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始まりの夜

ルカの福音書2章8~20節(聖書)によせて。


「起承転結のついた話」というお題でしたが、ゆるい展開となりました。

サンタクロースもプレゼントも無いクリスマスの話。

 幾つかの足音が壁向こうの闇を駆け抜けた。

 目を覚ます。天井の梁に、小窓から星明かりがさしている。手探りで火皿に灯を点すと、土間の深鍋や水甕の影が浮かんだ。空気が重い。しかし澱みはなく、むしろ清浄さは喉を締め付けるほどだ。寝床から下りて水甕の柄杓を口にしたが、むせてしばらく荒い息が続いた。いわゆる“嫌な予感”。以前、盗賊に羊を狙われた時と同じ粟が肌に立つ。

 脚台を上り小窓から外を窺うと、暗い石壁が続く通りに、普段いるはずのない人影が行き交っている。井戸端や塀脇の黒い塊は野宿者だろうか。皇帝が出した忌々しい勅令のお陰で、街には得体の知れない輩が溢れていた。俄かに不安が膨らむ。上着をつかみ家を飛び出した私は、城門に向かった。

「よう、ヤサフ。今頃外出かい」

 松明の燃える通用口で、顔見知りのローマ兵が声をかけてきた。

「そうだ、さっき羊番の連中が中へ入って行ったが、お前に呼ばれたんじゃないのか」

 耳を疑う。番人達が羊の傍を離れたってことか。そんな馬鹿なと思いながら、門を抜けて羊の石囲いへ急いだ。

 黒々とした丘には白い岩が散らばり、頭上にはいつもの星空が広がっている。その光を頼って坂道を走るうち、囲いの影を揺らす焚火の灯りが見えてきた。傍らにうずくまる白い人型。何だいたのかと安堵したものの、こちらに気づいて上げた顔は見知らぬ少年ただ一人だ。

「誰だ、お前は。ガディは、他の羊番達はどこへ行った」

「あ、オレ、今夜初めてここに来たんです」

 思わず叫んだ私の剣幕に押され、少年は杖にすがって身をすくめた。かしらのガディが新しく入れた見習いらしい。

「みんなが戻るまで、替わりに番をしてろって言われて」

「替わりだと。お前のような子どもに」

 羊番の迂闊さに腹立ちながら、怪しい気配が無いかと周囲を見回した。

 静寂が包み、闇に溶け込む草地。稜線の果てから、銀砂の柱が凍てつく空へと伸びている。天上へ誘う瞬きに、導かれるままゆっくりと振り仰ぐ。どこまでも広がる無数の輝きが、徐々に目を射抜いてくる。

 それは見慣れているはずの、初めて見る光だった。

 圧し掛かる光――重い。耳に響く鼓動。髪が逆立つ。

 これは見てはいけないものだ。しかし、目が離せない。

 煌めきに潰れる肉、砕ける骨。息が奪われる。これは――

 突然、薪が大きな音を立てて爆ぜた。その拍子に、傍らの少年に目が落ちる。炎の影を映した長い睫毛で、はるか遠くを見据えている。

「あ、きた」

 呟いた少年が駆け出した。しかし暗い行く手には、城壁の灯りが僅かにあるばかりだ。次第に遠ざかる白い背。そのくせ、いつまでも闇に消えず、とうとう地表際の星光と重なった。

 瞬間、光芒を放って吸い込まれる。

 何だ。何が起こった――


 風が吹き、彼方から調子外れの歌を乗せてきた。あれはガディのダミ声だ。街から羊番達が戻ってくる。

 連中はどこへ行っていたのか、何をしていたのか。雇い主としては尋ねなくてはなるまい。だが正直、その答えは聞きたくも、知りたくもなかった。

 この夜、ベツレヘム・エフラテの街に、いったい何が起きたのか。

 星は強く輝き、粟肌はまだ引かない。




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