馬
漢字一字のタイトルで、2千字以内のお題でした。
やはりSF。
「こんな所にウマがいるのかよ」
俺が文句を言うと、前を歩くシュメが振り返った。
「ウマじゃないよ、そうちゃん。UMA! 何度言ったらわかるのさ」
俺達は鬱蒼とした森の中を進んでいた。高い木々が頭上を覆い、周りは無遠慮な草葉が伸び放題。いわゆる秘境は、その名の形をした「足の裏湖」の畔にあった。丁度土踏まず辺りが禁断の地にあたり、千年間未踏の地と言うが怪しいもんだ。
ここにUMA(未確認動物)がいるとの噂をシュメが聞きつけ、捉えて見世物にすれば大金持ちだと幼馴染の俺を誘ったのだ。
でも今や、俺は後悔の嵐の中にいる。捕獲網や背負い籠に突き出た枝がやたらと絡まり、つきまとう羽虫の群がウザいったらない。払った葉に頬を切られた日には、いい加減嫌になった。
「おい、シュメ。このイケメンに消えない傷が残ったらどうする!」
「あのねえ、誰のためにこんなになったかわかってる?」
手に持つ鉈を振り上げたまま、シュメが剣呑な表情で睨みつけた。
「借金で首が回らない、どうにかしてくれと泣きついたのは、そうちゃんの方だよ。俺だって金欠だから必死に考えたのに!」
こいつに相談したのが間違いだった。大体UMAで金儲けなんて、普通考えつかんだろう。まあ、こんな胡散臭い話を真に受けた俺も俺なんだが。
鉈を手にして道を切り開くシュメは、小柄でも拳法の達人だ。腕を振り下ろすたび下肢を踏ん張り、細い背中の筋肉が張りつめる。なんとなく後姿を見ていたら、形よく引き締まった腰に目が吸いついた。ゴクリと鳴る喉。――いい尻だな……
「そうちゃん」
うお!
「な、なんでもねえ! 俺は女がいい! 絶対、女!」
いきなり呼ばれて、声が裏返ってしまった。シュメが怪訝そうに眉をひそめる。
「何言ってんのさ。それが借金の原因だろ? それよか、上を見ていてよ」
指差す先は太い枝が交錯し、遥か彼方の葉の間から陽が瞬いている。
「なんでもUMAは木の上にいて、猿に似てるとか」
「猿ぅ? そりゃ、ホントの猿じゃねえの?」
「それが変てこな鳴き声で」
ふと俺達は耳をそば立てた。葉ずれや鳥のさえずりの合間から何か聞こえる。遠くからのそれは――
「……ーああー、ああああー」
「く、来るぞ!」
早くもUMAのお出ましか。段々近づく奇妙な声に、興奮したシュメも激しく頷いた。
「あそこ!」
高い梢の向こうを黒い影が横切る。かと思ったら、するんと軌道を外れ、密生する下生えの間に落ちた。バキバキと枝の折れる音が響く。
「行くよ、そうちゃん!」
「お、おう!」
駆け出したシュメに続いて藪へ飛び込んだ。がむしゃらに突き走り、草葉がハンパなく顔を打つが、千載一遇のチャンスを逃してたまるか。見当をつけた場所で、シュメは慎重に辺りを探りだした。俺も音を忍ばせ、ヤツの後ろから覗きこむ。
「いた! そうちゃん、網!」
鋭く囁いたシュメに捕獲網を渡すと、素早く前方へ覆いかぶせた。途端にキィキィと激しい鳴き声がして、網の中で黒い塊が暴れる。こいつは――
「おい、猿だぞ」
「うーん、猿だねえ」
呑気な相槌に、期待した分余計に腹が立った。
「ああ、やめやめ! バカバカしい!」
所詮ウマい話なんてあるはずない。特にUMAだの怪しいものが――と、そこへ背後から声がかかる。
「チータ! 無事か?」
踵を返した眼の前の草むらがガサリと揺れて、突然大きな影が現れた。
「おわ!」
「だあ!」
俺とそいつは同時に悲鳴を上げた。頭一つ分高い位置の顔は俺たちと同じだが、突っ張っている腕も俺たちと同じだが、その下半身……なんだ、この脚!
「た、足りねえ!」
あまりの異様さに腰が抜けた。
「そうちゃん!」
と、シュメが素早くそいつに駆け寄り、銀色服の腕を取るや電光石火の足払い。ひょろりとした体が仰向けに倒れて、ぐうっと潰れた声が上がった。
が、間髪をいれず鋭い息のような音と共に、いきなりシュメの体も崩れる。
「シュメ!」
辺りを見回して愕然とした。いつの間にか三人の奇妙な奴らが取り囲み、じりじりと迫ってくるのだ。銃らしきものを握る一人が呟いた。
「ターザンごっこはやめてくださいよ、座長」
宇宙船が上昇し、森の緑が真下に広がって行く。俺達は宇宙人に捕獲されてしまったのだ。正確には一年のアルバイトに雇われた訳だが、仕事は簡単、快適な環境でぐうたら過ごすだけ。何でも俺達は彼らの神話に出てくる生物に似ていて、極上の見世物になるらしい。法律では公式に未接触の異星人をスカウトできないが、遭難者保護の形なら大丈夫とか。麻酔から覚めたシュメも、言葉も通じるしウマい話でよかったねと気楽なもんだ。
窓越しに小さくなる「足の裏湖」が陽にきらめく。その形を彼らは「馬蹄形」と呼んでいる。
ちなみに俺達の看板には、「ケンタウルス」と書かれるそうだ。
了