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―4月14日午前2時某ホテルにて―
大典は気だるい体を起こして着替えていた。
「…もう起きたの?」
「あぁ、おはよう。」
隣に寝ていたランジェリー姿の女も起き上がる。
「大典さん…また会えます?」
「ドラマの仕事が立て込むから…しばらくは無理だな。」
「そう…ですか…」
長い睫毛がふるりと震え、赤いルージュのひかれた唇を緩く噛む女。
どこか扇情的なそれに大典の喉がごくりと鳴る。
そのまま押し倒してしまいたくなる衝動を抑え、扉を開けた。
「また…会いに来てくれますか?」
女は大典の腕を掴み、懇願する。
胸元が大胆に開いたドレスは豊かなバストを強調していた。
「あぁ…もちろんだとも。」
目のやり場に困り、目を背けながら言うと女は離れた。
「じゃあ…お気をつけて…」
そう言って女は足早に夜の闇へと消えて言った。
大典がため息をつくと、底抜けに明るい声が隣で聞こえた。
「いやぁ、今をときめく正統派俳優が不倫だなんて…大スクープじゃないですかぁ!」
「だ、誰だ!?」
「もう、そんな特撮ヒーローの悪役みたいな台詞吐かないで下さいよ。樋口大典さん?」
闇から出てきたのは、無精髭を生やした若い男だった。
ぼさぼさの長い髪は後ろでまとめてあり、瓶底のような分厚い眼鏡を掛けている。
ボロボロの服に踵のなくなった健康サンダル……まるでホームレスのようだった。
「ふんっ、脅かすんじゃない。金が欲しいんだろう?いくらだ?それで見なかった事にしてくれ。」
大典がそう言うと、男は面倒くさそうな顔をして言った。
「そんなものいりませんよ。そんなものもらって何になるんですか?」
「は?」
「どうせ、ボクがホームレスかなにかに見えたんでしょうけど…」
男は眼鏡のブリッジを上げ、にっこりと笑った。
「ボク、こう見えても新聞記者です。」