浄夜の寓話
三題噺から
「二人三脚」「傘」「ふわふわ」
●スケールの大きい擬人化に挑戦してました。
満天の星空の下、寄り添う二人がそれを見上げている。
その美しさに一人が溜息をついた。
<ああ、なんて綺麗な星空!>
するともう一人が、微笑みながら言葉を掛けた。
<そうだね、でも君の方がもっと綺麗だと思うよ>
<あら……照れるわ。いきなり、どうしたの?>
<いきなりもなにも、本当のことだろ? 現に今、僕は君しか見えてないよ>
<そう? ついこの間まで、あっちを向いたり、こっちを向いたりきょろきょろして、さんざん心配させたのは誰でした?>
<僕だって、いつまでも子どもではないよ>
そう言って、揺りかごをそっと揺らした。ゆっくりとしたうねりに乗って、小さな子ども達の喜ぶ声がきこえる。
<僕たちが初めて会った時のこと、覚えているかい?>
<ええ、あの時は本当にびっくりしたわ。やっとできた道を歩いていたら、あなたが急にぶつかってくるんですもの。しばらく、目が回ってふらふらしたわ>
<そりゃ僕もさ。でも気付いたら、目の前に君という素晴らしい相手がいたんだから、僕の粗忽もほめられていいな>
<ふふ……まあね。 あの時から、ずっと二人ですものね>
一人が頬笑みを送ると、片方がまたそれを返した。お互いの見つめ合う中に、相手の影が映る。
<ああでも、大家さんが良い場所を選んでくれて、本当に助かったよ。揺り籠の置き場所としては、最高だ。まさにドンピシャだ>
<ちょっと怒りっぽいけど、とても良い方だと思わない?>
<ああ。でも、時々凄いくしゃみを撒き散らすだろ? いつ子ども達にかかるかと、ひやひやしているんだが>
<そこは大丈夫。今度、傘を作ったの。これで大家さんのくしゃみや大雨から、子ども達を守れるわ>
<そりゃ、すごい!>
二人は小さく笑い声を上げた。そしてまた揺り籠が揺らされ、暖かい風がその上を渡って行く。
<いつもいつも、揺らしてくれてありがとう。揺り籠がいつもふわふわで、子ども達がこんなに大きくなったのは、あなたのお陰ね>
<いや、君という相手がいなければ、僕はただの石ころと同じさ。君に出会えて、こんな素晴らしい子ども達を持つことができたんだ。夢みたいだよ!>
<でも、やっぱり、あなたがいなかったら、私もこんな大きな喜びを持てなかったと思うの。本当にありがとう>
相手を慕う優しげな視線が交わされ、星々がその行く手を照らした。
<二人で、力を合わせたからだな>
<ええ、長い長い間、一緒に歩んできたからね>
<これからも、この二人三脚は続くんだな>
<そう、もっともっと続くのよ>
その時、彼らから離れた遠い場所で、空間を震わすような『音』が響いた。
<きたぞ! 大家さんがくしゃみをした!>
<早速、できたばかりの傘を広げるわ!>
* * *
太陽の表面で爆発が起こり、巨大な太陽風が宇宙空間に噴出した。その奔流が地球に襲いかかったが、傘のように広がった地球の磁気圏によって、銀河の彼方に逸らされていく。磁気圏の生成によって、地表は有害な宇宙線から守られるようになったのである。
外側を磁気圏の傘に守られ、また暖かな大気のおくるみに包まれて、『それ』はあった。大量の水による揺り籠――海。月の潮汐力により、常に揺らされる中で、生命は誕生した。
今この波間で、ラン藻類がふわふわと漂いながら、光合成をおこなっている。数え切れないほどの酸素の小さな粒が海中を立ち上り、大気へと放たれていった。それはやがて地球を覆い、全ての準備が整えられるだろう。生物の爆発的進化の元となる真核細胞生物が発生する時が、あらゆる生命の力強い萌芽が、もう目の前に迫っていた。
巨大衝突によって出会い、地球が月と共に歩み始めて二十六億年。
彼らの歩みは、更に長く続く。
了