開く真紅
三題噺
もう一つ「鉛筆」「スカート」「キッチン」で。
●女がキッチンで待っていたものとは。
女がキッチンで鉛筆を削っている。
ゆっくりと丁寧に。
小刀の刃が上下を繰り返し、芯が次第に現れる。
黒く、長く。
白いクロッキー帳には、今までの作品が書きとめられている。
一昨日は薬缶を描いた。
昨日は包丁を描いた。
それらは、心を映す鉛筆のモノクロームだ。
けれど今日は花を描く。
黒い鉛筆で真紅の花を。
削った七本の鉛筆で、待っていた日数を思う。
色のないキッチンで過ごした、色のない日々。
妻であれと、母であれと、ここは女を閉じ込める牢獄だ。
清潔で整えられた、白く冷ややかな牢獄。
花のように、色鮮やかに咲くことを赦さない。
けれど今日だけは、ここに花が咲く。
黒い鉛筆が、大輪の真紅の花を咲かせる。
女は立ち上り、着ていたTシャツとGパンを脱いだ。
クローゼットの奥深くから、ワンピースを取り出し、微笑みながら身につける。
ワンピースは真紅のフレアスカート。
くるりと回ると、大きな花弁がいっぱいに開く花。
間もなく、この牢獄が花咲く園になることを思い、
冷やかな白さに、艶やかな色が満ちることを思い、
女の笑みが顔いっぱいに広がる
キッチンのベランダのカーテンが揺れる。
そこに映る影。
心待ちにしていた時
女の顔が上気して輝く。
その鉛筆が描く真紅を思って、喜びに全身から香りが湧き立つ。
ガラス戸に駆け寄り、両手を広げて待ち人を迎え入れる。
けれど目にしたのは、振り上げられた黒い凶暴な光。
凍りつくキッチンの冷たさが、女を襲う。
一瞬が声もなく過ぎ去った。
女は捕らわれている。
妻であれと、母であれと、花開くことを赦さない力が、永遠に女を閉じ込める。
キッチンの白い床には、芯の折れた鉛筆が散らばっている。
広がった黒髪の間から、真紅の花が咲き始めている。
女の最期の花が、
艶やかに大きく開いていく。
了