、ヒロさん。異能があるから、身寄りとかの信用があるから、『つながろう』って人がいるんだと思うの。」
「俺はそれだけじゃないと思う。さっき、『輪廻の輪に還っていった友達がいた』って言ったよね。そいつはさ、両親を早くに亡くしたんだけど、引き取られた先で一生懸命働いて、信用を勝ち取ったんだ。異能がないどころか、普通の仕事の能力も冴えないヤツだったらしいけど、とにかく堅実第一で頑張って。それで商人として独立するところまで行ったんだ。」
「口」の字型の、中庭を見回す。みんなの姿を、再確認する。
「俺が今日、ここに呼ばれた理由もさ、死霊術師だからじゃないだろう?千早やヴァガンの友達として認められたからだ。流れを作ったのか流れに乗ったのか、そこはよく分からないけれど、このつながりは異能のおかげじゃない。」
見てみろよ。
「マリーだって異能がなくても、天真会のみんなとつながっているじゃないか。まだ子供なんだから、焦らなくていいんだ。だんだんとつながりが増えてくる。今日だって早速、俺と友達になっただろ?フィリアとだって友達になれる。天真会の中で頑張って仕事をすれば、外の人との付き合いも出てくる。そうやって少しずつ、なんだ。そこは異能者も普通の人も変わらないんだよ。」
ユウが、下を向いてつぶやいた。
「僕は普通の人が羨ましい。死霊術師って、ばれたら石を投げられたり追われたり、どんな目に遭うか分からないんだ。」
「そうだよな。俺やユウは、周りの理解があって、すごくラッキーだよな。……知り合いの死霊術師は、街を追われて山に逃げ込まざるを得なかったって言ってた。逆にヴァガンは山から狩り出されたようなものだし。千早だってさ、『メスゴリラ』扱いだぞ?異能者も異能者なりに、悩みがあるんだよ。」
「なんかだまされてるような気がします。やっぱり異能はある方が得だと思う。だけど、そうですね。異能があっても、シンタみたいにおバカだったりユウみたいにビビリだったり。そんなのよりは私の方が役に立てます。生きる道はありますね。目指すはロータス姐さん、天真会の女帝です!」
お悩み解決のお手伝いができたのはいいけれど。
俺はとんでもないものを誕生させてしまったのかもしれない。
女帝を目指すことに決めたマリー、フィリアに話を聞きに行く。
いいセンスだ。
夜。
早めの夕食を済ませ、子供たちを寝かせた後のこと。
フィリアが、アランとロータスに疑問をぶつけた。
「天真会新都支部は、異能者と一般人については、『融和』を目指していると捉えて良いのでしょうか?」
「新都支部は、融和路線です。極東総本部としても、融和路線を目指しているつもりです。」
アランの声は、硬かった。
答え方には気をつけなければいけない。
相手は大メル家の幹部なのだから。
「異能者は少数派。融和を目指さないわけにはいかないでしょう?特に尖った異能持ちは。ヒロ君には分かってもらえるわよね?」
ロータスの声は、棘を含むもの。
その刺々しさに、ひとつの疑問が呼び覚まされた。
「一般人による異能者排斥、反発する異能者側の組織化・先鋭化、そういう動きがあるのですか!?」
「さすがに鋭い。征北将軍閣下が身元保証を申し出るだけのことはありますね。」
買い被りです、アランさん。
日本じゃよくあるんですよ。創作もので。
「排斥したくなる気持ちは分かる。自分でもどうかと思う異能ですもの。でも、気持ち悪がられて、排斥されれば、反発したくもなる。それもよく分かるわ。」
ロータスの言葉には、重い実感が籠もっていた。
「だからこそ、ここで受け入れて、普通の子供たちと一緒に生活させて。そして、天真会への理解を通じて、社会へと溶け込んでいく。異能者だって人間です。人間として、受け入れる。あるものを、そのままに受け入れる。天真会の教義です。」
アランの声に、力が入る。
力強く、理想を語る。
「ただ、ね。異能があるなら、異能があるという事実を、あるがままに受け入れる。違いがあるなら、違いをそのままに、真正面から受け入れる。一般人とは違うんだ、って考えていく。それが天真会の教義だ、って解釈も成り立ちうるの。支部によっては、そう言って、異能者の互助組織みたいになっているところもある。」
ロータスの声は、静かなもの。
冷たく、現実を語る。
「それでもね、天真会に属しているなら、まだいいの。お互いに理解しあっているし、牽制も自制もできる。」
「野生の異能者、見えない組織。問題となるのはその動向、ということですか?ロータスさん。」
フィリアが問題を整理しにかかる。
「老師があちこち旅をするのは、修行もあるけど、調査の目的もあるの。アランもしょっちゅう外回りをしてる。」
そう説明したロータスが、千早を真っ直ぐに見据えた。
「こないだの実習は、千早にとっては初めての外回りでもあったの。『クマロイ村にて発見された死霊術師と同行。山の民の中に死霊術師を発見。共に危険性皆無。』そういう事実を探り当て、報告したことで、天真会内部での評価がまた上がったのよ。」
「某は、そのようなつもりでは!」
アランが、千早をなだめにかかった。
「ええ、分かっています、千早。あなたはそれでいい。そのままに受け入れ、思うままに行動してください。政治的判断は、私たちがしていきます。」
「アラン、いつまでも子ども扱いをすべきではないわ。現にフィリアさんは、すでに政治問題を意識している。はっきりさせておくわね、千早。今後のあなたには、アイドルとしての働きが求められるの。天真会・異能者と一般社会を結び付ける仕事。アルバイトを許したのも、そういう理由がある。現にもう、工事現場のアイドルでしょう?2週間に1回、どこの現場に現れるか分からない美少女。」
それは間違いないところだ。これだけの美少女が、威勢のいい啖呵を切りながら、工事の一番難しい工程を請け負ってくれる。アイドルにならないわけがない。
「言わなければなりませんか。もう、そういう年ですね。いつまでもかわいい妹扱いではいけなかったかもしれません。」
アランがため息をついた。
「実は、征北将軍閣下からも、いや、新都執金吾としてですね、情報をいただきました。公安部門が千早に注目し始めたそうです。『事あれば』、千早の動員力は1,000の単位に及ぶから、と。危険視はされていないそうですが。『天真会を信じてはいるが、勢いというものは恐ろしい。千早に何かあれば、フィリアも私も悲しむ。くれぐれも慎重に頼む』と、そう言われました。」
千早は、それほどの存在なのか。
一騎当千の腕力を持ちつつ、千をもって数える動員力を持つ。
ひとかどの英雄じゃないか。
「千早、逃げることも覚えてください。担がれてはいけません。学園でも良い、天真会でも良い。メル家でも良い。勢いに飲まれそうになったら、逃げ込みなさい。これは新都支部長からの命令です。」
そう言ったアランの糸目が、一瞬こちらを見る。
俺にストッパー役を頼んでいるのか。
うなずき返すと、アランの顔が少し柔らかくなった。
「肝に銘じまする。」
千早の声も、緊張していた。
メル家を信頼して打ち明け話をした、天真会。
信頼の見返りを求めるのは当然であって。
ロータスが、踏み込んだ。
「私からも質問させて、フィリアさん。メル家は、政庁は、異能者を排斥するつもりはないのね?」
「私も、義兄も、異能者です。メル家にも政庁にも、異能者は数多く存在します。排斥の動きはもちろん、その気運も全くありません。」
「その『異能者』は、浄霊師と説法師だけではないのね?」
「義兄は、ヒロさんの身元保証を引き受けました。その事実が証明しているかと。姉、ソフィア・P・ド・ラ・メルは、私とヒロさんと千早さんの交友関係を認めています。むしろ、姉に励まされました。」
「そう、それならばひと安心かしら。……後は、聖神教ね。いまの新都教区の司教さんは、異能者が好きじゃないから。浄霊師と説法師以外は認めないという気分をお持ちでしょう?」
「正直に申し上げれば、主神以外の『神』、すなわち聖神教でいう『精霊、悪魔、使徒……』。そういったものの加護を受けている人を、異端的なものとして見ていく傾向はあります。ただ、新都教区の上にある、極東大司教区を統括している枢機卿は、そういった人を含めて異能者差別を是としません。それも確かです。」
「まあ、いざとなれば篭絡しちゃえばいいか、あの司教さまを。……食指が動かないから、最後の手段にしたいけど。」
安心したか、ロータスが冗談を口にした。
冗談だよな?
「聖神教徒としては、控えていただきたいところです。」
フィリアも、笑っている。
「どうやら、当座は安心のようですね。……フィリアさん、ヒロさん、これからも千早をお願いします。」
アランが頭を下げる。
「さてと。」
そう口にして、ロータスがこちらをちらりと見る。
と、すかさず千早がその肩を掴んだ。
「姐さん、フィリア殿と某も、姐さんと同じ部屋で。」
その手に自分の手を添えて、ロータスが微笑んだ。
「いい傾向よ、千早。その調子。今日は女子会ね。ロータス姐さんの恋愛講座。アランのことも、いろいろ教えてあげるわね。そういう話ができるようになったのよね、二人とも。」
「ヒロさん、女性と付き合うとは、こういうことですよ。全てが周りに、それも身近なところに、暴露されると思っておく方が良い。」
天真会のおかげか、ロータス姐さんのおかげか。
アランは悟りを開いていた。
身内に不幸がありました関係で、数日間更新が滞るかと存じます。