表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

誤配送の未来

作者: 瀬川潮

「すでにお手紙で申し上げましたが、事件賞金稼ぎとして数々の難事件を解決した後畑様に事件を解決していただきたく、再度お願いの筆をとりました」

 そんな手紙が、後畑勇吾の元に届いた。差し出し人の高下明人という名前にまったく心当たりはない。

 手紙によると、二〇〇九年三月十五日に某山中にあり観光名所となっている湖畔で殺人事件が発生するのだという。時効まであと一年あまりしかなく、現在の懸賞金二千万円に加え五百万円を上限に必要経費を払い、さらに成功報酬として一千万円を支払うのでこの事件のみを追い掛け、解決して欲しいとのことだ。

「……事件賞金稼ぎって、何だよ」

 後畑はそう突っ込む。もっとも、本当はもっと突っ込み所は多く、呆けながらも取りあえずそこに突っ込んだという感じだが。

 何せ彼は今、大学二年生。将来、就職するか大学院に進学するかを迷っている。

 そればかりではない。

 そもそも今は、二〇〇九年二月下旬なのだ。

 なぜに、未来の事が書いてある。

 はっ、と思い立ち封筒の消印を確認すると、なんと日付は二〇一三年二月十四日。局は県内の局だが、これは差し出し人の住所が県内——しかも後畑の自宅からそう離れていない——であることから不自然なことではない。殺人事件が起きる現場というのも、同一県内の比較的有名な山間部だ。

 イタズラか、それとも現実的ではないが未来の手紙が配送ミスで過去に届いたのか。

 後畑勇吾、大学院進学を考えるだけあって頭は悪くはない。

 瞬時にこれがイタズラではないと見抜いた。

 根拠は、郵便局が消印を間違えるケースがあるかどうかはともかく中身の内容まで外の消印と同じ年代・日にち帯であること、張られた切手が二〇一二年の竣工を目指し同県沿岸部で現在工事が始まったばかりの大型の連絡橋が描かれていること、さらに八十円切手ではなく、九十円切手であることなど。もちろん偽造切手の可能性もあるが、出来があまりに良すぎた。明らかに素人仕事ではない。仮に玄人仕事だとした場合、玄人がこんな利益にも結びつかない小額の証券偽造などに手を染めるわけがなく、まさに素人丸だしの仕事といえる。

 ともかく、後畑はこれを真品と判断した。

 そして、自分は将来「事件賞金稼ぎ」として数々の難事件を解決するのかと感慨にふける。自分が有名になっていることに、思わず顔がにやける。

 繰り返すが、後畑勇吾。頭は悪くない。顔のにやけがすぐさま消えたことが、それを証明する。

 ことの重大さに気付いたのだ。

 後畑はもちろん、自分の才能を信じていたがそれは天文学分野でのこと。将来、探偵の真似事をするつもりはない。仮にしたとしても、「数々の難事件を解決」ほどか。賞金稼ぎというからには、懸賞が付くほどの難事件、つまり警察などが手をこまねく事件ばかりを追っていることになる。

 果たして、自らの志である天文分野への好奇心はどうなるか。学者と二足のわらじは到底出来まい。それに、いくらなんでも一介の学者志望が難事件を何件も解決できるものか。

——否。

 では、この手紙が真実だとして、どうして難事件を何件も解決できるのか。

 簡単な答えが、手元にあった。

 つまり、未来の事件依頼の手紙が手元に届くことにより、事件が発生する前に事前情報を得て証拠などを握り、しかも事件に懸賞金が付くまでひた隠しにしておき、懸賞金が付いてから事件を解決に導いているのだ。

 まさか、と思い苦笑したが、後畑はすぐに真顔に戻った。

——できる。

 できるのだ。

 例えば今、この差し出し人に、「事件解決のため必要だから、過去十年の重大事件を出来る限り詰めこんだデータを記録媒体に詰め込んで、再度郵送して欲しい」と返事を書き、もしもそれが届いたとすれば。

「……できる」

 思わず、声に出してしまった。

——できるが、しかし。

 後畑勇吾、ただ単に頭が良いだけではない。

 発生する事件をあらかじめ知っていれば、防ぐことが出来る。

 人として当然の道徳心を持ち合わせた後畑。事件発生を食い止める道に思いをはせた。

 ただし。もしもそうした場合は未来は若干変わってくるだろう。果たして、後畑は変わった未来でどうなるか。それでも事件賞金稼ぎをしているか、望みの天文学者として知的好奇心を存分に満たしている生活をしているか、はたまたまったく別の望まない生活を強いられているか。

 後畑は決心し、高下明人なる人物に返事を書いた。


 月が変わって、高下人物から返事が届いた。理屈はどうなっているのかはともかく、運良くまたも誤配送されたようだった。送った手紙にしたためた通り、未来の新聞の写しなどのデータが蓄積されたCDロムが同封されていた。指定通り、わざわざ古いパソコンで再生確認済みと手紙の方に書いてある。

 CDロムの中身は、この事件についてのみの内容。つまり、事件賞金稼ぎへの道を捨てて、この事件を未然に防ぐことを望んだのだ。

 後畑は、未来を変えることを望んだのだ。

 事件で死んだのは、高下明人の恋人だ。今現在、実家の飲食店で働いている。ちなみに、後畑が調べたところ、高下の住所も今現在から変わってはいない。

 恋人の死因は、湖での溺死。ただし、現場周囲に恋人とはほかに成人男性のものと思しき足跡があり、争った痕跡があること、湖に落ちてそのまま溺れるなどの単独事故が考えにくい立地条件であることなどから、警察は殺人事件として捜査を開始した。観光名所ではあるが、冬のシーズンオフでほとんど人は立ち入らないという。捜査から容疑がかかったのは、恋人の元彼氏。いざこざが残っていたため第一容疑者であったが、元彼には事件当時のアリバイがあった。高下にも当然捜査は及んだが、これもアリバイがあり。

 つまり、事件を止めたければ犯行時刻付近に現場に潜伏し、犯行を直接止めるしかなかった。ちなみに、犯行時刻が判明したのは被害者の携帯電話から。実家の飲食店の出前もする立場上、GPSの居場所確認サービスを利用していたためだ。警察の調査にサービス会社が協力し、かなり詳細な時間までを割り出したという。

 もちろんここで、後畑は「事件賞金稼ぎ」になる選択肢もあった。事件を止めに入らず、現場付近に潜伏して、犯人の写真を取るなどすればよいのだ。

 だが、彼はそうしなかった。

 そればかりか、未来を変えるわけだからと、犯行時刻に現場に潜伏するという選択も取らなかった。

 後畑、頭が良い。

 歴史が変わって、何らかの過ちで彼自身が恋人を殺害してしまい犯人になってしまう未来もありうると判断したのだ。何せ、第一容疑者にアリバイがある。直接自らが殺さないにしても、仮に犯行を止められなかった場合、犯人に仕立てあげられる可能性がある。頭が良いというより、用心深いと言うべきか。

 ともかく後畑は、事件を防ぐために「現場で止める」という直接的方法はとらず、「現場を作らない」という間接的な手法を用いた。


 三月十二日、彼はバイクに乗って、あらかじめ大学の研究室からくすねていた劇薬を犯行現場になる予定の湖に行き、まいた。当然、鯉などの魚がぷかりと白い腹を晒し大量に湖面に浮いた。ほとんど人が立ち入らないといっても、熱心な登山客などはちらほらと立ち寄るため、同日の内に発見された。

 翌十三日。現場検証をする警察官などで封鎖された。もっとも、殺人事件などではないため十四日には封鎖は解除されたが。

 後畑としては、事件前日に劇薬を散布したかったというのが本音だった。シーズンオフで登山客らはまちまち同所を訪れるとはいえ、発見が数日後にずれ込む可能性を心配したためだった。

 ただ、これで当初の目的は果たした。普通なら、誰も数日前に毒がまかれて大量の魚が死んだ湖に行くという考えは持つまい。特に女性ならなおさら嫌がるだろうというのが後畑の考えだ。いくら男性連れだとしても、人が少なく治安が悪い場所は嫌がるものだ。

——普通なら、か。

 後畑は思う。

 世の中逆を考える人も多いもので、「むしろもう安全」と面白がってあの湖にやって来る人らもいるのではないか。もしかしたら、すでにある意味「観光名所」化しているかも知れない。

 そう考えるといてもたってもいられなくなった。

 まだ、実際に事件が起きるのは翌日なのだからと、件の湖へとバイクで向かった。

 湖は、いつものシーズンオフと変わらず閑散としていた。野次馬もいない。

 殺害現場たる、劇薬を散布した湖畔にも行ってみた。露出している大きな岩や草が覆っている部分を除き、あたりはぬかるみ足跡だらけ。捜査員などが残したものだろう。そういった捜査の痕が残っているだけで誰もいない。数日前にみっちり捜査した場所で、誰が殺人を犯そうとするか。仮に決行したとして、前日の様子が克明に記録されているため、残った手掛りなどの変化は一目瞭然で逮捕率が高まるだけだ。

 ほっとした後畑。

 その時。

「ちょっとあなた。ここで何をしているんですか!」

 彼をとがめる鋭い声がした。

 振り向くと、そこに高下明人の恋人が立っていた。腕には、生活衛生推進員の腕章が巻かれている。

「『立ち入り禁止』の看板を外したのは、あなたですか!」

 目に、強く問いつめる色がある。

「いや。すでに外されてましたよ」

「……それより、毒は中和しましたがまだここの湖の水は危険です。みだりに立ち入らないで下さい」

 後畑は否定したが、彼女は明らかに納得していなかった。力づくでもここから出すつもりか、つかつかと彼に詰め寄った。手を伸ばそうとする。

「ちょっと、やめて下さいよ」

 彼は、軽く伸ばされた腕を払ったつもりだった。

 それでも彼女はぬかるみにずるりと足を取られ、転倒。

「きゃっ」

 悲鳴は、小さかった。

 いや。決して小さくはなかったのだが、それ以上の鈍い音が響いたのだ。

 彼女は、動かない。

 転倒した先に、岩が露出していたのだ。強く打ち付けた側頭部からは、どす黒い赤い血がだらだらと流れている。

「今日はまだ、十四日だろう……」

 後畑は、かろうじてそれだけつぶやいた。雪が、ちらつく。果たして未来からのデータでは、三月十四日は雪だったかどうか。

 未来は、すでに変わっていたのだった。



 そして後畑は大学から姿を消した。

 警察から逃げているのだ。いまだ捕まっていない。詳しくは書けないが、場所を小まめに変えつつ潜伏しているのだ。

 潜伏しつつ、考える。

 過去を変える方法を。

 変えるには、誤配送となる高下明人への手紙を活用するしかない。が、自分を恨む立場になってしまうなど未来の変わってしまったいま、どうやって髙下を意のままに動かす? いや、彼の恋人が死ぬなど未来の大筋は変わっていない。

 大筋を変えずに過去を変えるには……。

——にやり。

 後畑のやつれた顔に乾いた笑みが浮かんだ。

「これで、いい」

 彼は髙下に手紙を書いたのだ。

 事件賞金稼ぎとして数々の難事件を解決している後畑勇吾という架空の人物に、今回の事件の解決を封書で依頼し、事件のあらましを要求されたら新聞の切り抜きなど全てを提供するように。

 自分はいま、行方をくらましているが事件の容疑者段階でしかない。

 高下は信じて手紙を出すか?

 出す。

 出さなければ未来の大筋は変わってしまう。だから絶対に出す。

「あとは……」

 この事件を止めようとする、自分の働きに託すだけだ。

 そして必ず気付くはず。

 雪が降り足跡の残りやすくなっている湖畔に、こそこそしようとする立場の者が近付いてしまうことの危険を。




   おしまい


 ふらっと、瀬川です。


 自サイトに掲載していた旧作品に加筆したものです。

 根本を放ってごちゃごちゃ展開される屁理屈的なものをお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ