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白雪星

「初雪」をテーマに書きました。

本年の初書きです。


思わぬ長さの5千字近くとなりましたが、科学祭でも掌編は6千字までとあったので、アリということで。

SFです。


 恒星グリム第4惑星、通称スノーホワイトには可愛い姫君も性悪な魔女もいなかったが、働き者の小人がいた。

「わあ見て、タケル! なんてきれい!」

 色づく森を進む荷馬車の上で、ミレアが歓声を上げる。その笑顔を見て僕はほっと胸をなで下ろした。磁気嵐のため宇宙船の計器が故障し、宇宙の迷子になる寸前に、なんとかこの惑星にたどり着いた。新奇さを求めての辺境巡りだったが、新婚旅行としてはいささかスリリングな展開に、花嫁の心中はいかにと気を揉んでいたところだ。

 確かに頭上からは、絶え間なく赤や黄色の落ち葉がふりそそぎ、木々の間を縫う路は錦の絨毯のようで、美しいことこの上ない。その路を荷馬車の列が長閑に進む。馬車を引く小馬はずんぐりして毛足が長く、手綱を取る赤帽子の小人はとんがり耳と、おとぎ話の挿し絵から飛び出たようだ。ただ、その言葉は全く意味不明。役に立たない簡易翻訳機を手に途方に暮れたが、小人の一人が僅かながら星間標準語を話せるとわかって安堵した。

 こういう星は宇宙連邦とはすでに接触済みで、文明的な交流はないものの、遭難者保護に協力しているところが多い。現に「通信機」「村」という言葉だけは、はっきり聞き取れた。そこで僕らは、彼らの村へ向かう荷馬車に同乗したのだ。

 御者のニムという名の小人が、振り向いて何か言った。髭の口元から飛び出す怪しげな星間標準語を何とか聞き取り、ミレアが囁きかける。

「ねえ、『冬』って言ってるのかな。それと、『くる』?」

 幾度か言葉を繰り返した後、ニムは頭横まで上げた掌を、下に向けてちらちらさせた。最後は目を閉じ両腕を身体に回して身を震わす。その身振りを見ながら、僕は頷いた。

「そもそも落葉は植物の冬支度だからね。もうすぐ冬で雪も降るんじゃないかな」

「これもきっと小人さん達の冬に備えてなのね」

 荷台には大きな籠が、所狭しと並んでいる。中に詰まっている実は、まるで小粒のリンゴのように赤く艶やかだ。

「美味しそうよね。小人とリンゴと来たら、次はお姫様でもでるんじゃないかしら」

 ふふ、と屈託無く目を細めるミレアを見ながら、もうお姫様はいるよと心の中で呟いた。一方で、僕がおとぎ話の王子であるはずない。姫君の愛らしさに比べあまりに貧相すぎて、情けないが、僕のどこに彼女が惹かれたのか未だにわからない。けれど、今時古臭いと友人達に笑われた「健やかなときも病めるときも」との誓いは、誰よりも強い自負があった。

 ミレアが、また、ふふっと笑う。

「どうしたの? すごい鼻息」


「みんな、よく働くわねえ」

 ミレアが感心の吐息を漏らした。目の前の広場には荷馬車が並び、色とりどりの帽子の小人達が、掛け声とともに赤い実の籠を倉庫穴に運び入れている。小さい身体ながら、彼らは相当な力持ちだ。

 先刻村に着いた僕らは、村はずれの石小屋に案内された。そこは彼らが連邦から委託された簡易避難所で、通信機と睡眠カプセルが狭い中に置かれている。ここから救難信号を送ると、一週間ほどで救助隊が来ると連絡が届き、まずは一安心した。

「なんとか彼らと落ち着いて話せないかな」

 忙しいさなか、僕らのそばに寄ってくる小人はいないが、時折ちらちらと興味津々の視線が向けられる。緊急避難とは言えせっかくの機会に親しくなりたいし、言葉はなかなか通じなくても必要な情報があるなら、なんとか仕入れておきたい。

 見渡す小人村は、ゆるやかな丘の斜面のあちこちに横穴式住居の扉が点在し、下った所が広場になっている。この広場の先に果樹園への道が延びていて、僕らの宇宙船は運良くその近くに不時着できたのだ。

「ねえタケル、なんだかお腹が空かない?」

 野外炊事場の竈から漂う匂いに、ミレアが鼻をひくつかせた。と、叫び声が上がって、籠の一つが派手にひっくり返る。赤い実が勢いよく周囲に散らばり、僕らの足元にまで転がってきたのを、しめたとばかりにミレアが拾った。口元に持って行った瞬間――

「○×☆※!」

 大声を発してニムが駆け寄ってきた。ミレアの手から赤い実を叩き落とし、血相を変え何やらまくし立てる。そこへ細長く鳴るミレアの腹の虫。とたんにニムは団子鼻の破顏を向けると、待てと身振りして炊事場へ向かった。

「ああ、びっくりした。食べちゃいけないのかしら」

「ううん……僕らには良くないものなのかな」

「そうよね。あのおとぎ話ではリンゴは毒だったし」

 だが、小人が差し出した鉢の中身は、香しい赤い実の煮込みだったのだ。逡巡する僕らに、ニムはさあさあとばかり熱心に勧める。意を決して食べようとする僕より早く、ミレアがあっさり誘惑に負けた。しかも口一杯に頬張って。

「おいひゅひ!」

 まん丸になった頬に呆気にとられながら、つられて僕もスプーンを口に運んだ。確かにおいしい。

「リンゴと言うより……芋みたいな感じだね」

「そうなの、ホクホクしてたまらないわ、これ」

「地中のリンゴならぬ、樹上の芋かな。そう言えば芋は生だと腹を下すが、加熱すると食べられる」

 栄養価も高そうだし、冬の保存食料としては最適だろう。だが、それにしても貯蔵するのがこの実ばかりというのが腑に落ちない。これではいくら美味しくても、冬の間に飽きてしまわないのだろうか。


 やがて二三日すると、気がかりなことがもう一つ増えた。ミレアの様子がどことなくおかしい。

 ある日暮れ時、丘の上に立つミレアを遠目に認めた。夕日が髪を輝かし、頬から喉元へ滑る様の美しさにしばし見とれたが、その表情は物憂げに沈んでいる。見つめる先は手の内の赤い実。その切ない翳りが、時折彼女の瞳に現れるようになったのだ。

 それだけではない。ふと気づくと、頻繁に彼女の姿を見失うようになっていた。近場にたいした危険もなさそうだが、未知の世界では極力別行動はしない方がいい。僕がそのことを注意すると、ミレアは曖昧な表情で頷いた。

「ええ、そう、そうよね。なるべくそうするわ」

「ねえ、ミレア……僕に何か言えないことでもあるのかい?」

 煮え切らない返事に思い切って訊くと、柔らかい髪を揺らして慌てて首を振った。

「いいえ、何もないわ! 小人さん達がますます忙しそうなので、果樹園に行って手伝ってたのよ」

 実際、顔色はいいし食欲もあって、あの煮込みを口に運ぶ顔は十分幸せそうだ。しかし僕への隠し事があるようで、心のざわめきは収まらない。

 先日、騒いでいる小人が指さす丘向こうの山に、雲がかかっていた。ニムが荷馬車の時のような身振りで、またも怪しげな言葉を繰り返す。やはり「冬」と「くる」にきこえ、どうやらあの雲が雪を運んでくるらしい。以来、村と果樹園を往復する荷馬車のスピードは上がり、貯蔵作業に加えて、それぞれの扉の前に石が積まれていった。横穴の家は土中で繋がり、互いに行き来できる作りになっている。

 ようやく今日になって、冬支度も終わりに近づいたのだろう。お役御免と荷馬車から外された小馬が横穴の厩へ入れられ、赤い実をぎっしり詰め込んだ倉庫の扉が閉められた。広場の喧騒も落ち着き、僕は地面に落ちた「リンゴ」拾いをして後片づけを手伝った。

 ふと顔を上げると、またしてもミレアがいない。しばらくあちこち探したが、小人の中では目立つはずの姿がどこにも見えない。と、青帽子の小人が僕の袖を引き、リンゴを持つ手を村外に延びる道の先へ向けた。そうか、果樹園だ。

 村の出口でニムの大声がかかり、厳しい髭面が雪の動作を激しく繰り返した。

「わかった。なんとか雪が降るまでに帰ってくるよ」

 頷いた僕は落ち葉の路を駆けだした。


 この数日の間に森の木々は葉を落とし、陰を濃くした雲が枯れ枝越しに流れている。もつれる足でようやく果樹園に着いたが、この広さをどこから捜したものだろう。彼女の名を叫んで、吐く息の思わぬ白さに驚いた。気づけば村にいたときより、急激に気温が下がっている。今はスペーススーツでしのげているが、更に寒くなればさすがに凍えてしまう。

 足元にはわずかながら赤い実が落ちていた。たちまち浮かぶ毒リンゴと姫君のエピソード。いいや、彼女が食べるはずがない。しかしあの時、ミレアが見つめていたのは赤い実ではなかったか。あの柔らかな喉元が、コクリと動きはしなかったか。膨れ上がる不安で胸が苦しくなる。

 低い木立の向こうに、僕らの乗ってきた宇宙船が鈍く光る。開いている扉。船内のライトが点いているのは、誰かがいる証拠だ。船内に駆け上がり、ミレアを呼びながら万一の場合に備えてそろそろと船室を覗いていく。彼女はすぐに見つかった。

 狭いながらも居心地の良いリビングのカーペットの上。乱れた髪の下に冷や汗を浮かべながら、身体をくの字に倒れている。周囲に散らばる赤い実。

「ミレア!」

 いくつかを彼女が食べたことは明らかだった。抱き起こすとミレアは薄く瞼を開いて小さくうめいた。

「タケ……だめ、おなか……いた」

 それだけ言って再び目を閉じ、僕の腕の中でガクリと身体を落とした。

 空の雲は厚さを増し、色を失った森は冷気の重さでまだらに沈んでいく。吹きつける風が、フードから覗いた目を容赦なく突き刺す。幸い小人村へは一本道なので迷う危険はないが、ミレアを背負っては、どのくらいかかるだろう。宇宙船のメディカルカプセルは使えず、ミレアは小人達に診てもらうしかない。赤い実を食べるとどうなるか訊いておけば良かったとの後悔と、必ず彼女を助けるとの強い思いが交錯する。

 と、何か冷たいものが目をかすった。思わず立ち止まって、空を見上げた。

 無数の細かい白が落ちてくる。雪だ。

 とたんに、ニムの厳しい顔が目に浮かんだ。雪が降ると、いったい何が起こるのか。僕は歩を速めた。雪は次第に激しくなり、一歩毎にミレアの体重が背中へのし掛かる。こんな時、自分の貧弱な身体が恨めしかった。おとぎ話の王子なら、難なく姫君を運んでいくだろうに。

 足首が完全に雪に埋まる頃、見慣れた丘の麓に着いた。ミレアを簡易避難所の睡眠カプセルに寝かせ、小人を呼ぼうと広場に出て愕然とする。扉がどこか分からない。村のある丘の斜面全体を、すっぽり雪が覆っているのだ。当たりをつけて掘ってみたが、冬支度の頑丈な石積みに途中を阻まれ、非力の上疲労困憊の僕ではとても崩せない。

 ニムが言っていたのは、このことなのか。そんなにも小人達は雪を嫌っているのか。とにかく、もう彼らの助けは望めない。

 簡易避難所の石小屋に戻った僕は、カプセルに横になるミレアを見下ろした。あれから彼女の意識は戻らない。軽く眉を寄せ、ゆっくりとした呼吸で眠ったまま。これが赤い実を食べたせいならば、おとぎ話の姫君そのものだ。もちろんお定まりの口づけもしてみたが、自分が王子でないと証明されただけだった。

 ミレア、君は僕に失望するだろうか。君を支えたいとあれほど願ったのに。

 落胆と疲れとでぼんやりする意識の遠くから、轟音が近づいてきた。


「惑星スノーホワイトの公転周期は、地球時間で約8年。極端な楕円軌道のため、その内の約6年が冬に当たります」

 救助隊員のアンドロイドは王子顔だった。故障した僕らの宇宙船を修理し、ミレアをやすやすお姫様だっこして運んでくれた。

「この間彼らは、深い地中を半冬眠状態で過ごします。生の赤い実は、新陳代謝を落とす作用があり、起きかけては食べてを繰り返すのです」

 僕の予想通り栄養価も高い完全食料で、寝ぼけ頭なら飽きることもないのだろう。スクリーンに映るスノーホワイトが白銀に輝いている。両極から張り出した白い部分が、赤道で繋がる日も遠くない。まさしく名前の通りになるのだが、小人達にとっては姫君どころか、忌むべき白魔として触れるのも恐れられているという。

「それで彼女の症状ですが、かなり重症だったようですね」

 続く言葉に唖然とした。回復するまで付き添うつもりのアンドロイドを、そうそうに救助艇へ追い返す。ここからは王子の出番はない。

 赤い実にはもうひとつ効用があった。眠りに誘う一方で、起き抜けの腸の活動を活発化する。芋と同じという僕の言葉がある意味当たったのだが、ミレアはこれにすがったのだ。不時着してからずっとなら、さぞ苦しかったろう。新郎の僕に相談できない気持ちもよくわかる。でもミレアのすべてに対する僕の愛に変わりはない。

 ミレアの長いまつげが震えた。

 間もなくさわやかな目覚めが姫君に訪れる。


(了)


考えているうちに、どうも尾籠なエンディングとなってしまいました。

シツレイいたしました。

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